(4)




  


「すいませんね、先生。それじゃ和哉のこと、よろしくお願いします」
  そう言って出掛ける母親を笑顔で見送ると、冬子はいそいそと教え子の部屋へ向かった。
相変わらず赤い顔で寝込んでいた和哉は、寝台の軋みに横を向き、慌てて布団を顔まで引
き上げる。鼻先が触れかねないほどの所に、冬子の豊満な腰があったのだ。
  その額に、そっと白く長い指が重ねられた。
「熱の具合は、どう?」
  ほのかに温かい掌の感触に、熱の辛さが緩んだのは一瞬のこと。返事するよりも早く、
布団をずり下げ冬子が顔を寄せてきた。閉じた瞼の上に、彼女の長い髪の毛がこぼれ、顔
には冷たい眼鏡のフレームと、吸い付くような感じの白い肌が当たる。
「……うん、やっぱり熱いわ。今日の家庭教師は止めておいた方がいいわね」
  わざと額を重ねたままで言って、くすぐるように吐息をかける。さらに赤味を増す少年
の顔を楽しみながら、冬子は体を起こした。
「ちょっと熱が高すぎるようね。このままじゃ、体に良くないわ。――和君、お薬は飲ん
だのよね?」
「は、はい」
「そう。それじゃ……」
  彼女の腕が、布団の中に潜り込む。
「あら?」
  探し当てた目的のものは、熱のせいか既に硬く膨らんでいた。
「先生! それは……」
「君のためよ。熱が下がらないと、脳だって危ないんだから。――溜まっているものを抜
いて、すっきりしましょう」
「でも……ンッ!」
  寝巻の上から棒に巻き付けた指を上下に走らせ、刺激で口を黙らせる。どう見ても、自
分のためという顔で、冬子は和哉のものを取り出した。
  数日分は溜まっているのだろう。青い臭いを漂わせ、今にも高く放ちそうなそれに、期
待に満ちた目を向ける。なまじ理性的な家庭教師という装いをしているため、彼女が初物
を齧る喜びに乱れている姿は、たまらなく淫靡だ。
  両手で押さえた棒に、そっと顔を寄せる。熱く蒸れている部分に息を吹きかけ、指で握
り込んだ裏側、筋の膨らんでいる部分を、舌先でゆっくりと舐め上げる。尖らせた舌先が
雁裏の窪みをほじり、先の割れ目へと差し込まれたところで、そこから勢い良く粘液が吹
き出した。濃厚になったあまり、黄ばんだ精液が、端正な冬子の顔を縦に汚す。
「あっ!」
  だが和哉が謝るまでもなく、彼女は平然と髪や服についたものを、ハンカチで拭き取っ
ていく。そして最後に眼鏡をとって、レンズの上を垂れていく粘液を、赤い舌先で舐め取っ
た。
  呆然とそれを眺めている和哉に、彼女は淫らに――それでいて、どこか優しい目で――
笑いかける。
「どう、気分の方は? 少しはすっきりした?」
「……」
  と、もう一度、彼女は和哉の股間へと手をやった。
「――まだ、十分じゃないみたいね」
「それは……」
「いいのよ。無理しなくて」
  再び立ち上がってきた彼のものに微笑む。
「全部、出すまでやってあげるから」
  そして、口紅を引いた唇を開くと、今度は真上から冬子は少年のものを飲み込んでいっ
た。喉の奥まで含み、ねっとりと舌を絡ませながら、激しい往復運動を始める。
「うっ、うっ……」
  シーツに爪を立てて握り締め、和哉は横たわったまま快感に体を強張らせている。やが
て、唾液と先漏れ液の交じり合ったものが、彼女の唇の端から溢れ出し、竿を伝って付け
根へと垂れ落ちていった。軽く音を立ててそれらを啜り上げると、冬子は喉を嚥下させる。
  そこで一端、顔を離すと、自分の胸の間へと濡れ落ちていった液体を手で拭い「汚れちゃ
うのよね……」と呟く。そして、スーツのボタンへ手を掛けて、不意に目線を和哉へと向
けた。彼が期待に満ちた眼差しで、彼女の手元を見詰めていることを確かめ、にんまりと
した笑みを浮かべる。
「あっ……あの……」
  叱られるのを待つかのごとく俯いた少年の胸元に手が伸ばされ、寝巻のボタンが外され
てゆく。
「大分、汗をかいてるみたいね。――脱いじゃいましょうか」
  小声で笑いながら服を剥ぎ取ると、自分も裸になった冬子が、彼の首から胸、そのまま
腹から臍に、そして薄っすらと茂り始めている部分へと指を走らせる。
「綺麗な肌。うらやましいわ」
  そう言って子供のような表情で、和哉の胸元に顔を摩り付ける。
「……先生?」
「和君の匂いがするわ――」
  そうして、されるがままになっている彼の上にまたがる。早くから潤んでいた自分の秘
所の入口を、赤く艶やかに張った少年の棒先で、浅く、円をかいて掻き回す。
「うンッ!」
「……ハァッ。――まだ、熱はあるものね。ン……じ、じゃあ、残りも出しちゃおうか。
先生の言う通りに、ね?」
  軽く和哉の口先を指で弾くと、冬子はじわじわと棒の上へ腰を落としていった。








  そこで、彼は溜まっていたものが抜ける快感に思いを巡らせた。だが、一度抜けてし
まうと、あの悶々とした苦しみも、抜けた瞬間の爽快さも、人は容易く忘れてしまうも
のらしい。少しでもあの感覚を思い出すべく、渓一は鼻から大きく息を吸い込んでみた。
「たっだいまー」
  威勢の良い声が遠くで響き、次いで階段を軽快な足音が近付いてくる。不意に渓一は、
身を守らねばという衝動にとらわれた。
  だが。――先入観で身構えて万が一、自分の確信にも近い予想が外れてしまった場合、
彼女の心を深く傷付けてしまうことになる。昨日、ちゃんと注意はしたし、それが解ら
ぬほどの子供ではないはずだ。何より、兄が妹を信じてやれなくてどうする。
  彼が俯いて考えている間に、それは渓一の後ろに回り込んでいた。
「兄ぃ、ただいまっ!」
  半弧を描き、腰を入れて振り抜かれたリュックの底が、渓一の後頭部にぶち当たる。
衝撃で深く前へと頭を落とした彼は、しばし言葉もなく悩んだ。
  学習能力が欠如しているのは、自分か、河鹿か、それとも両方か?
  やがて、不機嫌な顔で振り返った彼の頭を、河鹿がわしゃわしゃと掻き回す。
「ごめんね、兄ぃ。ちょっと、力を入れ過ぎちゃった」
「そうじゃなくてだな」
「でも、男の子だから我慢できるよね?」
「それ以前の問題でだ」
「ほうら、痛いの痛いの、飛んでいけー」
「……」
  これ以上、何を言っても玩具にされるだけだろう。渓一は小さく溜息を吐いた。
  病み上がりの二三日は、しおらしいほど彼女も気を使ってくれた。だが、完全に渓一
の風邪が治ったと知ると、まるでそれまでの分も取り返そうとするかの如く、力の入っ
たコミュニケーションを取り始めた。
「あれ、ところで兄ぃ。今日は冬飼さんと打ち合わせじゃなかったの?」
  兄の内心も知らず、笑顔で問いかける河鹿に仏頂顔で答える。
「午前中に電話があってな。出戻り感染だそうだ」
「?」
「見舞いに来た時に、自分で移した風邪をまた持って帰ったらしい。――世界が自分に
断りもなく揺れているから、打ち合わせはこの次に、ということだそうだ」
  くれぐれも見舞いにきたりなんかするなよ。こんな時に、野郎の顔なんぞ死んでも見
たくない。
  相変わらずの先輩の言を思い出し、密かに頬をほころばす渓一の前で、河鹿はしばし
考え込んだ。
「……じゃあ、今日はもう、なんの用事もないの?」
「なくは、ない。夕食の支度や、原稿書きがある」
「でも、絶対今日やらなくちゃいけないことは、別にないよね?」
「明日でもいいから、という発想は、絶対に明日もしないということと同義だと思うが
……まあ、さしせまった仕事はないな」
そこで少し頭を働かせ、渓一は問う。
「どうした? どこか行きたいところでもあるのか?」
「……私じゃなくて」
  河鹿はこめかみに指先を当てる。
「夕希さんのこと。まだ、看病してもらったお礼、言ってないんでしょう?」
「――いや、言うだけなら言ったが」
  河鹿の指に、力が籠もる。
「……で、他には?」
「他、とは?」
  幾つか、精神のブレーカーを弾き飛ばしてから、河鹿はにっこりと笑い掛けた。
「お礼にプレゼントを手渡すとか、食事に誘うとか、バーでカクテルでもおごるとか……」
「しかし、そういうのは逆に誠意が伝わらないような気がしてな」
「誠意、の問題じゃないっ!」
「違うのか?」
  そこで、ここ数日振りに、心底手加減のない蹴りを河鹿は繰り出した。
「いいから、とっとと行ってこいっ!」

 

 

 

  バイト仲間に挨拶をして、夕希は従業員用の出口へと向かった。寒いのは苦手なので、
建物内からマフラーと手袋はしっかりと身に付けておく。警備員詰め所に軽く会釈して
外に出ると、案の定、硝子のように澄み通った大気がわずかに露呈した肌を刺した。
「……夕希、さん……」
  突如掛けられた声に振り向くと、出入り口の死角になる部分で蠢く不審な影があった。
「……渓さん?」
  そこで影は立ち上がり、光の中へと姿を現わす。
「今晩は。――お仕事、お疲れ様」
「え、うん。今晩は。……でも、こんな所でどうしたの?」
  そこで渓一の顔色に気付き、慌てて自分のマフラーを外す。
「いや、先日のお礼を……」
「そんなことより。折角治ったのに、また風邪ひくよ。はい、頭下げて」
  小さく震える渓一に、くるくるとマフラーを巻きつけてやる。それなりに寒かったら
しく、彼も逆らうことなく、されるに任せる。
「はい」
「……有り難う」
  くぐもった声で言うと、渓一は苦笑した。
「お礼をしに来たはずなのに、これじゃ本末転倒だな。――済まない」
「別にいいよ」
「しかし、寒いのは駄目じゃなかったか?」
「……覚えていて、くれたの?」
「まあ、それで昔は大騒ぎしてたから」
  何年も前のことを持ち出され、夕希の顔が拗ねたようになる。それに笑い掛けると、
渓一は彼女を促した。
「続きはどこか、暖かい所でしないか? まだ、体の芯が冷えてかなわん」
  そう言って、軽く体を揺する。
「うん。――どこにする?」
「できれば、温かいものを食べたいんだが……何か、希望ある?」
「これといってはないけど。渓さんは?」
「こちらも、特には」
「なら、鍋なんてどう?」
「鍋か。いいな。――『沢葉』?」
「『沢葉』の雪見鍋。あ、でも鳥鍋もいいな」
「じゃあ、俺は火焔鍋にでも挑戦してみるか」
「地獄鍋? やめといた方がいいよ。あの辛さは尋常じゃないもの」
  そうして、白い息を交わしながら、二つの影は冬の街路を歩み去った。

 

 

 



                                                                 ――――了