M O Z A R T B A R K I E L
モーツァルト・バー・キール
090-6209-3911
大津市浜大津2-1-17 1番街1F
京阪浜大津駅からすぐ近く(下に地図)
京都からは京津線に乗ると便利です。


キールの企画


9月23日(日)モーツァルト演奏会「モーツァルトと管楽器の名手たちとの出会い」
7月29日(日)モーツァルトの会「モーツァルトと管楽器の名手たちとの出会い」は終了しました。

滋賀報知新聞モーツァルトコラム 新シリーズ『関西人になったモーツァルト』掲載中。

   
営業日=月〜土(OPEN:Monday-Saturday)
  定休日=日祝日(CLOSED on Sundays and Nationa Holidays)

 
こんなお店



モーツァルトの音楽とスローライフにふさわしいベルギー
ビールやシングルモルトウイスキー、色鮮やかなカクテル
 など心行くまでお楽しみいただける店です。モーツァルトの
調べが心を潤し、心地よい酔いが至福の時を奏でてくれま
 す。浜大津にこんな店があったのかときっと驚かれるはず。
  また月に一度『モーツァルトを聴く会』も行っております。
心癒されるひと時をキールでご一緒に味わってください。
どうそ気軽にお入り下さい。暖かくお迎えします。


おすすめ


モーツァルト・バー・キールは20種類のベルギービールを
取り揃えてお客様をお待ちしております。世界に一つしかな
い自然発酵ビールのランビックや芳醇なトラピストビール、
ワインを思わせるようなちょっと酸味の利かせたビールなど
どれも個性豊かです。モーツァルトのゆったりした音楽にベ
ルギーのビールはスローライフの、最高の取り合わせです。


モーツァルト・バー・キールはアイラウイスキーなど各種の
シングルモルトウイスキーを取り揃えてお客様をお待ちして
おります。ストレート、ロック、トワイス・アップなどお好
みに応じてお楽しみいただけます。何種類かテイスティング
しながら、モーツァルトの調べに身をまかすのもまた最高の
楽しみ方です。ゆったりとした時の流れを、満喫ください。

モーツァルト・バー・キールは色とりどりの鮮やかなカクテ
ルでお客様をおもてなしいたします。ショートカクテル、ロ
ングカクテルなどお好みに応じてお作りしますので、お気軽
にリクエストください。ノンアルコールカクテルもご用意し
ておりますのでお車でおいでの方もお楽しみいただけます。

モーツァルトを聴く会

毎月1回,モーツァルトを聴く会を開催しています。
テーマを決めてモーツァルトのいくつかの曲を楽しむ企画です。
時間は午後2時から4時まで。席数に限りがあるので必ず予約を
お願いします。(090-6209-3911)会費は1000円。
次回は 9月23日(日)を予定しています。9月のテーマは 「モーツァルトと管楽器の名手たちとの出会い」です。
ロケーション
京阪浜大津駅徒歩2分。酒亭「おふく」角、左折すぐ一番街ビル1F奥。

演奏会
2018年9月23日(日)午後2時開演
場所:南草津ロマンホール 
テーマ:モーツァルトと管楽器の名手たちとの出会い
曲目: 
フルート四重奏曲第1番 ニ長調  K285
オーボエ五重奏曲    ハ短調   K406
ホルン五重奏曲     変ホ長調 K407
クラリネット五重奏曲   イ長調  K581

演奏:大阪モーツァルトアンサンブルとソリスツ
参加費:1000円
予約・お問い合わせは、mozart41@nifty.com(大西まで)




リンク
[ラッシュライフ] キールのマスターが京都で一番好きななジャズ喫茶


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[大阪モーツァルトアンサンブル] モーツァルト好きにはたまらない




『関西人になったモーツァルト』(滋賀報知新聞連載中)
ザルツブルクで僕の青春と才能を埋めるべきやろうか(28)

 ザルツブルクと違い、ここウィーンは、モーツァルトにとって別天地。コンサートに出れば、
ブラヴォーの声がかかり、貴族たちは、この新進のピアニストをもてなす。このまま、ここで
音楽活動を続けられたらどんな素敵な未来が待っていることだろうか、モーツァルトの期待は
無限大に膨らんだ。だが同時にまた、そんな夢の実現を絶対に許しくれない大司教に対する不
満は、彼の中で、無限大に高まっていく。それはやがて沸点をむかえ、公然と「大司教の元を
離れる」という決意へと繋がって行くのであった。モーツァルトはまず、1781年4月8日付けの
手紙で、父親にウィーン移住への許可を求めた。さらに11日付けの手紙で「ザルツブルクで僕
の青春と才能を埋めるべきやろうか、それとも、可能やったら自分の運にかけてもえーんちゃ
うやろか、はたまた、もう手遅れになるまで待ったほうがえーんやろか」とレオポルトに回答
を迫った。この性急な息子の要求に、父親は何と答えたのだろうか。モーツァルトファンにと
っては、痛恨の極みだが、8日付けのモーツァルトの手紙に対する返答以降、この時期に書かれ
た数々の父レオポルトの手紙は、すべて失われてしまったのである。恐らく、父親は息子をな
だめすかし、父親の愛情を信じて、そんな無謀なことをせず、とりあえず、ザルツブルクへ帰
って来るよう厳命したものと思われる。28日の手紙の中で、「おとうちゃん、首なごーして、
僕を待っててくれるんやなー。ウィーンを発ってザルツブルクへ帰ろうと決心させたのは、そ
のことだけや。」と答えているからである。とりあえず恭順な姿勢を見せたモーツァルトだが、
その心は大波にたゆたう小船のように揺れていた。事実10日ほどして、事態は劇的な展開を見
せることになるのである。