そして、分厚い扉が閉じられた。  薄暗がりの狭い部屋。  存在するのは、俺と美月の二人。  余計なものは何も無い。  二人の人間だけが生きる小さな世界だ。 「よろしくな、美月」  声をかけて美月の隣に座り込む。  返事は無い。 「なぁ美月」  反応が返って来ないことを気にせず、俺は続ける。  ただ語りたかった。 「俺覚えてるんだよ、お前との色んな想い出。いや、まあ、偽物らしいんだけどさ」 「幼い頃の鬼ごっことか、二人で行った遊園地とか、他愛もない喧嘩とかも。全部偽物だけど、俺の記憶には残ってるんだよ」 「お前が起きたらさ、全部実行するぞ」  全て実現していこう。  偽者だなんて云わせたくないから、だから真実にしてやろう。  過去も未来も、思い描いていることを全て捕まえて。 「世界を、二人で創っていこう」  起きた時、覚えてないなんて云わせない。  俺はこうして語っているから。  こんなに近くで喋っている。はっきりと、大きな声で。  だから、きっと聞こえているよな?   「約束……なんてする必要もないな、こうして一緒に居るんだから」  美月の手を握ると、僅かな脈動を感じ取ることが出来た。  そうだ。疑うことはない。  ここに生命が二つある。  今はただそれだけでいい。  たったそれだけの事実だけを残しながら、俺たちは間延びした現実を漂いつづけるんだ。  辿り着く場所があると信じながら  美月の鼓動だけを聴いている。  美月の体温だけを感じている。  美月の姿だけを見ている    この世界は、他に何もない。  でも。  思い通りの幻想の中で、刹那的な快楽に依存しつづけるよりは、マシだと思えた。  強がりかもしれないけど、少なくとも今はそう思えるから。  ただここに存在する生命に縋ることが出来るから。  感謝できるから。   まだ生きているから。