ポケモン剣盾小話ログ05


タイトル 本 文
#dnsn版深夜の60分一本勝負
『カップラーメン』
『根拠はない』
 先人が発見した物理法則や積み上げてきたデータは、論理的な思考を助けるだけではなく、意見に説得力を持たせてくれる。根拠を示すことの重要性を、ソニアは祖母の姿から学んでいた。
「勝負師の勘、ねえ」
 研究所の階段に腰を下ろし、ダンデは静かに活字を目で追っている。バトルの度に更新される記録ほど、彼の強さを示すものはない。類い稀なバトルセンスと勘によって王座に就いた男が、数字を作り出しているのだ。
 幼馴染に気づかれないように、ソニアは小さく息を吐く。再び彼の隣に並ぶ日など、永遠に訪れないのかもしれない。不安に根拠はなかったが、それを振り払える力も、現在のソニアは持っていなかった。
「なあソニア、腹が減った」
「何度も言ってるけど、ここは食堂じゃありません」
 決まり悪そうな表情のダンデに、ソニアは口を尖らせる。食事に時間をかけたがらない性格に育ち盛りの食欲が重なった影響か、ソニアは彼と顔を合わせるたびに食事を提供しているような気がする。
「でも、何もないわけじゃないだろう?」
 根拠はないが自信に満ちた笑顔を前に、ソニアは戸棚からカップラーメンを取り出した。
#dnsn版深夜の60分一本勝負
『筋トレ』
『おんぶ』
『雪の日』
 ジムで専用のマシンを使うことだけが、筋肉トレーニングではない。
 日常生活をほんの少し見直すだけで、トレーニングが簡単に行えることを、ダンデは知っている。バトルタワー内の階段を使用しないのは、スタッフとリザードンに全力で止められたからだ。
「わたしのことをいい感じのウェイトだなんて言ったら、ただじゃおかないからね」
 幼馴染の声は、隣ではなく上から降ってきた。
「いくらオレでも、そんなデリカシーのないことは言わないぜ」
 雪が舞う二番道路を、ヒールのついたブーツで歩くのはケガにつながりかねない。エメラルドグリーンの爪先を視界の下に認めながら、ダンデは慎重に歩き出した。
「ナビは任せるぜ」
「そっち、逆」
 呆れを隠さない声に、ダンデは体の向きを変えた。広い肩に、温度の低い腕が遠慮がちに回される。
「子どものときから、このあたりは歩き慣れてるのに、なんで迷うのかな?」
「視界不良が原因じゃないのか。それを考えれば、そらとぶタクシーのドライバーはすごいよな」
「ダンデくんは、天気が良くても迷うでしょう?」
 自分のものとは異なる視界の高さに、ソニアの声がわずかに弾む。体に掛かる負荷に心地よさを覚えながら、ダンデはポケモンセンターの脇を通り抜けた。
「野生のポケモンが見当たらないな」
「巣にこもって、雪が止むのを待ってるのかもね」
 雪と共に、向かい風が二人の体を叩く。不意にソニアの手が、ダンデの肩を押さえつけた。
「どうしたんだ?」
「ごめんね。ちょっと、姿勢が」
 動きを止めたダンデの上で、ソニアが身じろぎした。背負われた彼女は、上半身を何かのトレーニングのように、まっすぐに保っている。
「きついなら、姿勢を楽にしてくれていいんだぜ?」
「……いくらなんでも、そういうわけにはいかないでしょう」
 怒ったような、そして同じぐらいに困ったような声が、ダンデの意識を後頭部に引き寄せる。防寒着をもってしても消すことのできない存在感。再び歩き始めたダンデの動きは、すばやさを下げられたかのように鈍かった。
「ああ、そうだな。……悪かった」
 頭を冷やそうとするかのように、再び雪風が吹きつけた。
#dnsn版深夜の60分一本勝負
『ジュエリーボックス』
『大掃除』
『一等星』
 物置の奥から出てきたジュエリーボックスを、ソニアは懐かしむように撫でた。
「こんなところにあったんだ。懐かしい」
「キミが昔、使っていた宝箱か?」
 古い家具を庭に運び終えたダンデが、ソニアの隣に腰を下ろした。家具や電化製品の簡単な修理がこなせる彼は、ソニアの家の大掃除や力仕事を率先して請け負っている。
「これはお母さまのもの。この箱も、取り出したアクセサリーを着けるお母さまも、とても素敵だったんだ」
 ダンデとの付き合いは長いが、彼の前で母親の思い出を語ったのは、初めてのことかもしれない。幼かった二人にとって、家にいない家族の話は避けるものだったが、現在のダンデは、家族の記憶を共有できる存在だ。積み重ねた時間とともに、二人の身にはポケモンの進化に匹敵するほどの変化が起きている。
「大人になったらこのジュエリーボックスが欲しいってお願いしたんだけどね。お父さまからのプレゼントだから、あげられないって。だったらお父さまに頼もうとしたんだけど、それでもダメだったんだよね」
「仲が良いご夫婦だったんだな」
 ソニアは静かに首を振る。愛を理解するには幼すぎた彼女にも、両親が互いを大切に思っていることは感じ取れた。単身赴任という発想が、夫婦に存在しなかったことも頷ける。
「色々あって、すっかり忘れちゃってたけど、まさかここにあったなんてね」
 表面の埃を丁寧に拭い去ると、真鍮のジュエリーボックスの細工が姿を現した。蓋にはめこまれた貴石が意味するものが、ポケモン博士となった現在の彼女には理解できる。
「この蓋は星座の形に石が配置してあるの。この青い石が一等星」
 ソニアの指がジュエリーボックスの側面を撫でた。海と帆船が精緻にデザインされている。過去の船乗りは、頭上に輝く星を頼りに果てなき海を進んだのだ。
「キミの父さんが、この箱を贈った理由が分かった気がするぜ。導きの星。オレにとってキミがそうであるように、キミの母さんも、そういう存在だったんだ」
「そういうもの……なのかな?」
 ダンデに肩を引き寄せられ、ソニアは男の首筋に顔を寄せた。父親の思いは今となっては分からないが、同性には共感する部分があるのだろう。
「なあ、ソニア。箱を開けてくれないか?」
 箱の内側には夜空を思わせる濃紺のベルベットが貼られていた。安置されていたペンダントとイヤリングの懐かしさに、視界が滲む。あしらわれた宝石は、一等星を思わせた。
「わたしたちも、お母さまとお父さまみたいに、なれるかな?」
「オレたちはオレたちさ。でも、ソニア。オレはキミと一緒なら、宇宙にだって行けそうな気がするぜ」
 宇宙船の中で迷うダンデを想像して、ソニアは笑みを零した。幼馴染から紆余曲折を経て婚約者となった男の手は温かく、そして優しい。

 引っ越し直前の大掃除は、いっこうに終わる気配がなかった。
#カリーライスチャレンジ
結果
 研究所の食料品棚は、空っぽだった。
「だからアポ取ってって、いつも言ってるじゃんか!」
 幼馴染の忠告は正しかったが、空腹と落胆に絡め取られたダンデの頭には入ってこなかった。
「だがオレも、限界なんだ。何かないか?」
 せめて家に戻るまで、飢えをしのげるものを。ダンデの表情を放っておけないと感じたのか、ソニアはオレンジの髪を翻して冷蔵庫を開けた。
「こんなものしかないけど。福神漬けは全部食べていいからね」
 テーブルに置かれたガラス瓶には、らっきょうと福神漬けが入っていた。一口分ほど残っていた福神漬けをスプーンでかきこみ、ダンデはため息をつく。
「キミのカレーが食べたいぜ」
「ここはカレー屋さんじゃありません!」
#第15回dnsn絵文コラボ週間(#DSC1W)
『サンダーソニア』
 ドーブルが宙で体を回転させると、大きなキャンバスが緑に染まった。相棒の動きとスマホロトムの音楽からインスピレーションを得たかのように、若い画家が筆を滑らせる。
 シュートシティの広場に描き出された紺碧の海に、人々は惜しみない拍手を送った。歌にダンス、手品に大道芸。休日のストリートでは、ストリートパフォーマーが競うように注目を集めており、キャップを目深にかぶった少年を気に留める者はいなかった。
 人間とポケモンの共同作業には、技術と経験以上に、互いのコンビネーションが欠かせない。リーグチャンピオンの防衛記録を重ね、ガラル地方にバトルと熱狂を織り上げる少年には、画家とドーブルが芸術という強大で形のないものと向き合っているように思えた。
 絵の完成に合わせて、画家の仲間らしい男が人の輪に近づいてきた。観衆から見物料を集めるのが彼の役割のようだ。
「あっちで絵を売ってます! 良ければ見て行ってください」
 コインを受け取りながら、男は宣伝を忘れない。フリーマーケットの一角には、色鮮やかなポストカードと額に収められた絵画が並んでいた。
「やあ、いい動きだったぜ」
 ジーンズのポケットから取り出したコインを、ダンデはドーブルに手渡した。披露したパフォーマンスの出来を物語るように、財布代わりのベレー帽には硬貨だけではなく紙幣が置かれている。
「キミはどこから来たんだ?」
 ドーブルはガラル地方には生息していないポケモンだ。その物珍しさに足を止めたのは、ダンデだけではないだろう。
「ジョウトだよ。行ったことはあるかい?」
 ポケモンに代わって答えたのは、路上の片付けを終えた画家である。シュートシティの美術学校で学びながら、休日には大道芸や作品を売っているという。
「バトルはしないのか?」
「僕もドーブルも、あまり戦いに興味はないからね。でも、こっちに来てからは、たまに試合を見るようになったよ。もっとも、テレビ中継の時間を忘れることが多いんだけどね」
 肩をすくめた男は、一つのことに没頭すると、娯楽はおろか生活に必要な事さえもが頭から抜け落ちるタイプなのだろう。似たような気質の持ち主が、ダンデの隣でスケッチブックや本を広げていたのは、数年前のことだった。
「良ければ、僕たちの絵を見て行ってよ」
 どことなく誇らしげな表情で、ドーブルがダンデのシャツを引っ張った。
「この絵、ドーブルが描いたのか?」
 ダンデの芸術の知識は、一般教養の域を出ない。だが彼の鋭い観察力は、ドーブルの筆遣いを見抜いていた。
「絵に詳しいの?」
「いや、全然。けど、ポケモンのことは毎日勉強してるぜ」
 驚きに目を見開いた画家は、目の前の少年がガラル地方のリーグチャンピオンで、ポケモンのタイプや特性を知り尽くしていることなど想像もしていないのだろう。長く味わったことのない解放感を覚えながら、ダンデは額に飾られた風景画を眺めた。
「サンダーソニア……」
 ドーブルが筆を走らせた青空の下に、鮮やかなオレンジの花が咲いていた。穏やかな日差しとウールーの鳴き声。家族の笑顔。一瞬で胸の奥からあふれ出したものに突き動かされるように、ダンデは声を上げていた。
「その絵、ください」
「へ?」
 絵画はポストカードほど気軽に購入できるものではない。ダンデはウォレットから紙幣を取り出し、面食らう画家の前に突き出した。
「その絵を見ていたら、なぜか故郷を思い出しました」
「望郷。サンダーソニアの花言葉だね。僕たちの絵で、君の心が動いたのなら、画家として嬉しいよ」
 おまけしておくからねという申し出に首を振り、ダンデは値札にチップを加えた金額を支払った。絵を包む画家の後ろ姿を眺めながら彼が思い浮かべたのは、サンダーソニアから名前を与えられた幼馴染の少女である。
 ソニアは道を照らす灯火だった。彼女と共にあれば、どこにでも行けるという幼い万能感は、しかし決して誤りではなく、ダンデはジムチャレンジを制してガラル地方の頂点に立った。それによって、立場の変化と物理的な距離が生まれても、柔らかな光を求めるダンデの心に変わりはない。
 望郷という言葉とともに、快活な笑顔がダンデの脳裏に浮かんで、揺れた。
【パシオにてカウントダウン】  破裂音を飲みこんだ濃藍の空が、花火に彩られる。火薬の臭いが風に流れ、ダンデの鼻先をかすめた。
「ガラルの外で新年を迎えるなんて、去年は想像もしてなかったぜ」
 ガラルに生を受け、人生の大半を故郷のために捧げてきた男にとって、パシオでの体験は新鮮なものばかりだった。人工島に野生のポケモンは生息していないが、そこで行われるバトルは、ダンデの心を強く揺さぶるだけではなく、記憶さえも呼び覚ます。幼いジムチャレンジャーに立ち入りが許されたワイルドエリア。そこはガラル地方のほぼ中央に位置していながら、吸いこんだ空気も、服を濡らす雨も、故郷とはまるで違ったものだ。
「それから、またキミとバトルできる日が来るなんて、思ってもいなかった」
 飾り付けられたツリーの下を駆け回るワンパチを眺めていたソニアが、オレンジの髪をかき上げる。研究者という目標を応援する一方で、彼女がバトルから離れたことを誰よりも惜しんだのはダンデだった。
「パシオのバトルについて理解を深めるには、自分でやってみるのが一番だもの。ワンパチも楽しそうだしね」
「……そうか」
 ソニアにとって、パシオでのバトルは知的好奇心を満たす手段の一つなのだ。それでいいとダンデは思う。重要なのは、傍らに立つ彼女がワンパチとともにバトルを楽しんでいることだ。
「ここに来られて、良かった」
 祭りはいつか終わるのだとしても。二人の歩む道が離れるのだとしても。一瞬の閃きは、永く瞼に残る。
「うん、わたしも。来年もよろしくね、ダンデくん」
 微笑むソニアをオレンジ色のライトが照らす。頭の重みを肩に受け止めながら、ダンデは指笛の音を聞いた。
#幼踏み #dnsn版深夜の60分一本勝負のコラボ企画
『幼馴染から一歩踏み出して』
「「せーの!」」
 記念すべきワイルドエリアへの第一歩を、ダンデは柔らかな手の温もりと、掛け声とともに記憶している。
 ジムチャレンジはまだ開会式すら行われていなかったというのに、二人はたったの一歩で途方もない達成感を覚えたものだ。
 旅の終着点であるシュートシティに辿り着いたときも、ダンデはソニアと足並みを揃えて街に入ったものである。
 一人の限界と、二人の可能性。王座を守り続けるうちに忘れ去っていたものは、皮肉にも敗北によってダンデの手に戻ってきた。
「キミとなら、オレはどこにでも行けそうな気がするぜ。カンムリ雪原でも、ウルトラホールでも」
「信頼されてるのはうれしいけど、そこまで面倒見られないよ!」
 肩をすくめてソニアが笑った。思うような結果が出せず、最近では考えこむことも少なくなかった彼女だが、ポケモン博士と認められてからは、表情が柔らかくなったように見える。
「それに、ダンデくんはカンムリパス持ってないでしょう? ローズ元委員長は色々なことをしてきたけど、ダンデくんにカンムリパスを出さなかったのは、正解だったと思う。もし、チャンピオンが遭難したら、ガラル全土が大騒ぎになってたよ」
 ダンデと、そしてカンムリ雪原を知るソニアの発言には遠慮がない。体の頑丈さには自信があるダンデでも、雪原で野宿は避けたかった。
「キミと新しい場所に立つと、いつも胸がワクワクした。ワイルドエリアでも、シュートシティでもそうだった」
 ジムチャレンジの記憶は、彼女にも鮮やかに焼き付いているのだろう。緑の瞳がわずかに揺れた。
「……新たな場所が期待できないなら、人を、オレたちの関係を変えてみないか」
 自身の声が、鼓動にかき消される。命中率の低い大技に勝負を託すような緊張感を、ダンデは右の拳で握り潰した。
「例えば、ビジネスパートナー。共同研究者、それから……」
「それから?」
 細く柔らかな手が、ダンデの右手を包む。大きく喉を鳴らして、男はソニアの耳に顔を近づけた。

 研究所に、二人分の靴音が響いた。
【とっくに胃袋は掴まれていた】 「このごろ、すぐお腹が空くんだ。とくに体を動かしたわけでもないのに」
 体の悩みを打ち明けてくれる程度には、自分は弟の信頼を得ているらしい。隣でショッピングカートを押す姿は、ジムチャレンジに参加する前に比べて逞しくなったように見える。
「運動はしてなくても、頭は使ってるだろう」
 弟が大きく頷く。読書にレポートの作成。心当たりは多いようだ。
「頭を使うと腹が減るのには根拠があるって、ソニアから聞いたことがある。脳というのは、大きさの割にエネルギーの消費が激しいらしいんだ」
「だから研究所には、お菓子がたくさん用意してあるんだよな。子どものころから不思議で仕方なかったんだ」
 笑いを噛み殺しながら、ダンデは首を振った。研究所に常備された大量の菓子は、おそらくマグノリア博士自身のためのものだったのだろう。幼い孫とその友人をもてなすにしては、菓子の味付けが大人向けだったことを思い出す。
「オマエは研究所の助手だ。飯とお菓子は福利厚生の一環だろうし、ソニアに相談すればいい」
 研究に金がかかることは知っているが、三時に食べる菓子の数程度で、研究所の運営が揺らぐはずがない。
「アニキは本当に、ソニアに遠慮がないよな」
 呆れた表情を浮かべながら、弟は焼き菓子が並んだ棚の一角を指さした。
「パウンドケーキやマフィンの焼き加減とか、中に入れるきのみとか、ソニアは色々と工夫してるのに、アニキはカビゴンみたいに食べちゃうんだもんな」
「どうしようもなく腹が減ってるときには、細かい事に気が回らなくなるんだ。オマエにも、すぐに分かるようになる」
 掌サイズのクッキーや色鮮やかにデコレーションされたカップケーキから、ダンデの視線は小麦粉のコーナーに流れていく。焼き菓子のレシピなど一つとして頭にない彼だが、食べたいものを問われればソニアの手製と即答することができた。
「……久しぶりに、ソニアのケーキが食べたいな」
 胃袋をつかまれている、どころの話ではない。ダンデという人間を構成する細胞は、一つ残らずソニアの手の内にあるのだろう。ものを食べるということは、それを作る人間に、命を委ねる行為なのだ。
「よし、きのみを採りに行こう」
 ワイルドエリアを目指して歩き出したダンデの背に、弟の悲鳴がぶつかった。
「お店の出口はそっちじゃないぞ!」
#踏み踏みBUDOU祭  ソニアのおじいさんが、ブドウの栽培に成功した。
「我ながら上手くできたよ。ポケモンも手伝ってくれたからね」
 ブラッシータウンやハロンタウン、いわゆるフィールドランドの気候では、ブドウが育ちにくい。マグノリア邸の庭に、緑の葉が生い茂る立派なブドウ棚を育て上げたのは、おじいさんの地道な努力の成果だ。
「うん、甘い。香りもいいな」
 自分の手で収穫したブドウを一粒口に運び、ダンデは息を吐いた。
「へえ、ダンデくんにも分かるんだ」
「昔から、果物は好きだぜ。包丁を使わずに食べられるものなんか、とくに」
 ソニアの呆れ顔の後ろで、笑い声が弾けた。
「これだけあれば、ダンデくんの家にも、ユウリの家にもお裾分けできるわね」
「ワインは作らないのか?」
 ブドウが材料の飲食物といえばワイン。ダンデの連想に、深い意味はないはずだった。
「ここに植えてあるのは食用のブドウだからね。ワイン用とは品種が違うんだよ。興味があるなら、育ててみるかい?」
 ブドウの栽培が盛んな地域では、著名人がワイナリーを所有して、自分の名前を冠するワインを販売することがある。ダンデの脳裏に蘇ったのは、営業マンが置いていったブドウ畑のパンフレットの写真だった。
 裸足でブドウを踏むのは、観光客向けのイベントに過ぎない。ワインが機械の力で作られていることをダンデは知っていたが、それでも、ブドウを踏む女性の姿を、幼馴染に重ねずにはいられなかったのだ。
 たくし上げられたスカートからのぞく足は日焼けを知らず、果実を踏み潰す。整えられた爪が葡萄の色に染まり、指のあいだから甘い香りが漂う。大きく開いた上着の襟からは柔らかな膨らみが――。
「ちょっと、ダンデくん大丈夫!?」
 不意に喉に痛みを覚え、ダンデは咳き込んだ。ブドウを飲み込み損ねたのは、不埒な想像を巡らせた彼に対する、自然の怒りだったのかもしれない。
「オレにブドウ畑の管理はできそうにありません……」
 両膝をついたダンデの背中を、不思議そうな表情でソニアがさすった。


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