「目指せヒーロー! ボーダーゆるキャラマスコットデザインコンテスト」


 三門市には「ミカどどん」というみかんの形をしたマスコットキャラクターがいる。
 彼は三門市役所に勤務する地方公務員として、長年市内の観光スポットや名産品のPRに勤めてきたが、三門市が異世界の住人である近界民の攻撃を受け、ボーダー基地が設立されてからは、市の防災課主催の行事に顔を出す機会が増えた。市の広報誌やテレビ番組を通じて、警戒区域への立ち入り制限や最寄りの避難所への経路確認を呼びかけているうちに、彼は似たような仕事を請け負っているボーダー隊員と知り合った。A級に所属する嵐山隊である。みかんが好物の時枝と陽気な佐鳥がとくに彼を気に入り、ミカどどんと嵐山隊が揃って参加するイベントでは、彼らの仲睦まじい姿が何度も目撃されていた。
 嵐山隊のメンバーがミカどどんを囲んでポーズを決めている画像データを、根付は笑みを浮かべて眺めている。メディア対策室長である彼にとって、ボーダー隊員と三門市のマスコットが良好な関係を築いているのは喜ばしいことだ。だが、そこで満足していては、ボーダーのイメージ向上と維持という彼の仕事は果たせない。防衛任務やランク戦などで多忙な嵐山隊に代わって三門市外で広報活動ができる存在の必要性を、根付は痛感していた。
 一定レベル以上の容姿を持ち、フットワークが軽く、宿泊を伴う他府県への長期出張にも対応できること。この時点で、未成年の隊員は対象外だ。だが、成人している隊員は貴重な戦力であると同時に、大半が学生だ。任務が原因で落第や留年をされては、ボーダーに対する世間の風当たりが強くなってしまう。単位を落として困るのは、隊員本人だけではないのだ。
 いっそのこと、等身大嵐山人形に音声機能とリモコン操縦機能をつけてもらうよう、開発室に依頼するべきか。その思い付きも、眼の下に濃いクマを作った鬼怒田やエンジニアの顔が浮かんだ瞬間に消え去った。彼らはトリオン技術の専門家であり、発明家ではない。
 行き詰まった時は、原点に立ち戻ることも必要だ。根付は改めてミカどどんを見つめる。愛嬌のある顔立ちと丸い体の彼は、三門市の小さな子どもから高齢者にまで親しまれており、愛媛県のサッカーチームが全国各地のみかん型のマスコットを集めたイベントに招待されたこともある。三門市では文房具を中心としたグッズ展開を行っており、メディア対策室のゆるキャラ好きな職員が書類の整理にミカどどんクリアファイル(試供品)を使っていた。
 今やメイドインジャパンのキャラクターは、世界中で活躍している。プライバシーや肖像権などの問題が避けて通れない生身の人間に比べれば、グッズ化やアニメ化、他業種とのコラボも容易い。事業が順調に展開すれば、人の心と金も動かせる。
「手の空いている者はいるかね?」
 会議は白熱し、その日のメディア対策室からは灯りが消えなかった。



「お疲れさまでした」
 テレビ番組の収録を終え、控室に戻った嵐山隊。天井の隅に設置されたカメラが、スマートフォンの確認や荷物の整理を行う彼らを映している。差し入れの菓子を五等分していた綾辻が座卓に置かれた一枚の紙を見つけ、軽く目を通した後に嵐山に手渡した。
「皆、聞いてくれ。近いうちに、俺たちに仲間が加わるらしいぞ」
 カメラが切り替わり、嵐山の顔がアップになった。彼の手元を、綾辻をのぞく三人がのぞきこむ。
「新しい隊員が入るんですか?」
「いや。メディア対策室が、専属ゆるキャラマスコットを作ることになったんだ」
「マスコットというと、三門市のミカどどんのようなものですね」
 時枝の言葉に合わせて、画面の左下にミカどどんの姿が表示される。
「充の言う通りだ。だが、肝心のデザインがまだ決まっていないらしい」
 顔を見合わせるチームメイトを安心させるように頷きかけ、嵐山は正面を向いた。
「そこで界境防衛機関ボーダーは、俺たちに力を貸してくれる、ゆるキャラマスコットを募集します!」
 高らかな効果音とともに、「目指せヒーロー! ボーダーゆるキャラマスコットデザインコンテスト」というテロップが表示される。
「ボーダーの本部と各支部、それから三門市役所に設置してある申込用紙に、ボーダーをイメージしたゆるキャラマスコットを描いて送ってください」
「申込用紙は特設サイトからダウンロードもできます。市外の人も奮ってご応募ください」
 嵐山隊のメンバーは手際よくコンテストの募集要項を説明する。優秀な作品には賞金や記念品が贈られ、大賞に選ばれた作品は、ボーダーのマスコットとしての活躍が約束される。特別審査員を務める三門市出身の漫画家の名前を告げる嵐山の胸付近に、応募先の住所と特設サイトのアドレスが表示された。
「佐鳥からのお願い。住所と名前は必ず書いて。ポストに入れる前に、お家の人に確かめてもらおうね!」
「「「「「ご応募、お待ちしています」」」」」
 笑顔で手を振る嵐山隊から、少しずつカメラが遠ざかる。やがて映像は停止し、スクリーンが黒く覆われた。
「この映像は既にテレビとネットで公開しています。告知にはラジオや三門市の広報部にも協力を依頼しました。……ですがひとつ、問題が起こりました。お手元の資料をご覧いただきたい」
 会議に集った人々の顔を見まわしながら、根付は手元の端末を操作した。巨大スクリーンに、コンテストの募集要項を描いたポスターが映しだされる。忍田が疑問の声をあげた。
「隊員募集のポスターがなぜここに?」
「これはコンテストの募集ポスターです。ですが忍田本部長と同じ誤解をした市民が、既に三名報告されています」
「こんなデザインでは無理もなかろう」
 ポスターに使われているのは、三門市を守るようにそびえ立つボーダー基地本部の写真だった。「コンテスト開催」の文字を「防衛隊員募集」に差し替えても全く違和感がない。
「この反省点を活かし、二週間後にオンエアする告知映像第二弾では、我々が求めているものをより具体的にアピールいたします。そこで、ぜひ皆さんの協力をお願いしたい」
 ポスターをA4サイズに縮小したコンテストのチラシは、裏側が応募用紙になっており、キャラクターを描く部分の下に、住所氏名連絡先を書く欄が設けられていた。
「ボーダーが求めるゆるキャラ。我々にその見本を見せろということですか」
「察しが早くて助かります」
 根付は笑みを浮かべ、唐沢に向かって頭を下げた。再び手元の端末を操作する。
「ちなみに、これが沢村くんの作品です。昨日、描いていただきました」
 スクリーンにコートを着た二足歩行の虎が現れた。器用なことに前足で刀を持っている。ある程度ボーダーの内情を知っている者ならば、モデルの特定は簡単だった。
「沢村くんには絵心もあるのか。名前が平仮名で書いてあるのも可愛いな」
 感心したように頷く忍田の姿を、根付は見なかったことにした。吹き出しかけた林藤の咳払いが、会議室に響く。
「嵐山隊にも協力をお願いしました。告知映像第二弾は、ボーダー上層部バージョンと嵐山隊バージョンの二本立てでお送りする予定です」
 その瞬間、城戸が無表情を保ったままわずかに目を細めたような気がした。照明を落としている会議室で、細かな表情の変化が分かるはずがない。それにも関わらず、根付は自分の見たものを否定することができなかった。
「そうか。嵐山隊にも依頼したのか」
 事実の確認を目的とした声に、感情や温度は一切含まれていない。根付もまた、事実のみを告げた。
「はい。嵐山隊全員に協力をお願いしました」
 会議室に沈黙が広がった。嵐山隊のオペレーターである綾辻遥の独創的な芸術センスを思い出したのかもしれない。そして、たとえ根付の想像を超える作品が世に放たれようと、彼にはボーダーのイメージ低下を防ぐ自信があった。城戸や唐沢があえて確認するまでもない。
「作品の提出期限はいつかね?」
「収録の都合がありますので、来週の月曜までにお願いいたします」
「分かった。本日はこれまでとする」
 城戸の言葉を機に、会議室は音と光を取り戻した。



 扉の窓に「ボーダーゆるキャラマスコットデザインコンテスト二次審査会場」と書かれた紙を貼りつけた部屋からは廊下の様子は見えないが、逆に外から覗き見をされる心配もない。約束の三分前にドアをノックした訪問者を、根付は自ら迎え入れた。
「失礼します」
「ようこそ。今日は忙しいところをありがとうございます」
 開発室のデザイナーやメディア対策課のスタッフとともに、コンテストの二次審査を担当するのが荒船隊オペレーターの加賀美倫だ。一次審査は十日前に行われており、審査には彼女のチームメイトである荒船哲次や半崎義人、同級生の国近柚宇のほか、諏訪隊一同が駆りだされた。マンガやゲーム、映画などのサブカルチャーに詳しい隊員を起用したのは、他人の権利を侵害している作品を見抜くためである。いわゆるパクリのほか、明らかなイタズラや公序良俗に反する作品が、彼らの手でふるい落とされた。
「二次審査用に、メディア対策室でマニュアルを用意しました。ぜひ参考にしていただきたい」
 定刻通りに、根付は二次審査の開始を告げた。
 将来の立体化を見据えた、親しみが持てるデザインのゆるキャラ。二次審査にあたり、根付は新たに「ボーダーの機密に抵触しないこと」という条件をつけねばならなかった。主に三門市内から、弧月らしい刀のキャラクターが何枚も送られてきたからである。真っ白な立方体は、笑顔でサイコロ状の弾丸を飛ばしていた。武器をモチーフにしている時点で、ゆるキャラからかけ離れていることに、お遊びや賞金目当てでコンテストに応募した隊員は気づかなかったようだ。擬人化すれば萌えキャラやイケメンキャラとしての需要があったかもしれない。
「これ、いいと思います。よく描けてる」
「ええ、こちらで手を入れれば使えそうですね」
 作品に真剣な眼差しを向ける一方で、加賀美は職員たちと和やかに言葉を交わしている。毛の一本に至るまで緻密に描かれた小太りのタヌキは、見覚えのあるスーツを着ていた。徹夜続きのエンジニアが、現実逃避にペンを走らせたのかもしれない。
「これも素敵だと思いませんか?」
 加賀美が示した応募用紙には、無数のトゲが生えた物体が描かれていた。大人の理性で根付は悲鳴を抑えこむ。
「ウニ……じゃないですよね。この色は」
「カラフルだし、花じゃないですか?」
 公平な審査を行うために、送られてきたコンテストの応募用紙からは連絡先がミシン目で切り離され、作品はナンバーによって管理されている。審査員たちには厳重に伏せられている作者のごく一部を、メディア対策室長である根付は知っていた。
 まさか一次審査を通過していたとは。唾を飲みこんだ根付に向かって、メディア対策室のスタッフが笑顔で問いかけてきた。
「根付室長は何だと思いますか?」
「さあ、何でしょう。……子どもの絵には夢があっていいですね」
 未成年は子ども。女子高生は子ども。自身に言い聞かせながら、根付(アラフォー)は笑みを浮かべた。コンテストの告知映像で、楽しげに絵を描いていた嵐山隊メンバーの作品を、彼はあえて公開しなかった。隊員のイメージを守り、自らの作品を手に応募を呼びかけたボーダー幹部と対照化させるためである。
「私には、星に見えます。夢や宇宙のような、限りないものの中に浮かぶ光に」
 熱を帯びた加賀美の言葉に、根付は勇気を奮い起こして応募用紙に視線を送る。トゲを裂くように描かれた緑のヒビのあいだから、粒状のものがのぞいていた。
「そう言われると、確かにお星様に見えてきました」
「近界に浮かぶ星と言うとロマンチックですけど……世間には公表できませんね」
「着ぐるみを作るのも難しそうですね」
 残念そうな加賀美に気づかれないように、根付は安堵の息を吐く。再び「ボーダーのゆるキャラコンテストがヤバイ」スレッドが立つ未来は回避されたようだ。基地をモチーフにしたキャラクターが公開された結果、ネット上には「ボーダーの基地は三門市がピンチになるとロボットに変形する」などというデマが書きこまれたものである。噂を現実のものにしようとしたエンジニアは、鬼怒田に雷を落とされたそうだ。
 ボーダー幹部の手によるメルヘンチックなウサギが反響を呼んだのか、会議用のテーブルに広げられた作品は動物をモチーフにしたものが多かった。イヌやネコのキャラクターを選ぶのであれば、三次審査は間違いなく難航するだろう。身近で親しみやすく、それゆえに数が多いゆるキャラの世界に乗りこむには、オリジナリティとインパクトが欠かせなかった。
 だが、物事には限度というものがある。そんな教訓を根付に思い出させてくれた一枚の絵は、二次審査で落とされた他の作品とともに、コピー用紙の空箱に収められている。ダンボールの蓋を閉めようとしたメディア対策室のスタッフに、根付は厳重にガムテープを貼るように指示を出した。
 人の目に触れてはならないものを封じるかのように。



 芸術家の創作意欲に火がついた結果が、根付のデスクで圧倒的な存在感を放っている。
 加賀美倫という少女に宿った炎は、輝く虹色かもしれないし、あらゆる色を混ぜ合わせた黒かもしれない。後者に根付の判断が傾くのは、葬り去ったはずの異形が、再び彼の前に姿を現したからだ。しかも平面から立体へと進化を遂げて。
 コンテストの二次審査作品のなかから個人的に気に入ったものを、加賀美は防衛任務やミーティングの合間にこね上げたらしい。一度、しかも短時間目にしただけの絵をカラー粘土で精巧に表現できる能力は大したものだ。メディア対策室のスタッフは、口々に作品の出来を称えている。
「すごいな。記念品としてプレゼントしましょうよ」
「本当によくできてますねえ」
 愛嬌のあるペンギンや八頭身のピンクのカエル、手足の生えた板チョコ。そして滝。コンテストに出した絵が粘土人形となって送り返されてきたら、応募者の心には賞とは別の思い出が残ることだろう。部下たちの提案に根付の異論はなかった。ひときわ大きな、成人男性の握りこぶし大の作品を除けば。
 優れた芸術作品には「今にも動き出しそうな」という賞賛が寄せられる。原画を綾辻遥が手掛け、加賀美倫が製作した粘土人形がまさにそれだった。不用意に手を伸ばせば突き刺さりそうな鋭いトゲ。今にも割れそうなヒビからは、未知の生物が飛び出してきそうだ。万が一、メディア対策室でそんな怪奇現象が起きれば、根付は間違いなく巻きこまれるだろう。運が悪いという自覚が彼にはあった。
「これらはコンテスト終了後に郵送しましょう。それまでどこかで保管しておいてください」
 粘土人形は部下の手で運ばれて行き、根付のデスクはスペースと平穏を取り戻した。
 グランプリ終了後、自宅に送られた記念品をいたく気に入った綾辻遥は、写真を同級生やチームメイトに見せて回っただけでは飽き足らず、実物を仕事場に運びこむ。嵐山隊の作戦室でテレビ番組の収録が行われた際に、偶然それが画面に映りこみ、エイリアンや近界民の標本扱いされてネット上でひと騒動起きる未来を、根付はまだ知らない。


綾辻さんと加賀美さんがメインの話を書くつもりが、
なぜか根付さんが苦労する話となりました。

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