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世界の麻

リネンは、紀元前8000年頃から、スイスの湖畔居住者が魚網やロープとして使用し、また古代エジプトおよびチグリス・ユーフラテス川の流域などで栽培され、一般の衣服の他に、広く生活資材として使われていました。人類最古の繊維と言われております。
古代エジプトでは、リネンは“Woman Moonlight(月光で織られた生地)”と呼ばれ、広く神事にも使用されてきました。
一例としてギリシャ、ローマの貴婦人の間では、上質で純白なリネン(亜麻布)が重宝されていました。かの絶世の美女クレオパトラが、情熱の夜、火照る肌をやすめたものが純白のリネンのシーツでもあったとも言うわれております。
その後、時を経て中世ヨーロッパに深く根付き発展した“リネン”文化。リネン製品はその品質の高さで世界に名声を確立し、今日までヨーロッパ伝統社会にその長い歴史を築き上げてきました。ヨーロッパの多くの家庭で、家宝として受け継がれているテーブルクロスやベッドリネン、家風や品格、美意識を象徴するリネンは、母から娘へ、娘から孫へと、嫁ぐ日に託される大切な家伝の品とされています。本物だけを愛する伝統であります。
リネンは亜麻科の一年草で、栽培地は比較的涼しい地方が多く、ベルギー、フランス北部、オランダです。リネンは毎年同じ土地でも連作すると収穫量が減り、品質も低下するので6〜7年の輪作を行います。
4月にタネ蒔きをし6月初旬頃から白または青(バイオレット)の可憐な花が咲きます。
茎の太さがマッチ軸くらいで1メートル程に成長した7〜8月に抜き取って収穫します。
茎と表皮と木質部の間に繊維の束が並んでおり、この原料段階をフラックス(繊維についた表皮や不純物をきれいに取り除いたもの)と言い、裂くことで麻糸になりこれをもとにリネン製品が作られます。ボール状の実からはペンキや印刷インクなどに使われる亜麻仁油がとれます。

麻の歴史

古代の麻
麻は、人類が繊維を得るために最初に栽培したものの1つで、歴史は非常に古いものです。エジプトでは紀元前1万年ごろ、既にリネンが栽培され、BC5千年には衣料に用いられています。BC2千年にはエジプト王の墓に麻栽培についての壁画もあり、また、エジプトのミイラが麻の強力な強さを生かし、麻布で包まれていることも確認されています。日本では、新石器時代から使われていた形跡があり最古のもので福井県遺跡から縄文早期に生活に利用されていた麻が出土しており、静岡県登呂では、弥生後期の麻の織物が出土しています。

中世の麻
シルクが生産され始めたことに伴い、ラミーは上布、縮、晒布などと呼ばれ民衆に呼ばれるようになりました。平安貴族が式服はシルクだったようですが、武士階級は一般庶民と同じく麻が衣料の中心でした。江戸時代に成っても裃、長裃の武士の礼服は麻で作られていました肉体労働をする庶民や武士には麻の通気性が重要だったのです。鎌倉時代から室町時代にかけて、特に軍需用としての消費が増大しました。鎧や兜の裏地は汚れや汗に強いことから麻布が使われていましたし、網や戦闘用衣料、陣屋の幕、旗差物など広く用いられました。特に陣幕は矢を通さない、ということから絶対に麻でなければなりませんでした。

近代の麻
明治になると、麻の最大の消費者だった武士がいなくなり、又生活の変化に伴い、急速に麻の衣料用の需要が減りました。しかし、日本で麻の産業が始まったのはこの頃で、繊維採取のためには、明治7年に榎本武揚駐露公使が北海道開拓使長官黒田清隆に亜麻種子を送り、同農園に試作したのが始まりで、本格的に栽培が行われたのは勧業寮の技師吉田健作が渡欧して、麻工業を研究し、帰国後、明治20年札幌市に帝麻の前身の北海道製麻会社が創設されてからである。リネン紡績が始まったのも同20年頃でラミー麻紡績はさらに遅れて、大正元年になってからでした。まず、麻の強力な強さが認知されて、軍需産業を中心に発展し天幕・郵袋・飛行機の羽布・旗・魚網などに活用されました。

現代の麻
第2次世界大戦後は民需産業となり、魚網・靴下などで幅広いシェアを誇っていましたが、28年のナイロンの出現でシェアを奪取され、販売量が激減しました。以後、33年にアクリル・麻混で横編に分野進出、40年本麻の横編みブームなど、高度成長期の波に乗ったこともあり、紳士の衣料主体に年ごとの跛行は有るものの、徐々に拡大傾向にありました。そして、51年にファッション素材として注目を浴び、婦人・若年層に浸透したことでファッション素材の1部門として注目を集めだし、市場に定着した素材となりました。

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