不動産トラブル事例とその法的論点

賃料滞納時の督促費用を
借主負担とする特約は有効か?

≪要旨≫

賃料滞納があった場合に、一定額の督促費用を借主の負担とする特約につき、消費者契約法に基づく差し止めが認められなかった裁判例(大阪高裁・平成25年10月17日判決)。

(1)事案の概要
 適格消費者団体(内閣総代理大臣の認定を受けた、消費者団体訴訟を提起することができる消費者団体)が、不動産賃貸事業者が使用する賃貸借契約書中に「滞納賃料を督促する手数料を借主が1回あたり3,150円支払う」旨の条項(以下「催告手数料条項」といいます)を定めていることから、当該条項は消費者契約法に抵触して無効であるとして、事業者に対し、同契約書の使用の差し止め、契約書用紙の廃棄等を求めた事案です。原審の大阪地裁・平成24年11月12日判決が請求を棄却したため、控訴されました[なお本訴訟では、他に、@借主の後見開始等による即時解除条項、A明渡遅延損害金を賃料の2倍相当額とする条項、B原状回復の際のハウスクリーニング費用を借主負担とする条項、の有効性も争われましたが(結果は@が無効、ABが有効)、今回は上記請求に係る部分のみを紹介します]。

(2)裁判所の判断
 裁判所は、概ね以下のように述べて、催告手数料条項に係る適格消費者団体の請求を認めませんでした。
@貸主は、滞納賃料を借主に請求するには、電話代、郵送料、交通費などのコストのみにとどまらず、その証憑書類を確保し、回収まで保存するなどのコストも必要となるのであって、これらのコストは膨大なものとなる。
A内容証明郵便や現地に従業員を赴かせ直接督促させるなど相応の費用がかかる。
B実際に要した費用が定められた金額を超える場合でも借主は定められた金額を支払えば足りるという点では借主にも有利な面もある。
C以上から、本件催告手数料条項は、信義則に反し借主に一方的に不利なものではなく、消費者契約法により無効とされるものではないから、契約条項の使用差し止め等は認められない。

≪法的視点からの分析≫

(1)借主の債務不履行で生じた損害の取り扱いは?
 本事案は、契約条項の使用差し止め等の前提として、家賃滞納者に対し貸主が督促をする場合の費用につき、一定額を借主の負担とする特約の有効性が争そわれたものです。
 賃料の支払義務は、賃貸借契約上の借主としての基本的な義務とされています。そして、賃料は、契約で決められた額を、決められた時期に、決められた方法で支払うことによってはじめて借主としての義務が果たされたことになります。したがって、賃料の滞納、すなわち決められた時期に賃料の支払いがなされなければ、借主としての債務の不履行となります。
 もともと民法では、特約がない限り、債務の弁済のための費用は債務者(この場合は借主)が負担することとしていますが(民法485条)、賃料滞納により貸主がその支払いを催告するために費やすコストは、借主の債務不履行によって生じた損害ということにもなり、損害賠償の対象ともなるところです(民法415条)。

(2)特約の有効性に係る裁判例を把握しておく
 消費者契約法では、民法等の取り扱いよりも信義則上消費者(この場合には借主)に一方的に不利な内容の特約を無効とします(消費者契約法10条)。本件で問題とされた催告手数料条項は、滞納賃料の発生に伴うコストという点で、その費用負担を借主に課すこと自体は、上記のとおり民法の定めに合致するものです。しかも、この条項は損害賠償の予定(民法420条)とも解され、仮に取り決めた金額よりも多額のコストが生じた場合であっても、借主はその額さえ負担すればよいことになりますので、借主に一方的に不利な内容ではありません。裁判所は、このような点を指摘して、催告手数料条項は消費者契約法上無効とはいえないとしました。ただし、金額が不相当に高額なケースなどでは、信義則の観点から改めて問題となりうるでしょう。
 滞納賃料の督促行為自体は賃貸管理に属する事項であり、宅建業法の対象ではありません。しかし、宅建業者が仲介に当たって契約書を準備する際には、法令に抵触したり、無効とされるような内容のものを作成しない、ということが重要であり、その意味では、本件のような特約の有効性に係る最近の裁判例などをしっかりと把握しておくことが大切でしょう。


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