さくら
さわさわと暖かみを増した風が吹く。
その風に煽られるように桜の花びらがはらはらと舞い散る。
いつもの年よりも少し咲き急いだ桜がこれでもかと一斉に咲き誇っていた。
お気に入りの桜の木の下で、若芽を伸ばしている草の上にころりと寝ころび、空に大きく広げられたピンクのカーテンを見つめる。
幾重にも重なった枝にはこれ以上なく花がつき、隙間無く色を重ねている。
時折強く吹く風が枝から花びらをもぎとり、これでもかと言うぐらい舞い散らせる。
遠くを眺めると桜色の空気が形を変え、色の濃さを変え移動していく。
この場所でこうやって何も考えずにこの風景を眺めるのがこの季節の定番だった。
いつのまにか頭の上だけでなく、体全体にも桜の花びらは降り積もり、寝ころんだその身をうっすらと覆い尽くしていく。
どれぐらいその場にいたのか。
ふと身を起こし、降り積もった花びらを払い落とす。
かなりの量が舞い散るがそれは再び風にのせられて辺りの空気を染めていく。
「・・・春か・・」
うすやみに包まれ出した空を見上げながら一人つぶやく。
今は誰もが待ちこがれる春で。
新しい季節はいつも優しく迎えてくれる。
しかし季節が移ると言うことは決められた期限が近づくと言うこと。
いつもなら楽しみな季節が今年に限っては少し憂鬱で。
らしくもなくため息を付いてその場を後にする。
少し離れた所に止めていた愛車を駆り、桜色の絨毯を蹴散らして。
気分がスッキリするまで何度かそこを往復する。
町中に帰り着く頃にはすっかり日は暮れていた。
いつものようにガレージに車を納めようとして普段は無いその車を見つけ笑みが浮かぶ。
「今日は早いんだ・・」
玄関のドアを閉めるのももどかしく、家の中にかけ込む。
「ただいま!」
そういって飛び込んだリビングのソファには久しぶりの後ろ姿。
「おかえ・・」
全部を聞く前にその後ろ姿にしがみつく。
「今日は早いんだな!!」
「まったく・・タマに早いとこれだからな・・」
苦笑しながら回された腕をはずし、自分の横をぽんと指し示す。
「ほら、ここへ来い」
示されるままにその場にすとんと収まる。
「・・・なんだ・・山へ行ってたのか?」
沈み込むようにソファにもたれ込んだその頭のてっぺんには花びらと小さな枯れ草。
「ん。桜みてきた」
「そうか・・」
そういいながら、髪に付いたそれらをそっとつまみ上げる。
「俺・・・がんばるから」
何を・・とは言わない。
言う必要もない。ただそれだけを伝えるだけでかまわなかった。
「期待している」
その一言で充分だった。
「まかせとけ」
そしてその返事もそれだけで。
後はそれぞれの領分。
持てる力を全て解放。得られた結果が全て。
そしてプロジェクトは始まる。
end
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