スクールで大人気の柄


 科学の力は、古い言い伝えや迷信を解き明かしてきたが、それでもなお、世界には解明されていない事象が待ち受けている。
「レンティル地方の写真集を見ました。どうしてレンティル地方には、アローラのすがたのライチュウがいるんですか? 無人島には人がいないから、パンケーキを作る人はいなかったと思います」
 アローラのライチュウが独自の進化を遂げたのは、丸く柔らかなパンケーキを食べたからではないか。名物料理と住民のおおらかな性格を象徴する言葉から生まれた疑問を解決に導くのが、子ども向けラジオ番組の回答者であるソニアの役割だ。
「アローラのライチュウの進化は、パンケーキと関係があるんじゃないか。これは、昔から言われていることだよね。ところで、ピカチュウがライチュウに進化するのに、何が必要か知ってる?」
「かみなりのいし!」
 自信に満ちた声に、ソニアの表情が綻ぶ。頭から溢れ出しそうな知識を他人に示したい子どもの気持ちは、彼女にも覚えがあった。
「そう、よく知ってるね。ガラル地方でも、アローラ地方でも、そしてレンティル地方でも、ピカチュウがライチュウに進化するには、かみなりのいしが必要なの。だから、パンケーキは関係ないんだよね」
「えっ、そうなの!?」
 アローラのライチュウには、パンケーキが不可欠だと信じていたのだろう。敬語を忘れた質問者の声は、衝撃と落胆に震えていた。ソニアの斜めの席で、アナウンサーが軽く肩をすくめる。
「さっき、言ってたよね。レンティル地方は無人島なのに、どうしてライチュウはアローラのすがたなのかって。それって、パンケーキを食べなくても進化できるって証拠になると思わない?」
「ああ……」
「それにね、アローラのライチュウが本当にパンケーキを食べて進化するのか、実験した人がいるの。その先生は、世界中のパンケーキについて詳しく調べて、おいしく焼けるように、カフェで修行もしたんだって」
 薄く焼いた生地に粉砂糖をまぶし、レモンを絞るのがガラル地方の伝統的なパンケーキだ。アローラのパンケーキは生地が厚く、山盛りのクリームや色鮮やかなフルーツを添える。ソニアが過去に読んだ論文には、実験に用いたパンケーキのレシピや、ポケモンに与えた量が記載されていたものだ。
「たくさんパンケーキを食べても、少ししか食べなくても、ピカチュウの進化には影響がなかったの」
「だったら、どうしてアローラの人たちは、ライチュウのすがたが違うのはパンケーキを食べたから、なんて言ってるんですか?」
 幼い声に不満が滲んでいる。最初の質問は解決したものの、新たな疑問が沸いてきたようだ。
「実はね。アローラの人たちの推理は、いいところを突いていたんだ。今の研究では、アローラのライチュウや、他のポケモンの進化には、環境、棲んでいる場所や普段食べているものが関係していることが分かってきているの。リージョンフォームって、聞いたことある?」
「知ってます。ガラルのニャースとか、カモネギとか」
「よく知ってるね。先生が説明すること、なくなっちゃったかも」
 誇らしさを隠しきれない笑い声が、スタジオに和やかな空気をもたらした。
「ポケモンのリージョンフォームは、環境に適応……色々な場所でうまく生きていこうとした結果なの。レンティル地方のライチュウが、どんな場所にいたのか覚えてる?」
「海辺……!」
 深い笑みとともに、ソニアは頷いた。子どもたちが気づきを得た瞬間、全身に広がるのは達成感と安堵感だ。
「そう。それも、一年を通してお天気が安定してる、気温の高い海辺だよね。アローラ地方とレンティル地方のことをもっと詳しく調べたら、ライチュウがアローラのすがたに進化した理由が分かるかもしれない」
「例えば、どんなことを調べればいいんでしょうか?」
 ラジオ局のアナウンサーは、進行のプロだ。質問を送ってきた子どもだけではなく、ラジオやパソコン、スマホロトムで番組を聴いている人たちも話について行けるように、タイミングを見計らいながら質問を挟んでくる。
「興味のあることを調べるのが一番です。それから、気候や地理を頭に入れておくと、より理解が深まりますね」
 大きく頷き、アナウンサーは質問を送ってきた子どもの名前を呼んだ。
「どうかな。この研究?」
「すごいと思いました」
「そう。すごいことなの。アローラ地方とレンティル地方は遠く離れているし、環境には似ている部分も違う部分もある。それなのにライチュウがアローラのすがたに進化したのは、エンジンシティから旅に出た人たちが、地図も持たずに別々の道を進んだのに、シュートシティに着いたようなものだから」
 エンジンシティを出てシュートシティに着くルートと言えば、ガラル地方の人々はまずジムチャレンジを思い浮かべる。果たして例えは適切だったのかと自分の発言を心の中で顧みながら、ソニアは子どもの反応を待った。
「それって、ダンデ……先生みたいに途中で道に迷ったらどうなるの?」
 突然名指しされた男に、スタジオの視線が集まった。番組において迷子の代名詞でもあるバトルの先生は、ソニアの隣で苦笑いを浮かべている。スタッフやリスナーの評判が良いのか、ソニアとダンデは番組で共演することが多い。
「今の例えなら、シュートシティにたどり着けなくても、ハロンタウンあたりで楽しく暮らしてるかもしれないわね」
 ソニアの視線の先で、ダンデの両肩が揺れている。彼の正面に陣取るキバナは、声を立てずに全身を震わせていた。
「中には、カンムリ雪原に冒険に行くような子がいて、環境に馴染むために、見た目やタイプが変わっちゃうの。ポケモンのリージョンフォームって、そういうことなんだよね」
 それはきっと、ダンデのような個体なのだろう。仲間の先頭に立って厳しい環境を切り開き、新たな可能性を開く先駆者。その後ろには、ユウリやホップのような次の世代が続き、足下を踏み固めて道を作っていく。
「みんながよく知ってるポケモンが、進化したり、リージョンフォームで別の姿になる。そういう未来は十分にありえるの。ひょっとしたら、パンケーキで進化するポケモンが見つかるかもしれないわね」
 パンケーキに話を戻してソニアは回答を締めくくった。
「ジュラルドンが進化できるようになったと言っても、問題はどうやってふくごうきんぞくを手に入れるかだよな」
 番組の合間には、ニュースと交通情報が挟まれる。短い休憩がポケモン談義に費やされるのは、出演者の顔ぶれを考えれば当然のことだ。
「確か、ふくごうきんぞくを開発したのは、イッシュ地方のブルーベリー学園だったよな。なあダンデ、ガラルリーグとの交流とか何かで、オレさまを向こうに派遣できないか?」
「無理を言うな。確かにオレはリーグ委員長だが、そんなチカラはないぜ」
 ダンデが首を横に振った。
「それに、ブルーベリー学園に誰かを送るなら、まずはオレだ。ブルーベリー学園のトレーナーやポケモンの強さを、見極めないとな」
「公私混同なんかしませんって顔してるくせに、オマエ……!」
「電波に乗せたら、SNSの炎上じゃすまない会話ですね」
 アナウンサーと顔を見合わせ、ソニアは笑った。真面目に働いているだけで、まだ見ぬ相手との勝負の機会が巡ってくるばかりか、戦いの場を一から作ることもできるのだ。責任は重いが、ポケモンリーグ委員長はダンデにとって天職なのだろう。
「ブルーベリー学園の海底ドームって、ものすごく広いんだって。ダンデくん一人だけなんて、絶対に行かせられないわね」
 テラスタルドームと呼ばれる海中庭園は、四つのエリアで地上の自然を再現しているだけではなく、パルデア地方特有の現象とされていたテラスタルの制御が可能だという。
「ガラル風に言えば、どこでもダイマックスできるワイルドエリアみたいなものなんです。よその地方から来たお客様が迷子になったら、ブルーベリー学園の人たちは、すごく困るでしょうね」
「ダンデ先生、もしブルーベリー学園に行くなら、絶対に誰かと一緒に行ってくださいね。リーグ委員長が遭難したなんてニュース、私は読みたくありませんから」
 アナウンサーの顔は真剣だった。
「ソニアだって、ブルーベリー学園に興味あるだろう?」
「当たり前じゃない。テラスタル現象が人間の手でコントロールした技術は、ガラル地方のダイマックスにも応用できるかもしれないんだから」
 ダンデが大きく頷いた。ソニアの座る位置から表情は窺えないが、きっと笑みを浮かべているのだろう。彼の思惑通りに物事が動いているようで、少しばかり面白くない。
「研究所から誰かを派遣するなら、短期留学でホップに行ってもらうか、助手さんにお願いしようかな。あの人の専門はダイマックスだけど、土地固有の現象を人間の力でコントロールすることは、学園の施設にも共通しているもの」
 ブルーベリー学園は全寮制の学校だ。研究畑の教職員が多く、当人の意欲次第で学びの支援が期待できる。同世代の人々との学校生活が、ホップの人生に実りをもたらすことは間違いないだろう。
「だが、伝説のポケモンについては、きみのほうがずっと詳しいだろう。ブルーベリー学園に、伝説のポケモンが出現する噂、聞いていないとは言わせないぜ」
 なおもダンデは食い下がる。伝説のポケモンという言葉に、プロデューサーが反応した。
「だったら、うちの局で特番作りませんか。ラジオで人気の先生が、ブルーベリー学園で伝説のポケモンを追う。現地からライブ配信すれば、盛り上がると思いますよ」
 子どもポケモン電話相談を制作する放送局では、近年ネット配信に力を入れている。ラジオやテレビという従来の枠を越え、時には組み合わせたコンテンツの評判は悪くはなく、聴取率や視聴率はもちろん、動画の再生回数やSNSのインプレッションにも反映されているようだ。
「魅力的なお話ですね。後でじっくり打ち合わせをしましょう」
 ダンデの声に、番組の再開を告げるジングルが重なった。
「続いてのコーナーは『ジャンル、先生』です。ポケモンに詳しい先生たちに、自分自身のことを答えていただきましょう。まだ質問を受け付けているので、電話かWebで質問を送ってください」
 ポケモンに関する質問に答える番組の唯一の例外が、不定期に開催される「ジャンル、先生」だ。学生の進路相談から好きな紅茶の種類まで、回答者が個人的な事柄に答えるコーナーは、ポケモンの専門家である博士やジムリーダーその人に対するリスナーの強い関心を示しており、質問の競争率も一際高い。
「質問をしてくれるのは、エンジンシティのお友達です。こんにちは!」
「こんにちは!」
 男の子は元気よく自己紹介した。六歳。幼く遠慮を知らないからこそ、鋭い質問をぶつけてくる年齢だ。回答者の表情が、自然と引き締まる。
「僕は、チャンピオンになりたいです」
 回答者はダンデが適任だろうか。三人の先生は、無言で視線を交わし合った。
「それから、ポケモン博士にもなりたいです。両方になるために、必要なことを教えてください」
 周りの人々に現実の厳しさを突きつけられてきたのか、幼い声にわずかな不安が滲んでいる。だが子どもポケモン電話相談のスタジオに、彼の目標を笑う大人は存在しなかった。
「今、ここには元チャンピオンとチャンピオンを目指すトレーナーと、ポケモン博士がいるんだけど、誰の話が聞きたいかな?」
「ええ……」
 あどけない声が歓喜に震えた。三匹のポケモンを示された新人トレーナーの心持ちなのだろう。だが、冒険とは違い、ラジオ番組は時間が限られている。ガラス越しにスタッフと視線を交わしながら、ダンデが軽く手を挙げる。
「キミがどんなチャンピオンになりたいかで、必要なものは違うんだ。だからレディーファーストってことで、まずはソニア博士に話をしてもらっても構わないか?」
「はい!」
 ダンデと頷き合った後に、ソニアは挨拶した。
「チャンピオンと博士の両方になりたいんだね。だったら、シンオウ地方のシロナさんって知ってるかな?」
「知ってます!」
「彼女はポケモンリーグのチャンピオンで、考古学者として研究もしてる人。そういう人が実際にいるってことは、チャンピオンと博士の両方になる方法があるってことだよね」
 それはガラル地方全土のリスナーに向けられた言葉だった。ソニアやダンデには思い描くことができなかったチャンピオンと博士の両立は、しかし幼子の夢物語などではないのだ。
「ポケモン博士として認められるには、博士号を手に入れること。どこの国でもそうだけど、博士号を手に入れるには、大学から大学院に行って、勉強する必要があるの」
「学校での勉強なら、今から始められそうですね」
「論文を書いて読むには、言葉の勉強が必要だし、外国語の本を調べたり、外国の研究者と話をすることがあるから、外国語もできたほうがいいわよね。ほかには、どんなことが必要だと思う?」
「理科と算数?」
「うん、それも大事だよね。博士になるにしても、チャンピオンになるにしても、勉強は、どれも大事なの」
 チャンピオンという言葉を、ソニアは強調した。ガラルのポケモンリーグでは、学生トレーナーに試合と学業の両立を求めている。ダンデが掲げる強さには、知識も欠かせないのだ。
「じゃあ、家庭科も?」
「すっごく大事だよ!」
「そうなの?」
 目指す未来で家庭科が必要になるイメージが浮かばないのか、幼い声はどことなく疑わしげだった。
「ポケモントレーナーは、調査やトレーニングのために、いろいろな場所に出かけるの。だから、キャンプをすることが多いんだよね。キャンプに行ったことある?」
「あります!」
「何を食べたか覚えてる?」
「みんなでカレー作りました!」
 元気の良い答えこそが、ソニアの望んでいたものだった。軽く頷きながら、質問を重ねる。
「カレーを作るのに、野菜やきのみを切ったり、お鍋を火にかけたりするけれど、大人と一緒にするように言われたことはない?」
「いつも言われてる」
 幼い声は不満を隠さなかった。さまざまなことに取り組みたい気持ちは分かるが、六歳の子どもである。危険から遠ざけようとする保護者の姿勢は間違ってはいないのだろう。
「怪我をするといけないものね。家庭科では、刃物や火の扱いを勉強するの。そうしたら、家でもキャンプでも、自分一人で料理が作れるようになると思わない?」
「思います、すごく」
 家庭科の重要性に気づいたのだろう、感嘆の声はどこまでも真っ直ぐだった。
「世の中には、ご飯は手早く食べられればいいって考えの人もいるけれども、家庭科では、人間やポケモンが元気に過ごすために必要な栄養のことも教えてくれるの」
 食事のスピードを重視する男が、ソニアの視界の端で肩をすくめた。キバナとアナウンサーが、それぞれの表情で笑っている。
「家庭科ではお裁縫も勉強するから、ちょっとした服の修理や小物作りができるようになるの」
「ポケモンのわざを受けると、すぐ服に穴が開く。だからユニフォームは頑丈に作ってあるんだ」
「服を買い換えるのも時間とお金がかかる、自分で修理やリメイクができるようになったほうがいいぜ」
 宣伝を疑われるかの勢いで、先生たちは家庭科の重要性を口にした。ワイルドエリアの過酷な環境は、衣服や持ち物に小さくはないダメージを与える。資金の使い道に頭を悩ませるジムチャレンジでは、衣類の買い換えも悩みの種となるため、裁縫セットを携帯する参加者も少なくはなかった。
「家庭科の授業が始まるのは、もう少し学年が上がってからだろうだけど、まずはお家の手伝いから始めようか?」
「刃物や火を使うときは、大人と一緒にやってね!」
「はい!」
 大人の心配は理解できるが、意欲と探究心に満ちた子どもを応援することが、番組の目的だ。満足げに頷き、ソニアは出番を待つ先生たちに視線を送った。
「ダンデ先生もキバナ先生も、家庭科は大事だって言ってるし、ここからは、バトルの先生たちの話を聞いてみようか」
「よろしくお願いします!!!」
 声のボリュームを上げて、男児は挨拶した。
「もしキミがチャンピオンとポケモン博士の両方になれたら、ガラル史上初の博士チャンピオンだ。挑戦を待っているぜ」
「はい!」
 ダンデは質問を送ってきた子どもを引き込む話術に長けている。自身の経験に基づいたアドバイスは現実的で厳しくすらあるが、年少者に本気で向かい合った証として、リスナーには好意的に受け止められているようだ。
「今、ソニア先生が教えてくれたが、ポケモン博士を目指すのはもちろん、チャンピオンを目指すのにも、勉強は大事だ。わざが当たる可能性や威力を調べるときも、理科と算数が役に立つな」
 不意に、ダンデが表情を引き締めた。
「ガラル地方には学校があるし、学校に行けなくても、塾や家で学ぶことができる。ポケモン博士やチャンピオンになれるチャンスが、たくさんの人にあるんだ。それなのに、ガラル地方に博士チャンピオンがいないのは、なぜだと思う?」
「……両方になりたい人がいなかったから?」
「確かに、オレはチャンピオンであり続けることに夢中で、ポケモン博士になりたいと思ったことはないな」
 ソニアに視線を送りながら、ダンデは大きく頷いた。
「ガラル地方のチャンピオンは、とても忙しいんだ。だから、オレはほとんど学校に行っていない。だからサンドイッチも、リザードン柄のエプロンも作ってないんだ」
 家庭科で使う裁縫セットやエプロンの材料は、学校が窓口となって買い入れることがある。リザードン柄の人気が高いのは、ほぼダンデの影響だ。ドラゴンタイプのポケモンがデザインされた学用品は、一定の支持を得ているという。
「じゃあ、どうやって勉強したの?」
 学校に行かないという選択が想像できないのか、経験者の言葉に重さを感じたのか、男児の返答は弱々しかった。
「ホームエデュケーションを使った。仕事の合間に勉強ができたのは、周りの人たちが時間を作ってくれたおかげだな。でも、大学に行って難しい勉強をする時間を作るには、かなりの工夫が必要だと思うぜ」
 無理だと言わないのは、優しさではない。不可能を可能にする人の力を、ダンデは信じているのだ。次の世代に託された人の営みには、無言の期待と祈りが降り積もっている。
「博士チャンピオンとまではいかなくても、ガラル地方の若いトレーナーにとって、勉強と試合の両立は難しい問題なんだ。キミ、ホップを知っているか?」
「知ってます!」
「彼はポケモン博士を目指しているんだが、勉強が忙しくて、ガラルスタートーナメントの出場を迷っていたんだ」
 弟の名前を口にするダンデの声は穏やかだった。彼の眼差しが、ソニアにはどことなく優しげに見える。
「目標に向かって頑張っているんだから、応援したい。だが、オレは彼と戦いたかったし、ガラルスタートーナメントを盛り上げるためにも、実力のあるトレーナーに参加してもらいたかった」
 招待状を携えて研究所に現れたダンデの姿を思い出して、ソニアは眼を細める。兄の、トレーナーの、ポケモンリーグ委員長の思いがこもった封筒を、不在のホップに代わって預かったのは彼女だった。
「オレの頼みを聞いて、ホップは試合に出てくれたが、それは彼の成績が良かったからできたことだろうな。もしも落第のピンチだったら、どれだけ頼んでも出場してくれなかったと思うぜ」
 学業不振はホップには無用の心配である。それを知っているからか、ダンデの表情にも深刻さはなかった。
「勉強と試合の両立は、トレーナー本人だけではなく、試合を運営する側にとっても難しいことなんですね」
「スポンサーだって、意見や希望を出してくる。お金を出して応援するから、学校でいい成績を取って、試合にもきちんと出てくれって、そういう契約を結ぶことだってあるかもしれない」
 男児が大きく息を吐いた。大人の世界の困難さを、彼なりに感じ取ったのかもしれない。
「よその地方は、ポケモンリーグやスポンサーとの関わり方が違うから、自分のペースで勉強を続けながら、チャンピオンの仕事できるかもしれないが、ガラル地方だと難しい。そこで、いい方法がある」
「いい方法?」
 スタジオに期待の声が響く。その強さを行動で示してきた男の言葉に、大人たちも好奇心を隠さない。
「周りの人の力を借りるんだ。大事な試合があって授業を受けられなくても、補習とかレポートとか、他の方法を一緒に考えてくれるかもしれないぜ」
「そんな方法があるんだ……」
 素直な感嘆の声を受けながら、ダンデは深く頷いた。
「大事なのは、応援しようと思ってもらうことだ。そのためには、キミは博士チャンピオンになるっていう強い気持ちと、結果を出す必要がある」
「がんばります!」
「その意気だ。オレたちもサポートするぜ」
 微笑ましいやりとりを前に、ソニアは二度、瞬きする。付き合いの長さがもたらした違和感が、記憶を呼び覚ます。ガラルスタートーナメントの招待状を持参したダンデが、ホップに会わずに研究所を辞したのは、単にスケジュールの都合だと彼女は考えていた。だが、弟に用事があるならば、なぜ自宅に顔を出さなかったのか。
「ダンデ先生のサポートについて、ぜひ、後で詳しい話が聞きたいです」
 言葉を紡ぎながら、ソニアは仮説を組み立てる。ダンデからホップ宛の招待状を託されていなければ、ガラルスタートーナメントの存在は、すぐに彼女の頭から抜け落ちていたことだろう。そうなれば、試合へのエントリーを決断したホップに、十分な指導ができなかったかもしれない。
 ソニアの視線を受け流しながら、ダンデは肩をすくめる。直接問いただしたところで、彼は答えてはくれないだろう。マイペースで何を考えているのか分かりづらい幼馴染に振り回される日々は、当分終わりそうになかった。


なぜ、ダンデは研究所に招待状を持って行ったのか。
「薄明の翼」に残る謎を独自に解釈しました。
ホップが、勉強を理由にガラルスタートーナメントの出場を
断ろうとしたことを考えると、
ダンデには(ソニア、頼んだぜ……)という思惑があったのかもしれません。
ソニアがバトルから遠ざかった最も大きな理由が、勉学による多忙だとすれば、
ダンデとならば、二度と同じことでライバルを失わないように、
手を尽くすように思えました。

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