歓声と悲鳴のあいだから、派手な水音が聞こえる。 「うはっ、気持ちいいー!!!」 世良が練習着のまま、ビニールプールにしゃがみ込んだ。頭上から赤崎が水をかける。湯沢が襟元から氷の破片を滑らせた。四方から水攻めに遭って声をあげる世良を、選手とコーチは笑いながら見ている。和やかな空気がグラウンドの一画を包んでいた。 「練習の後だってのに、みんな元気ねえ」 「バテてるよりは、ずっといいけどな」 村越がプールに体を沈め、掌で水をすくう。子ども用のビニールプールは、明らかに彼とはミスマッチだが、サッカーチームが夏場のクールダウンにプールを用いるのは珍しいことではなかった。 未成年も含まれてはいるが、プールを使っているのは大人ばかりで、子どもはいないというのに、選手のはしゃぎぶりは練習見学に訪れている小学生に近い。彼らが呆れていないか気がかりではあったが、それでも有里はプールから目が離せなかった。 「いいなあ、涼しそう」 「まったくだ」 我に返って有里は顔を上げた。羨望の呟きを後藤に聞かれていたらしい。練習を見ているだけの彼女にも、太陽は平等に照りつけているのだ。塗りこんだ日焼け止めは、大半が汗とともに流れ落ちている。 「この暑さだもんな。俺も飛びこみたいぐらいだよ」 夏場にプールを利用していた現役時代を懐かしむかのように、後藤は穏やかに笑った。手にした団扇が乾いた空気を押し流す。有里の髪が柔らかく揺れた。 「子どものころの話だけど。服を着たままプールに入ったり、頭からペットボトルの水かぶったりするの、一度でいいからやってみたかったんだよね」 有里は服を着たまま水遊びをして、親に叱られるような子どもではなかったが、フェンスの先で笑い声とともに繰り広げられる光景を黙って見ていられるほど大人びてもいなかった。夏の太陽とプールの水は、昔と変わらずに彼女を誘惑する。 「その気持ち、分かるよ。俺はなんか、今でもたまにやりたくなる」 暑さに童心を刺激されていたのは有里だけではなかった。周囲をうかがいながら、後藤は有里の耳元に顔を近づける。 「選手のクールダウンが終わったら、少しだけプールを使わせてもらおうか。水に手と足をつけるぐらいなら、構わないだろう」 後藤の提案は魅力的で、有里に断る理由などなかった。汗に濡れているせいか、彼の笑顔が実際の年齢よりも若く見える。有里の身に危険が及ばない限り、たいていのことは笑って許してくれる兄貴分。それが後藤だった。 「楽しみ。……よし、今のうちに写真撮っておこうっと!」 「行っておいで」 デジカメのボディは熱を持っていたが、苦にはならなかった。ビニールプールに近づいた有里を制止する者はいない。後ろから水をかけられた椿が、犬のように首を振った。 「椿君、そのまま! 目線こっち!」 ぎこちない笑顔にレンズを向ける。選手と彼女のあいだには、決して越えることのできない壁がいくつも存在するが、その距離を限りなく縮めることはできるのだった。常に前を向いている彼女の傍らには、ともに歩む手助けをしてくれる人がいる。 目の前で、派手な水しぶきが上がる。フェンス越しに見つめる後藤の眼差しは、きっと優しいだろう。確信を持ちながら有里はシャッターを切った。 |