續天台宗全書(第U期第五回配本) 顯教7 三百帖・法華十軸鈔 解題
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『三百帖』『法華十軸鈔』 十巻 (会合本)
<底 本> 叡山別当代蔵『十軸鈔』十巻、天文十六年(一五四七)豪伝書写奥書九冊(欠巻二)本。
『三百帖』部分の底本も『十軸鈔』内の世流布本『三百帖』。
<対校本> 叡山天海蔵『十軸鈔』十巻、天正二十年(一五九二)秀盛書写奥書十冊本。
叡山真如蔵『十軸鈔』十巻、書写年不明写本十冊本
(巻二のみ使用)。 (両書の書誌は後記)
(校訂者 清原惠光)
参考:A本 叡山天海蔵『三百帖』永正十一年(一五一四)仙波実海書模、天正三年(一五七五)書写奥書二冊写本(講讃本)。
参考:B本 『三百帖』=叡山文庫無動寺蔵『一乗十軸鈔』正慶元年(一三三二)西塔敬運七十四歳替語、康永四年(一三四五)能運書写奥書二冊写本(点傍線に使用。改訂世流布本)。
本書は、『法華経』の要点を論義問答で示した概説書である。法華論義入門書ともいえよう。『法華経』八巻、開経『無量義経』一巻および結経『観普賢経』一巻合計十巻(法華十軸)の内容を、三百問答した書。別名『三百条』は、問答数を示している。問答は、一巻に三〇問設けられている(各品ごと三〇問ではない)。
撰者 明記ない。『日本国天台宗章疏目録』(弘治二年<一五五六>拾遺)には、常住院永心西塔東谷 の中に十五書目の著書が挙げられ、その中に『本三百条』が見える。続けて性舜西塔北谷石泉院 に六書目が挙げられる中、『新三百帖』が見えるが『十軸鈔』は見えない(仏全1,269a)。『台祖密目』(元和五年(一六一九)以後成立)によれば、『三百帖』『本三百帖』『新三百帖』『十軸鈔』(仏全2,242b・244a)があり、これらの目録のみに著編者名が記されている(『竜堂録』は後継目録)。すなわち整理すると、
『三百帖』二巻・『本三百帖』二巻は、常住院永心撰
『新三百帖』二巻・『十軸鈔』十巻は、海岸坊性舜撰
となるが、入手したこの全種写本のどこにも、撰者名が見あたらないので、撰者の根拠が何によるものか不明である。
同時に、本書の成立時期も不明確である。最古の奥書年号である東大寺本の正嘉元年四月書写(一二五七、『一乗十軸鈔』奥書)以前に、『十軸鈔』の存在は推測できる。『三百帖』成立は、さらにそれ以前だが、本文や奥書のどこにも成立記述は見えない。
『三百帖』の常住院永心(ー一一六九〜一一八一ー)は、経歴不詳の師である。各書に名が見えるものを収集して生存年を推定している(大久保良順先生教示)。著作は、真如蔵に『宗要集鈔永心談』三巻があり、問要『独覚鈔』三巻など十五書目が目録などに見える。比叡山西塔の恵心流常住院の永心らしい。尊舜(一四五一〜一五一四)編『二帖抄見聞』には、「恵心流に於いて西塔・横川・杉生の三流不同なり。西塔恵心流と云うは、常住院の永心法橋。太上の順耀流なり。」(天全8,163b)とある。恵心流『止観伊賀抄』(続天全顕教1・2)には、永心が9箇所、常住院が43箇所、「問答如三百帖」が4箇所に引用されており、『三百帖』と「永心」が別々の引用であるが、『三百帖』著編者の可能性はある。
『法華十軸鈔』の海岸坊性舜(ー一一八三〜一二〇六ー)も経歴不詳の師である。推定した年代が正しければ、永心とは、師弟ほどしか違わない。『日本国天台宗章疏目録』には『疏記十帖抄』(三解脱抄とも)など六書目の著作が見える学匠である。『止観伊賀抄』に、「性舜法印義」「後東陽性舜法印」(顕ヘ2,382b)など6箇所引用されるが、『十軸鈔』としての引用はない。
西暦一三〇〇年頃の口伝集『窮源盡性抄』隆禅著には、次の血脈があり、目録の『十軸抄』の撰者伝承と矛盾がない。しかし、血脈図軸『天台法華宗之相承』(延暦寺国宝殿蔵)では、師弟が逆転し、覚什─性舜の西塔石泉流が記されており、海岸坊性舜と石泉性舜は、同名別人の可能性もあることになる。
232 横川流事 (続天全口決1,302b)
恵心─都率─蓮実坊─長豪┬東陽─皇覚
┌──────┘
└良順─順耀─永心─性舜─朝晴─覚什─
さて、視点を揚げて『法華経』注釈全体を見渡せば、おびただしい数の『法華経』注釈書が見渡せる。その中の本書は、論義問答体で、法華開結十巻三十二品の重点を三百問答で示すところに特徴がある。唐湛然(七一一〜七八二)に問答書の『法華五百問論』三巻(続蔵二─五)があるが、これは対法相論争書で、『妙法蓮華経』のみである。日本では、本書に類似し内容が異なる論義問答の書に、政海(一二三一〜一二九八〜)撰『一乗論談鈔』残十六冊(身延文庫写本)がある。設問の一部が共通するのみだが、本書の兄弟本かも知れない。また共通性が濃いのは、『法華四条論義』『法華三十講』の諸本だが、法華三十講すなわち、法華十巻二十八品に開結二巻を三十日に配当した論義では、一座に四問答あり、全百二十問答の構成。問答は二重までで、『十軸鈔』三百問答と共通論義は4分の1程度の七十五論題。つまり四十五問は、『三百帖』以外から設定されている。他流の類似書も見あたらない。
『三百帖』 『十軸鈔』は、『三百帖』の三百箇条の二重までの問答に第三重問答(重難・重答)を加えたもので、新論題もなく(6題混入あるが)、内容は『三百帖』と同じといえる。この『三百帖』は、『法華経』講経論義研鑽のために編纂された書だと考えられる。もともと、羅什訳『法華経』の注釈書に天台三大部(法華玄義・文句・摩訶止観)を当てるのが天台学だが、講経論義に『法華文句』を直ちに使用するのは難儀である。宗祖最澄には、論争書の『法華秀句』『法華去惑』などが、『法華経』を直接解説した著述として知られているが、これは学徒教育のための教科書ではない。もと宗祖最澄(七六六〜八二二)は、延暦十七年天台大師の御忌日に当たり法華十講(霜月会。陰暦十一月二十四日)を始修された事に始まり、のちには法華八講・三十講が比叡山内各所で行われることになった。本書は、そうした「法華経ゥ会」実修を通じて成立し、法華経論義の基本的な参考書とされたものである。『三百帖』に先行する講経論義の書や、法華十講・三十講に資する論草は多くあったに違いないが、それらが編纂されて本書『三百帖』になった可能性は高い。
問答形式と内容 三百条論目は、目次を参照されたい。目次を新添加し、一覧可能にした。番号は、全問答連番(通巻番号)と、各巻ごとの番号と二重に付した。一巻三〇問答=十巻三〇〇問答を明示するためである。本文には通巻番号を付した。
問答の形態は、二重問答に第三重問答を加え、さらに付随問答を加えたものもある。
初重問(題目 (だいもく)) 「問(と)う。……」 ←初重・二重は『三百帖』の問答
初重答(立宗 (りっしゅう)) 「答(こた)う。……」
二重問(難勢)(なんぜい)=三種類(三様の難)の内どれかが用いられる。
片難(かたなん) 「付之。……」(これについて。)
進(すすみ)の難 「進云。……。付之。……」
両方(りょうよう)の難 「両方。若し……。若し……。」
二重答(会通(えつう)) 「答う。……」
三重問(重難(じゅうなん))) 「難じて云く。」 ← ここより『十軸鈔』の問答
三重答(重答(じゅうとう)) 「答う。……」
付随問答 「尋(たずね)て云く。……。答う。……。」 ← 有無不定
文中の2字空白は、校訂作業で挿入した文の段落である。
最初一番目の問答のみは、底本・異本A・異本Bの三本を順番に印刷した。同義異文の内容程度を比較するためである。二番目問答以後は、比較印刷を省略し、点傍線で、B本に同義異文があることのみを示した。内容研究ためのみならば、A本講讃本の参考で良いだろうし、問答の要領のみを望む場合は、三冊程度の『十軸鈔』を参照すれば足りるだろう。しかし今回の底本印刷は、全文完備を目指して『十軸鈔』源典翻刻を行った。
問答数 各品ごとに区別されているが、『無量義経』十功徳品三には一問答のみ(開経三品で三十問答)。『法華経』勧持品十三・如来神力品二十一・嘱累品二十二・陀羅尼品二十六は五問答。それ以外の品は六問答以上で、どうらや品の内容よりは、品の文字量に問答数が比例しているようである。方便品二が最多で十六問答ある。最後の一巻分の結経『観普賢経』は、三十三問答あり、普賢勧発品二十八の十一問答を加えると合計四十四問答で、最詳細となる。
問答例1 最初一番目の問答は、『無量義経』が『法華経』の序分(開経)である理由を明示するための問答である。経典三分科(序・正・流通分)を『法華経』に相当させる場合に、開結二経とする矛盾を整理しなければならないからである。この問答は、法華三十講でも最初に行われる根本的問題である。
問は、@経文が法華経序分とは見えない。三法四果の益を挙げるので一実円経の序分にできない。A「受持而去」の語があるので法華同座の経典にはならない。Bこの理由で古師は、法華の序分がインドから中国に伝わらなかったと判じた、などという。
答文では、@経には「四十余年未顕真実」と説き、爾前帯権の経ではなく、速成菩提の直道を宣べて純円一実経である。従多 帰一の序分に当たり、四味のゥ教を説いているので第五時教に相当する。但し、権乗得益については、山家大師は『注無量義経』に「是開経故。得果階級」と判じている。A「而去」の語は、如来滅後の大乗経典流布の語として訳者が置いたもの(これは30番目の問答でも梵本か訳者か論じている)。B古師の釈は、天台大師がすでに破釈している、と答える。以上で半頁。
これに、『十軸鈔』の「難じて云く。」「答う。」(重難・重答=第三重問答)および追加考証が四頁も続き、詳細である。
問答例303 問う。普賢行者、[観普賢経に説かれる]観無生の懴悔を修行せる時、罪福共に滅すと云うべき耶。
答う。知り難しと雖も、唯だ罪障のみを滅して、福をば滅すべからず。
両方。若し福を滅せざれば、既に「罪福無主」と観じ、観法に私見なき故に、どうして罪のみ除き、福を留めようか。 若しこれが正しければ、観無生懴悔は罪障を滅すといい、福を滅すとはいわず、矛盾する。(「爾者云云」は、「からば」と発音し、第二重問(難勢)の末で答を催す付け言葉。通常の論草には記述しない。)
答う。若し罪福共に滅すれば、何を仏果菩提の因となすや。但し、真如の一理には罪福無しと雖も、真如随縁に変わる時、罪滅善生の義あり。理性に元より善悪性備わる。しかも悪は理に違い、善は理に順ず。よって「罪福無主」と観ずれども、悪には離滅の徳あり、善のために除かれる。浄業は理に順ずる故に相資の能力あり。浄業を滅ぼさず留めて仏果菩提の因となす。
難じて云く。『観普賢経』に「我心自空。罪福無主○観心無心。法不住法中」、『法華経』に「深達罪福相」とあって、空観により罪福もとより無し。若し福を空ぜざれば福に執着せる過あり。
答う。学者の異義なり。……経論の常の説には、福を捨てる事なし。『観普賢経』に「衆罪如霜露」とはあれ、「衆福如霜露」とはいわず。また七仏通戒偈に「ゥ悪莫作」といい、「ゥ善莫作」とはいわず。善に相資の徳ありて悪に離滅の能ありと云う。但し、円頓行者は、観無生懴悔の時、実には悪をば捨てず、ただその執を除き、その法は除かず。ましてや福を除くべきや。迹門の時は罪福不二と観ずれども、本門では罪福本来宛然として真如常住の覚体なり、更に除くべからず。一空一切空とてその時、仮中を滅するには非ず。『止観』一に「無道無滅故無出世間」と云うは、無作四諦の相なり、不思議観を成ぜんがためなり。『法華経』の「深達罪福相」は深達と云いて深滅とは云わず。我心自空とは、善悪のみ自ら空ずとは云わない。かつて仏果空不空の論争があったが、仏果に空の徳ありても、仏果を空ぜらる側に置いてはならない(福に空の徳ありても、福を空ぜらる側に置いてはならない)。
■ 写本 三百帖 二巻二冊 (11本収集、『三百帖』の書誌および異本)
Sam-byaku-joo.
<撰者> 明記なし(目録には住心院阿闍梨永心(-一一六九〜一一八一-)撰)。
<異名> 三百条。本三百帖。新三百帖。
<成立> 明記なし(正嘉元年卯月書写(一二五七、東大寺蔵奥書)以前。
(常住院永心撰ならば、平安時代末の成立。)
多くの異本が確認できる書である。最初問答の冒頭文によって『三百帖』を三つに大別できる。
(1)「世流布の無量義経」で始まる「世流布本」@A
(2)「講讃の無量義経」で始まる「講讃本」 B
(3)右両種とは異なる別本『三百帖』
この『三百帖』の異本は、およそ@ABの3種類に分けられる。これ以外の異本は別本(3)『三百帖』とし、異本に扱わない。写本の書名は不正確な使用になっており、要注意。同書名でも、内容が別本注釈書や、書名が『三百帖』で内容は『十軸鈔』十巻、または『一乗十軸鈔』で内容は『三百帖』の書などがある。
◎世流布本『三百帖』の種類……2種
@『十軸鈔』中の『三百帖』本 =底本 7本収集
『十軸鈔』最古の書写奥書(正嘉元年<一二五七>卯月書写 )を持つ東大寺蔵『一乗十軸鈔』は、巻4の薬草品部分一冊のみで、『三百帖』部分は他の『十軸鈔』と共通の「世流布本」である。「難云」文が削略異文になっているので、「難云」部分は『十軸鈔』の別本になる。
『十軸鈔』より『三百帖』部分のみを取り出した二冊写本も多くある。
A 敬運改訂無動寺蔵『三百帖』本 =参考B本 1本収集
正慶元年(一三三二)改訂二冊。この敬運改訂は、奥書にあるように、文字の誤脱を訂正し、文章を替語した異本である。この無動寺本は、異文の程度が少なく、改訂程度も少ない。原本@によく似た異本である。
◎講讃本『三百帖』の種類……1種 =参考A本 6本収集
B「講讃の無量義経」で始まる「講讃本」は、写本奥書に、仙波実海(一四六〇〜一五三一〜)書模とある系統の6本を収集。
[上巻奥書]御本云。於武州仙波星野山仏蔵院書模畢。
永正十年癸酉(一五一三)十月十日 天台沙門実海 俗年五十四。
「講讃本」は、改訂者の明記がないが、「世流布本」とは別の異文なので、仙波実海改訂の可能性がある。この異本は、異文の程度が著しく、全く別文の異本になる。改訂著しい異文であっても、@ABは同義異文である。
このA本「講讃本」は、「世流布本」より文章が解りやすく整理されている。つまり、底本「世流布本」の方が古い形を伝える『三百帖』で、A本「講讃本」は約三〇〇年後に新しく改訂された『三百帖』といえる。
異文の程度 内容は同義だが、表現が異文で記されている。しかし、異文の程度について、@世流布本と、大いに異なるのはB講讃本=Aであり、A敬運改訂無動寺本=Bは、異文でも原本@に類似する異文である。今回の翻刻で敬運改訂無動寺本=Bは、点傍線で表示したが、講讃本=Aは、別に印刷しなければならないほど著しい異文なので、印刷比較(対校)を断念した。冒頭の第一問答のみ比較印刷した。
成立順では、@世流布本(原本)、AB本(改訂世流布本)、BA本(講讃本)であり、易解の順では、BA本(講讃本)、AB本(改訂世流布本)、@世流布本(原本)の順になる。『台祖密目』には三本を記し、そこの『三百帖』は@原本であり、『本三百帖』はA敬運本、『新三百帖』はB講讃本のことかと一応の推測ができるが、『新三百帖』が『台祖密目』の海岸坊性舜(ー一一八三〜一二〇六ー)改訂であれば、A本B本ともに海岸坊よりかなり後世の改訂となるので、『台祖密目』(仏全2,242b,244a)の記述は訝しいことになる。あるいは『新三百帖』とは『十軸鈔』か。
さらに『三百帖』を改編した、大いに異なる別本(3)もある。日光天海蔵266『三百条経論義』一冊は、『法華経』のみ131問答のみの削略本。叡山真如蔵160『三百帖私見聞』二冊は、短縮論目・答別文の別本。叡山別当代蔵『三百帖』(三百条略問答)二冊も「応永二十七年(一四二〇)極鈍初心通利の為、私にその詞を拾う。…私に之を用うべき而已。」改編本である。
■ 写本 法華十軸鈔 十巻十冊 (6本収集、『十軸鈔』の書誌異本)
Hok-ke-ju-jiku-shoo.
<撰者> 明記なし(目録には海岸坊性舜(ー一一八三〜一二〇六ー)撰)
<異名> 十軸鈔。一乗十軸鈔。最秘十軸鈔。三百帖私鈔。三百帖私類鈔。三百条私類聚鈔。
<成立> 明記なし(正嘉元年卯月書写(一二五七、東大寺蔵奥書)以前。海岸坊性舜撰ならば鎌倉時代初期の成立)
『三百帖』には異本が多いが、『十軸鈔』には異本が少なく、別本が多い。世流布本『三百帖』に「難云」(重難以下)が付加され、8・5倍の文章量に増広された書が『十軸鈔』である。『三百帖』は二重問答のみだが、『十軸鈔』では三重問答以上と、問答構成が増広されている。『三百帖』を1倍量とすれば、『十軸鈔』は「難云」以下の文章が7・5倍量あり、会合本で合計8・5倍になっている。『十軸鈔』の『三百帖』部分は、世流布本『三百帖』=@である。確認できた『十軸鈔』全種がこの形態である。B講讃本『三百帖』(=A本)に「難云」以下のある『十軸鈔』は確認できていない。すなわち存在しないか。
■異本の概観
『本三百帖』が最初に記され、これが増広されて『十軸鈔』が成立したようだ。『十軸鈔』は、大規模改編の別本が多い。
しかしながら、現存写本書名のみでの判断はできない。写本の内容から、『三百帖』のみか、重難以下を加えた『十軸鈔』か大別でき、さらに『三百帖』は4系統に区別でき、『十軸鈔』も2系統以上に区別できる。収集した二十一種類の写本を調査した範囲内での判定に過ぎないが、すなわち、相当に複雑な変遷があるようで、結果的に、類似した様々な異本・別本が誕生した書籍だといえる。このことは、講経論義が日本各地で活発に行われ、様々な工夫が、種々の異本に著述されたことを示している。
『十軸鈔』の成立後に、再び『三百帖』のみが抄出改訂され異本ができ、書名が混乱したようだ。『三百帖』のみ改訂の異本と、『十軸鈔』全体を改訂した別本がある。
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│ 世流布『三百帖』+第三重難以下 │=『十軸鈔』
└┬┬───────────────┘
││ 『十軸鈔』の異本系統
│├─1.『十軸鈔』系統 ……6本
│└─2.さらに改編『十軸鈔』別本……5種類確認
│ 『三百帖』の異本系統
├─ 1.世流布『三百帖』系統 ……1本
├─ 2.世流布『三百帖』敬運替語……1本 B本
├─ 3.講讃本『三百帖』実海書模……5本 A本
└─ 4.さらに改編『三百帖』別本……3種類確認
別本『十軸鈔』 『十軸鈔』の「難云」以下を改編した書。最古奥書の正嘉元年(一二五七)四月奥書を持つ東大寺本が「難云」以下を縮小改編した残簡一冊のみだが現存。西教寺正教蔵『三百帖見聞』十冊柏原貞舜(一三四九〜一四二二)撰も、まさに『十軸鈔』を改訂した書である。叡山天海蔵『三百帖見聞』十巻五冊も、『十軸鈔』全体を書き替えた別本。叡山天海蔵256『三百帖見聞』(三百帖抄)信俊(一四三三〜)御談三冊も、別本。日光天海蔵267『三百帖見聞』三冊(実海削略本)も別本。文意は同義ながら、文字量の減量や、表現改訂が多い。 (清原惠光・多田孝正・野本覚成)
編纂だより
『三百帖』『法華十軸鈔』六四〇頁の本冊が刊行できて、一安心である。本書の実態は、研究者の間でも良く解らない書物だったので、多くの写本をマイクロフィルムで各地より長期間に亘って収集してきた。それでも写本の全部、関係文献の全てを収集できていないので、将来には新しい発見も有り得る。
当初からの理念だが、『續天台宗全書』は、今まで活字印刷されていない重要書を翻刻印刷し、提供する事にある。後世へ天台宗の法宝を残す義務があり、これらの書籍が整わなければ、先達大徳の業績も伝統も失われてしまい、この文化は絶滅する可能性に瀕する。しかも、現在進行している『天台学大辞典』の編纂では、こうした新発見内容が生かされるはずである。逆の言い方では、『天台学大辞典』を完全にするために、『續天台宗全書』を刊行しているとも言える。第二期續全書はこれで五冊が刊行。次巻から後半に入ることになる。 (編輯長 野本覚成)
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