
1999/ 7/31(土)
21:30。新チームのスタートということで、今年の水口中には何が足りなっかたのかという点について1時間あまりミーティングをしました。卓球だけでなくすべてにおいてきちんとした生活をおくらないと、最後は天に見放されるのだよということが私としては言いたかったのですが、子どもたちはどれくらい理解してくれたでしょうか。とりあえず今日一日は一生懸命やっていましたが、一年間この気持ちを持ち続けることはとてもたいへんなことです。でもがんばってほしい。身体の面で少し気になるところがあったので10:30から病院に検査を受けにいきましたが、とくに悪いところはないとのこと、まずは一安心。あっという間に夏休みも10日が過ぎてしまいました。あと30日間充実した夏休みにしたいです。
1999/ 7/30(金)
19:45。今日は個人戦でした。本校からは5人が出場しました。初戦負けが2名、3回戦負けが1名、ベスト16が1名でした。ベスト16に入った選手は校内では3〜4番手の選手ですが、まじめにこつこつと努力してきたのが最後に実ったと思います。完全に力負けをした2名のカットマンを除くと、最後までブンブン振り回して自滅した選手、最後の肝心なところでサーブミスをしたりチャンスボールをミスした選手、土壇場で強気になれず打てなかった選手・・・と、ある意味ではみんな自分らしさを十分に発揮して負けていきました。3年生はこれで引退となるわけです。明日からは新チームのスタート。今年の教訓を生かさなければなりません。
1999/ 7/29(木)
21:15。一回戦負けをしてしまいました。可能性はあるとは思っていましたがやはりショックです。結果的にはトップに出したエースが本来の力を出せなかったことがすべてでした。チーム作りという点において自分自身の未熟さを思い知らされました。今年の県大会の決勝リーグ(滋賀県はベスト4でリーグ戦)は男女とも歴史に残るようなすごい試合でした。男子は最終戦の八幡東中対八幡中の試合がどちらにも優勝と3位の可能性があるという状況の中で3−1で八幡東が念願の優勝を遂げました。日野中学も本当にいいチームでしたが、惜しくも得失点差で3位になってしまいました。女子はもっと混戦で、最終戦の2試合で4チームとも1位から4位の可能性があるという試合になりました。結果は春優勝の彦根東中を最後に倒した日野中学校が初優勝でした。今年は男女とも優勝監督は涙・涙で、こちらも思わずもらい泣きをしてしまいました。八幡東中の金森先生、日野中の明石先生(男子は悔し涙でしたが)ふたりともこの一年本当に頑張ってきたことをよく知っているだけに、心から祝福したいと思います。今日は本当に感動の一日でした。このような感動を与えてくれたみんなに勇気づけられて、また一から出直したいと思います。
1999/ 7/28(水)
20:10。いよいよ明日は県総体です。今年の実力からすれば、明日からの二日間で終わる可能性が大です。今日の練習の最後には、何か胸に迫るものがありました。いくら弱くても自分が一から手取り足取り教えた子どもたちなのですから感慨はひとしおです。年間たくさんの試合がありますが、それらはすべてこの夏の大会に向けての準備であるわけです。この最後の夏の大会は特別なものです。3年生にとっては、負ければ中学生としての競技生活がそこで終わりになります。悔いのない試合をして欲しいです。がんばれ、みんな。
1999/ 7/27(火)
21:50。甲賀郡の県総体出場チームを中心にしたプライベートな強化練習会を水口中学校を会場に行いました。講師に前卓球レポート編集長の辻先生を迎え有意義な一日でした。いよいよ県総体まであと二日、悔いを残さないよう頑張って欲しいです。
1999/ 7/25(日)
21:56。午前中クラブをしたあと、午後3時頃から水口町歴史民俗資料館学芸員の米田さんと三重県関町のお祭りを見に行きました。曳き山の形は水口型で囃子方が乗る上層が回転するものです。水口も昔は同様の仕掛けがあったようです。囃子の方はとてもゆったりしたお囃子で、可愛い女の子が締太鼓を叩いていました。また音頭取りが唄う山曳き唄が何ともいえない情緒がありました。古い宿場町の街並みに溶け込んでとってもいい雰囲気のお祭りです。ここでも月宮殿の船橋氏や祭禮懸装品研究所(祭人会)の前田氏と出会いました。前田氏は商売柄ともいえますが、船橋氏も本当にお祭りが好きなんですね。
1999/ 7/22(火)
きのう心配したとおり苦戦の連続でした。できればベスト8に6人、県大会7人出場と行きたかったのですが、結果はベスト8に5人どまりでした。この二日間に明らかになった課題をあと1週間でどれだけ克服できるかが勝負の分かれ目だと思います。みんながんばろうな。
1999/ 7/21(火)
甲賀郡夏季総体団体戦でした。このところ祇園祭のことばかりで、すっかり卓球部の顧問だということを忘れていたんじゃないかって。いえいえこの祇園祭の間中、夜遅く帰宅しながらも平均睡眠時間4時間で頑張って、ちゃんと早朝練習には参加していましたよ。ところできょうの結果は予定通り優勝。ことしのブロックのレベルからいえば当たり前とはいいながら、楽勝とまでもいきませんでした。あすの個人戦でも苦戦は必至でしょう。
1999/ 7/18(日)
夕方から祭の打ち上げ。囃子方の口々から「やはり鉾がほしい」との声が聞かれました。祇園囃子をやっている以上欲しいですよね。はたして私が生きているうちに実現できるかどうかわかりませんが、ロマンを追いかけつつこれからも頑張りましょう。
1999/ 7/17(土)
鉾がないわれわれは、ただの一般観光客にしかなれない山鉾巡行当日です。朝から四条町に行くと、囃子方のみなさんが顔を揃えておられました。今年はビデオを持って師匠の岩戸山を河原町交差点まで追っかけをし、渡り囃子を収録しました。秋からは大舩鉾も渡り囃子に取り組みます。渡りをやらない限りいくら上達しても一人前の祇園囃子とはいえません。がんばらなければ。そのあと新町通にでましたが、例年以上の人出だったように思います。やはり土曜日だったからでしょうか。心配されていた雨もなくことしもいいお祭りでした。
1999/ 7/16(金)
いよいよ最終日です。わが大舩鉾は鉾がないため巡行できないので祭は今日が最後です。昨日までにも増して気合いを入れました。とくに最後は全曲通しでがんばりました。正座は辛かったけれど終わったときの充実感は最高でした。またきょうはわざわざ私の勤めている学校からK先生が一人で囃子を聴きに来てくれました。感激です。お礼に囃子が終わった後浴衣姿で宵山ガイドを勤めさせてもらって、しばしのデート気分を満喫させてもらいました。あとできけば甲西K中学校のY先生も来て下さっていたようでしたが、残念ながら場所がわからなかったようで出会えませんでした。あいかわらず・・・なY先生でした。
1999/ 7/15(木)
きょうからは四条通が歩行者天国になります。初回から昨日までとは比べものにならないほどたくさんの方々が来て下さいました。大津祭・月宮殿山の船橋氏や祭人会の前田氏、上野天神祭の増田氏、HP「私の楽しんだ祇園祭」の小川氏なども来ていただきました。船橋氏からは「笛の音がきれいでした」とお褒めをいただきました。増田氏からは「少し堅さがありますね」とご指摘を受けました。みなさんどうもありがとうございました。
1999/ 7/14(水)
大舩鉾二日目。きょうは囃子と囃子のあいだに体験コーナーとして会場に来ていた小学生に鉦を叩いてもらいました。とっても喜んで貰えたようです。ぜひとも仲間に入って下さいね。
1999/ 7/13(火)
いよいよ大舩鉾囃子の本番です。昼から休みを取って京都に行き、岩戸山や舩鉾の曳き初めを見てから本番に臨みました。第1回目、心配していた鉦方もなんとか無難に乗り切ることができました。この第1回目の囃子を聴いて下さった岩戸山の島田師匠も「鉦が揃えばこれだけいいお囃子になるのだから自信を持って4日間頑張ってください」言って下さいました。池坊の関係者も「素人の私たちでさえ昨年よりずいぶん上達したのがわかります」と言って下さいました。少し自信が湧いてきました。あしたもがんばりましょう。
1999/ 7/11(日)
午前中三重の小俣中学校が練習試合に来て下さいました。前回対戦したときは接戦ながらも0−5で敗れましたが、今日は3試合やって2勝1敗と勝ち越すことができました。徐々にチーム力が上がってきてるのでしょうか。そうだといいのですが。午後からは京都の円山公園へ「宵々山コンサート」を聴きに出かけました。今年はトワ・エ・モワや桑名正博、ナターシャ・セブン、杉田二郎などの懐かしい顔ぶれに混じって大槻ケンジも出演していました。あいも変わらない永 六輔さんの軽妙な話術にリードされ、あっという間の4時間でした。中でもトワ・エ・モワは、芥川氏がずっと唄から離れていたためか、むかしのまんまの歌い方でとても懐かしくよかったです。ことしは祇園祭の宵々山と少し日がずれたため見に行くことができました。来年もまたはずれるといいのですが。
1999/ 7/10(土)
きょうは朝から京都の小栗栖中学校で練習試合をしました。6試合で3勝3敗はまあまあでしょう。特にダブルスの全勝は、夏季大会へむけて大きな収穫です。夜は祇園祭の本番前に急遽囃子の稽古をすることになりました。場所はいつもの池坊短大ではなく、四条町内にある木村商店の2階です。文字通りの二階囃子となりました。今日は神輿洗いの日で、ほかはどこも稽古はしていません。やはり二階囃子は町内の二階でやるのが一番ですよね。池坊さんには悪いのですが、自販機の前での囃子は少し情けないものがあります。来年こそは本当の二階囃子をしよう!
1999/ 7/ 4(日)
23:01。大舩鉾の二階囃子は今日で終わりです。あとは13日からの本番を残すだけとなりました。本番ではきっちりと決めたいです。子どもたちのがんばりに期待しましょう。
1999/ 7/ 2(金)
23:36。今日から二階囃子ということで、浴衣を着ての練習となりました。やはり浴衣を着ると気持ちが引き締まります。わが大舩鉾は二階囃子といっても町家がないので、ふだんは地下で練習を行っている池坊学園の一階ラウンジで行います。自動販売機の前はちょっと情けないですが、新町通を行く人々の耳には届きます。行く行くは四条町の新町通に面したお家の二階でやれればいいのですが。練習が終わった後、他の鉾の練習を聴きにいきました。月鉾では「渡り囃子」をやっていました。われわれもこの祭が終わったら「渡り囃子」に取り組みます。待ち遠しいです。