解放軍に戻れという、レオナールの申し出を断ったデニム一行は、解放軍を離れたときと同じように、港町アシュトンに潜伏していました。 外は今にも雨が降りだしそうな、嫌なお天気です。そんな外の景色を見つめながら、カノープスは両腕を大きく回しました。彼の真っ赤な翼と髪はとても目立つので、アジトの廃屋から出てはいけないとデニムに言われているのです。でも、カノープスは時々、デニムの目を盗んで街に出かけていました。 「カノープスさん、相談があるんです」 カノープスが振り返ると、真剣な顔のデニムが立っていました。最近のデニムは、いつもこんな顔で考え事をしているのです。物思いに耽る顔がきれいだと言って、女の子たちが騒いでいることを、もちろんデニムは知りません。 「俺に?」 デニムは黙って頷くと、カノープスに近寄りました。そして、カノープスが見ていた窓の、埃だらけのカーテンを閉めました。部屋は薄暗くなってしまいました。 「暗いぞ、まるで今のお前みたいだ」 カノープスの冗談にも、デニムは笑いません。笑える気分ではないのでしょう。 「で、相談ってのは何だ?」 カーテンに寄りかかりながら、デニムは小さく唇を動かしました。声が小さすぎて、何を言っているのか、よく聞こえません。そこでカノープスは、腰から上を軽くかたむけて、耳をデニムに近づけました。 その途端に、デニムは迷いを振り払うような大声で、こう言ったのです。 「僕はパラディンになりたいんです!」 デニムの相談ごとは、戦争のことか、行方不明になったランスロットたちのことだろうとカノープスは思っていました。その予想がはずれたので、カノープスは少しだけ驚きました。 「ランスロットさんは剣の扱いは上手だし、癒しの呪文だって使える。僕は、あの人みたいに、強く、そして傷ついた人の助けになりたいんです。カノープスさん、パラディンになるには、僕はどんなことをすればいいでしょうか?」 デニムはいつの間にか体の向きを変えて、正面からカノープスを見つめています。カノープスの答えを期待しているのです。でも、カノープスは、デニムの期待には応えられません。 「残念だけど、そいつは無理だ」 ランスロットだって、パラディンになるためには苦労をしてきました。ウォーレンのお使いをしたり、オピニオンリーダーの面倒をみたり、トリスタン王子(今は王様ですね)の世話をしたり、アンデッドモンスターをやっつけて、やっとのことでパラディンになったのです。 でも、デニムが一生懸命に、バイアンのお使いをしたり、お姉さんの面倒をみたり、部下たちの面倒をみたり、アンデッドをやっつけても、パラディンにはなれません。 「無理、なんですか」 デニムはうつむきました。でも、パラディンになれないのは、デニムのせいではありません。 「パラディンっていうのは、ゼノビア独特のものだからな。まあ、ホワイトナイトもそういうもんだ」 要するに、ゼノビアとヴァレリアでは文化が違うのです。ゼノビアで修行をすれば、もしかしたらパラディンになれるかもしれませんけれども。 「でも、何もパラディンやホワイトナイトにこだわらなくたって、強くなる方法は他にもたくさんあるだろう」 カノープスがなぐさめると、デニムは目を輝かせて言いました。 「じゃあ、僕はソードマスターになります。素早いし、武器の扱いも上手だし、魔法も使えますから。それに、二刀流は格好いいでしょうね」 「それも無理だな」 それを聞くなり、デニムは顔色を変えて叫びました。 「なぜ、一体なぜなんだ? 理由を教えてくれ!」 カノープスには理由が分かっています。デニムの性格は、ソードマスターに向いていないのです。今ある秩序を重んじ、そのなかで行動する。そういう性格の人間でなければ、自分自身を厳しく鍛えあげて剣の道を追求するソードマスターは勤まらないのです。 「落ち着いて聞いてくれ。ソードマスターになるには、それはそれは厳しい鍛練が必要なんだ。それに、”武士は食わねど高楊枝”って言って、腹が減っていてもそういう様子を他人に見せない心構えが要求されるんだぞ」 それが本当なのか、カノープスはよく知りません。ただ、ゼノビアにいたころにサムライマスターがそんなことを言っていたのを、思い出しただけなのです。けれども、この言葉はデニムには効き目がありました。 「お腹が空いていても……」 デニムはまだ、十六歳。この時期の男の子といえば、育ちざかりなのです。どんなに重い責任を背負っていても、どんなに武器の扱いが上手でも、心の奥ではおいしいドラゴンステーキやタコヤキをお腹いっぱい食べたいと思っているに違いありません。デニムのなかで、ソードマスターになる意志が、大きく揺れ動きました。 「まあ、二刀流なら、ニンジャにもできるさ。気にするな」 でも、ニンジャのデニムがいま装備しているのは、バルダーボウなのです。そのことを思い出して、カノープスは少しだけ後悔しました。さりげなくカーテンをめくって窓の外を見ると、雨が降り出していました。 「ドラグーンは、どうでしょうか?」 「ドラグーン!?」 埃まみれのカーテンから手を離して、カノープスはデニムを見つめました。部屋が薄暗いので、はっきりとは分からないのですが、デニムの顔に赤味がさしているように見えます。風邪をひいて熱でも出したんじゃないのかと、カノープスは心配になりました。 「そうです。ティアマットもバハムートも容易く斬り倒すドラグーン! その力は、一人で村をひとつ滅ぼせるそうですよ。すごいですよね。ナイトやバーサーカーより、ずっとずっと強いじゃないですか」 興奮したように、デニムは早口でまくしたてています。やはりデニムは熱があるのだと、カノープスは思いました。そうでなければ、ドラグーンになりたいだなんて、とんでもないことを言うはずがありません。カノープスにとって、ドラグーンと言えば天空の三騎士に他ならないのです。彼らはその行いによって、神に選ばれた者たちなのです。なりたいと言ってなれるものではありません。 カノープスは、デニムを軽くたしなめました。 「あの人たちを目標にするのは良いことだと思うが、ドラグーンになりたいだなんて、あまり軽々しく言うもんじゃないぞ」 「そうですか。やっぱり、それだけ強くなるには、並大抵じゃない訓練が必要なのでしょうね」 ドラグーンという称号のもつ意味が、ゼノビアとヴァレリアでは違っているのだということに、この時の二人は気がついていません。 「僕は、現実を知らないただの子供なんだろうか……?」 肩を落としてデニムは呟きました。重く沈んだ顔を見ていると、デニムのささやかな望みを打ち砕いてしまったような気がして、カノープスは申し訳ないような気持ちになりました。 「思い出したぞ、デニム。お前に向いている、というか、お前にならできる、いや、お前じゃなくちゃできない職種があるんだ」 デニムは顔をあげましたが、そこには疲れと諦めが感じられました。カノープスの言葉を信じきってはいないようです。でも、カノープスの気遣いも読み取れたらしく、それに応えようとかすかな笑みを浮かべていました。 「僕になれる職種が……本当なんですか?」 雨が強く窓を叩いています。閉じたカーテンの間から、ひと筋の光が飛び込んで来ました。 「そう。テラーナイトだ」 カノープスが言い終わると同時に、雷が激しく鳴り響きました。 「ホ、ホラーナイトですか?」 初めて聞く職業なのでしょう。デニムは驚きとほんの少しの興味をこめて、カノープスの説明を待っています。 「テラーナイトだよ。その身にまとう無数の悪霊・死霊は、敵対する者の戦意を挫き、刃をひと振りする毎に、新たな死者を作り出す。強いらしいぞ?」 吟遊詩人のように調子をつけて言ってから、カノープスが様子を見ると、デニムが大きく首を振っていました。 「僕は嫌ですよ。そんなおっかないの」 どうやら、カノープスの説明で、デニムはテラーナイトに悪い印象を持ったようです。カノープスは肩をすくめました。 「まあ、テラーナイトになるにしても、まだまだ先のことだし、今はニンジャでいいじゃないか。結論を急ぐことはないさ」 「そう、ですよね……」 すっかり沈み込んでしまったデニムを元気づけようと、カノープスはカーテンを開けて、できるだけ明るい声で言いました。 「なあ、雨があがったら、トレーニングしようぜ」 それから、何カ月かが経ちました。その間に色々な事件と、多くの戦いがありました。 今、デニム一行は死者の宮殿に来ています。そこには、強い敵がいました。そして、珍しい武器や防具、知らない呪文がありました。不思議なおじさんが必殺技を教えてくれました。 弓を構えて高台に陣取りながら、カノープスは足元で行われている戦闘を見ています。地下迷宮の静けさを破って、デニムが大声で指示を出しています。 「ハボリムさん、お願いします!」 ソードマスターのハボリムは、新しくデニムの仲間になった人です。戦いが始まるなり、ペトロクラウドで敵の動きを止めてしまうのです。そして彼には、もう一つの特技があります。 「神鳴明王剣!」 ティアマットの石像が、一撃で砕け散ります。これが、神鳴明王剣の威力なのです。でも、ハボリムの手に握られているのは、ミニマムダガーです。素早く行動するためには、身軽なほうがいいのですが、果物の皮をむくような小さな剣の一撃で倒されたとあっては、敵も浮かばれないんじゃないかと、カノープスは心配になります。 ハボリムの隣では、ドラグーンにクラスチェンジしたフォルカスが、炎竜の剣を振りかざしています。 彼の後ろを守るのは、召還魔法を携えたシスティーナです。”秒殺カップル”などと呼ばれている二人ですが、もしもこの二人がケンカをすれば、勝つのは多分、システィーナでしょう。強いお姉さんも味方してくれますからね。 そして、デニムはというと。 「カノープスさん、援護してください!」 カノープスは言われた通りに弓を引き絞りました。石になったティアマットに、一本の矢が深く突き刺さります。デニムは音も立てずにそれに近づきました。 結局、デニムはテラーナイトになりました。ワープリングを装備していますから、ニンジャのころと比べても、移動に影響はないはずです。 デニムが好きでテラーナイトになったのか、軍のために仕方なくテラーナイトになったのか、カノープスはまだ、聞きそびれています。 「結構、楽しいなあ。テラーナイト」 二人の距離が遠すぎて、カノープスにはデニムの呟きが聞こえませんでした。そして、デニムが炎斧グラムロックをティアマットの頭に叩きつけたときに浮かべた笑みも、カノープスには見えませんでした。 |