新たなる認識
「藤原ぁ! 今日暇?」
遠征帰りに寄ったパーキングで唐突に声をかけられた。
「はあ?・・ええ。まあ・・」
特に予定はないし・・と曖昧な返事を返す。
「帰りさ、俺んち来ねえ?」
何とも・・唐突な誘いだ。
「帰り?今からですか?・・まあ、啓介さんの所を通過して帰るんですから・・別に構いませんけど・・」
その返事を聞いて、啓介の顔がほわっとほころぶ。
・・相変わらず・・感情が素直に出る人だな・・
そう思いながら、手にしていた缶コーヒーを空にする。
「じゃあ・・俺の後ついて来てくれよな。ちょっと・・寄り道すっから」
啓介は拓海にそういって、笑顔のままでFDに乗り込んだ。
なんだか・・うきうきして見えるのは気のせいじゃないようだ。
「・・何かんがえてんだろ・・」
一人ごちながら、空になった缶をゴミ箱に入れ、拓海もハチロクに乗り込んだ。
ハザードをチカチカとさせるとFDが動き出す。
少し緩慢な高速をけだるそうに走り、先行するFDがウインカーを出したのは、何時も降りる所よりも1つ手前の出口だった。
「・・そういや、寄り道するっていってたっけ・・」
あれ?と思ったときに、啓介の言葉を思い出す。
そして後に続いて、高速出口へとハンドルをむけた。
しばらくの間市街地を走り、啓介のFDがハザードを出して車を止めたのは、小さな商店街の入り口の傍だった。
「何でこんな所で・・?」
不思議に思って窓を開けてみると、とととっと啓介が小走りによって来る。
「悪ぃ! ちょっとここで待っててくれよな!」
そう、一言いって、商店街の中へとかけていく。
その後ろ姿を見ながら、やっぱり確信する。
「なにが嬉しいんだろう?・・絶対うかれてるよな・・あの人・・」
拓海は、啓介が戻って来るまでの間、ぼんやりしながら、人の流れを見つめていた。
そして、人混みの中からひときわ目立つ存在に気づく。
周りよりも足取り軽く・・なのだが、人をよけるのが下手で、少しぎこちなく歩く青年の姿。
よく見ると、その手には白い袋が提げられている。そして、その袋の水平を保とうと必死になっているのが見て取れる。
「あ、帰ってきた・・何買ってきたんだろう?」
窓に肘をついてぼんやりと自分の方を眺めている拓海に気づいた啓介は、片手で『すまん!』と拝むようにして、FDの方へと小走りにかけてゆく。
そしてナビの方にまわって、その袋をおくと、拓海の方へと戻ってくる。
「待たせてすまねえな、藤原。じゃ、うちへ戻るぜ」
また後をついてきてくれよ?といいながら、ちょちょいと手をふって、FDに乗り込み、再び市街地を走り出す。
しばらく走ると・・拓海にも見慣れた道へ出た。
「あ〜・・もうちょっとで着くな・・」
そう思っているウチに、高橋家の前へと到着する。
門の所から少し離れたところに拓海はハチロクを止めて、啓介が車庫入れするのを待つ。
「わるい、待たせたな・・まあ、入ってくれや」
そういって、啓介は先ほど買ってきた袋を大事そうに取り出して、玄関の方へと歩いていく。
「いえ、そんなことないですよ。・・おじゃまします。」
最初にここに来たときはその玄関の広さに驚いていたが・・それももう慣れた。
勝手知ったるなんとやら・・・で、何時も案内される部屋の方へ向かおうとした時・・
「あ、藤原、今日はそっちじゃない。こっちこっち!」
ふりむくと、啓介の指はダイニングの方を示している。
「あ、ただいま〜。アニキ・・買ってきたぜ?」
ダイニングの奥に向かってそういいながら、啓介は手に提げていた袋を少し挙げてみせる。
「ああ、こっちもだいたいできてる」
不思議に思ってのぞき込んだダイニングには、白いクロスのかかったテーブルが大きな窓際にセッティングされていた。
そして、その横にはティーセットの乗せられたワゴンも置いてある。
「ああ、藤原、良く来たな・・ま、もうちょっとで準備できるから・・座って待っててくれ」
そういいながら、涼介は手に持っていた花瓶をテーブルの上に置く。
そして、活けられていた花を軽く整える。
「藤原は・・紅茶いけたよな?」
「・・はい・・別にコーヒーでも紅茶でも・・何でも飲みますけど・・」
拓海の頭は、まだこの状況を理解できていない。
何がどうなっているのやら・・・
「あの〜・・この状況はいったい?」
いつまでも判らないままでいるのもイヤなので思い切って聞いてみる。
「状況? なに?」
啓介が不思議そうな顔をする。
「いや、啓介さんに・・帰りこねえ?って言われたから来ましたけど・・これって?」
そういいながら、目の前のテーブルを指さす。
「なんだ、啓介、藤原に説明してなかったのか・・」
ん?あれ? と、啓介の顔に大きな『?』が浮かぶのがみてとれる。
「・・・そうみたい・・だな・・悪ぃ!藤原!」
ペコ!と頭を下げてあやまる啓介を横目に、涼介が笑う。
「フ・・まあいいさ。別にそんな大したことじゃないからな・・。まあ、緒美が美味しいケーキ屋を見つけたと教えてくれたんだ。ただ、そこでお茶をするには・・飲み物のほうがな・・おすすめできないと言っていたからな。どうせなら・・と思って・・ちょっとセッティングしてみたんだ」
「そうそう。でさ、俺とアニキだけじゃ・・なんかサミシイじゃん。で、藤原暇かなあって思って・・声かけたんだよ。ケンタでもよかったんだけど・・あいつ、うるせーしな・・」
苦笑しながらそういう啓介の言葉を聞いて拓海も心の中で同意する。
(たしかに・・・・あの人は静かじゃないな・・)
「ほら、啓介、お前も手伝え。ケーキだしとけよ?」
「あ、はぁい・・」
そう言いながら、立ち上がってさっき買ってきた物を袋から出す。
「アニキぃ・・皿とって?」
ケーキボックスのシールをめくりながら涼介が皿を出してくれるのを待つ。
「ほら、これでいいだろ?」
かわいらしい花がちりばめられた柄の白い大きな皿を涼介が差し出す。
「ん。サンキュ!コレなら全部乗るだろうし」
「全部って・・お前いくつ買ってきたんだ?」
「え? えっと・・緒美おすすめパンプキンパイとチーズケーキと・・あと・・イロイロ選んだから・・全部で10個・・かな?」
指折り数える啓介をイスに座ったまま見ていた拓海は愕然とした。
(へ? 10個? なんでそんなにたくさん・・・)
「あの〜・・ひょっとして啓介さん甘いものズキ?」
おそるおそる尋ねてみる。
「ん? そんな言うほどじゃないけどな・・甘い物は結構好きだぜ?俺も・・アニキも・・」
な! そういって涼介の方を振り返ると、涼介もうなずいてみせる。
「そうだな・・キライじゃないな」
何時の間に用意したのか・・ワゴンの上にはすでに紅茶が用意されていた。
「ほら、啓介・・俺の方は用意できたぞ?」
そういって、各自の席に紅茶を置いた。
ふわっと良い香りがあたりに漂う。
「ん、もうちょっとまって・・よっと・・」
傍目にみて危なっかしそうな手つきでケーキを皿に載せている。
「ん、よし・・と」
満足そうに笑みを浮かべると、啓介はその大皿をテーブルへと運んでくる。
「はい。好きなの選んでくれよ?あ、緒美おすすめパンプキンパイはそれぞれの分あるから」
・・・・え?
拓海は自分の耳を疑った。
ふつう・・ケーキって一人一個じゃねえの? それとも・・・俺の感覚がまちがってる?
ちらりと・・見た高橋兄弟の皿には・・パンプキンパイの他にもう一つ・・それぞれが選んだケーキがすでに乗っていた。
啓介の皿にはショートケーキが。涼介の皿にはチーズケーキが。
「ほら、藤原? 遠慮しなくていいんだぜ? どれがいい?」
パンプキンパイをすでに皿に載せて、にこやかに啓介が聞いて来る。
「・・・いや・俺・・その今皿に載ってるヤツだけで・・十分なんですけど・・」
笑顔で聞いてくれている啓介に悪い気がして、小さな声でいってみた。
「そうなんだ? まいいや、欲しくなったら勝手にとっていいからな?」
そういって、拓海の前にその皿をコトリと置いてくれた。
「はあ、わかりました・・・いただきます」
ケーキを見ながら、涼介の入れてくれたお茶を飲む。
「あ・・美味しい」
素直な感想だった。
「ふ・・そう言ってもらえると嬉しいな。こっちも、おかわりはあるから。好きなだけ飲んでくれ」
にこやかに笑う涼介の前の皿をふと見た拓海はまた驚くこととなる。
・・・・早!もう・・半分ない・・
何時の間に口に運んだのか・・涼介の皿のパンプキンパイはすでに半分形を消していた。
「やっぱり、緒美は女の子だな・・こんな美味いケーキを見つけてくるんだから・・」
満足そうな笑みを浮かべ、涼介が感想を述べている。
「そうだよな〜・・俺、買うときかなり迷ったんだよ。すっげ美味そうなのばっかりでさ。で、結局えらびきれなくて・・こんなに買っちゃったんだよな〜・・」
啓介も嬉しそうに言っている。
・・・俺あんまり・・甘いもの得意じゃないんだけどな・・
そう思いながらも、拓海はパンプキンパイに口を付けた。
「あ・・ほんとだ・・美味しい?」
素材の味が生きたそれは、甘い物を得意としない拓海にも食べられるものだった。
次回の遠征について等イロイロ話しながらケーキを少しずつ口に運ぶ。
けれど、やはり1切れは食べきれず・・3分の1ほどを残して、ケーキを食べるスピードは激減してしまった。
それに引き替え、涼介も啓介も自分の皿の上のケーキはキレイに食べられていた。
「どうしようかな〜・・・」
その啓介の言葉に拓海が顔を上げた。
見ると、自分の皿を持って、次のケーキを品定めしている啓介の姿が目に入った。
「ん? お前もいる?」
嬉しそうに尋ねてくる啓介にあわてて首を振って応える。
「いえ!俺はもう十分です!」
「そうか・・美味くなかったか? ここの・・」
少し残念そうに啓介がいう。
「いえ、そう言うワケじゃないですけど・・やっぱ、俺はちょっと甘い物は苦手です・・」
「啓介・・・お前まさかそれ全部食べる気じゃないだろうな?」
横で笑いながら涼介が聞いてくる。
「ん〜・・食べられるものなら全部食べたいけど・・さすがにそれはムリだろうしな〜・・だって・・全部違うヤツだしさ・・」
「じゃあ啓介、俺にそのムースのヤツをとってくれ。半文ずつにして食べたらいいだろう?」
さすがに・・4つとなると食べ過ぎだろうと思った涼介は啓介にそう提案した。
「うわ!さっすが!アニキ!・・やた!」
それを聞いた啓介はうれしそうに自分の皿に載せたケーキと、涼介のムースの半分ずつを乗せ変えた。
・・・やっぱり・・この人達は・・何か違う!
一部始終を見ていた拓海は、訳も解らないところで感心していた。
結局啓介はケーキを3個と拓海が残した3分の1(種類としては4つ)をたべ、非常に満足そうな顔をしていた。
「なあ、アニキぃ・・またこういうのやろうぜ?・・なんか面白かった!」
「そうだな・・また新しい店を緒美におしえてもらったらな・・」
「あ、勿論藤原も!また来てくれよな!そのときは!」
嬉しそうにいう啓介に拓海は逆らえるはずもない。
「ええ。わかりました・・。また誘ってください」
そういって、高橋家を後にした拓海は・・ハチロクの中で首をひねっていた。
やっぱり・・・ちがうよな〜・・・なんか・・あの人達って。
やることなすこと・・俺と違う・・すげ〜。
変なところで感心する拓海であった。
そして、いつの間にか・・・遠征帰りには高橋家でお茶を飲むという約束が出来ていた。
・・・いちおうend
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