蔦と煉瓦の檻







くだらない。
毎日が退屈で、穏やかで、怠惰だ。
何をやっても意味が無く、何を学んでも面白くも無い。
その無気力の影には、何不自由なくすごせるだろう財力という恵まれた背景があったが、その為にこれほど全てが怠惰であるなら、強ち恵まれた環境とは言えないだろう。
そんな言い訳じみたことをふと脳裏に過ぎらせながら、トロワ・バートンは午睡に埋没しようと瞼を閉じた。
黴臭い、煉瓦の匂いのする建物が嫌いだった。
窓枠に切り取られた空が、抜ける様に蒼く耀いているのも面白くなかった。
自分が何をしようと咎めることもできない教師達には反吐が出たし、空々しい学生達の態度には気分がしらけさえした。
何もかもがくだらなすぎて、何もかもがどうでもよかった。
だが。
全てがモノトーンに埋もれる世界の中で、不思議と彼だけが異彩を放っていたのは気のせいだったのか、それとも一種のインスピレーションだったのか。
何も執着できるもののなかった自分にとって、初めての存在。初めての衝動。初めての餓え。
彼を手に入れることは、必然であり、己の存在価値そのものとさえ、感じられた。
そよぐ風に睫を撫でられて、トロワは閉じていた瞼を開いた。
瞼の裏に浮かべた彼の姿の代わりに目に入るのは、黴臭い建物の中の黴臭い図書室に並ぶこれまた黴臭い本が所狭しと収められたやぼったい本棚の群れ。
決して好きとは言えないこの場所が午睡の場所に選ばれるのは、ただ静かであるからに他ならない。本来ならば勉学の為に訪れるべき場所であるのにトロワにとっては格好の睡眠を確保する場所になるのだった。
夜は夜でやることが有るのだから、昼間に睡眠をとらねば体に悪い。そう思ってふと、トロワは彼の人の凛と背筋の伸ばされた姿を思い出した。
よくもまぁ、向こうさんはもっているものだ。自分がこうして休息を取っている間も彼は、その性格よろしくきっちり詰めた襟と神経質なほど伸ばされた背筋のままで、優等生しているのだ。
自分にはとても真似はできないな。
そんな事をつぶやきながらトロワはソファーの上で寝返りをうった。
視界に入った手の甲には引っ掻いたような傷痕が有る。
思い起こすのは彼に触れていた時間。
あの時間しか、自分が生きている実感が無い。
------早く夜になれ。
心に繰り返される呟きは、すでに祈りに近かった。





礼拝堂で行われるミサは、毎朝、朝食の前に行われるので、問題児たるトロワ・バートンが姿を見せる事など皆無と言えただろう。
理事長の弟と言う立場のために誰もが彼に気を使う一方、反感を買わぬように一線を画している。教師や神父でさえ、彼を咎める事ができないのだからあきれたものとしか言いようが無かった。
ヒイロ・ユイは、壇上で聖書を読み上げながら、ミサの荘厳な空気を変えてしまった人物へときつい視線を送った。
普段姿を見せない彼がいると言うだけで、他の生徒は興味深げに彼へとちらちら視線を走らせている。
それだけでも不快感を煽られるには十分だと言うのに、その中で彼は、この場にそぐわぬ着崩した制服で足を机の上に投げ出した格好を披露していた。
ヒイロの視線の刺は強くなるばかりで、にもかかわらず、トロワは気にした風も無い。
やがて朗々と聖書を読み上げるヒイロの声がやむと、彼の凛とした声が礼拝の終了を告げた。
始まりから終わりまで、ミサの進行の全てを監督生に任される事は異例ではあったが、彼の人となりと、神父からの厚い信頼がそれを可能にしていた。
そしてそれ以上に、ヒイロは他の生徒から尊敬と、畏敬の念で見つめられていた。
歴代の中でも際立って秀でた監督生と、校史に類を見ない問題児と、全く両極にある二人は、揃って容姿が優れていたために、良くも悪くも人の話題に上る事が多かった。
ヒイロが落ち着いた足取りで生徒達の間を扉へと向かう。だが、その足は扉をくぐる前に一つの席の横で歩みを止めた。
悪びれもせず、足を机に投げ出したままのトロワに、冷やかな視線を投げる。
絡まる二人の視線に、高まる緊張感。
固唾を飲んで生徒達が見守る中で、先に動いたのはヒイロの方だった。
派手な音に、遠い席のもの達は何事かとざわめいたが、間近でそれを見たものはなお一層、ヒイロの行為に驚いていた。
「礼拝堂は神聖なものだ。“神聖”の2文字を理解せぬものが来る必要はない。」
蹴り倒した椅子の横で座り込む問題児に、ヒイロは投げ捨てるように言った。
「派手な挨拶だな。随分乱暴なんじゃないか?」
「次から礼拝に出てくるときはジャケットとネクタイを必ず着用してこい。でなければ放り出す。」
「・・・・神聖、ね。俺は理解しているつもりだが? 優等生。」
不敵な笑みは何を考えてのことか。
絡み付く視線を引き剥がすようにはずして、ヒイロはドアへと足を向けた。
背中にトロワの視線を感じる。
それは心地よいまでの快感と、指が凍えるかのような罪悪感と背徳感を伴った視線だった。






ここは、檻。
蔦と煉瓦に囲まれた、
罪と背徳の檻。






突発で出したものだから、文章が乱雑この上なくて泣けてきます(笑)
ま、これもひとつの足跡(^^)
優等生で人の良いトロワ x 暴れ馬ヒイロ と言う図式の多い3x1にちょっと逆らってみようと 試みたネタだったりします。
背後に13x1がちらついたり、何のかんのとトロワに
甘すぎるヒイロがいたりで私的に好きなネタではあるんですが・・・・続き書くのはいつでしょう?・・・・・(爆)


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