取扱に細心の注意が求められるという点で、恋心は爆発物に似ている。恋の痛手を火傷にたとえた最初の人間は、それを肌で感じていたのだろう。そして、二分の一の決断を迫られる映画やドラマの爆弾解体シーンを挙げるまでもなく、両者とも最後にものを言うのは、経験と運だ。 考えようによっては、他人のラブシーンに出くわすのも運のなせる業だろう。アクセルは自分自身を納得させて、コンテナに体を張りつかせた。格納庫のクレーンがトラブルを起こしていなければ、このコンテナが床に置かれることもなく、洗面所から戻った彼が迂回した結果、壁ぎわに佇む若い男女を見つけることもなかったのである。 あれがプリベンター・ウィンドか。宇宙でのコロニー落下阻止作戦と、先ほどの南原コネクション防衛戦で、アクセルはトールギスと呼ばれる白いMSの能力とパイロットの技量を知っていたが、彼の姿を目にしたのは初めてのことであった。白金色の髪と青い瞳、顔立ちは北欧系だろう。長身を包むプリベンターの制服は、側に寄り添うノインと揃いのものであった。 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちる。頭をよぎった警句を野次馬根性と好奇心で退けて、アクセルは二人の様子をうかがった。トーラスの語源はおうし座だというから、この場合、彼は牛に蹴られるのかもしれない。 だが、アクセルの期待は見事に裏切られた。肝心の二人が一向に恋人らしい雰囲気にならなかったうえに、絶えず機械がうなりをあげる格納庫では二人の会話が聞き取れなかったのである。むろん、そこで諦めるという発想は彼にはない。パイロットの動態視力を活かして、二人の唇の動きを追った。自分が読唇術を身につけていることに思い至ったのは、しばらく後のことである。 男の唇が短く謝罪の形を作った。一年戦争とグリプス戦役をその異名のごとく駆け抜けた男は、記録上は戦闘中に行方不明として扱われている。その男がプリベンターに所属しているのだ。何らかの事情を抱えていることは察しがつく。男の表情を隠すように、長い髪が揺れた。 あなたを信じます。 アクセルの両眼は、ノインの短い言葉を確実に捕らえていたが、そこに込められた思いまでは読みとることができなかった。当事者と第三者という立場と、男と女という性別の差。それらは決して乗り越えることのできないものであったし、互いの過去と現在と未来にまつわる全てを受け入れた優しげな表情は、傍らのただ一人に向けられたものであった。 厳しい教官殿のあの顔を見れば、Dチームの連中は何と言うだろう。軽く肩をすくめて、アクセルは動き出したコンテナから足早に離れ去った。作業服の群をすり抜けて、愛機のコクピットに滑りこむ。 彼に向けられたものではない濃紺の眼差しが、アクセルを突く。それは彼自身の手が届かない精神の深く入り組んだ部分、見失った過去が潜りこんでいる箇所を抉り出すように、やがて一人の女を浮かび上がらせた。 艶を含んだ、しかし媚のない紫の眼差し。それがからかうように細められるさまも、熱に潤むさまもアクセルは知っているのに、彼の頭からは彼女の顔と声が抜け落ちてしまっている。残された記憶の断片を手繰り寄せるように、その名を呼んだ。 「……レモン」 人の繋がりを糸に例えたとき、アクセルが記憶と共に見失った糸の一本を、おそらくは手にしている女。それが、柔らかさや温もりとはかけ離れたもので紡がれていたとしても、彼女はただ艶やかに笑っているのだろう。確信にも似た思いとともに、女が指先に糸を絡める姿がアクセルの脳裏に浮かび、そして消えた。 |