Angel Wing
強く、激しく。
なめらかに、しなやかに。
いつも前を見ていよう。
後ろを向いてる暇はない。
そう、あたし達はいつも二人だった。
もちろん、一人で走るときもあるけれど。
二人で走る方が一人で走るときよりも楽しくて、そして充実していた。
いつまでもこうしていたかったけれど。
でも、いつまでもそれを続けていられるわけでもないことも判っていた。
期間限定の『天使たちーangelsー』
「そうだ。真子!明日暇だって言ってたよね?その次は?連休であたしにつきあってくれる?」
金曜の夜の恒例となっていたファミレスでのお茶をしながら、他愛もない話をしていた沙雪はにっこりと微笑みながら、なおかつ断ることのできない雰囲気を身にまとい真子の顔を覗き込んだ。
「え?うん。いいけど・・・つきあうってどこに?」
「きゃー。だから真子大好きよ〜!」
いきなりの頼みにも快くつきあってくれると言った真子の手を握りかえしながら沙雪はその返答をごまかす。
「そうね。11時に・・・うん。国道ぞいのあたしの家に近い方のファミレスの前でね!あ、そうそう、シルエイティに乗ってきてね?絶対よ?」
目の前のすっかり冷め切ってしまったミルクティの残りを飲み干しながらウインクをして念を押す。
「うん。わかった。でも、沙雪の家の前まで迎えに行くよ。その方が楽でしょ?あ、別にこれと言って持っていくものないよね?」
服装も?と今度は真子が念を押す。
前にも似たようなことがあって別に何も気にせずミニスカートを履いていったら、行き先は遊園地でアトラクションの半分を諦めたことがあったからだ。
「いいの?ありがと!今度は大丈夫だってば。お泊まり一回分で。そうね。できるなら少しおめかしの方がいいかな?あたしのためにね♪」
そういっってくすりと笑いながら沙雪は飲み干したカップをテーブルに戻し、伝票に手をのばす。
「それじゃ、そろそろ出ようか。結構な時間になっちゃったよ」
時計を見ると後二時間弱程で日付けがかわる時間だった。
「今日はどうする?行く?止める?」
今日はあたしが払うね。あたしは真子につきあうよ。どうする?
そういってレジ前で会計をしながら沙雪は真子を振り返る。
「ありがとね。んー、じゃあ、ちょっとだけ行こっかな。せっかく天気もいいんだし。明日もあるけどいいよね」
「よし。じゃあ、行こう!真子」
二人はファミレスを後にして走り慣れたホームへと向かう。
いつものように最初は軽く。そして本気で2本。
ブルーの車体は光を伴い斜面をなめらかに流線で切り裂いてゆく。
「うん。やっぱり真子の運転はサイコーだよ!」
いつものコトながら、走り終えると沙雪は両手ばなしで真子を誉める。
「ありがと、沙雪。そういってくれるととても嬉しい。でもね、沙雪のナビが無かったら、ココまでは走れないよ。あたし達は二人だから強いんだよ?一人だけだったらこんなコトできないよ。」
ね?と小首を傾げてくすりと真子は笑う。
「沙雪、そろそろ帰ろうか。明日もでかけるんでしょ?」
そういってシートに身を滑らせ、ベルトを締める。
「うん。そうだね」
沙雪もナビに乗り込みながら頷く。
「で、ドコに行くの?まだ聞いてなかったよね?」
「近場近場。明日になってのお楽しみってことでどう?」
その表情は見えないけれど、真子には沙雪が嬉しそうにしているのが声で判る。
「わかった。沙雪がそういうなら明日まで楽しみにとっておく」
しかたないなぁ。沙雪は一度言い出したらきかないんだもん。
いつものルートをたどり、玄関前まで沙雪を送る。
「ありがと、真子。また明日!おやすみ」
小さく手を振り遠ざかるシルエイティを見送って沙雪も玄関をくぐった。。
もうすぐ来るね。
時計を見れば約束の時間まで後少し。
玄関でついうろうろしてしまう。
・・あ。
遠くに聞こえるシルエイティの音。
急いでカバンを掴み、玄関を飛び出す。その目の前に鮮やかなブルーがするりと飛び込んできた。
「おはよ!真子!」
いいながら、荷物を後ろへ入れる。
そして運転席の方へと回り込み、ちょいちょいと手招きする。
「真子、ちょっと」
「?なぁに?どしたの?沙雪?」
いつもと違う沙雪の行動に不思議に思った真子は窓をあけて顔を出す。
「ごめん、ちょっと出てきてくれる?」
小さく目の前で手を合わせる沙雪。
「どしたのよ?」
「うん。あのね」
いいながら、沙雪は真子の手をにぎり、ナビシートの方へと連れて行く。
「はい。今日は真子がこっち。」
そういってナビ側のドアを開ける。
そして自分は急いで運転席へ。
「え?ええ?どういうこと?」
シートに座りベルトを締めている沙雪を見つめ、真子は呆然と立ちつくす。
「・・どういうことって。こういうこと。アタシが運転するの。それ以外に何があるっていうのよ?」
ほら、早く乗ってよ。
沙雪はそういって真子をせかす。
「え、でも・・沙雪・・」
「いいの。ほらぁ、早く乗って!」
沙雪の勢いに負けた真子は大人しくナビに乗り込んだ。
「じゃ、行こう!」
真子がシートベルトをするのを確認して、沙雪はアクセルを踏み込んだ。
「・・・・!」
急激な加速で体がシートに押しつけられる。
「さ、沙雪・・?」
横をみれば普段とは全く違う表情を浮かべた沙雪がいた。
「安全運転でいこうね?」
おそるおそる口にしてみるけれど。
じぃっと前をにらみつけている沙雪からは返事はない。
思わず真子は窓の上の取っ手とシートベルトをぎゅっと握りしめる。
・・・どうか無事につきますように・・
真子の必死の祈りが通じたのだろうか。何度となく上がりそうになった悲鳴を押し殺し続けたのどはすっかり渇いていたが、震える足を勇気づけて、やっとの事でシルエイティから降り立ったのは昼も大分過ぎ、夕方にはまだ早い頃。
「はー・・何とか無事に着いたみたいね・・」
目の前には大きく湖が広がっている。
ドアにもたれかかって、大きく深呼吸をすると、新鮮な空気が肺を満たす。
「・・・?沙雪?」
しばらく待っても出てこない沙雪を不審に思って車内をのぞき込んでみる。
「ちょ、ちょっと!沙雪どしたの?」
そこにはシートににぐったりと身を預けている沙雪がいた。
「・・・疲れた・・」
ぼそり。とつぶやくような声が聞こえる。
そして、ごめんねぇと小さく謝る。
それもそのはず。家を出てから沙雪の全身にはガチガチに力が入り、リラックスなんて表現はドコにも見あたらず、横に座っている真子が何度か声をかけても返事すら出来なかったのだ。
「・・沙雪・・ここだったら、アタシもこれるのに・・」
二人で何度か来た場所だった。
「いいの。アタシが真子を連れてきたかったの。アタシが運転して」
ばさり、と髪を掻き上げ、もたれたシートから身を起こす。
「さて、いこっか」
シルエイティから降り、ううーんとノビをして沙雪は真子を促した。
「って、どこに?」
「ま、ついてきたら判るよ」
そういって、沙雪はどんどんと進んでゆく。
小さな路地を通り、道を渡り。
数分歩くと目の前にかわいらしい家が見えてきた。
「ここ。今日の宿」
そういって指さす家は真子にとっても思い出深い物だった。
初めて沙雪と二人でここに来たときに前を通り、かわいいね。泊まってみたいね。といっていたその建物だった。
「沙雪・・ここって・・」
「覚えてた?なつかしいでしょ?」
くすりと笑って沙雪は中に入る。
案内された部屋はいかにも女の子向けのかわいらしい調度品でそろえられていた。
「わー!かわいい!」
優しい色合いでそろえられたベッド周り。
カントリー調のテーブルセット。
そう、広くはない部屋だったが、その作りはとても真子を満足させた。
「よかったー。真子が喜んでくれて」
窓際に立ち、室内をくるくるとみて歩く真子をみて沙雪も笑顔になる。
「それじゃぁ、荷物おいて、周り見に行こうよ。ついでにお茶もしよ?」
ほっとしたらおなか空いちゃったよ。
準備をした二人はひとまず途中のカフェでお茶をし、宿の夕食の時間まで周囲の散歩を楽しんだ。
「わ。すっごいおいしそー」
「うん。いい匂いしてるねー」
ディナーは女の子向けの品数の多いコース料理だった。
美味しい物があったら女の子はそれだけで幸せになれる。
二人は美味しいねーと何度もいいながらそのコースと、一緒にオーダーしたカクテルを味わった。
「美味しかったぁ。おなか一杯」
部屋に戻ってベッドに身を投げる。
「沙雪ってば・・」
その姿を見て真子はくすりと笑う。
「でも・・沙雪、いきなりどうして?」
真子もベッドに仰向けになりながらずっと疑問に思っていたコトを口にする。
「ん?なにが?」
「いきなり泊まりにきたりして。それに、ココに来るのにもいつもだったらアタシが運転するのに今日に限って沙雪が運転だったし・・なんか変だよ?沙雪、何かあったの?」
くるりと寝返りをうち、真子は沙雪を見つめた。沙雪は天井を見たまま動こうともしなかった。
「・・・・」
ぼそりとそのままで沙雪はつぶやいた。
「え?何?」
真子は聞き返すけれど沙雪はふるふると首を振るだけだった。
「どうしたのよ。沙雪らしくない」
そういって真子は沙雪の寝ころぶベッドへと移動し、その真横に座った。
「なぁに?沙雪?」
上からのぞき込むようにして再び訪ねる。
「・・・時間がね・・」
「時間?」
不意に沙雪は真子の方へと腕を伸ばしその腰をぎゅっと抱きしめる。
「もう、時間がないから。もうすぐ真子が東京に行っちゃうから。もう、こうやって二人で簡単に遊びに来たりできなくなっちゃうから。一緒にいられる時間ももう、短いから」
「・・・だから?」
だからこうやってわざわざ?
優しく真子は沙雪の髪をなでる。
腰に回された手に再び力が込められる。
「・・・真子ぉ・・・」
小さくつぶやいた沙雪の声がくぐもって聞こえる。
「沙雪、あたし出来るだけやってくるから。みててよ。こんなアタシだけど、ドコまで出来るかわかんないけど。絶対諦めないから。何かあったら、沙雪のこと、沙雪と一緒にやってきたことを一番に思い出すから。だからみてて?」
いま真子に出来るだけの意思表示。
まだ目の前のすべてが見えているわけでも道があるわけでもない。
これから、すべてに立ち向かっていくのだ。
「真子・・あたしの翼、真子にあげる。いま、あたしと真子の背中にある翼。今まで二人で飛んできた翼。今、それが必要なのは真子だから。あたしは別の翼で始めるよ。そしていつか真子に追いつくから。それまであたしの前を飛び続けてよ。あたしは後ろから見ていてあげる。真子が好きなように飛べるように。いつでも応援してるから」
そういって顔を上げた沙雪の瞳には涙が浮かんでいた。
「さびしいけど・・真子が決めたことだから。真子にはその才能があるんだから・・がんばって・・」
ぽたり・・沙雪の顔に暖かい物がおちてくる。
「沙雪ぃ・・ありがと。もらっていくよ。あたしと沙雪とで育てた大きな翼。あたしが大事にもってる。そして前よりも大きく育てるよ。いつかまた沙雪と飛べるときまで」
こつん、と額をあわせる。
そしてどちらからともなく口づける。
今の感情が愛情とも友情とも判らないけれど。
お互いが大事なことに変わりはなくて。
しばらくそのまま抱き合っていたが、ふと真子が訪ねた。
「ね、沙雪・・ひょっとして・・ココに来るとき沙雪が運転したのって・・新しい沙雪の翼をあたしにみせてくれてたの?」
「ん。本当はもっとスマートに運転したかったんだけど・・やっぱ、ATばっかり乗ってたらだめだよね」
名残惜しそうにぎゅぅっと真子の体を抱きしめると、沙雪は勢いをつけて起きあがる。
「真子。お風呂はいって寝よ! 明日は妙義によってから帰ろうよ。ひさしぶりにあいつらの顔みていかない?」
「そうだね。ホントしばらくあってないモンね」
二人そろって現れたらどんな顔するだろう。
想像してちょっと楽しくなる。
そして二人はなんだかんだと言いながら夜遅くまで語り、いつの間にか眠りに落ちていた。
「おはよ。真子!今日もいい天気だよ!」
先に起きた沙雪は真子を起こす。
「ん・・」
目をこすりながら沙雪をみた真子はふわりと笑う。
「さゆき・・こっからみると背中に羽根があるみたい」
振り返ると窓から挿す光と、カーテンのレースの影が沙雪の背中に模様を投げかけていた。
「そ。あたし達には羽根があるのよ。忘れちゃダメよ。真子」
ほら、朝ご飯食べたら出発するよ。
笑った沙雪は何か吹っ切れたような顔をしていた。
「それじゃ、妙義に向かってしゅっぱーつ!」
シルエイティに向かう沙雪を真子は必死になって押しとどめた。
「まって!沙雪、帰りはあたしが運転する!」
「どうして?大丈夫よ、絶対ぶつけたりしないから!」
何故とめるの?
「そうじゃなくって。もうすぐ二人で乗るのも終わりじゃない?想い出に乗っておきたいの。だからあたしに運転させて?それに妙義に行くならいい練習にもなるから・・ね?」
「・・じゃぁ、お願いする」
そういって沙雪は大人しくシルエイティのキーを真子に渡した。
受け取って真子は微笑む。
「じゃ、あらためて。しゅっぱーつ」
陽光の下小さな天使は小さな羽ばたきを残して去っていった。
end
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