相続税にかかる遺言執行者の体験談
(不動産鑑定士・税理士)

遺言書は健康なうちに書くもの

 遺言書には通常は自筆証書遺言書、公正証書遺言書、秘密証書遺言書がある。
 その他、危急時遺言や隔絶地遺言などがあるが、その中でも公正証書遺言書作成に立ち会った際の出来事である。
 遺言書作成者のAさんは半身不随の身であったが、子供もなく配偶者と2人の生活であった。
 このAさんは相当な事業家であり、現在の配偶者と結婚する前までは同棲していた女性がいたが、その女性との縁が切れていないまま、現在の配偶者と結婚をしたようであった。そんな生活の中で、突如、Aさんが半身不随となってしまったのである。
 そんなことからか、その配偶者から、「主人が遺言書を書きたいが公証人役場まで出向くことができないのだが」との連絡をもらった。そのため私が公証人にお願いして、案内役となり公証人と共にAさんの自宅に出向いた。
 まず、私から遺言書の内容について公証人に説明し、公証人から「すべての財産を配偶者に相続させる」とした遺言書の内容を説明し、その承諾を求めたところ、Aさんは「遺言書を書くことは、お願いしていない」との返事であった。
 そこでやむなく、別室で待機していた配偶者にその間の事情を説明し、公証人にはお詫びをして帰路についた。
 その数日後、また配偶者から、「今度は本当に書くといっているので」とのことから公証人に再びお願いして、2人でAさん宅に出向き、前と同様の説明を公証人が行い、いざ署名押印となると容易に筆を手にしなかった。
 そんな態度に私が「自分の意思に合わないのなら無理に署名はしなくとも良い」旨を説明したところ、半身不随で配偶者だけが頼りの身であり、もしも離婚でもされたら・・・。また、配偶者との結婚前の女性との絆を思い出してか、頬を伝う涙が枕を濡らし続けた。そんなこともあって、しばし時を置き、再び「署名押印なしでは公正証書遺言書は効力が生じない」旨を説明。やっと署名をすることになった。
 しかし、今度は半身不随のせいか、折角の署名が署名者の名前とは判読できない状態であった。私にはこの署名が有効なのかどうかの確信がもてなかったが、公証人からは再度遺言書の内容を説明し、それを確認したのだからとの了承を得て、公正証書遺言書の作成が完了した。
 この遺言書を作成するに至った経緯は涙なしでは語れないが、すべては半身不随の身がもたらした結果であった。
 でも今になって考えると、あの遺言書は、形式上はともかくも、遺言者の自由な意思に基づく実質の伴ったものなのかとの疑念が今でも心に残る。
 およそ、遺言書を残すときには、健康なうちに、最早「我人生に悔いはなし」と旨を張ったうえで後継者に尊敬される、そんな遺言書であってほしいと思う。


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