およそ二秒後に、照明は明るさを取り戻した。コンピューターの再起動音に、スタッフの一人が静かに息をつく。 「データは無事か?」 「ええ、バックアップを取ってあります」 ダンデは大きく頷いた。バトルタワーには、天候が変わりやすいワイルドエリアでの使用にも耐えうる計測機器が設置されている。 「今の停電、嵐のせいじゃないわよね?」 「最近、このエリアは停電が多いから、そのせいだと思います」 不安げに窓を眺めるソニアに、女性スタッフが言葉をかけた。 「ポケモンの技じゃなくて?」 「自宅です。おとといも急に停電が起きて、パソコンの電源が落ちました」 スタッフの言葉で、ダンデは一昨日のささやかなトラブルを思い出していた。照明が数秒消えただけで生活に支障はなかったものの、その日は快晴だったから、天気が原因とは思えない。 「電力会社から連絡は来てないな。そう言えば、先月の電気料金がいつもより高かった気がするぜ」 「電気料金と停電は関係ないと思うけどなあ。でんきポケモンでも育て始めたの?」 肩をすくめたダンデの顔を、湿度の高い空気が撫でつけた。停電で空調の電源が切れたようだ。 「バトルはどんな天候でも行うものだが、バトルタワーの営業はそういうわけにはいかない。今日は早めに店じまいといこう」 オーナーの決断に拍手と口笛が返ってきた。営業時間の変更を告知するために、広報担当のスタッフがタブレットを取り出す。 「ショッピングしたかったけど、今日は早めに帰るとしますか。鉄道が止まったら困るもんね」 軽く口を尖らせたソニアの点検は、滞りなく終了するはずだった。コンピューターの強制シャットダウンというアクシデントこそ発生したものの、パワースポットは天候の影響を受けるようなものではない。 「あ」 モニターが再び光を失い、データルームが薄闇に包まれた。 「また停電だなんて、どうなってんの?」 ソニアの疑問に答えたのは、シュートシティだった。大空を裂くような轟音が響き、雨粒が激しくガラス窓に叩きつけられる。あまごいの次にかみなり。天候を利用したバトルを連想したダンデの前に、光の大樹が伸びた。 屋外の雨音も、室内の悲鳴も呑みこんで、雷は無数の枝を空に張り巡らせる。エネルギーを吸い取られたかのように、街の明かりが消えていた。 「ワンパチ、大丈夫だから」 内側から震えだしたモンスターボールに手を添え、ソニアがワンパチを宥めている。電気タイプのポケモンは、シュートシティを襲う嵐に感じるものがあるようだ。 「……三分待っても停電が回復しないなら、ロビーを避難所として開放する。ポケモンセンターや警察、消防の救助要請に応じられるように、準備をしておいてくれ」 リーグ委員長の指示に、スタッフは慌ただしく動きはじめた。バトルタワーでは、ポケモンリーグからの出向スタッフを少なからず受け入れている。その目的は、平時にはリーグ委員長の業務を円滑に進め、有事には組織間の意思伝達や連携を強化することだ。 「来たか」 緊急用の専用回線がけたたましく響く。リーグチャンピオンとして、天候災害やポケモンの暴走に対応してきたダンデだが、リーグ委員長として緊急事態に立ち向かうのは初めてのことだった。いつの間にか、唇が乾いている。 「……委員長。警察からです」 電話を取り次いだスタッフの顔が、用件の緊急性を物語っている。アンティークマーケットに並んでいても不自然ではないようなデザインの受話器を、ダンデは静かに受け取った。 「エレブーが逃げた?」 人間の暮らしにポケモンが深く関わっているガラル地方で、ポケモンの脱走は決して珍しいことではない。だが、シュートシティ郊外のマクロコスモス・エネルギーの研究施設から逃げ出した二体のエレブーは、カンムリ雪原から連れてこられた個体だった。ポケモンリーグに救援を要請した所轄署の判断は間違ってはいない。 「この停電はエレブーが原因かもしれないな」 視線を交わし合うスタッフに指示を出し、ダンデはデータルームを出た。 「ダンデくん、どこに行くつもりなの?」 ソニアの冷えた手が、ジャケットの袖をつかむ。常勤スタッフではない彼女には、バトルタワーに担当区域が存在しないのだ。 「オーナー室だ」 「階段はそっちじゃないわよ」 停電によって動きを止めたエレべーターではなく階段を使用するという判断は正しかったものの、ダンデの方向感覚は常識や普通といった言葉から大きくかけ離れている。広い肩をすくめ、彼は幼馴染の後に続いた。 「シュートシティ北エリア、つまりバトルタワー一帯で大規模な停電が起きてるみたいね」 ローカルニュースを表示するソニアのスマホロトムは、バッテリー切れを案じているのか、どことなく不安げだった。 「信号機が止まっちゃったせいで、渋滞も起きているみたいね。そのせいで、施設の修理に時間がかかるかも」 「この停電、キミはエレブーが原因だと思うか?」 右手で顎を撫でながら、ダンデは階段に足を掛けた。非常灯の光が、静かに床を照らしている。 「ありえない話じゃないわね。最近、このエリアでは雷でもないのに停電が起きていたんでしょう?」 マクロコスモス・エネルギーがエレブーの逃走を組織内で解決しようとした結果、警察への通報が遅れた可能性は無視できないが、それはダンデが追求することではなかった。 「停電にエレブーが無関係だったとしても、予備電源が尽きる前に捕まえないとな」 「さっきのエレザードでしょう。きちんとお仕事してるんだね」 バトルタワーの非常用バッテリーに電気を提供したエレザードは、オーナー室でダンデを待っていた。所有者の交代にあたって内装に手が加えられたが、非常時の司令室という役割に変化はない。 「今ならまだ、電車は動いてるんじゃないか? この調子だと、今日は仕事にならないだろう」 ダンデの提案に、ソニアの瞳が揺れた。困惑が怒りと呆れに飲みこまれる。 「バトルタワーやポケモンリーグの問題に、ダンデくんがわたしを巻きこみたくないのは分かるけど、こんな状態で放り出されても困るわよ」 巨大なガラス窓を、雨が薄いスクリーンのように覆っている。タクシーを手配するという発想が頭になかったことに思い至り、ダンデは頭を下げた。 「……すまない」 「ダンデくんが謝るようなことじゃないでしょう?」 ガラル鉄道とシュートモノレールの臨時運休を示すスマホロトムは、どことなく疲れ切っている。電気の供給が断たれれば、いまや人々の生活に欠かせなくなった高性能デバイスも活躍の場を失うのだった。 「いや。またオレは、取り返しの付かない過ちを犯すところだった」 睫毛を伏せ、ダンデは息を吐いた。長年の恩人と分かり合えなかった記憶が蘇る。だが、彼が得たものは、苦い痛みだけではなかった。 「頼む、ソニア。キミの力を貸してくれないか?」 助力を請うのは、弱さの証でも、相手を危険に晒す行為でもない。手を取り合うことで生まれる可能性には、より良い未来を開く力があるのだ。たとえ言葉と思いの限界が、目の前に突きつけられたとしても。 「任せてちょうだい。最後までつきあうわよ」 ダンデの言葉を受け止めた幼馴染は、非常時にそぐわない笑みを返したのだった。 「まずはそこの棚から、街の地図を出してくれ」 それはダンデが前の主から部屋と共に受け継いだものだった。シュートシティのハザードマップが、男の机に広げられる。 「平和なときにこそ、いざという時に備えておくもの。いつだったか、大雨が降ったときにローズさんが言ってたんだ」 人々の安全に誰よりも心を砕きながら、ガラルの地方を滅ぼそうとした男の心理を、ダンデは千年かかっても理解できないだろう。だが、彼がデスクの引き出しに残した方位磁石は、幼馴染の役に役立ちそうだった。 「ダンデくんの物持ちが良くて助かったわ」 鉛筆を手に取ってたソニアの視線の高さに、スマホロトムが浮き上がる。画面の情報を元に、地図に鉛筆で円が描かれた。 「今、停電してるのが、このエリア。ここで停電が起きていたってことは、エレブーが隠れている可能性が高いわね」 「……かなり広いな」 リザードンの背から見下ろすシュートシティの光景を脳裏に描き、ダンデは首を振った。街を結ぶ二本の橋を境に、バトルタワーやシュートスタジアム、ポケモンセンターが停電の被害を受けている。コンクリートジャングルを構成する建造物は、いまや絡み合う枝を落とされて孤立する木々であった。 「これだけの範囲を、スタッフ総出でエレブーを探すのは現実的じゃないわよね」 「ああ、そうだな」 雨が降っていなければ、そして自分がリーグ委員長でなくチャンピオンであったならば、ダンデはリザードンに跨がって、シュートシティの上空からエレプーを探そうとしていただろう。立場の変化とそれに伴う出来事が、ダンデという青年の心境と行動に変化をもたらしていたのだった。 「SNSで目撃情報を得ようにも、この天気で外に出る人はほとんどいない。そんな状況でエレブーを捕まえるには……」 「どこかに、おびき寄せる」 「正解!」 若葉を思わせるエメラルドグリーンが、柔らかく弧を描く。ポケモン博士に事態を丸投げするつもりはないが、ダンデの胸にバトルの先を読み尽くしたかのような確信が広がった。エレブーは、すぐに捕まる。 「問題は、エレブーをおびきよせる方法だ。ポケモンフードでも用意するのか?」 「バトルタワーには、それぐらいの備蓄もあるだろうけど、もっといいものがあるわ。ねえ、エレザード?」 エレブーのために、ソニアは新鮮かつ高出力の電気を用意するつもりらしい。彼女の視線を受けたエレザードが、誇らしげに胸を張った。 「それじゃ、さっそく準備しましょうか」 ソニアの視線を正面から受け止めて、ダンデは大きく首を縦に振る。レンタルポケモンだけではなく、主要スタッフの相棒ポケモンを、彼は全て頭に叩きこんでいた。 「ガマゲロゲ、ドサイドン。準備はいいな?」 昇格の壁となってバトルタワー利用者の前に立ちはだかる二体のポケモンが、ボールの中からダンデの声に答える。ソニアとスタッフの指示で全てのポケモンが配置についたころには、雨は勢いを失いつつあった。 だが、雷雲は依然としてシュートシティの上空に留まり続けている。金色の閃光が、地上に爆音を導いた。 「いい、ダンデくん? もしエレブーを見つけても、絶対に追いかけないでよ。警察の応援も呼んであるんだからね?」 「ああ、わかってる」 宙に浮かぶスマホロトムから、念を押すソニアの声が聞こえる。バトルタワーのエントランスという、庭にも等しい場所であっても、一歩間違えれば道に迷い、騒動を引き起こすのがダンデという男だ。バトルタワーのスタッフも、エレブーに加えてオーナー探しまで引き受けたくはないだろう。 「そろそろ時間だから、電話切るわね」 「ああ、健闘を祈るぜ!」 バトルタワーの屋上を見上げたダンデの顔に、雨粒が落ちかかる。傍らに立つスタッフが、腕時計を見ながらカウントダウンを始めた。 「……ワン、ゼロ! 作戦開始!」 黒雲から突き出した光の槍が、バトルタワーを突き刺した。遅れて地鳴りにも似た轟音が響く。屋上では電気タイプのポケモンたちが、ソニアの指示でかみなりを連発しているのだ。 「……大丈夫なのか、あれ」 バトルタワーはダイマックスしたポケモンの技にも耐えられるように設計されている。それでも、強いエネルギーがバトルフィールドを蹂躙する様は、熟練のスタッフさえ不安を与えるものだった。 「バトルタワーのことなら、心配はいらないぜ。後はエレブーが来るのを待つだけだ」 エレブーは高い木の周辺に集まって、雷を待つ習性を持つ。電気をエサとするポケモンは、先端が尖った長いものに落ちやすい雷の性質を知っているのだ。 だからこそ、シュートシティの南、ホワイトヒルからでも見えるバトルタワーの落雷を、エレブーは無視できない。ポケモンの生態をヒントに、若きポケモン博士は捕獲の手筈を整えたのである。 「……来ました!」 エレブーの体は電気を帯びており、暗い場所では光を放つ。モノレール乗り場の建物の陰で、青白い塊が揺れていた。 「まずは退路を断つ」 ダンデの指示に従い、スタッフが建物に貼り付いた。モンスターボールから飛び出したポケモンの羽音が、雷鳴にかき消される。 「行け、サダイジャ!」 「任せたわよ、ネンドール」 二体のポケモンが現われた瞬間、モノレールの駅舎はエレブーの背後を塞ぐ壁と化した。雄叫びとともに放たれたでんきショックは、しかし地面タイプのポケモンには効果がない。 「まだだ、気をつけろ!」 ダンデが警告の声を上げた瞬間、かみなりパンチがサダイジャにクリーンヒットした。電気を大地に逃がし、サダイジャが鎌首をもたげる。 「逃がすなよ、フライゴン。すなじごく」 人通りの絶えた街に、場違いなソプラノが響いた。屋根から急降下したフライゴンの羽ばたきが、エレブーの動きを封じた。 「よくやった!」 スタッフが折りたたみ式の特殊ケージを手早く組み立てた。エレブーの「おや」は、マクロコスモス・エネルギーの研究者だ。その人物がモンスターボールを持って現われるまで、エレブーには大人しくしてもらう必要がある。 「もう一体も近くにいるんでしょうかね?」 「だといいんだがな」 ケージの錠が下りるなり、エレブーは観念したかのようにうずくまった。電気のおかげで飢える心配はなかったとはいえ、あてのない逃亡生活に疲労が貯まっているのだろう。 「ソニアから電話ロト!」 ポケットから飛び出したスマホロトムが、けたたましく着信を告げた。顔を上げ、ダンデはいつの間にか雷が聞こえなくなったことに気づく。 「オレだ」 「オーナー、緊急事態です。エレブーが屋上に現われました」 声の主は屋上に配置した女性スタッフだった。その報告について考えを巡らせるよりも早く、ダンデはモンスターボールをつかみ出している。 「リザードン、屋上だ!」 ダンデとともに幾多の激闘をくぐり抜けた火竜が、小雨程度で怖じ気づくはずがない。相棒を背に乗せて、リザードンは力強くアスファルトを蹴った。スマホロトムが、慌てて持ち主を追いかける。 「人の話はちゃんと聞くロト!」 「すまない。今、オレがそっちに向かってるから、状況を教えてくれ」 持ち主がスマホロトムを手にしていないという事実が不安をかき立てるが、リザードンに跨がるダンデにできるのは、スタッフの報告を聞くことだけだ。彼女によれば、エレブーは上からバトルタワーに現われたのだという。 「エレブーは飛べないだろう。まさか建物を上ってきたのか?」 「空飛ぶタクシーです。車体にしがみついている姿を、スタッフが確認しました」 雷雨が荒れ狂うバトルフィールドに飛び降りるエレブーを想像して、ダンデは口角を上げた。 「すごい根性だな。研究よりもバトルのほうが向いているんじゃないか?」 「その意見は私も同感ですが、そのせいで屋上のポケモンが窮地に陥っているのです」 屋上に集まっていたのは、電気ポケモンばかりだ。バトルに長けているとはいえ、電気タイプであるエレブーとの相性は悪い。 「皆は、ソニア博士は無事か?」 「ええ。彼女とワンパチがエレブーを引きつけています」 「だ、そうだ。急いでくれ、リザードン」 巨大な翼が風を捕らえ、リザードンは高度を上げた。 「ソニア!」 リザードンが着地するよりも早く、ダンデは屋上に降り立った。体に電気を漲らせたエレブーが、低く唸るワンパチと向かい合っている。張り詰めた光景を観察するソニアの表情は険しかった。 「ソニア、ワンパチ、よく持ちこたえてくれたな!」 「ダンデくん!?」 驚くソニアに頷きかけ、ダンデはリザードンをボールに戻した。ドサイドンがバトルフィールドを踏みしめて咆哮する。 「ロックブラストだ、ドサイドン」 至近距離から放たれた岩の塊に、逃げ場を奪われたエレブーが姿勢を落とした。鳴き声とともに足の爪がドサイドンを狙う。バランスが崩れた瞬間、エレブーを凌ぐ巨体はドサイドン自身に襲いかかった。苦悶の声にダンデは唇を噛む。 「けたぐりを覚えていたとはな……」 マクロコスモス・エネルギーにとって、エレブーは研究対象以外の存在ではなかったのだろう。警察からダンデのもとに送られてきたデータには、逃げ出したエレブーの技に関する項目が存在しなかった。 ガラル地方では戦うチャンスが少ないポケモンを前に、ダンデの背にカンムリ雪原の冷気にも似た感覚が走り抜ける。 「いいな、実にいい! 分かるぜ、腹が膨れた後は、思いっきり体を動かしたくなるよな!」 ドサイドンとにらみ合っていたエレブーが、ダンデに視線を向けた。隣に立つソニアも、訝しげな表情を隠さない。 「キミの強さ、全部オレたちにぶつけてこい!」 立ち上がったドサイドンが闘争心をこもった声を張り上げる。コンクリートジャングルに身を隠して生き延びたポケモンを知るために、そして体力とストレスを発散させるために、ダンデはバトルという手段を選んだのである。立場が変わり、地位と権力を得ても、彼はポケモントレーナーであった。 「せいでんきに気をつけて!」 一手目のロックブラストは、結果として正しかったようだ。相手の体に触れずに攻撃ができる上に、電気タイプの技が通じないドサイドンを相手に、エレブーは善戦したと言える。だが、タイプ相性と経験の差を覆すことはできなかった。 「ドサイドン、よくやった」 雷撃を巨体で受け止めたドサイドンが、わずかに表情を緩める。バトルフィールドの水たまりをはね上げて、エレブーが倒れ伏した。 「激しいバトルの後なのに、この子、何だかスッキリした顔してるわね」 服が濡れることも厭わず、ソニアがエレブーの側に膝をつく。彼女の指摘通り、戦闘不能に陥ったポケモンの表情はどこか穏やかだった。 「施設がどんなところだったかは分からないけど、ストレスがたまっていたのは間違いないだろうね」 エレブーの身を心から案じるソニアの横顔から、ダンデは視線を外すことができない。研究施設の環境がエレブーが逃走してもやむを得ないようなものであったならば、彼女はポケモン博士として天下のマクロコスモスグループに改善を申し入れるのだろう。 「ストレス発散なら、バトルタワーに来ればいいんじゃないか。研究にも息抜きは必要だろうし、このエレブーは鍛えればもっと上を目指せるぜ」 「ダンデくんらしい!」 ソニアが声を立てて笑い、隣でワンパチが尻尾を振る。利害も損得も頭になかったころから、彼らは当たり前のように手を取り合う間柄だった。時間と共に訪れた変化を経て、ダンデは再びソニアと助けあう関係に戻ろうとしている。 「キミのおかげで助かった。事後処理と警察への手続が残っているが、付き合ってくれるか?」 「もちろんよ。エレブーの捕獲作戦を立てたのはわたしだからね。最後まで見届けなくちゃ!」 「オレの家にちょっといいワインがあるんだ。スーパーでデリでも買って、二人で開けないか?」 雨に濡れた青葉のように、ソニアの瞳が柔らかく揺れた。水滴が弾けるような表情が、ダンデに疑問を投げかける。作戦の成功を祝って酒を飲むことは、不自然だろうか。 「ダンデくんの家に、いいワインなんてあったんだ……」 「もらいものだけどな。最近はホップが来るようになったから、家具も揃えたんだ」 「ワオ!」 おそらくダンデはシュートシティの一等地で、生活感のない暮らしを送っているものと思われているのだろう。口笛でも吹きはじめそうなソニアの表情は、驚きに満ちていた。 「まだ足りないものもあるだろうから、キミの意見も聞きたい」 「何だか楽しみだね!」 期待の眼差しを向けるワンパチを、ダンデを優しく撫でる。雨が上がったシュートシティの空をフライゴンが飛び回り、羽音が凱歌を奏でた。 足下に広がるコンクリートジャングルは、光と共に人の営みを徐々に取り戻しつつあった。 |