ポケモン剣盾小話ログ04


タイトル 本 文
#dnsn版深夜の60分一本勝負
『幼馴染だからわかること。だからこそ、わからないこと。』
「ソニアさんとダンデさんは、幼馴染なんですよね?」
 ユウリの瞳に宿る期待に、ソニアは目を伏せた。少女マンガの影響なのか、世間は異性の幼馴染というものに、期待を抱きすぎているように思える。
「同世代の友達そのものが、貴重な存在だったことは否定しないけどね」
 ソニアとダンデに、エネルギーと感情を全力でぶつけ合った時間があったことは否定できないが、それらは全て過去形で語られるものだった。
「でも、今は違う。もし、彼がどこかの誰かに、わたしを紹介するようなことがあっても、友達とは言わないだろうね」
 友と呼ぶには浅く、温度の低い関係を示すのには、逆に幼馴染という言葉が相応しいような気がする。
「それは、そうかもしれませんけど、それでも縁が途切れなかったのって、すごいことじゃないですか?」
 故郷を離れた時点で、ダンデはソニアと疎遠になっても不思議ではなかったのだ。弟の成長を間近で見ることもできない多忙な日々のなかで、研究所に顔を出していた男の心境は、ソニアには分からない。いかに言葉を取り繕っても、結局のところ二人は他人であった。
「絶交するような理由がなかっただけだよ。彼は悪い人間じゃないから」
「ケンカもなかったって、ことですか……」
 肩を落とした拍子に、ユウリの体から力が抜けたような気がする。妹分を失望させたことを少しばかり申し訳なく思いながら、ソニアはタブレットを引き寄せた。
「過去から何を学ぶのかは大事だけど、現在に目を向けなよ」
 ガラルスタートーナメントは、ダンデがリーグ委員長として企画したものだ。ライバルに新たな可能性を見いだした男は、ソニアが懐かしさを覚えるような笑みを浮かべて、バトルコートに立っている。
「あいつが選んだ場所で、いま元気で楽しそうに笑ってるなら、それでいいんだってと思わない?」
 再生された動画の下で、資料ファイルのアイコンが光っていた。
#dnsn版深夜の60分一本勝負
『シーツの上』
『この手を離さない』
『傷』
「絶対にソニアちゃんの手を放すんじゃないわよ」
 ジムチャレンジの準備をするダンデに向かって、母親は繰り返し言い聞かせたものである。万が一、ソニアとはぐれれば、彼の命はない。冗談でも誇張でもなく、幼い二人が足を踏み入れようとする場所は険しかったのだ。
 ソニアが一緒でなければ、ダンデはシュートシティというゴールはおろか、ジムチャレンジのスタートラインに立つことすらできなかっただろう。彼女と手を取りあいながら前に進み、ガラルのチャンピオンに輝いたとき、だが少年は一人だった。
 ダンデとは違う視点を持つ幼馴染は、最後に柔らかな手をふりほどいて、彼を頂点に押し上げたのだ。その手が塞がっていては、栄光はつかめないのだと言い聞かせるように。
 強く、正しく、清廉なチャンピオン。
 周りの大人たちが、そして社会が求めた姿に自らを近づける作業は苦にはならなかったものの、息苦しさを覚えなかったといえば嘘になる。掌から失われた温もりが冷たい痛みに変わっても、ダンデは責任と使命を投げ出すことなく立ち続けた。
 未来を守る。それは他人を危険から遠ざけることであると同時に、戦わない人間の、戦わないという選択を尊重することだ。呆れても疲れてもダンデを見捨てなかった優しい幼馴染が、その相棒にバトルの指示を出さなくてもいい世界を保つことが、未来につながるのだ。
 こんなところで、膝をついてはいられない。
 伸ばした手が重力に飲みこまれ、無音の呼びかけが空気に溶ける。
「アニキ!」
 ベッドに横たわったダンデを、泣き出しそうな顔の家族がのぞきこみ、医師と看護師が慌ただしく動き回る。
 滅亡が回避されたことを、男は傷の痛みとともに感じとったのだった。
#dnsn版深夜の60分一本勝負
『パズル』
『教えてあげない』
「ダンデくんには、教えてあげない」
 呆れとわずかな不機嫌をはらんだ声を聞きながら、ダンデはわずかに眉を上げた。
「教えないって、どういうことなんだ」
「いつも私を頼ってばかりいないで、自分で答えを見つけなさいってこと!」
 研究所の蔵書とソニアの知識を頼り、数多くの疑問と難問を持ちこんできたダンデだが、彼女に拒絶される日が来るとは想像もしていなかった。困惑する彼に険しい視線を送りながら、ソニアは言葉を続ける。
「ここはポケモンの研究所なの。ダイマックスの最新の研究とか、外国のポケモンのことならいくらでも調べられるけど、人間のことは専門外です!」
 息をついたソニアの頬に、わずかに赤みが差した。
「オレは、キミならばと思って頼んだんだぜ。なのに、そんな態度を取られる心当たりがないんだが」
 ダンデは困惑を隠さない。その表情に感じるものがあったのか、ソニアが軽く肩をすくめる。
「あのね、ダンデくん。あなたは誰かとバトルする時に、勝ちたいから弱点を教えてくれなんて、相手に頼んだりはしないでしょう?」
「そんなことは、当たり前だろう。情報の収集と分析も、優れたトレーナーの条件だぜ」
 軽く目を見開いたダンデに向かって、ソニアは大きく頷いてみせた。
「ダンデくんは、それと同じ事をしたの。仮にもレディに向かって、女心を知りたいから教えて欲しいなんてさ」
「別に、勝ちたいわけじゃないんだが」
「当たり前だよ!」
 分からないことを知ろうとすることで、人は発展を遂げてきた。だがダンデが女性の心に興味を持ったのは、勝利のためでも、成長のためでもない。
 ソニアだから。衝動にも似たそれが、彼の理由だった。
 生まれ持った性別は、良くも悪くも人の価値観や心理に影響を与える。幼馴染をより深く知るために、女心を学ぼうとしたダンデだが、彼女がポケモントレーナーに例えたように、直球勝負は下策のようだ。別の方法を考えるしかないだろう。
 触れようとしたものがパズルよりも難解であることを、彼はまだ知らない。
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#11月15日_dndくん今日はなに
【そうやってはじまったんだよ】
 スマホロトムは高性能だ。バッテリーの残量が少なくなれば、自ら充電スタンドに移動する。何かの拍子にはたき落とされても特性の「ふゆう」のおかげで、落下のダメージを受けることもない。
「オレはきっと、スマホロトムみたいなものなんだろう」
 ダンデの自己分析に、幼馴染は首を傾げた。
「ダンデくんはスマホの中で大人しくしてるようなタイプじゃないでしょう。ロトムに例えるなら、げきりんの湖を飛び回ってる子たちだと思う」
「なるほど。キミにはそう見えるのか」
 方向音痴でありながらマイペースなダンデの性質を、ソニアは野生のポケモンに例えたのだろう。だが、雷という自然現象をエネルギーに変える野生のロトムは、男の自己イメージには当てはまらなかった。
「それでも、オレはスマホロトムだ。……いや、スマホのように何でもできるわけじゃないから、一つのことに特化した、別の家電なのかもしれないが」
「やけにロトムにこだわるんだね。ダンデくんは賑やかじゃないし、小さいころだって、そんなに派手なイタズラはしなかったでしょう?」
 細い指にオレンジ色の髪を巻き付けながら、ソニアは思案の表情を浮かべた。若くして博士号を取得した頭脳を自身が独占しているという事実に、ダンデは柔らかく目を細める。
「他の家電に入っているロトムに比べれば、スマホロトムが大人しいのは確かだけど……」
「スマホには、充電が必要だろう」
 スマホロトムはモンスターボールに入ることができず、飲食もしないため、ポケモンセンターやキャンプでは体力が回復できない。その代わりに、彼らはスマートフォンと同じように、充電によってエネルギーをチャージする。
「休むことの重要さを実感したんだね。いいことじゃない」
 ダンデの身体能力は、彼を打ち破った新チャンピオンを大きく上回る。体力と活力を武器に、ガラル地方のポケモンリーグの先頭を走り続けていたのが、ダンデというチャンピオンだった。
「でもダンデくん、体のケアとコンディションの維持には、昔から気を遣ってたでしょう?」
「それだけじゃなくて、メンタルの部分、心の充電が必要なことに、最近ようやく気がついたんだ」
 掌を胸に当て、ダンデは深く笑う。用事を作っては研究所に足を運び、まだ見ぬ最強のポケモンを知りたいなどと無理難題を言ってソニアを呆れさせたのは、振り返れば強いチャンピオンという役割を果たすための無意識の充電だったのだ。
 だが、規格が合えば充電ができるスマホロトムと違い、ダンデのささくれだった精神を和らげ、未来に向かって歩く力を与えてくれるのは彼女だけだ。
「自分に合ったリラックス方法があるのはいいことだよね。ダンデくんの趣味って、ポケモンバトルとトレーニング以外に思いつかないけど」
 ソニアは軽く肩をすくめる。彼女よりも豊かな知識を持つ人間や、ポケモンバトルに長けた人間を、ダンデは幾人も知っているが、誰一人として彼女に代わることはできなかった。
「おかげで充実してるぜ。チャンピオンではなくなった今でも」
 幼く遠い日。自分は迷ったのではなく、見つけたのかもしれない。
 ソニアと初めて出会った日の湖を思い起こさせる濃いオレンジが、マグカップの中で小さく揺れた。
ランチボックスとカルチャーショック  ついに、堪忍袋の緒が切れたのだとユウリは思った。
「ダンデさん、ソニアさんに何したんですか……?」
 手早く食べられる食事を作るには、手間がかかるものだ。それを知ろうともせずに、料理の味ではなくスピードを誉めた報いを形にしたような物体が、ダンデの目の前に置かれている。
「急にどうしたんだ、ユウリくん?」
「だって、それ……」
 方向音痴という欠点はあるものの、ダンデがれっきとした成人男性であるのに対して、ユウリはまだ少女であった。ネガティブなものは目に入れず、恋に夢を抱いていたい年頃なのである。
「これはオレのランチだ。カントーあたりでは、ベントーというらしいな」
「ソニアさんに作ってもらったんですか?」
「そうだぜ」
 ソニアが学会に出席するためにシュートシティに滞在していることを、ユウリはホップから聞いている。
「ソニアさんは出張サービスのシェフじゃないんです。なのにそういうことするから、怒られるんですよ」
「さっきからキミは何を言ってるんだ?」
 軽く首を傾げながら、ダンデはサンドイッチにかぶりついた。野菜やチーズが挟まれていたのならば、ユウリがショックを受けることもなかっただろう。だが、パンに挟まれていたのはパンだった。
「……ソニアさんと、ケンカしたわけじゃないんですか?」
「いくら彼女でも、ケンカをした相手にランチを用意してはくれるほどお人好しじゃないだろう」
 どうやらダンデにとって、トーストはサンドイッチの具として認められるものらしい。味の想像が付かないランチが、咀嚼され、飲みこまれていく様を、ユウリは声も忘れて見守った。
「食べるか? ソニアが多めに作ってくれたんだ」
「いえ、欲しいわけでは」
 慌てて、そして勢いよくユウリは首を振る。食欲は全くそそられなかったが、争いが起きていないことへの安心が、好奇心を刺激した。
「どんな味なんですか、それ?」
 世界一のファンでさえも擁護しない味覚の持ち主は、ミルクティーで喉を潤し、満面の笑みを浮かべた。
「バターと塩とコショウの味がするぜ!」
カルチャーショックを乗り越える  辛子マヨネーズのきいた野菜サンドイッチを食べながら、ユウリは想像を巡らせる。
 もしも会食の席で、トーストサンドイッチを出されるようなことがあれば、彼女はそこに悪意や敵意を感じ取ったかもしれない。だがダンデの反応には、風変わりなランチを持たされたことへの戸惑いや、それを作った人間とのトラブルはまったく感じられなかった。
「おや。あんた、具合でも悪いのかい?」
 杖を鳴らしながらポプラが新旧チャンピオンに近づいてきた。
「ダンデさん、どこか悪いんですか?」
 パン入りのサンドイッチなる代物をありがたがる態度こそが、病気の前兆なのかもしれない。ユウリは思わず上体を倒し、ダンデの表情をうかがった。
「まさか。オレは健康ですよ」
「……人に料理を作らせるなら、材料はきちんと用意しておくんだね。いつまでもマグノリアの孫に甘えてるんじゃないよ」
 軽く顔をしかめ、ポプラはビートが陣取るテーブルへと歩いて行った。
「ユウリくんは何か誤解しているようだが、これが真相だ。冷蔵庫が空っぽに近いのに、こんなボリュームのあるランチを作れるのが、ソニアのすごいところだな」
「早いところ買い物に行ったほうがいいと思います」
「もちろん、そのつもりだぜ」
 カートを押すダンデの隣には、当然のようにソニアの姿があるのだろう。ショッピングデートの割に色気が感じられないのは、二人の目的地がブティックや本屋ではなく、スーパーの食料品売り場だからだ。所帯じみているという言葉の意味を、ユウリは想像とともに噛みしめる。
「でも、どうしてポプラさんは、具合が悪いのかなんて聞いたんでしょうか?」
「トーストサンドイッチは、このガラルの伝統的な病人食なんだよ」
 ポプラの後ろ姿に視線を送るユウリに、思わぬ方向から声がかけられた。カブのテーブルには、木製の弁当箱とステンレスボトルが置かれている。
「病人食?」
「昔はそうだったらしいですね」
 ダンデは頷いたが、体調を崩したときにサンドイッチを食べるという発想をユウリは持っていなかった。
「ガラルにきた最初の冬に、風邪をひいちゃったんだけど」
 懐かしむようなカブの表情に、ユウリはこころもち表情を引き締める。家族と共にガラルに移り住んだ彼女とは違い、カブは戦うために単身異国の地を踏んだ男だった。
「お腹は空くけど、体が動かないから料理ができない。そんなときに、友人が差し入れを持ってきてくれたんだ。これを食べれば風邪なんかすぐに治るって。それがトーストサンドイッチだったんだよ」
「ああ……」
 ユウリは思わず手で顔を覆っていた。体力気力が落ちているときにトーストサンドイッチを出された若いカブの心情が、善意への絶望が彼女には理解できたのである。
「あの時から、風邪は一度もひいてない。体調管理の大事さを痛感したからね」
「ホウエンやカントーは、ライスを重んじるそうですが、この料理はそこまで受け入れられない物ですか?」
 ダンデの問いに、カブは肩をすくめた。
「病気の時にパンを食べるという発想がないし、主食という考え方自体が、独特のものらしいからね」
 外国のバトルと、外国の生活に向き合ってきた男の水筒からは、麦茶の香りが漂っていた。
「『郷に入っては郷に従え』なんてことわざがあるけれども、よその文化や習慣を受け入れるのって、簡単なことじゃないよね。頭や心以上に、体が付いて行けないよ」
「本当に、そうですよね」
 ユウリは頭の中でスケジュールを組み立てた。ガラルに移り住んだ彼女が、食事で困ることがないように手と心を尽くしてくれた母親にカレーをふるまって、それから料理を習う。
 帰郷を決意した若いチャンピオンの心境を知らぬまま、ダンデは最後の一切れを飲みこんだのだった。
今年は丑年  研究所にたたずむサイズの大きなミルタンクを目に留めた瞬間、ダンデはモンスターボールに手を伸ばしていた。
「アニキ、ストップ!」
「待って待って、わたしだってば!」
 聞き慣れた声に、ダンデはミルタンクを眺める。それは精巧に作られた着ぐるみだった。いわゆる「中の人」が外の様子を見ることができるように、目立たない場所に覗き穴が設けられていのだろう。ソニア(着ぐるみのすがた)から視線を外さずに、ダンデは問いかけた。
「どうしたんだ、これ」
 ポケモンの着ぐるみはガラル地方のさまざまなイベントに登場するが、そのクオリティには著しい差があり「中の人」の顔が見えているものや、手足の比率が生き物としてありえないものも珍しくはない。シュートシティでダンデが見かけたピカチュウは、横から見ると平たかった。
「ソニアが調査のために借りてくれたんだ。攻撃してたら、大変なことになってたぞ」
「そうよ。これ結構高いんだから。ダンデくんなら余裕かもしれないけど」
 野生のポケモンは警戒心が強く、人間や機械に攻撃を仕掛けることもある。ミルタンクの着ぐるみは、学術調査や写真撮影を目的としたもののようだ。ポケモンに怪しまれないように実物に近いデザインを追求した結果、値段が跳ね上がるのも無理はない。
「ミルタンクからソニアの声がするなんて、変な気分だな」
 角の硬さを指先で確かめながら、ダンデは視線を落とした。人間とポケモンに栄養を与えてきたピンクの膨らみが、その存在を主張している。
「こっちはどうなってるんだ?」
 勢いよく伸びた手を、ミルタンクが払いのけた。背後からは弟が、燕尾服を引っ張っている。
「いきなり何するのさ」
「いくらアニキでも、今のはダメだと思うぞ。キバナさんなら炎上してる」
 自身の手とミルタンクの乳房を交互に見比べながら、ダンデは弁明した。
「違う、今のはやましい気持ちがあったわけじゃない。モーモーミルクが出るのか確かめたかっただけだ」
「出るわけがないでしょう!」
「……着ぐるみに入ってたのがオレでも、そんなことされたら逃げてたぞ」
 ライバルとのポケモンバトルが、まったく予想もしない形で実現したことに喜ぶ暇もなく、ダンデはソニア(着ぐるみのすがた)の頭突きを受けたのだった。


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