夏安居



「安居」とは、ひとところにとどまってする修行のことで、ここ明王院では、明王院の属する延暦寺東塔無動寺や全国の天台宗山門派の行者達が4泊5日の夏安居に臨みます。

7月16日
 16日未明、比叡山無動寺の里坊である坂本の金蔵院(こんぞういん)で行者は朝食をとり、午前5時、その近くの生源寺を出発する。ここから明王院までは、約32キロの道のりである。

 行者は葛川参籠の回数によって、新達(1〜7度)、先達(8〜14度)、大先達(15〜24度)、大大先達(25度以上)と分かれ、それは衣の袖につける紐の色で区別している。新達は白、先達と大先達は紫、大大先達は朱となっている。頭には、不動笠と呼ばれる独特の形の笠をかぶり、白衣を着し、蓮華座と呼ぶわらじをはく。生源寺を出発した一行は、伊香立途中町で、京都大原からの行者達と合流し、同町の勝華寺でおつとめののち、午後1時頃、花折峠に向けて出発する。

 花折峠到着は、午後2時前。峠では、相応和尚の道案内をしたという故事により、常喜・常満の2人が、一行を出迎える。この峠が比叡山を拝める最期の地ということで、行者達は、お山に向かって谷入りの報告をするのである。

 これよりは、常喜・常満が先導し、葛川坂下町の平の集落に向かう。平に着くと、新達の行者達が安曇川に入り、清めのみそぎをし、その他の行者は、、川べりにて拝み、杖に付けたしきみを川中に投げ入れる。

 その後、平を出た一行は、整備された旧道に入り、若狭街道を北上。午後4時頃坊村に到着し、常喜宅で身支度を整え、明王院に入る。この日から20日まで、行者達は厳しい参籠の生活に入るのである。明王院と外界を結ぶのは、明王谷川にかかる三宝橋であるが、行者達は、1日1度、対岸の地主神社に参る以外は境内から一歩も外には出られないのである。このような行を総称して夏安居(げあんご)という。

7月18日

 この日の昼には、大般若経の転読などの行事があり、その後いよいよ太鼓まわしとなるが、それに先だって、明王院の横に鎮座する地主神社の例祭が行われる。 ※太鼓祭り

 7月19日

 午前7時、本殿下に行者達が集合する。これから、初度の行者達の三の滝参りが始まるのである。彼らは、16日の葛川入りとうってかわったぼろぼろの衣に身をつつんでいる。その衣は「糞装衣」(ふんそうえ)といわれている。三宝橋たもとからの山へとのびる林道を、列をなして行者が進む。この時も、先導は常喜・常満がつとめる。最後尾の行者は、滝に供える参籠札を背負っている。途中、護摩堂でお加持をしたあと、いよいよ三の滝に降りる。この日、一般のものは、滝壺を拝めない。滝壺の近くには、相応和尚が座ったという座禅石があり、そこから、初度の行者が滝中に飛び込むのである。この激しい行を経験し終えて、初めて葛川入りの初度が認められるのである。行者にとっては、太鼓まわし以上に、この滝参りが重要な儀式なのである。

7月20日

 地主神社に葛川参籠の無事終了を報告して、午前9時頃、明王院をあとにする。たいこまつり 7月16日の未明、坂本、生源寺を出発した行者さんたちは、花折峠を越えて、葛川へ入ってきます。そして、20日までの5日間、ここ葛川の明王院で、修行を行います。ここ葛川は天台のお坊さんたちの修行場なのです。