ゼデギネア帝国を打ち果たさんとする解放軍は、新たな指導者を迎えて沸き返っていた。指導者に選ばれたのは、ウォーレンの占いに見いだされ、ランスロットにその資質を認められた一人の若者である。
彼の指導者としての能力は未知数であったが、剣の腕前は解放軍の兵士全てが認めるところだった。 解放軍が兵を挙げ、シャロームの辺境から帝国軍を退けた直後、ランスロットが控えめに、しかしはっきりした口調でリーダーに意見した。 「前から気になっていたのだが、君のその格好はどうにかならないだろうか?」 リーダーの剣技の特徴は、素早い動きで先手を取ることと、急所狙いの攻撃で目標を的確に仕留めることの二つである。身軽さを活かすために、彼は重い金属鎧ではなく、軽い革の肩当てと胸当てを身につけているのだが、ランスロットが問題にしているのは、リーダーが鎧の下に着込んでいる服であった。 「そんなに変か? 俺の服」 二人の会話を聞いていた解放軍の兵士たちが、一斉に首を振った。 リーダーの赤いシャツは丈が異様に短く、胸までしかない。そのために、へそと腹が丸見えなのである。また、鎧と同じ色のスボンの丈は、ひざのはるか上にあり、リーダーのスネ毛のない足をむきだしにしていた。彼がウォーレンと出会ったばかりのころは、服を買う金が無いので子ども服を無理やり着ているのだと、解放軍の多くの者が誤解したものである。 「そんな格好で戦場に出るべきではない。いくら、君の剣技が優れていると言っても、流れ矢にでも当たればひとたまりもないだろう」 正論である。しかし、だからといって、はいそうですかと頷くようなリーダーではない。シャツの袖を指でつまみながら言い返した。 「この俺が、流れ矢に当たるようなヘマすると思うか? それに、俺、暑がりだからなぁ。この服だって、特注品なんだぜ。いい服だと思うんだが」 軽いため息をついてから、ランスロットは言葉を続けた。女性はともかくとして、男が男のへそや生足を四六時中見せられたところで、嬉しくはない。 「あまり突飛な服装は、場合によっては嫌がられる。君だってこれからは、軍の代表として、都市の代表者に会う機会も増えるだろう。そういう時に、その格好はふさわしくないと思うが?」 革命を成功させるためは、軍の司令官として兵士たちの信頼を得、帝国に代わる為政者として民衆の支持を得ねばならない。そして、指導者が人望を得るためには、見た目も重要であることを、ランスロットは粘り強く言い聞かせ、ついにリーダーは折れた。革命軍の指導者として人前に立つときは、他の服に着替えることを、ランスロットに約束したのである。 リーダーとランスロットが交わした約束は、ゼノビア城が解放軍の手に渡ったころには既に破られていた。事あるごとに着替えるのを、リーダーが面倒臭がったためである。また、都市の代表や商人たちと会談するときには正装をしていても、おしのびと称して町を普段着でうろついていれば、意味がなかった。 約束が守られなかったことを、ランスロットは怒らなかった。リーダーが約束を守ることを、最初から期待していなかったようである。 怒るかわりに、ランスロットは頭を抱えていた。リーダーの戦場での活躍ぶりに、帝国兵士たちの間では”勇者のへそ”が死の象徴として恐れられているという、とんでもない噂を耳にしたからである。 「よりによって、へそとは……」 いつの間にか、ランスロットはリーダーの教育係兼お目付け役になってしまっていた。その主な仕事は、彼らのリーダーを、”民衆に支持され、愛される指導者”に近づけることなのだが、リーダーに毎日のようにからかわれる苦労に比べれば、戦場に立って剣を振り回しているほうが、ランスロットは気が楽だった。 「そういえば、バーニャ殿が、目をむいておられましたな。おかげで、一刻も早くトリスタン皇子を探すようにと、念を押されました」 苦笑とともに、ウォーレンが肩をすくめた。トリスタン皇子の乳母を勤めていた初老の女性は、解放軍のリーダーの姿を一目見るなり顔色を変えたのである。彼女のような女性でなくとも、リーダーの”へそだし生足”は刺激が強すぎるのだった。 「笑い事ではありませんよ、ウォーレン殿。分かっておいででしょう?」 やや口調の荒いランスロットににらまれながらも、ウォーレンは解決策を導きだしていた。 「リーダーには、なるべく戦場に出られぬようにしていただいて、街歩きも控えていただきましょう。 そうすれば、へその噂などじきに消えるでしょう。服の趣味さえ除けば、彼はいい指導者になれるはずです」 人の噂も七十五日というやつである。ウォーレンの言葉に頷きかけたランスロットの動きが、一瞬止まった。 「ですが、どうやって彼を説得するのです? 戦場に出るな、街歩きは控えろと言われて、素直に聞き分けられる方ではありませんよ」 ウォーレンは答えない。知識と経験の深さを感じさせる青みを帯びた瞳が、向かい合う男をただ静かに見つめていた。 そしてランスロットは、自分の仕事が増えたことを、冷や汗とともに悟ったのである。 しかし、ウォーレンの目論見ははずれた。彼らのリーダーが、おとなしく”箱入り勇者”になるはずがなかったのである。解放軍の進軍とともに、勇者のありのままの姿が、大陸全土に知れ渡った。 ランスロットをはじめとする解放軍の幹部は、リーダーと解放軍のイメージダウンを気にかけていたが、意外なことに解放軍の人気は上がる一方だった。軍への参加を希望する若者が毎日のようにつめかけ、解放軍のために街の門が快く開かれた。資金や糧食の援助も、わずかだが増えた。 それと時期を同じくして、リーダーの服装を真似る者が現れた。勇者の武運にあやかろうという解放軍の兵士だけではなく、町や農村の住民までもが、へそをさらけだし、太ももを露にした。解放軍の指導者は、十代から二十代半ばまでの世代から、爆発的な支持を得ていたのである。へそだしと半ズボンの流行は、リーダーの人気とカリスマ性の現れであった。 「近ごろの奴らには、良いものを見極める目がある。やっぱり、革命を成功させるには、若い力が必要だよな」 巷にあふれ返るへそだし・半ズボンの人々を眺めながら、解放軍の若き指導者は満足げに頷いた。彼にはいつの間にか、”元祖へそだし””ゼノビアのファッションリーダー”などの異名が奉られている。 リーダーは自分の異名を誇りにすら思っていたが、それが悩みの種である人間も、当然のようにいた。上都ザナドュ攻略の前夜、ウォーレンはランスロットを従えて、”リーダーのへそだし対策”を練るべく、トリスタン皇子の天幕を密かに訪れたのである。 「ウォーレンは厳しいな。だが私は、普段着る服ぐらい彼が自由に決めてもいいと思う。ただでさえ指導者の仕事は大変なのに、服装にまであれこれ注文をつけられたら、彼が気の毒じゃないか」 リーダーの服装に関して、彼の最大の味方であったのが、トリスタンである。年齢が近く、二人の仲が良かったせいもあるが、生まれたときから皇子として育てられたトリスタンにとって、リーダーの奔放さは羨ましく、同時に貴重なものであった。 「私も、そう思います。彼の意志の強さは、ウォーレン殿もご存じでしょう?」 お目付け役として、最もリーダーの近くにいたランスロットは、彼の性格を知りつくしている。聞くところによると、彼が後に髪形を変えたのは、日々の苦労によって被害をこうむった前髪の生え際をごまかすためらしい。 「いいえ、今回は、このハイランド攻略ではぜひとも、勇者殿のあの服は改めていただかねばなりませ ん!」 トリスタンとランスロットの呆れたような表情も意に介せず、ウォーレンは言葉を続ける。 「兵士たちを見てください。彼らが勇者殿を慕っているのは良いことですが、あんな格好で戦場に立てばどうなるとお思いです? このハイランドの気候では、ほぼ確実に風邪をひきます。そんなことでは、勝利をみすみす逃すことになりますぞ」 ハイランドは一年を通して雪が大地を白く覆い、冷たい風が吹き抜ける北国である。解放軍の多くの者は、毛皮の防寒具を用意して寒さに備えたが、リーダーは寒さをものともせず、へそだしと半ズボンを貫き通していた。そして、彼に心酔している一部の兵士たちも、リーダーの格好をそのまま真似ていたのだった。風邪をひいて寝込む者が出るのは、時間の問題である。 「それに殿下、帝国を滅ぼしたあとのことも、お考えください」 訝しげな表情のトリスタンに向かって、ウォーレンは切り札ともいえる一言を突き付けた。 「新王国の民は奇妙な服をまとい、へそと足をむきだしにしているなどと他国の史書にでも書かれれば、我々解放軍は、いい物笑いの種ですぞ」 トリスタンとランスロットが凍りついたのは、ハイランドの冷気のためではない。ゼノビア城玉座の間に整列する、文官と武官の群れ。へそだしと半ズボンが城を埋め尽くす光景を想像してしまったのだ。 トリスタンが我に返り、目だけを動かしてウォーレンの姿を捕らえるまで、かなりの時間がかかった。 「……ではどうすれば、どうすればいいと思う?」 かすれた声で尋ねるトリスタンは、悪夢でも見たかのような表情をしていた。慌てて駆け寄るランス ロットとは対照的に、ウォーレンは平然と皇子の質問に答える。 「勇者殿が衣服を改められれば、他の者も自然と服を変えるでしょう」 リーダーを真似てへそを出し、半ズボンをはく人々の心理を、ウォーレンは見抜いていた。そこにあるのが、英雄への憧れや、自分自身もそのようになりたいという願いだけではないことも。 「だが、説得の効く相手ではないのだろう?」 トリスタンの隣で、ランスロットが黙って頷いた。 「説得が効かないのならば、実力行使をすれば良いのです。我々は、もっと早くそのことに気づくべきでした……」 ウォーレンは低い声で笑い、ローブの袖口から小さな瓶を取り出した。そして、トリスタンとランスロットが声をかけるよりも早く、天幕を出ていき、闇の中に消えた。 解放軍の上都ザナドュ攻略は、進軍直前にリーダーが原因不明の高熱と腹痛に倒れたものの、トリスタン皇子らの手によって、当初の予定通りに進められた。時期が時期なだけに、リーダーの病気が帝国の秘密工作によるものではないかという噂が流れたが、上都ザナドュから帝都ゼデギネア、そして魔宮シャーリアへと続く激しい戦いのなかで、いつしか消えてしまった。 トリスタンが即位した新生ゼノビア王国では、袖の無い外套が流行しだしている。王国正規軍の兵士たちは鎧の上に羽織り、一般の市民たちは肌寒い日に上着代わりに着ているそうだ。それは、解放軍の指導者がローディスに旅立つ直前に着ていた服を真似たものだという。また、突然の衣替えの理由を、彼は決して他人に語ろうとはしなかったそうだ。 獅子のたてがみのごとき金の髪をたなびかせ、戦場に立つ勇者。その鎧は帝国兵の血で赤く染まり、繰り出す剣は嵐のごとし。 後世、吟遊詩人によって語り継がれる伝説の影で、多くの人々の苦労があったことを、知る者は少ない……。 |