どっちもどっちver.2
「毅!勝負だ!」
いつものように集まったガレージでいつものように繰り返されるやりとり。
月に一度はこうして慎吾と毅のバトルが始まる。
ただし、普通のヒルクライム、ダウンヒルだけではマシン性能の差もあっておもしろくない。
月イチのその勝負は毎度毎度なにかしらが付属してくる。
前回は毅が天津甘栗を持ってきていた。二〇個を剥いて食べてのダウンヒル。
その勝負には手先が器用な分、毅が余裕の勝利。
今のところ戦績はほぼ引き分け。
「おう、今回はナンだ?」
もうすでに毅も心得ていて、車にもたれながらふかしていたタバコを消すと慎吾の側へとやってくる。
「今回は特別だぜ。焼き芋屋のおっさんに焼いてもらったんだ」
にしゃりと笑いを載せた顔は助手席に置かれた発泡スチロールの箱に向けられる。
「今回は持ってこれるモノか?・・・特別って・・ナンだそりゃ?」
助手席の方へとまわりこみ、開けられた窓から身を乗り込ませその箱を取り出す慎吾の横に並んで覗き込む。
「今の時期、全然旬じゃねぇからあんまり旨くないかもしれねぇけどな、でもいい感じだとは思うぜ?」
きっちりと閉められた箱を少し開けて中身をのぞき込むとそこからふわぁっと白い湯気が上がる。
「お。流石! まだ冷めてねぇな。よし。」
蓋は速攻できっちりと閉められる。
その上がった湯気は香ばしい匂いと共に毅の元へととどき、消える。
「・・・慎吾・・? これってしょうゆの匂いだよな? 焼き芋にしょうゆはあんまりあわねぇと思うが?」
鼻をうごめかし、漂った匂いで中身を推測する。
「くっくっく。だからゆったろ?特別にやいてもらったんだって」
不思議そうな顔を浮かべる毅の表情を見て慎吾は楽しそうに笑う。
「ま、冷めねぇウチに始めようぜ?そうだな。今回はどっちでもいいぜぇ?先でも後でも」
ぽん。と箱の上に手を置き、どうする?と顔で聞いてくる。
「中身をしらねぇのに決めるのか? まぁいいや。じゃぁ、クライムでいこうか?」
「おっし。じゃぁ、今回のルールな。まずはいつもどおり、全部きれいに食べること。で、端は3センチまでならオッケ。それ以上残ってるとアウトな。それと、今回はクライムだから、毅はいつも通り停めて車の外へ出てドアを閉めた次点でゴールな。それでいいか? ああ、スタートはいつも通りクラクションから5カウントな。」
「ああ、それでいい。・・で。それはナンなんだよ。気になってしょうがねぇ」
「へへ。ホントは夏の方が絶対旨いんだけどな。なんか食いたくなったから、ムリゆってやいてもらったんだよ。ほら」
そういって蓋をあけられた箱の中には新聞紙のかたまりが。
「あ?」
「ほらよ。熱いぜ? 気をつけろよ?」
そういって慎吾は新聞紙の中からビニールにいれられたそれをとりだし、新聞紙でくるむとそらよ、と手渡した。
「焼きトウモロコシか!」
湯気をたてているそれは確かにまだ熱かった。
「・・・結構強敵だな・・・」
「忘れんなよ? きっちり食えよ? あ、当然口の中にも残ってたらアウトな」
それじゃ、そろそろはじめようぜ?
と慎吾は車に乗り込む。
「おまえのほうもな。こんな熱いモノ持ってくるとは。勝機はあるのかよ? お前猫舌じゃなかったか?」
いいながら毅も車に乗り込む。
・・・さてどうするか。アツイもので、ヒルクライム。
どう考えても自分の方が有利と思える。だが、これを持ってきたのが慎吾のほうで。
・・・何か作戦があるんだろう・・
シートベルトを締めながら考えていると慎吾の車にライトがつく。
自分もライトをつけ、準備は出来た。
パアン!
周囲に響くクラクション。
1・2・3・4・ GO!
毅はカウントと同時にアクセルを踏み込み、先にクライムを終わらせる方を選んだ。
「・・慎吾のヤツ・・先に食うのか?」
バックミラーに映るライトに全く動きはない。
「なら、ゴールで待ちかまえててやるだけさ」
後ろに向いていた気を目の前の道に向け、走り慣れた道を攻めあげる。
一方、慎吾は、といえば。
飛び出していく毅の車をにらみつけながら大口を開けてトウモロコシにかぶりついていた。
「やっぱ暖かいウチに食わねぇとなぁ?」
車の中にしょうゆの匂いが充満する。
端から3センチ。目分量でアタリをつけ、先の方からぐるりと回し、綺麗にかじり取っていく。
しょうゆとトウモロコシの少し焦げた香ばしい香りとトウモロコシの持つ甘みが口の中にひろがる。
・・あ、それでもやっぱうめぇわ
口にはださずにうんうんとうなずきながらもぐもぐと必死に嚥下していく。
おっさんに感謝だな。
何度か買うウチに顔なじみになった焼き芋屋のおっさんにふと聞いてみたのだ。
これって芋しかやけねぇの?と。
おっさんは笑いながら芋しか焼けねぇわけないだろう? と大笑いしてくれた。
そして、何が焼きたいんだ?とも聞いてくれた。
ただの思いつきで聞いただけだったのだが。
その瞬間に慎吾の脳裏に焼きトウモロコシが浮かんだのだ。
「トウモロコシ・・は?」
今が季節じゃないのは重々承知。
「トウモロコシな。網がいるけどなぁ?」
食いたいのか?
「おまえさんが持ってくるなら焼いてやるよ」
そういってばんばん!と慎吾の背中をたたいて笑う。
「え?マジ?」
「ああ、かまわねぇよ。ただ、そんなの今までこいつで焼いたことねぇからな。まずいとかいうなよ?」
いわねぇって! そんなのぜってぇいわねえ!
ぶんぶんと慎吾は手と顔を横に振る。
じゃぁ、今度焼いてくれよな。と、そのときにおっさんと約束していた。
そして、今日。慎吾は網とトウモロコシとしょうゆを積んで、おっさんを追いかけたのだ。
町中をゆっくりと流すおっさんの車を見つけ、慎吾は後ろから軽くクラクションを鳴らす。
路肩に並んで停めて慎吾はおっさんに箱に入れた一式を手渡した。
「おっさん、網ってこんなんでいいか?」
家の台所から拝借してきたそれは隅っこに少し焦げた餅がしがみついていた。
「ああ、充分だ。年期はいってんなぁ。これ」
おっさんは笑いながら網を裏表と眺めた。
「家から持ってきたんだ。でさ、おっさん、これって焼くのにどれくらいかかる?」
「今すぐ食いたいのか?」
「いや、今じゃなくていいんだ。どっちかっていうと遅いほうがいい。オレ一人で食うわけじゃねぇから・・」
箱の中にはトウモロコシが3本。しょうゆの小瓶がヒトツ。そして、缶ビールが2本。
「あ、一本とビールはおっさんに。嫌いじゃないよな?」
手間かけさせるしさ。ちょっとお礼に。
と、照れくさそうに笑う慎吾におっさんは「あんがとよ」と笑い返した。
で、いつ頃がいいんだ?彼女にもっていってやるんだろ?
おっさんはかってに決めつけている。
んー。ま、そういうことかな?
慎吾も曖昧に笑い返し、じゃ、8時ぐらい?
と要望を告げる。
「おやすいご用だ。じゃあ、それぐらいにしてやるよ」
まぁ、この辺いつも通りに流してるから、いつでもつかまえな。といって、おっさんは箱に入った一式を荷台にのせるといつも通りのゆっくりのスピードで流して角を曲がっていった。
あー、うめぇ。
無心にかじりついていたトウモロコシももうすぐ無くなる。
「へへへ・・毅待ってろよ。今回の勝負はオレが勝つ!」
最後の一口を綺麗にむしり取り、残った軸をひと眺めする。
・ ・3センチ。オッケ。粒・・残ってねぇ。
おっさん、ごちそうさま!
もぐもぐと咀嚼しながら軸をビニールに戻し、箱に押し込む。
「さぁ、いくぜ、相棒!」
ぺろりと手に着いたしょうゆを舐め取り、ゴシゴシと太股のデニムでぬぐい取る。
そして踏み込むアクセル。
山肌をてらし、赤い車体は先に待つ毅の後ろ姿を追い抜くべく駆け上る。
途中で、自分の口の中に残った粒を舌先で探し出し、それも飲み込む。
こいつがクセモノだよな・・不器用なあいつにこれができんのかなぁ?
あとでゆっくり確かめてやるさ!
ひとまずはゴールが先だ。
ダウンヒルの速さばかりが慎吾の特徴と思われるが、クライムの速さも別に劣るわけではない。
赤い車体は見る間に頂上への距離を詰めてゆく。
・ ・・しまった。これがヤツの戦略か!
ゴール地点に一足早く車を滑り込ませた毅はシートベルトをはずしながら、まだ暖かいトウモロコシに手を伸ばした。そしておもむろにかぶりつく。
口の中に広がる味は夏のそれよりも幾分か劣るがそれでも美味しい。
最初の一口を食べ、二口目に入ろうとしたときにそれに気づいた。
『綺麗に食べること』
これがバトルの条件に入っている。
今目の前にあるのは少し皮の残った囓り口。
この皮も綺麗にむしらなければならないのだ。
・ ・・めんどくせぇ!
それでも、このままではバトルに負けてしまう。それだけはさけなければならない。
毅は慎重に粒に歯をかけ、むしり取って食べる。
それでも、慣れてしまえばスピードも上がる。
もくもくと食べ続け、後少し、と言うところに静寂を切り裂くような音が響く。
ち。慎吾のヤツが近づいてきたな。
残っている粒を全部むしりとり、噛みながら手にした軸を見る。
一口めに囓った部分に皮がのこっていた。あわててそれもかじりとる。
・ ・・・こんなもんか?
もくもくと口の中の物をかみ、そして、軸を片手に握り、車から降りる。
口の中にはまだ少し粒がのこっている。
残った粒を舌先で探り出し、飲み込みながらドアを締め、ゴール地点をにらみつける。
その目に下から上がってきた慎吾の車のヘッドライトが刺さる。
そのまぶしさに目をすがめながら、自分の勝利を確信した。
『勝った! オレの方が早かった』
目の前を赤い車体が駆け抜けて、少し先でくるりと向きを変えて停まる。
そしてドアを開けるなり飛び出してくる。
「オレの勝ちだろ!」
予想通りの声がアタリに響く。
だが、それに返ったのは毅の笑い声だった。
「くっく。残念だったな。慎吾。後少しだったのにな。オレの方が早かったぞ?」
車体にもたれかかり、少し肩をふるわせて毅が笑っている。
「なに? 毅のが早かっただと?」
ほら。全部綺麗に食ってるぜ?
ふらふらと目の前でトウモロコシの芯を振ってみせる。
「オレもちゃんと食った。かせよ!」
袋に入った芯をつかみ取り、並べて見る。
並べられた2本の芯は大した差もなく、同じような感じだった。
・ ・・これはひきわけか・・
「毅・・口開けろよ」
目の前の芯では勝負がつかない。
慎吾はおもむろに毅の顎を掴んで引き寄せた。
「は?」
何をいっているのか。
意味をつかみそこね、聞き返す。
「口開けろっつってんの!」
ぐいっと更に指に力を込める。
「いてぇよ・・ほら・・?」
大人しく口を開いた毅の顎を掴んだまま、遠くの街灯の明かりを頼りに口の中をのぞき込む。
「・・ち。」
「のこってねぇだろ?」
ふふんと得意げに笑ってみせる。
「・・・見た目はな。でもよ、ホントに残ってねぇか確かめてみねぇとなぁ・・?」
にやりと笑う慎吾の顔が薄暗い中に浮かび上がる。
「なに?」
そう思う間もなく、肩を掴まれ、背にした車体に押しつけられる。
「オレがじっくり確かめてやるよ・・」
開いたままだった口に慎吾の舌が入れられる。あわてて押し出そうとする舌を器用にさけ、口の中だけでなく、歯の表面もなぞり、右から左へと自由自在に動き回る。
角度をかえ、深さをかえ、丹念に探っていく。
途中で舌をも絡め取り、思うがままにむさぼる。
「・・・んんっ!」
言葉にならない声で毅が抵抗をみせるが、そんなものは一切無視して探索を続ける。
そして目当てのモノを見つけだすとようやく口を離し、ついでとばかりにぺろりと口周りを舐めあげる。
「・・ほら。オレの勝ち」
手の甲で口元を拭っている毅に舌の先に載せたそれを見せつける。
そこにはトウモロコシの胚がヒトツ。
「・・・てめぇ・・」
「残さずに食うのがルールだろ?お前不器用だからさ、ぜってぇ残ってると思ってたんだ」
くくく、と笑い、その舌先の粒を前歯でかみつぶす。
「認めろよ。オレの勝ちだって」
ごっそさん。といいながら自分も唇を舐める。
「うるさい!そういうお前はどうなんだよ!」
じろりとにらんでみせるがそのにらみは慎吾には通用しない。
「オレが器用なのはお前が一番よく知ってると思うけど?」
そういいながら、ひらひらと舌を出して見せつける。
「・・く・・次はオレが勝ってやるからな」
「うんうん。素直が一番だよなー。ってことで。そうだな・・うん。和菓子がいいな。和菓子。」
「はぁっ?」
「最近くってねぇしな?この時期焼き芋が旨いけど、焼き芋はおっさんのがあるからな。ってことで、毅、和菓子。次もってこいよな。今日の勝負の戦利品。」
「ばかいえ。和菓子は次の戦利品に回せ。オレが絶対勝つからな。違う物にしろ。違う物に!」
「・・・なんだよ。別にかまわねぇけどさ。それじゃ、みたらし団子な。ちゃんと焼いてあるヤツ。」
へへっとわらいながら次のリクエストを出す。
その顔を見ながら、毅はため息を付く。
どうしてこう・・次から次へとでてくるのか・・たまにはメシとかいえよ・・お前と違ってオレのリストは少ねぇんだ。探すこっちも大変なんだからな・・と心の奥で思った。
「しょうがねぇな・・慎吾お前も和菓子探しとけよ。旨いやつな!」
「なんでぇ。探しとくのはお前だろが。オレ負けねぇもん。」
しれっと返す慎吾にもう、毅は言葉が返せなかった。
「・・・まぁいい。ひとまず、今日はもう帰るぞ? お前はどうすんだ?」
愛車に乗り込みながら毅は聞く。
「オレも帰る。又連絡すらぁ」
赤と黒の影はそれぞれのラインを描きながら山を下っていった。
それぞれが自分の中にある店のリストを脳裏に思い浮かべながら。
さて、次のバトルはどっちが勝つのだろう。
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