執筆紹介4

最近の消費動向を現場に生かせ
 
 
 
 
同組合業態開発コンサルティング『ファーム』 代表理事  鐘井 輝
 
 
はじめに
 わが国経済は1998年の秋から冬にかけての最悪に事態に発展しかねない状況を乗り越えられたと考えられる。歴史の教訓にすなおに耳をかたむけるのも時には必要である。
 しかしわれわれが戦後始めて経験する経営環境下、いかにこれを乗り越え21世紀にも存続し続けられる経営を行っていくのか、そのための幾つかの意見を述べてみたい。
 
T 景気見通しと消費者心理
 
1.景気動向 
 現状、市場は本格的な経済の回復の達成のためにはまだある程度の時間と痛みを伴わないと果たせないとシグナルを発している。99年のわが国のGDP(国内総生産)の伸び率を、IMF(国際通貨基金)は98年12月時点ではマイナス0.5%と予測していたが、この春の見通しでマイナス1.4%へ下方修正した。国際金融情報センターなどの研究所や民間のシンクタンクもGDPの伸び率をゼロ%前後と予測しているところも多い。
 一方99年に入ってからの景気の現況を示す、輸送機械を除いた投資財出荷指数や製造業の所定外労働時間指数などの一致指数は連続で50%である。この数字は景気動向指数のうえでは足元の景気がほぼ横ばいで推移していることを示しているのである。
 今後は公共投資の効果が持続していくであろう99年秋頃までに民間の活力がいかに需要に貢献していくかどうかにかかっていると考えられる。
 また、今まで悲観一色であった景況感は最近の株価上昇で変化し始めた。企業のリストラクチャリング計画の発表は外国人投資家や個人投資家へ企業再生の期待を与えている。そしてかつてない低金利も資金の行き先として株式を選択肢の一つとして選びだした。日本の株式市場は超弱気から抜けだし、株価上昇は企業の決算を好転させる要因となってきたのである。
 
2.消費者心理と個人金融資産
 現在の国内総生産(GDP)の前期比とのマイナスはGDPの約6割を占める民間最終消費支出の減少に負うところが多い。個人は消費の決定と同時に貯蓄の決定も行うが、今のところ政策的な需要押し上げ効果が民間の需要へ結びついていないのが現状である。
 しかし日経平均株価の回復は消費者心理へ影響を与え、経済企画庁の行った消費動向調査の結果は今までとは異なった傾向を感じさせる。
 
(1)消費動向調査
 本年3月分の消費動向調査結果として発表された、今後半年間の購買意欲を示す、消費者態度指数(季節調整値)は2期連続で改善している。消費動向は上向いているとはいえないまでも下げ止まり、今後はおおむね横ばいで推移するという見方が多くなってきた。 
 
(2)日経平均株価の回復
 99年の年初には1万3千だった日経平均株価は1万6千円から1万7千円の間にあり、回復してきている。日経平均は金融不安を背景に1万2,879円97銭の最安値をつけた98年10月と比べ20〜30%の上昇である。たとえば20%の株価上昇は、年収1,080万円以上の最高所得世帯に平均27万円の資産増加をもたらし、年収824〜1,080万円の所得世帯に平均12万円の資産増加をもたらす。
 日本経済新聞社の総合経済データバンク「NEEDS」は、20%の株価の上昇は個人の消費を0.11%増加させ、GDPを0.07%押し上げると試算している。
 
(3)個人金融資産
 日本銀行が発表した資金循環速報によると、98年9月末で1,228兆円になっている。国内生産の2.5倍で、一人当たり約1,000万円の金融資産を持っていることになる。
 住宅ローンなどの個人負債金額は380兆円で、これをさしひいた純資産でも850兆円ある。
               内訳
      
      
      
      
 
定期性預金  585兆円
保険     320兆円
要求払い預金 103兆円
有価証券    80兆円
投資信託    30兆円




 
 
 また、日本の1,200兆円の個人金融資産の保有状況は、ネットベース(資産ー負債)ではほぼ7割を60歳以上の高齢者が持っている。のである。
            年代別資産保有構成
 



 
 
  20代   2%
  30代   2%
  40代   8%
  50代  19%
60〜64歳 35%
 65歳以上 34%





 
 
U 消費動向の変化
 
 今までの消費動向のなかであるものは強化され、また今まであまり意識されなかった消費動向のなかで、近年新たな傾向として生じつつあるものがある。
 
1.消費者の進化
 商品やサービスの内容によって価格は決定されるが、消費者のその要求する基準が高度化してきている。総合的な購買経験を通して消費者は成長しており、要求される最低基準をクリアしたうえでの魅力付けが必要となってきた。
 商品やサービスのポジショニング、独創性、貢献点など消費者の変化に的確に対応できないと見放されてしまう可能性がでてきた。消費者の期待を超えるプラスアルファ作りが求められる。
 
2.消費ニーズの両極化の傾向
 失業率の高止まり傾向、さらなる企業のリストラクチャリングの進展は消費者の所得格差を拡大させる。1990〜1992年、アメリカでも出現した中間所得層の減少は消費を両極端に走らせた。標準的な商品やサービス、販売方法はむしろ経営危機を招くおそれすらある。欠点を
直している余裕はない。何が自社の強みか。各種制約事項の突破などで顧客の創造が求められる。
 
3.売り手本意から買い手本意傾向強まる
 顧客満足を座標軸に小売業がシフトする。競合店に向けての努力を顧客に向けての努力に切り替える。かつて工業化原理を応用してマスマーケティングが成功を収めた。やがて同マーケティングは修正されエリアマーケティングなどが誕生したが、現在は職人による手作りのような1人1人の消費者への対応が求められる。               経営者自身や仕入れる者が現場で応対してニーズを知り、対応していく必要がある。型通りの営業方法やマニュアルの実行には限界があり、オーナー意識を持って人々の反応を喜びそれを励みにする現場レベルの顧客満足の実現が求められる。
 
4.フェアな商売実現への高まり
 そもそも商売は一過性のものではなく、消費者のロイヤリティもその場限りのものではない。使用時満足を保証することで提供する商品やサービスのブランディングが可能となる。売り手がフェアなら買い手もフェアになっていくことを信じなければならない。
 
5.買いたいストレス
 消費者の所得格差拡大は一方ではあまり消費できない人々を生み出す。買いたいが買えないストレスはせめて家庭内においての自分らしいものの購入を増加させたり、売り手の品質目標などの主張に共感した消費傾向を強めていく。
 
V 消費動向を生かすための発想
 
 前述の変化に対応するための今後の対応策をまとめてみる。
1.生存領域の再確認
 自社はそもそもいったい消費者に対してどのような商品やサービスを売ろうとしているのか。その原点や根本に戻って考えてみる。誰にでも得手、不得手は存在するが、その根本を得意のもので競争できないかを考え直し、競争を行うことが求められる。
 生存領域を便利性に設定すれば、コンビニエンスストアは世の中の便利性に貢献する商品やサービスを取り込み続けることが可能である。
 
2.自分に有利な競争ルールを決める
 何も競争相手と同じ土俵のなかで、競争する必要はない。規模の大きい相手と同じルールで闘っても負けるだけである。自分の比較優位がいかせる、例えば「ランチェスター」の弱者の戦略「一騎打ち」などのルール作りが必要である。  
 
3.差別化した貢献点作り
 消費者への貢献点は多種多様である。消費者への貢献点には価格的な安さ、品質の確かさ、サービスのきめ細かさ、商品のオリジナル性、食べ物なら美味しさなど様々なものが存在するが、競争相手と異なったことをする、他との違いを際立たせることが求められる。
 
4.ターゲット消費者の明確化
 ターゲットの明確化について小売業や飲食店を例にとると、より広い商圏で差別化により消費者に支持される方法と自店の周辺の限定した小さな商圏をターゲットとする2つの方法がある。
 理論的には差別化によりニッチマーケットで繁栄を築いていくことは可能であるが、現実的には規制緩和で小売業や飲食店の商圏は縮小化している。立地産業である宿命を持つ以上、周辺の人々の心をがっちりつかむことが必要である。
 
5.スケール志向からトライヤル志向への転換
 スーパーや専門量販店は、同じような店を増やすことで規模の利益を実現して勢力を拡大してきた。環境変化に対応して、常に競合店より競争上優位な差別化が維持・拡大し続けられればさらに勢力は増す。しかし自身の競争優位性が陳腐化し、消費者の新たなニーズを反映した商品やサービスを武器にした強力なライバルが出現すると成長は止まる。
 成長が止まれば、新規雇用は止まり従業員の年齢は上がっていくため人件費が増加するのである。さらに出店が止まることで売れ残り商品の在庫管理の選択肢が減少して、在庫を増やす結果を招く。
 そこで市場社会は将来を予測することは非常に難しいという前提に立ち、できるだけ柔軟に末端の情報をうまく利用した形で企業や組織を運営する、すなわちできるだけ末端の情報を持っている人に任せてやらせる方法が考えられる。個々の企業や個人は自分に関連のあるところに関して最も多くの情報を持っており、それを利用することで変化に対応していく。その結果失敗すれば撤退し、成功すれば拡大するトライヤル志向を組織の中へ取り込んでいくことが求められる。
 
6.時間を消費者への貢献点として位置づける
 消費者にとってタイムセービングは最も重要な問題である。消費者は2つの制約を持っている。1つが予算の制約であり、もう1つが時間の制約である。豊かになるほど所得が増え、予算の制約は緩くなってくるがどんなに豊かになっても1日は24時間という制約は全く変わらない。「ニューヨークタイムズ・マガジン」はニューヨークの「ナイキタウン」やスーパーリジョナルショッピングセンターで営業している「レインフォレスト・キャフェ」においての消費者の疑似体験を3分間の幸せと紹介した。豊かな国の消費者はさまざまな体験を期待しているが、活動には時間とお金がかかる。そこでその雰囲気に3分間浸り、消費を行うのである。
 安売りコーヒー店は15分間の顧客満足を実現するビジネスとも考えられ、コンビニエンス・ストアは現実に消費者の時間節約に貢献している。消費者の時間をいかに大切に考え、時間を使わせずに消費させるのかの取組が必要になってくる。
 
7.広告宣伝の重要性
 消費者は商品やサービスを提供する売り手が考えているほど、その売り手を認知していない。取扱商品やサービス内容、競合他社との違い、自社のポリシーや拘りなどことあるごとに自社の存在を訴え続ける。自分の商品やサービスに自信があれば継続的に広告宣伝を行うことで長期的には消費者に受け入れられていく。自腹を切ってコストをかけ、自社はこいうスタンスでビジネスをやっているということを知らせる必要がある。
 
結論
 変化する消費動向をビジネスに取り込んでいけるかどうかが、存続と繁栄の鍵である。いいかえるとそれは競合店との競争というよりは消費者との競争である。潜在化している消費者ニーズや何らかの刺激で知覚されるニーズは現状の商品やサービスに不満足な場合が多い。人間の欲望は無限であり、その未充足なニーズを素早く捉えて対応していく行動が現在求められるのである。
月刊「コントロール」NO.1062 1999年8月号掲載原稿