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1962年
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4/1
8/26
9/29
10/1
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後援会発足
同志社大学神学部・緒方純雄教授の研究室を事務所に、有志が集まり、止揚学園の設立準備が始まる。
止揚学園開園
近江八幡の古い廃寺を改造、多くの皆様のお支えで、4人の知能に重い障害をもつ子どもと福井先生の生活が始まる。
開園式

学校教育始まる
市立島小学校・八幡中学校に学籍が認められる。子どもたちの教育は止揚学園に委託され、学校行事、卒・入学式には登校し、交わりの場が広がっていく。
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1963年
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7/31
12/9
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第1回キャンプ始まる
井伊様の御厚意により、2泊3日のキャンプを彦根・憩いの家にて行う。初めて止揚学園を離れ、琵琶湖畔で過ごすことのできたこのキャンプは心の故郷となり、建物の老朽化により使えなくなるまで、25回を数えた。地元の日赤奉仕団、婦人会の皆様が支えてくださる。
学園歌ができる
作詞・福井達雨、作曲・中堀愛作、編曲・福永陽一郎。「止揚の子どもだ、顔あげよう・・・」この歌のままに40年を歩む。
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1964年
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1/27
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鶏の飼育をする
1000羽のニワトリ。餌と水やり、卵の整理は大忙し。暑い日には「カルピスあげよう!」とみんなは優しい。
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1965年
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6/2
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テレビに出演
毎日テレビ「宗教の時間」に、福井先生、佐藤謙治さん、面条洋子さんが出演し、障害児教育について語る。
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1966年
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5/1
6/25
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能登川町へ移転
読売テレビ「どこまでも歩け」放映
学園の様子が全国に流れ、反響を呼ぶ。
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1967年
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2/22
3/1
7/1
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社会福祉法人 汀会発足
認可施設止揚学園発足
東京へ保母招待を受ける
現在に至るまで、富士見が丘教会(故東方信吉牧師、現東方敬信牧師)より毎年、保母が疲れを癒すようにと3泊4日、東京に招いてくださる。
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1968年
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12/30
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内池章男さん召天(19歳)
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1969年
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6/16
10/30
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「僕アホやない人間だ」出版
「子どもたちの言葉にならない心の声を伝えよう」との思いで執筆した福井先生の初めての著書である。それ以後、多数の著書を執筆、出版するようになる。
能登川にて学校教育開始
能登川町に移転後、小学校、中学校の就学は拒否され続けたが、教育委員会に求めて長く苦しい交渉の末、町立能登川南小学校、能登川中学校に就学が認められる。障害をもつ子どもともたない子どもが共に学ぶ、教育の夜明けとなる。
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1970年
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4/8
7/26
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15名が小学校に入学
学習権を守る会発足
止揚学園を中心に「全国障害児の学習権を守る会」ができ、全国に広がる。
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1971年
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3/1
8/31
10/25
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福井先生の韓国講演
福井先生が日本人初の韓国心理学会名誉会員に選ばれ、以来、韓国との交流が増す。韓国の障害をもつ人たちの父母の会より、表彰の楯をうける。
崔 恵媛(チェー・ヘイウォン)さん留学生として来園
その他、パキスタン、インド、フィリピン、インドネシア、韓国、各国から一年間の研修に多数来園されるようになり、止揚学園の理想が全世界に広がっていく。
「りんごってウサギや」
「アホかて生きているんや」出版
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1972年
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8/1
11/17
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「止揚」創刊号発行
現在86号まで発行する。
福井先生 小原教育賞受賞
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1973年
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5/5
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創立10周年記念式典
新しく完成した新館2階ホールに於て、全国より300名を超す出席をいただく。

福井先生は止揚学園10年の歩みを「目に見えないもの」と題して語り、理想を抱きつつ新しい歩みを始める。この年、ワーク・キャンプや募金キャラバン来園。福井先生、中日賞受賞。馬嶋克美さんの貼り絵の作品が滋賀県青少年美術展の特選に選ばれる。
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1974年
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6/21
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「町の家」開設
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1975年
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7/20
8/7
8/24
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井伊文子さんの「求道無限」と「生命をかつぐって重いなあ」の合同出版記念会
職員による募金行脚を始める
NHKラジオ放送
「生きる勇気」と題し、大塚全教尼と福井先生の対談が放送される。
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1976年
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7/18
8/1
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生活記録8ミリ完成
エルモ社あけびの会の3年間にわたる労作「ためにではなくともに」「千人の一人百人の一人に」が同時に完成する。貸し出しも行いボロボロになるほど大勢の方に見ていただく。
「嫌われ、恐がられ、いやがられて」 出版
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1977年
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4/1
10/29
11/3
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「僕たち太陽があたらへん」 出版
「レタスの歌」芸術祭賞受賞
止揚学園の手作りの歌が賞を受ける。“誰もがうたえる手作りの歌”も、今では400曲近くとなっている。
本館新築完成
多くの方のお支えにより、子どもたちの寝起きする大切な家ができる。壁紙等子どもたちが選んだ色は明るく、楽しい。あたたかい木造の家、廊下はみんなで毎日磨いて、顔が映るほど美しい。
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1978年
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5/5
7/16
10/28
11/27
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創立15周年記念式典
800名以上の方の出席をいただき、福井先生は、「この町に、止揚学園の子どもたちと何の差別もなく歩き暮らせる日の来ることを信じ、これからの30年に賭けたい」と語る。神様の導きにより、16年目を新しく歩みだす感動に満ちた記念式であった。
兄弟姉妹の会開催
園児の兄弟姉妹が止揚学園に集い、苦しみや喜び、今後どのように生きなければならないかを真剣に語りあう。40周年を迎える今、両親が高齢化し、兄弟姉妹がどのように連帯し合えるかが大きな課題となっている。
養護学校設置義務化問題
養護学校強制転校反対と、その問題点を訴えようと、職員と支持して下さる方々とで、20日間をかけ、徒歩で文部省まで東海道550キロ平和行進を行う。「子どもの笑顔を消さないで」はこのとき生まれた歌である。
マレーシアへ出発
アジア・キリスト教教育大会にて福井先生が主題講演を行う。「共に生きる」という教育理念は感動を呼び、その後、各国の障害児教育における指導者の養成という大きな役割を止揚学園にもたらし、多くの留学生が来園する。
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1979年
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3/23
4/1
6/10
6/18
12/14
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最後の卒業式
中学校を6名、小学校を8名が卒業。子どもたちには「おめでとう」の言葉もなく、つらい卒業式となる。
養護学校義務化実施
子どもたちは就学先も決まらぬまま、新学期を迎える。
ドキュメント「いまだ学園待機」
読売テレビ放映。大きな反響を呼ぶ。
プールの使用拒否
夏を迎えた子どもたちに小学校長名でプール使用禁止を伝える通知が届く。「障害者がプールに入ると不潔だ」との学校側の本心を知り、悲しみと怒りを深くもつ。(止揚学園内に誰でも入れる明るいプールを造ろう)と皆で決意する。
乳牛、二ワトリの飼育本格化
平地飼いのニワトリの卵を「たまごいかがです♪」と歌を流しながら近くの団地に売りに行き、みんな仲良しになる。就学先の決まらない子どもたちにとってこれらの仕事が誇りとなる。
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1980年
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3/1
4/25
5/29
7/23
9/17
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止揚学園の仲間の人たちが創った絵本「ボスがきた」出版
社会に最も貢献した本として、新風賞や日本絵本賞を受賞する。幼児教育・学校教育において生命を学ぶ教材として用いられ、大きな反響を呼ぶ。
「子どもの笑顔を消さないで」 出版
「みんなみんなぼくのともだち」 出版
プール完成
待ちこがれていたプール。町の子どもも一緒に泳ぐ楽しいプールとなる。
「ダール・クッシュヌード」 開園
止揚学園で研修されたアザライアさんがパキスタンで障害をもつ子どもの施設を開設する。職員派遣等の支援を行う。
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1981年
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3/10
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初めてのシンガポール旅行
絵本「ボスがきた」の印税で、夢を実現。初めて乗る飛行機、咲き誇る原色の花青い空と海、動物たち。ほんものに触れた子どもたちに笑顔が戻る。「神話を打ち破るために子どもたちがやってきた」と、地元の新聞は報じる。
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1982年
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2/9
5/5
11/5
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「みなみの島へいったんや」出版
子どもたちはシンガポール旅行の感動を原色で表現、22枚のはり絵にした。
創立20周年記念式典
約1300人の方の出席をいただき、感謝のうちに新しい歩みを始める。
青山学院初等部生 内地留学始まる
小学生30名が先生、親の付添いなしで4泊5日、知能に重い障害をもつ人たちと共に過ごす。初めての出会いから、食事や風呂、一緒に遠足、子どもたちは大切なことを一つ一つ感じ始める。「みんなみんなともだち、美しい心をもっている!」現在も元気な子どもたちが毎年来園し、知能に重い障害をもった人たちと共に交わる。
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1983年
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6/4
11/23
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「おばあちゃんをすてちゃいやだ!!」出版
止揚シスターズ金賞受賞
生活の中から生れた「冬の夜」がNHKヤングミュージックフェスティバルで最高賞を受賞する。
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1984年
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4/21
4/23
4/30
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「いのちを語る」落合恵子さんとの対談集を出版
「生きるって悲しくて楽しいなあ」大塚全教尼との対談集を出版
台湾旅行は楽しいなあ
過去2回のシンガポール旅行へ体調が悪く参加できなかった2人が出かける。これで全員が海外旅行をする。
NHK「訪問インタビュー」放映
4日間にわたり、止揚学園の生活、福井先生の理念が余すところなく語られ、全国より大きな励ましを受ける。
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1985年
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4/22
5/22
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障害者問題世界会議に出席する
日本代表として、福井先生がオランダに赴き、障害者問題の重要性を訴える。「共に」という考えは共感を呼びその後、世界に広がる。
「およげなかったかも」出版
文明社会が進むにつれ、忘れられていく人間性。絵本を通して警鐘を鳴らし踏み止まる勇気をと訴える。
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1986年
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5/18
7/1
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神さまの子どもになりました
「どんなに重い障害をもっていても、洗礼を受けさせてほしい」その願いが叶い、この日、止揚学園の知能に重い障害をもつ人たち全員が、日本基督教団能登川教会にて、遠藤彰牧師より洗礼を授けられた。「神様の子どもになりました」「みんな兄弟姉妹」「神様のてつだいをします」20年におよぶ闘いの末、やっと願いが叶えられ、喜びは教会中に満ちあふれた。

手作りのギャラリー完成
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1987年
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5/1
5/5
11/1
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歌の絵本「子どもの笑顔を消さないで」 出版
生活の中で生まれた400曲余の歌の中
から10曲を選び、美しい絵を添えて歌集を作る。続けて
「よい天気、ありがとう」 出版
創立25周年記念の集い
各地より1500人の方が参加してくださる。25年間祈り支えてくださった皆様に感謝しつつ、新しい決意に満ちあふれた集いとなる。
IBMびわこ現代絵画展87’入選
竹内雅輝さん、馬嶋克美さんのそれぞれの作品が受賞。その後、何度も入選する。
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1988年
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10/10
11/15
12/1
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新館改築
美しい大きな風呂となる。壁のタイルには琵琶湖のカモが描かれている。
『ぬくもりカレンダー』ができる
『百万人の福音』に毎月連載していたぬくもりエッセイの絵を用いて、色鮮やかなカレンダーを作る。「部屋が明るくなる」と好評で、その後毎年作る。
壁画キャンパスの制作
豊中市三国の神崎川堤防に止揚学園の絵が大きく描かれる。「美しい川をとりもどそう!」という熱い思いの中、大きな大きな花の絵がニコニコ笑っている。
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1989年
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4/1
7/1
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成人施設になる
全員が18歳を越えたため、児童施設より成人施設に転換する。入園している人たちの高齢化と共に、両親を亡くす人も増えてきた。止揚学園が一つの大きな家族となって、助け合いつつ、豊かな人間として生きて行こうと、決意を新たにし、出発する。
「春は空から」「にわとりさんはネ・・・」
「はしれムンシー」出版
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1990年
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6/29
8/19
12/5
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パキスタンでのセミナー開催
福井先生と保母が講師として障害児教育の理論と実践指導にパキスタンに出かける。
瀬戸内海を大きな船で渡り、大感激。
福井先生夫妻、台湾講演に出かける
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1991年
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1/7
7/1
7/24
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インドでセミナー開催
ケララ州にあるナヴァジョティスクールにて、福井先生が障害児教育の理論と実技の講義を行う。止揚学園で研修した職員を中心に、障害児教育の理想に燃え、皆、目が輝いていた。
働く家・出会いの家 完成
「働く家が欲しい」という皆の長年の夢が皆様のお支えで創立30周年記念事業として実現する。はり絵や染物、クッキーやパン、タイルがにこにこ、ピカピカ毎日生まれている。
フルマラソンに参加
ニューカレドニアの国際マラソンに、中西伊智郎さんが参加。老いも若きも障害をもつ人も、もたない人も分けへだてなく、共に助け合い、42.195キロを走る。
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1992年
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2/2
6/9
10/10
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インドへ車を寄贈
韓国での出版記念会開催
福井先生の著書2冊が、以前、止揚学園に留学していた崔喜Z(チェー・ヒド)さんによって翻訳され、記念会と講演会が行われる。
創立30周年記念の集い
約1500人の方が集まって下さり、喜びを分かち合う。そして苦しいとき、悲しいとき、どんな時にも支えてくださった皆様に感謝し、福井先生は40年に向けての決意を語る。
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1993年
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11/14
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中西 伊智郎さん揖斐川(岐阜県)フルマラソンに出場
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1994年
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1/27
6/10
6/15
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シンガポール旅行
シンガポールでの4泊5日の楽しい旅となる。出会った人々、シンガポールの花や動物のことを目を輝かして語るみんなは喜びにあふれていた。
楊津(ようしん)小学校生来園
「止揚学園の人たちと出会いたい!」と、明るく元気な子どもたちが1泊2日生活を共にする。その時に覚えた「子どもの笑顔を消さないで」の歌を卒業式にうたい、出会いによって生まれた「共に」の心を育んでくれている。
新しいギャラリー「夢の家」 完成
動物たちの絵を壁いっぱいに描き、クレヨンや絵の具・はり絵・染物・手芸の作品を飾る。絵にこめられた心の言葉が見る人の胸を打つ。
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1995年
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1/15
1/17
6/10
8/29
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「止揚の家」生まれる
多くの方のお支えによって、インドのナバジョテイスクールに30名の障害をもつ子どもの住む家が建つ。インドの仲間の喜びの笑顔が広がる。
阪神淡路大震災
がら、皆様の安否を確認する毎日を過ごす。「がんばれ神戸」の横断幕の中、取り残され、見逃されている弱い立場にある人々の苦しみを感じ、「がんばらなくてもよい。共にあゆみましょう!」と行動する。
「ゆっくり歩こうなあ」 出版
止揚学園ギャラリー展開催
福岡市立美術館での作品展。「いろんな人にこの絵に出会ってほしい」という福岡の高校の先生方の熱意と努力によ
って実現した作品展は、多くの人々に感動を与え、私たちも「愛は行動である」ということを深く教えられた。
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1996年
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9/7
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岩手県よりポニーが仲間としてやって来る
インドからの研修生にちなみ、チェリヤ(マレアラム語でちいさくてかわいいの意)と命名。みんなと仲良しのチェリヤは、近所の方や保育園の子どもたちにも愛され人気者である。
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1997年
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5/12
8/4
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福井先生 台湾講演
大津NHKギャラリーにて「止揚展」を開く
「美しい」「明るくて力強い」との多くの方の声に励まされ、毎日楽しく作品をつくる。
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1998年
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7/1
8/5
10/1
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九州湯布院にて止揚学園作品展開催
湯布院駅舎で行われた作品展は、子どもたちに絵本の読み聞かせをするなどの企画もあり、広く人々の心に印象を残す。
NHKラジオ第一「心の時代」にて福井先生の話放送
福井先生 毎日社会福祉顕彰受賞
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1999年
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2/5
6/26
8/31
11/30
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近江八幡市立図書館にて作品展開催
岐阜県各地、その他の地域でも積極的に作品展を開催してくださり、多くの感想をお寄せいただき感謝である。
「福井先生の社会福祉顕彰受賞を記念して、止揚学園と共に歩む集い」を行う
滋賀県マキノ町にある ゲストハウス「アーカス」にてキャンプを始める
琵琶湖の対岸、さざなみを子守唄にゆっくりとしたキャンプをする。加齢にともない身体の機能の衰えもあり、キャンプものんびりとしたゆとりのあるものになる。琵琶湖は私たちの心の故郷、心が安らぎ、豊かになる。
色とりどり建物になる
建物の老朽化により、ひびわれ、雨漏りがひどくなるので、外壁を美しく塗り直す。
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2000年
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7/1
9/4
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ホームページ「ゆっくり歩こうなあ」開設
みんなの笑顔と心の温かさがインターネット上にも広がる。
CD「この道さかのぼれば」(東芝EMI制作、発売元 牧童社)完成
「ぜひ、手作りの歌のCDを作ってほしい」という要望が強く、多くの方の祈りのうちにできる。「わたし、かしゅになりました!」とみんなの笑顔がまぶしく輝く。
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2001年
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3/17
4/7
6/5
6/20
8/8
12/8
12/9
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CD完成記念 コンサートを行う
CD完成を記念して、東京のabcホールにてコンサートが開かれる。福井先生の話と止揚シスターズの歌に大きな拍手と励ましの声をいただき、心あつくさせられる。
タイルの壁画を作成
中島大祥堂の新工場に 止揚学園のみんなが描いた絵がタイル画となり壁面を飾る。
台湾旅行
知能に重い障害をもつ仲間の人たちとその親の方々、職員とで楽しい旅をする。
「僕アホやない人間だU」出版
50冊目の著書となる。
パキスタン研修開催
教育・福祉講演と施設の職員養成のため福井先生が研修を行う。
福井先生 同志社大学福祉学会賞
実践部門受賞
NHKテレビ「こころの時代」放映
福井先生の話と止揚学園の生活の様子が全国に流れる。この放映後、多くの方が来園される。
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2002年
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2/22
5/3
10/14
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パキスタンに車を寄贈
「新しい車で安全に子どもたちを送迎し、病院にも連れて行ってあげたい」との熱い願いをもつ、パキスタンの障害児施設ダール・ムサラートの人々。その祈りを日本で多くの方が支えてくださり、沢山の御協力によって車を贈る。ダール・ムサラートのみんなの感謝の声がいっぱいいっぱい響いている。
門司にて作品展開催
九州の門司港にあるギャラリーにて開かれた作品展。明るくエネルギーにあふれる作品に、通り過ぎようとした人たちも思わず足を止め、ひきこまれ、2000人以上の方々が訪れてくださった。
創立40周年記念の集い
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