明王院の始まり

本堂内




正式名称 

阿都山葛川息障明王院または葛川寺とも言う

成立年月日 859年

創始者 相応和尚 831-918年  (近江の国浅井郡)

◎相応和尚は、15歳の時に比叡山に入り、17歳の時に出家。相応和 尚が29才の時、比叡山無動寺を出て、修験の地を求め比良連峰に入った。和尚は、比良山の西側、阿都川(現在の安曇川)の水源地区に入り、生身不動明王の出現を祈念し続けた。閉眼合掌、全ての飲食を絶って参籠に徹し、満願の日、瀑水のうちに火焔を帯びた不動明王の色身を感得した。この瞬間、和尚は、思わず深い滝壺に飛び込み、不動明王の御体に抱きついたところ、それは一本の桂の古木であった。和尚は、その古材に不動明王像を刻み、安置する小堂を建立した。これが明王院の起こりである。


本堂外陣