黄檗宗・慧日山永明寺HP

 
黄檗宗資料集 
施 餓 鬼 経 本


  『 瑜 伽 焔 口 科 範 』


この頁では、黄檗宗のみが用いている施餓鬼法要の経本『瑜伽焔口科範』について解説します。

この経典は、序文に明らかな様に、雲棲袾宏(別記参照)が編纂したことが分かります。

構成は、一読するとわかるように、明末の禅浄混淆、三教融合の雰囲気が随処にうかがわれます。

なお、瑜伽の法式は密部真言が多く含まれていることから師資相承、口承伝授を原則とします。

しかし、伝授の際に奥義の由来、功徳まで教示されることは少ないようです。

本頁では、真言、陀羅尼部分は省略し、段落毎に漢文部分のみを紹介していきます。

本書を読まれ、その源を温ねる資としていただければ幸いです。

なお、経本としては、「柏巌版」と「華蔵版」の二種が有り、内容に若干の相違があります。

なお、施餓鬼経本の考証については、木村得玄和尚が、黄檗文華に詳細な研究結果を連載しておられます。

参考にされることをお勧めします。

木村得玄著 『黄檗の施餓鬼』 黄檗文華第21号~39号(18回連載)




〔凡例〕 ○ 茶色文字は、解説者が分かり易い様に付した標題。

 
☆ 序文

 〔解説〕   この序文は柏巌版経本の序文である。

 瑜伽集要燄口施食序
瑜伽之為教也神變威霊不可思議金剛智廣大不空二師而下無能継其躅者以是教函龍蔵渺尓不傳惟施食一法行世然此経初譯變食直言之外無聞焉再譯之三譯之浚増浚廣至不動師所傳而備且極矣好事者猶爲未足仍外册附益之遂敞精於閒文而印咒尚或疎畧況観門乎夫瑜伽以相應爲義謂口誦咒手結印心作観三業齊脩而施作佛事是之謂相應耳三業主乎一心心獨無観何取於相應火定灼乎孤峰鐡想翳乎千粒観之所係誠非易易者石機常師両工圖翰乃書其文而像之俾臨文矚像不登壇而観已歴然其始有功於瑜伽矣吾願行法之者専注観心心運諸手手叶諸口口根諸心津濟万霊如是功徳當亦不可思議 
 万暦辛卯冬仏成道日古杭雲棲沙門 袾宏和南題

   
  〔注〕 【雲棲袾宏】 嘉靖14(1535)年1月22日、杭州に生まれる。 父は沈氏。 結婚もし、社会人として過ごすが、出家の志が芽生え、離婚後、昭慶寺の無塵玉律師のもとで具足戒を受け僧としての修行を始める。 各師を歴参し、その中には笑巌徳寚(1512~1581、臨済正伝第二十八世)がいる。 笑巌の教えは幻有正伝、密雲円悟、費隠通容と隠元隆琦に続く歴とした臨済禅であり、未だこの時点では、浄土教には至っていない。 
  後に、彼は古杭に雲棲寺を復興した。 袾宏はここで途絶えていた戒壇を復活したが、特に禅の専門道場として復興したのでは無かったので、色んな思想の持ち主が出入りし、戒、経、論、咒と幅広い教学が教えられ、後には禅浄双修、さらには仏需清和と、禅・浄土・儒教を共に学ぶ方向へ進んだようである。 これが後の雲棲念仏宗となる。
  万暦43(1615)年7月4日示寂、世寿81才。 全身を五雲山麓に塔し、門人たちによって「蓮宗第八祖」と定められ、憨山徳清によって「古杭雲棲蓮池大師塔銘」が記された。 紫柏達観、憨山徳清とともに万暦三高祖の一人と称され、また蓮宗第八祖あるいは第十祖とも称される。  
                          〔本項は、荒見見悟著「雲棲袾宏の研究」大蔵出版(株)等を参考とした。〕

 

 
☆ 地獄の釜破りの段

 
  〔解説〕   道師は僧衆とともに「破地獄の偈」を唱えた後、印を組み真言を誦して地獄の釜破りを厳修する。

  
  若人欲了知  三世一切仏
  応観法界性  一切唯心造


    <真言省略>
〔和訓〕   若し人 三世一切の仏を了知せんと欲するならば 
  応に 法界の性は 一切 唯心が造るものならんと観ずべし
  
 〔大意〕   もしも人が三世の一切の仏を知りつくしたいと思うなら
  まさにこの森羅万象の全ては心が造ると観察すべきである

〔注〕 【破地獄偈】 一般に知られる「破地獄偈」とは、『若人欲求知 三世一切佛 應當如是觀 心造諸如來』である。 これは『大方廣佛華嚴經』巻第九「夜摩天宮菩薩説偈品第十六」中の<唯心偈>と称される10首の偈文中、10句めの1首である。
  7~8世紀の唐において、既にこの偈文に対する信仰が広まっており、我が国でも、華嚴宗、禅宗、浄土宗などで日常に読誦されている。 なおこの『瑜伽焔口科範』では、「若人欲求知」の部分が「若人欲了知」に、また「應當如是觀 心造諸如來」が「応観法界性 一切唯心造」と変わっているが、明の時代にはこの形で読誦されていたものと思われる。 


 
☆ 地蔵菩薩に餓鬼衆の救済をお願いする段

 〔解説〕   地獄の結界が金剛上師(導師)の法力によって破られ、諸霊位を自由に呼び出せるようになったのを受け、地蔵菩薩に救いを求める。

 
奉請地蔵王菩薩 香花迎 香花迎請

南無一心奉請  南無一心再奉請  南無一心再三奉請
 衆生度盡 方證菩提 地獄未空誓不成仏 大聖地蔵王菩薩摩訶薩  惟願不違本誓憐愍有情 此夜今時光臨法會 
香煙請 香煙招請

 〔和訓〕   南無一心に請し奉る。 南無一心に再び請し奉る。 南無一心に三度請し奉る。 
  衆生を度し盡し、方に菩提を證すべし。 地獄未だ空ならざれば誓って成仏せずと。 
  大聖地蔵王菩薩摩訶薩、惟だ願わくば本誓に違わず、有情を憐愍して、此の夜今時法會に光臨されんことを。
 
 
 〔大意〕   一心に帰依しお迎えします。 再び一心に帰依しお迎えします。 再三にわたり一心に帰依しお迎えします。
  衆生の全てを救い尽くし、その後に自分の悟りを果たすのが自分の願いとされています。 しかし、未だ地獄には多くの救われない霊たちがいます。 この霊立ちを救わずには自分は成仏することはないと仰った大聖地蔵王菩薩さま。
 ただお願いしたいのは、その誓いにかけて違うこと無く、どうか憐れみの心を起こされ、今夜のこの法会にお立ち会いくださいますことを。

 


 
◇ 諸霊位招魂の段

 〔解説〕   この段は、導師が諸々の餓鬼の「霊」を法会の場所に呼び寄せる下り。 
  それぞれが痛ましい最期を迎えた例を挙げ、各霊位を呼び寄せる言葉を導師が読み上げる。
  柏巌版では10例であるが、華蔵版では12例となっている。
  今日では時間的都合で全てを読み上げることはなくなりつつあり、厳修する施餓鬼の時期等によって読み上げる例も変わってくる。
  なお、この段の文章は蘇軾(蘇東坡)作と伝えられている。
 



① 国王、皇帝の霊位のために(一代栄華盛衰に謳う)

一心召請 累朝帝主 歴代侯王 九重殿闕高居 萬里山河獨據
白  西来戦艦 千年王氣 俄収北去鑾輿 五国寃聲未斷
嗚呼  杜鵑叫落桃花月 血染枝頭恨正長 
     如是前王後伯之流 一類孤魂(尊霊、神㚑)等衆
       惟願承三宝力秘密言此夜今時光臨法會受此無遮甘露法食


 
〔和訓〕  一心に召請す。 
    累朝の帝主、歴代の侯王、九重の殿闕
(でんけつ)高く居し、萬里の山河独り據(よ)る。
  白
(もう)す 
    西来の戦艦、千年の王気、俄かに北去の鑾輿
(らんよ)収まり 破れた五国の寃声未だ断たず。
  嗚呼
(ああ)、杜鵑叫び落つ桃花の月。 血は枝頭に染まって恨み正に長し。
             是くの如き前王後伯の流
(たぐい) 一類孤魂(尊霊、神㚑)等衆。

  惟だ願わくば三宝の力、秘密の言を承け、此夜今時法會に光臨し
                           此の甘露法食を遮ること無く受けたまえ。


 
〔大意〕   一心にお迎えします。 幾世代も続いた朝廷の帝、歴代の皇帝の威霊、
   九重の殿閣に住まわれ、その国土をたったひとりで支えていると、その位を誇っておられましたのに
  申されるには
   西から押し寄せる戦艦に、千年も続いた王の威厳も俄に消え、破れた五国の恨みの声は未だに絶えないのだと
     アァー、咲き誇る桃の花を照らしながら傾く月のなかに、ほとどきすが血を振り絞ったように鳴き叫ぶ恨みの声
              桃の花は余計に血に染まったかのように赤く見え、その恨みは正に今も続いている。
       このような王たち後裔たち 同種の霊たちよ


〔注〕  【鑾輿】 天子が乗る車。
 【五国】 史記列伝「太史公自序」第二十 楽毅は、自ら立てた方策どおりを実行し、五か国の兵を連合して、弱い燕のために強力な斉に復讐し、燕の先君のうけた恥をすすいだ。 ゆえに楽毅列伝第二十を作る。 とあり、五カ国とは「戦国七雄」(斉、楚、秦、燕、韓、魏、趙)の中の楚、秦、燕、魏、趙のこと。 
 【杜鵑】 ホトトギスのこと。中国では死後、霊魂が鳥になるといい、その例としては、蜀の望帝(名を杜宇という。)が自分から逃げ出し、再び位に復すことが出来ず、常にかえりなん帰りなんと言いながら死んだという。 ホトトギスが鳴くのを聞いた蜀人は、あれは望帝の魂だといったという。 このことからホトトギスは不如帰、あるいは杜宇、蜀魂というようになったという。
 【㚑】 霊の本字。(諸橋大漢和辞典に依る。)



② 将軍や宰相の霊位のために

一心召請 築壇拝將 建節封侯 力移金鼎千鈞 身作長城万里
白  霜寒豹帳 徒勤汗馬之勞 風息狼煙 空負攀龍之望
嗚呼  將軍戦馬今何在 野草閑花満地愁 
     如是英雄將師之類 一類孤魂(神㚑、威霊)等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)


 
〔和訓〕  一心に召請す。 
   壇を築き將を拝し、節を建て侯に封ず。 力
(つとめ)て金鼎千鈞に移し、身は長城万里と作(な)る。
  白す。 
   霜豹帳に寒うして、徒に汗馬の労を勤む。 風息
(や)んで狼煙空しく 攀龍(はんろう)の望みを負う。
 嗚呼、將軍の戦馬今何
(いず)くにか在る。 野草閑花満地に愁す。 
     是くの如き英雄將師の類 一類孤魂(神㚑、威霊)等衆



 〔大意〕   一心にお迎えします。 、
    壇を築き数多の将軍に拝謁し、節度を以てやっと一国の国主に取り立てられ、とりわけ力を入れて国家のために
   盾とすら成られましたのに  
  申されるには
    豹の毛皮で飾った豪華な帳も霜が降れば何の役にもたたぬ。 
      風がやめばのろしも途絶え、ただ功績の上がることだけに望みをつなぐ
   アァー、今、将軍の戦馬は何処にあるのか。 ただ野草が地面をおおい、花もない様に愁いを感ずるのみだ。
       このような英雄、将軍たち 同種の霊たちよ


 
〔注〕  【千鈞】きわめて重い重量。 【長城万里と作る】ここでは、特定の万里の長城のことをいっているのではなく、国家を守る城、つまり盾となることをさす。 【攀龍】「攀竜附鳳」竜にすがりつき、鳳凰につき従う。 家来がすぐれた君主にたよって、功績をたてることのたとえ。

▷ この段は柏巌版には入っていない。


③ 政治家の霊位のために

一心召請 五陵才俊 百郡賢良 三年清節為官 一片丹心報主
白  南州北懸 久離桑梓之郷 海角天涯 遠喪蓬莱之島
嗚呼  官貺肅肅随逝水 離魂杳杳隔陽關 
     如是文臣宰輔之流 一類孤魂(経㚑、忠㚑)等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)

 
 〔和訓〕  一心に召請す。 
 
 
〔大意〕  
④ 役人、書生の霊位のために

一心召請 黌門才子 白屋書生 探花花足歩文林 射策身遊棘院
白  蛍燈飛散三年 徒用工夫鐡硯 磨穿十載 謾施辛苦
嗚呼  七尺紅羅書姓字 一坯黄土葢文章 
     如是文人挙子之流 一類孤魂(明㚑、聡㚑)等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)

 
 〔和訓〕  
   
⑤ 僧の覚位のために

一心召請 出塵上士 飛錫高僧 精修五戒浄人 梵行比丘尼衆
白  黄花翠竹 空談秘密真詮 白牯黧奴 徒演苦空妙偈
嗚呼  経窓冷浸三更月 禅室虚明半夜燈 
     如是緇衣釋子之流 一類覚霊等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)


   
   
⑥ 道士の霊位のために

一心召請 黄冠野客 羽服仙流 桃源洞裡修真 浪苑洲前養性 
白  三花九煉天曹 未許標名四大 無常地府 難容転限
嗚呼 琳観霜寒丹竈冷 醮壇風惨杏花稀 
    如是玄門道士之流 一類遐霊等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)

 
 
   
   
⑦ 客死者の霊位のために

一心召請 江湖羈旅 南北経商 啚財萬里遊竹 積貨千金貿易
白  風霜不測 身膏魚腹之中 途路難防 命喪羊腸之険
嗚呼  滞魄北随雲黯黯 客魂東逐水悠悠 
     如是他郷客路之流 一類孤魂()等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)
 

   
   
⑧ 戦死者の霊位のために

一心召請 戎衣戦士 臨陣徤兒 紅旗影裡争雄 白刃叢中敵命
白  皷金初振 霎時腹破腸穿 勝敗纔分 徧地肢傷首碎
嗚呼  漠漠黄沙聞鬼哭 茫茫白骨小人収
     如是陣亡兵卒之流 一類孤魂(戦兵)等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)

 
   
   
⑨ 産難者、水子等の霊位のために

一心召請 懐躭十月 坐草三朝 初欣鸞鳳和鳴 次望熊羆叶夢
白  奉恭欲唱吉凶 只在片時璋瓦 未分母子 皆帰長夜
嗚呼  花正開時遭急雨 月當明處覆鳥雲
     如是血湖産難之流 一類孤魂(血㚑、惨㚑)等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)

   
   
⑩ 捕虜、他民族の殉難者等の霊位のために

一心召請 戎夷蠻狄 暗唖盲聾 勤労失命傭奴 妒忌傷身婢妾
白  軽欺三宝 罪愆積若河砂 忤逆双親 兇悪浮于宇宙
嗚呼  長夜漫漫何日暁 幽關陰陰不知春 
     如是冥頑悖逆之流 一類孤魂等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)


   
   
⑪ 恵まれない女性の人の霊位のために

一心召請 宮幃美女 閨閣佳人 臙脂畫面争妍 龍麝薫衣競俏
白  雲收雨歇 魂消金谷之園 月鈌花残 腸断馬嵬之駅
嗚呼  昔日風流都不見 緑楊芳草髑髏寒 
     如是裙釵婦女之流 一類孤魂(芳㚑)等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)

 
   
   
⑫ 横死者の霊位のために

一心召請 饑寒丐者 刑戮囚人 遇水火以傷身 逢虎狼而失明
白  懸梁服毒千年 怨氣沈沈雷撃 崖崩一點 驚魂漾漾
嗚呼  暮雨青烟寒鵲噪 秋風黄葉乱鴉飛 
     如是傷亡横死之流 一類孤魂(微㚑、異㚑)等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)

   
   
この世の全ての霊位のために

一心召請 法界六道 十類孤魂 面然所統薜荔多衆 塵沙種類 依草附木 魑魅魍魎 滞魄孤魂 自他先亡 家親眷属 等衆  (以下「惟願・・・・云々」同)