「ねえ、涼兄ったら!緒美の話、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ…」
膨れっ面で問う緒美をよそに、涼介の視線はまだ手元の本に向けられている。
「もう!」
「あ、おい」
ぱっと立ち上がった緒美が、涼介の手から本を奪い取った。
「今はダメ!」
やれやれ…と涼介が苦笑いを浮かべる。
仕方ないな、と本を取りかえすことを諦めて。涼介はソファに深く座り直した。
「で?続きは?」
穏やかに自分を見て尋ねてくる涼介を見て、緒美はにっこりと笑う。
「バレンタインデーのチョコレート、買ってきたの。食べて?」
片手にラッピングされた包みを持って、緒美がすとんと涼介の隣に腰を降ろした。
がさがさと自分で包装を解き、蓋を開ける。
「涼兄甘いの好きだから、甘いの買って来たの」
ありがとう、と。箱の中で綺麗に並ぶチョコレートに涼介が手を伸ばそうとした時、ダメ、と声が飛んだ。
「食べさせてあげる」
チョコレートを一枚つまみ上げて、緒美がまたにっこりと笑う。
「はい」
そう言って、緒美は手にしたチョコレートを自分の口元に運んだ。
そっと口唇でくわえて、小首をかしげて。
意味するところを汲み取った涼介が赤面するのもお構いなし。
やがてゆっくりと顔を寄せた涼介が、端のところをそっと齧り、困ったように笑って緒美の頭を撫でた。
「ありがとう…」
「いくじなしね」
そう言って緒美は口唇に残った分を噛み砕きながら、大人びた顔で笑った。
終わり。