神霊による人生相談

ょっ言。

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-2018年9月26日-
残暑も落ち着き、お彼岸も終わって、ようやく色んな事が落ち着いてきそうな気配がします。  でも、日本の南海上で発達し、勢力を増してきた台風の今後の動きが気になります。 どうやら日本へ向かってくる予報が出てますね(-_-;)  今後の進路によりますが、各地で大きな被害の無い様にお願いしておきます。 

私の方は、お彼岸も終ろうとしているので、お彼岸前のバタバタした忙しさも落ち着き、溜まっていたメールも一週間以内のものを残すまでとなりました。  お盆や、お彼岸に依頼が増える先祖供養ですが、普段の仕事(対面相談や電話相談)の中でも、先祖を視て行ったり、最終的には先祖供養的な事をする事も多いです。  相談者さんからの依頼として先祖供養をする事が、お盆やお彼岸は多いというだけです。  お家の中で困った事や、病気や怪我などが絶えない等で依頼がある時は、霊的な面で視て行くと、何か先祖が伝えたい事があったり、思い悩んでいたりと、あの世で困っている事があったりします。  そういう事に行きついた時、先祖の言いたい事を家族に伝えてあげたり、出来る事はしてあげたりすると、身体の調子が改善したり、病気が改善したり、家族の中のゴタゴタが減って行ったりします。  そうして家の中が円滑に回る様になってきます。 先祖は、想いを伝える事が出来ると安心して心が安定し、霊界での修業に専念する事が出来、更に楽な世界へと段階を上げて行く事が出来ます。 

先祖は、霊的な悪影響が家族に及んでる事も伝えようとしてきます。 厄介な宗教にはまって、家の中に悪霊が住み出してる事も、先祖は同じ霊体として見えるので、何とか家の者に 気付いて貰おうと、色んな方法で伝えようとしてきます。 その伝え方が、ちょっとばかり、しんどい事になって表れてしまう事もあるんですよ。  もし、良い事で表されたなら、これは良いと調子に乗って更に進んでしまい、家族の者達は間違いに気付きませんからね。  家族や身の回りで起きている良くない事や、気になる事がある場合、ちょっと自分達の身辺を客観的に見直してみると良いかも知れませんよ。  もしかしたら、先祖が起こしてる、何かの警告(お知らせ)であるかも知れませんからね。

また、家系代々の因縁も、先祖を見て行くと発端の人が文句を言っていたり、苦しんでいたりするので、 その方の魂を癒してあげると、代々降りて来ていた因縁に縛られて、同様に苦しんでた先祖の魂を解放する事にもなり、そこから家族に流れ出ている色んな症状が薄らいでいきます。 
先祖は、家族の者の想いや性格、困ってる事、やりたい事等も分かるので、教えてあげたいなと思っても、お仏壇に向かって、先祖に対するお祈りとかしていないと、伝えたい事をイメージ として降ろせないので、そこが先祖の悩みどころにもなるんですね。 この悩みは、殆どの先祖が持ってると思います。 

大抵の先祖は、観音様の様な慈悲深い仏様でも、不動様等の様な霊力の強い仏様でも無く、一般霊(仏道修行をしなかった普通の魂)なので、護る力も伝える力も弱く、それ以前に伝え方も よく分からなかったりするんです。 だから、何をどうしたら良いのか分からず、気になる家族の近くで、ただ心配しながら立ってるだけの先祖の魂もいます。  先祖は明るい世界に住んでる位の魂だと、良い波動を出しているので近くに来てくれると楽なんですが、苦しい世界から降りて来ている先祖だと、 暗い波動を出しているので、近くに居るだけで何となくしんどいとか、生気が出にくいと感じる事もあります。 
それでも、出先で家族の者に不成仏霊がフラ〜ッと近寄って来た時、傍に居る先祖が「近寄るなー!」って言ってくれる事で、憑依を免れる事もあります。  何も気付かなくても、見えない面で助けてくれていたりするので有り難いですね。  出来れば、先祖が良い波動を出せる様に、普段のご供養の中で真理の教えを書いてある本などを供えてあげると、あの世で勉強されます。 お仏壇の前で、その本を読んでいても良いですよ。  先祖は、近くで一緒に読まれて勉強されてますからね。 

それと、普段のお祈り(お仏壇に向かってのお祈り)ですが、先祖の力が弱いと、入ってくるイメージも弱く、伝える時間も長くなりがちですので、ゆったりした余裕のある時間を取って 受け止めようとしてくださいね。  先祖は、伝え切れない想いを、何かの気付きに変えて伝えようとしてきたりします。 今進めている事が良くない方向である知らせは、やたら失敗するとか、行こうとしたら怪我して行けなくなったとかで、 その先に起こった災難から免れたという事も実際にありますよね。 でも、気にしないと、そのまま気付かずに進めてしまう場合もありますが、先祖は「えー!これで気付かないの!?」って なってたりします。 それで、次の手を考えたりするんですよ。 なので、次の手は、ちょっと痛い目、しんどい目に遭う事で分からせようとする事が多いです。  身に起きた事を、ちょっと考える癖を付けると「はっ! もしかして〜」と気付いて欲しい方向へ気が向くんですよね〜(*^^*) 

あと、たまに夢に出て来る場合もありますね。  それは、亡くなったばかりの親とか、亡くなって暫く経つ祖父母とか、生前から会話していたり、生前に会ったり知っていた人でないと夢にも出ないです。  亡くなられている祖父母以前の先祖が言いたい事があっても、よく知っていた亡き祖父母や、亡き親の姿を通して、夢の中で伝えてきたりします。  夢は霊界の入り口から、ちょっと入った所(霊能者は、夢でも結構奥に入る事が出来ます)を見るんですよ。 
夢は、顕在意識(頭で考え判断する割合が多い表面意識)から、潜在意識(心の奥底の意識、普段気にしない意識で感覚的 癖などもそうです)に移り変わった意識の世界なので、心の想いが夢の中の 現実として、本当に体験してる様に見てるという感じですね。 深い夢(神仏を見るような夢は結構深いです)は、霊界へ繋がる事が多く、怖い夢は、うなされたりしますね。  それだけ夢の中での体験感、現実感が強いんですよ。  これは霊界の隅っこの世界を、夢の中で見て体験しているという事です。 そういう夢を見た後は、色とか夢の中の言葉とか、動きとか、結構覚えていたりします。  という事で、簡単に言うと、心の奥の意識は霊界意識に繋がってるよという事で、心の状態に合った部分に繋がった霊界の浅い部分を見ているという感じです。  先祖はそれを利用して、繋がっても危なくない部分を使って、自分達の姿などを見せようとします。  それで、先祖がその付近(危なくない安全地帯の意識部分)に降りて来て、姿を見せたり喋ったりするという事をして伝え、それを起きてから夢の中の出来事として思い出すという感じです。

それら祈りでのイメージ受信や夢での伝え方等は、先祖が親族に対して行う事であって、元々、相談者さんの先祖の顔など知らない私や他の霊能者さんが視る時には、先の様な事(知ってる間柄) に関係なく、数代前の先祖と直接話して言いたい事を聞くという感じです。  霊視すると、その家系の先祖が沢山並んで出て来て、その中で苦しい人や言いたい事がある人、怒ってる人など、色んな先祖が視えたりするので、余りにも沢山居る時には、全体的な説法をして 道理を理解して貰って落ち着かせ、それでも言いたい事がある者の言い分を聴いて、それを家族の者に言って聞かせる事で、先祖は自分の言い分が伝わったとなります。  そこで、言いたい事(不満や苦しみ等)のあった先祖の心は落ち着かれ、双方の想いをそれぞれに伝え、前向きな改善方法を探っていく中で両者の想いが理解し合えれば、 それまで家族に出ていた影響は治まったりします。

見えない、聴こえない、触れないという存在の霊に対して、家族の代わりに話を聴いてあげて、双方が良い方向へ向かえる様に進めて行くのが、 私の仕事の一つでもあります。 

今日で彼岸明けですが、お彼岸は終わっても先祖は霊界(中には、まだ家の中に残ってたりします)に居ますし、話したい事もあると思いますので、 引き続き日々のご供養を重ねてあげると良いですよ。 


-2018年9月10日-
今月もまた、何かと忙しい日々が続いています。  日々の仕事の合間や夜中にメールの返事を書いてますが、まだまだ全部の返事が返せていないので、もう暫くお待ちくださいね。  モタモタしてると、もう秋のお彼岸(9月20日〜26日まで)の供養の依頼が増えてきますので、そうなるとまた忙しくなりますから、その前に済ませたいと思います。 

それとお墓参りもしないといけません。 夏のお盆に入る前には、お墓参りしないとな〜って考えながら仏壇の前でお祈りしていたら、ご先祖が、「この大変な暑さの中に来なくていいよ。 暑さが落ち着いたらでいいよ」言われたので、その言葉に甘えてしまいました(^^;) ご先祖は、別にお盆でなくても、普段お仏壇から好きな時に出て来れるので、お墓は来れる時で良いみたいな 感じの話をしてくれました。 それと、供養しないと迷うということも無いし、特に心配も不服も無いから、お盆も普段も同じやで〜って言われてました。  今年の夏は、気温の高い所では40℃に達する程の猛暑だったので、先祖さんは私の身体を心配してくれたんだと思います。 何時も優しいご先祖さんです。  でも、ご先祖の言葉に甘えてばかりもいられないし、暑さも落ち着いてきたので、お彼岸前の雨の降らない時にお墓に参って、お掃除して綺麗にしておこうと思います。 

また、ご先祖さんの月命日や本命日などにお供え物をした時、それが生前好きだったお菓子などの時は、懐かしいな〜みたいな事を言われたり、ちょっと似ている様なお菓子を供えると、 これとよく似たのを食べてたんやで〜みたいな事も言われます。 その時は、そのお菓子のイメージや、お菓子の品名(先祖が品名を知ってる時だけです)も浮かんできます。  それで、先祖が言ってた「〇〇っていうお菓子って、昔に有ったか?」って両親に聞くと、親が小さい頃に食べた事あるとか言ったりして、本当にあったんだ〜ってなります。  それでネットで調べてみると、どこかの老舗で売ってたりします。 それで取り寄せたり、近くなら買いに行ったりして、お仏壇に供えると、大変喜んでくれます♪  その想い(好きな物を供えてあげようという想いや行動)に対しての感謝の気持ちが、先祖の心に湧いてくるんです。

先祖は、今は見えない存在になってるだけで、気持ち(魂)は存在していますので、いつまでも忘れずにいてくれる事、そうして想って貰える事、自分達(先祖達)に対して動いてくれる事等に、 とても嬉しい気持ちを持たれるんです。  それも、先祖に対しての、想いや行動による供養となります。 供養はお祈りだけでは無いという事ですね。 喜んでくれるかな〜って思いながらしてあげるとか、そういう気持ちを持って あげるだけで、その気持ちは先祖に向かって飛んでいきますので、難しいお経など唱えなくても、喜ぶ事をしてあげたいと想ってくれる、その気持ちが嬉しい=供養の一環という事になります。  嬉しい事が心に沢山湧いてくるという事は、心が楽な状態になってるという事です。  楽な状態=嫌なな気持ちを持たず、心から穏やかな波動を出して過ごせている状態であり、それは仏の世界へと通じる状態でもあるという事です。 仏の世界へ繋がる部分があれば、仏の指導も 受ける事が出来るので、更に楽になれますし、子孫への指導もより良いものになります。 どちらも、有り難い事ですね。 全てが良いサイクルで回り出します。  また、そういう想いを持って過ごすという事が、生前に会った事も無い様な、数代前の先祖さんとも仲良しになれる秘訣でもあります(^_-)-☆

普段は、特に気にしていなくても、何かの時(お命日など)に思い出してあげるだけで良いですよ。  先祖からすると、もうこの世に居ないからと忘れられる、そんな人居たっけ?となってしまう事、忘れ去られてしまうという事が一番苦しいですからね。  だから、先祖からくる障りや因縁という苦しい念は、そういう何代か前の先祖(忘れ去られた先祖)から来る事が多いんですよ。 それより昔は、先祖代々として供養しますが、大雑把な供養なので、 供養を必要とする本人に直接届かない事が多いんですよね。 全般的に仕方のない事ですけどね。 
今の親が苦しんでる念は、その前の親から来ていて、その念は、そのまた前の先祖から流れて来ているという事が多いです。  そうして何代か前からの因縁が続いて来ているという家系の因縁切りをする事があります。  そういう家系は、大抵は形だけの先祖供養をしているか、何の供養もしていないというのが多く、供養するという理由も知らないお家も、ビックリするくらい多いですよ。  死んでこの世に居ない先祖なのに、何故お供えしないといけないんだ、食べてる訳でもないのにって言う人も居ます。  お供え物を買うのも勿体ないしという人も居ます。 お供え物は、後で食べないで捨てないといけないんでしょと言う人もいます。  お金が掛かるので、位牌は必要ない、お坊さんは呼ばないというお家もあります。  先祖供養なんて陰気で嫌いだとう人もいます。 そういう人は、神仏など目に見えないものにすがるとか、基本的に手を合わす事が嫌いな事が多いです。

それらの家系は、先祖も生前同じ様に想っていた事が多く、代々の供養を満足にして来なかった家系に多いですね。  今の親も、祖父母も、お仏壇の先祖に対して、先の様な事を言ってたのを子供の頃から聴いて記憶していて、それが大人になっても、そういう想いでいるのが当たり前になってる事が多いですね。  だから、生前に先祖に対して、そう言っていた祖父母が亡くなって先祖の仲間入りをした時に、自分の息子や娘が一切供養してくれず、それが当たり前の様に過ごしている事に、生前、自分達も 先祖供養などしなかった事を棚に上げて、供養が無い事を不満に思って障りを出したりするんです。  それが、溜まり溜まって因縁になって代々続いて行ったりするんです。 でも、その過程で、誰か供養の大切さを理解出来る人が、子孫や嫁いだ嫁などに出て来て、その人が頑張って供養し出して いく事で、少しずつ先祖からの障りが落ち着いて来て、次第に行き届いた供養をする家系、先祖が感謝する家系に変わってくるという事もあります。 
だから今、自分独りで供養や浄化を頑張ってる人がいれば、それは先祖の願いと期待が掛かってる人です。 また、そういう人は仏との繋がりが太い魂の持ち主であるとも言えます。  だから自分がやらないと仕方ないみたいな、使命感みたいなのが出て来て頑張れるんです。  そういう苦労を背負える人は、その家系を変えていける人であり、その人の歩む道でもあるんですね。 元々、徳の高い人が多いです。  そういう人が出た時に、その家系の、これまでの因縁は消えて行くんですね。 

まあ、こういう事は、生きてる時には解らない事が多く、その身になって考えた時に、何となくでも理解出来る事もあるので難しいですが、先祖に対して「心を向けてあげる」という事が、 先祖供養の始まりとなるとい事を覚えておいて欲しいと思います。 
小さい子が、「ご先祖さん、いつも護ってくれてありがとう!」というメッセージを紙に書いて、お仏壇にお供えするだけでも、先祖は大喜びされるんですよ。  家族皆で書いたら、更に大喜びされますね。 基本的に、感謝の気持ちが こもってるものは喜ばれます。  以前、テストで100点取ったものを供えたら、あの世の仲間に見せに行ってました。 あの世の祖父さん祖母さんの孫自慢です。  そして、他のお友達に羨ましがられてました。 鼻高々だったようです♪ あの世といっても、この世で見かける事と変わりないでしょ。 だから、この世の感覚で喜ぶだろうなという事を、 してあげようとする気持ちは、とても素直で気持ちの良いものなので、それが一番大事な事であり、基本的な供養の心でもあるんですね。 

お彼岸の前に、先祖に対して想ってあげるという事をしてみれば、何となく、こういう事をしてあげようかなとか、これは喜ぶだろうなという事が、ふっと頭に思いついたりする事もありますよ。  それは、ご先祖からのリクエストメッセージであると思いますよ。