神霊による人生相談

ょっ言。

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-2018年12月27日-
今年も残りあと少しですね。 今年も年末から大晦日に掛けて、未だに報われてない魂達の全体浄化をする為に、地球最高神霊様達にも協力して貰って執り行っています。  今年に起きた大きな災害で亡くなられた沢山の魂の他に、未だ霊界で成仏出来ていない魂達の為に、神仏の協力の下に天国の光を降ろしてもらい、久しく受けて無かった暖かな光の中で、 冷たく固くなってしまった心に穏やかな温かさを取り戻して貰って、前を向いて進んで行く気持ちを持てるように働きかけています。 

その諭の中で、いつも思うのは、苦しんでる多くの魂の心には、常に過去の苦しい記憶が残っていて、その苦しい心情に共通する苦しい霊界世界を結び付けるような設定を、自らがしてしまって いる事にも気付かずに、そこが定められた世界と思い込んで、永く居てしまっているという事です。 また、そうさせる様に仕向けたり、邪魔をする様な者達も居るという事です。

その心と世界を結び付ける設定とは、霊界の意識同通の法則によるものです。 霊界は、心の状態と同じ様な世界に赴いてしまうという法則です。  霊界は心の世界、意識の世界なので、心の中に思い描くものや、心の中で多くの割合を占めている意識(楽しい、満足、辛い、悲しいなど)の状態と似た世界が目の前に開けるので、 心が暗いと、同様に暗く冷たい世界、悲しみが多ければ、悲しみが凝縮した世界に居るという事になり、明るく満足された心であれば、明るくて充実した世界が目の前に開けるという事です。  人間の心の様相と似た様な世界が開けているので、そこが苦しい世界なら地獄と呼ばれる世界であり、楽しくて希望に満ちた世界なら天国という感じです。 また、その段階も多岐にわたりますので、 人間の心が複雑になれば、それだけ霊界の世界も複雑多様になってきます。 昔の人は、今の様な複雑な現代社会に暮らしていなかったので、今と比べて悩み事もシンプルでした。  なので、地獄世界もシンプルでしたが、今は多様な世界情勢の中で人間が考える事も複雑になり、仕事も悩みも欲求も複雑多様になってきて、それに比例して地獄世界も多様化してきています。
 
地獄も永く住んでると、そこの意識に染まってしまい、地獄的な考えが当たり前という意識で過ごすようになってしまうので、地獄から出ようという気持ちを持てなくなってしまいます。  そういう者達を集めて真理を諭して行くと、我々(地獄に住んでる者)を救いたければ、「お前が何とかしろ」という事を言ってきます。  それは、これまで色々とやってきたのに、楽な世界へ上がれなかったので、努力する事、自分を見直す事を止めてしまって、天国へ上がる事も諦めてる者が多いので、出来るものならやってみろ! という気持ちなんですね。 (まあ、上がれなかったという事は、やり方に問題があったか、根気が無かったかもですが、本当は心の改善が不足していたからですね)

また、その様なやる気のない意識にさせる為に、魔の存在が邪魔をしてきます。  上がろうとする者に、気持ちが挫ける様な事を言ってきたり、苦しみや痛みを与えて、上がろうとする意欲を無くさせてきます。  そういう魔も、自分独りにしてしまえば、本当は楽になりたいんです。 ただ、心が ひねくれてしまって、他の者が楽になる事が許せないだけで、何とか自分と同じ様な世界に閉じ込めておこう という意識で邪魔をしてきます。 魔を皆から引き離して、一人だけにして問い詰めると、本当は自分も上がりたい!って本心を言いますしね。  本当は、魔も好きで地獄に居る訳ではないんです。 生前の考えや行いが悪くて地獄へ堕ちましたが、力があるので威張っている事で辛さを紛らわしているだけです。

地獄では、他の者がどんどん上がって行くと、独りぼっちになる怖さがあるんです。 地獄世界の中でも、気持ちを切り替えていく魂も居るので、そういう魂はフワっと明るくなり、普通霊界へ 上がる準備に掛かります。  そうすると、それを見ている者の心に湧き出る羨ましい気持ちが妬み(中には憎しみになる者もいます)になり、お前だけ先に上がるとはずるいぞ!って、皆を呼んで (皆、同じ様な考えなので直ぐに集まります)罵声を浴びせたり、痛めつけたりして、上がろうとする者を落としに掛かります。  そうして上がろうとする者を、周りの誰かが見つけて引きずり落としますし、その時に落された者は、次に誰かが上がろうとする者を見付けて、自分が上がろうとする時にされた事を同様にするので、 地獄はなかなか無くならないんです。 基本的に、地獄とはそういう世界です。

自分が楽になれば、他の者も楽になれば良いと考えるのは、少し考えに偏りがあります。 それは、自分が楽であれば、他人の楽も許せて気にしないが、自分が楽でない時は、他人の楽は気になって 許せないという意識に繋がり易いので要注意です。 それを地獄的に考えるなら、自分が楽ならそれで良いという意識に繋がりやすいです。 これは自分本位の考え方になり、自分目線で物事を 考える基本になってしまう事もあります。  霊界において、自分に起きている苦や楽は、自分自身の生前の考えや行いの結果によるものなので、他人とは関係ない。 また、子孫にも関係無い事であり、だから、自分が苦しいからといって、 子孫や他人まで同じ苦しみでなければ気が済まないという意識は間違ってる。  他人は他人で楽になって貰えば良いし、他人を巻き込まずに自分は自分で楽になれる様に、これまでの考え方を見直して頑張っていこうという気持ちになれば、その時点から心の状態も 随分と改善してきます。 人の幸せを見て、素直に微笑めるような心であれば大丈夫です。 微笑んでから、妬んだら駄目ですよ〜(^^;)
 
あとは、上がろうという気持ちや、上がるための知識(真理の教え)が少ない事もあると思いますが、心の苦しみの本になっている拘り(執着)を、時と共に軽減して行ける様に、徐々にでも 気持ちを切り替えていくという事をしていけば、段々と心に光が戻ってきます。   真理の教えは、どうしていいのか分からない者達にとって、最初は耳の痛い話になりますが、段々と心に沁みて来て、文句言っていた者も真剣に聞き耳を立てて聴いてくれるようになります。  皆が真理の話を聴いて、それぞれの心に素直さ、温かさが戻れば、反省心から、良くなりたいという前向きな気持ちが戻ってきます。  そうすると、我先に上がろうとする気持ちが無くなってきます。  そういう所を、心の見直しで改善していくという事です。  そうすると、魂に本来の明るさが戻ってきます。 皆本来、魂は明るいんですよ。 苦しみで一時的に曇ってるだけです。

そうして、ようやくそれぞれの心に改心と、他人を想う思いやりの心も戻って来て、皆で協力して共に上がろう(成仏、天国へ上がる)という意識が高まってきます。 
そうした時を見計らって、私の方から神仏様に光を降ろしてもらう様にお願いする念を送らせてもらいます。  その念の想いを受けて、神仏様は、天上界より光を降ろして下さいます。 その光は、目の前一面が白金色に染まる位の圧倒的な光量の光で、皆の心に 浸透する様に届きます。 中には、光が魂を突き抜けて行く感じに見えると、心の闇の部分は光と共に消えて行きます。 その部分の、一切浄化ですかね。 それも、心の扉が開けて来たからです。  (もし、心の扉が開いていないと、神仏の光は降りて来ませんし、降りて来ても心が拒否して光は入りません) 

そうして、神仏様の光を受けて、共に上がろうという意識を持ちにくい者が居ても、他の者達が大丈夫!大丈夫!自分はこう思ったら楽になった等と、それぞれが励まし合ってくれて、 上がる事への不安(知らない世界へ行く事への不安)から勇気が無い者、心の弱い者を勇気付けてくれます。 自然と天国に似た、思いやり、助け合いの精神から協力体制が出来上がります。  すると、その者達の不安も消えて行き、気持ちが前向きに切り替わっていくにつれ、段々と光の輪は膨らんで行き、大きな光の玉になって全員を包み込んでいきます。 

後は、その光に包まれた者達を明るい世界へ引き上げて貰う様にと、阿弥陀様やお釈迦様、観音様や不動明王様、イエス・キリスト様や天使様などの神仏様にお願いします。  大きな光に包まれて、皆が手を合わせて上がって行く姿は、笑顔であったり、神妙な顔であったりしますが、一律に心は穏やかで安堵と希望に満ちています。  有難うございます!有難うございます!と何度もお辞儀をされながら、手を合わせて上がって行かれるのを見ると、これ迄、皆しんどかったと思いますが、報われて良かったなと嬉しく思います。

沢山の魂を上げて行くには、そういう沢山の魂の心を一つにする様にして協力体制をつくる事が基本です。  大事なのは、苦しんでる者に対して、本心から救いの気持ちを持って対処する事、後は大きな神仏の光を借りて、皆の心を天国へ上がる気持ちに持って行く事です。  その為にも、真理の教えは神仏からの光を導くので大切なんですよね。 

クリスマスの日にも、そうしてイエス・キリスト様(仏教的には、阿弥陀様)の光に導かれて、上がって行く魂達がありましたよ。  年末は、今年一年間、苦しいんできた魂達が、年始を迎えるに当たって、少しでも楽に年越しをしたいと願う者が多く、力のある霊能者や、それぞれの子孫・親族などにすがって来るので、 霊的に敏感な人は年末が近付くと、しんどくなる人が多くなるので、その方々の負担を少なくする為にも、出来る人が浄化をしていく事が大事と思います。  霊界と、この世との狭間で浮かばれない魂達が明るい世界へ上がれるように、この世で苦しむ人の心が楽になる様に、真理の教えと神仏の光をもって導いて行きたいと思います。  まだ、大晦日迄は4日ありますので、引き続き浄化を進めて行こうと思います。 
また来年からも、頑張りますね(^_-)-☆

今年も一年間、長い長い文章の「ちょっと一言」を読んで下さり、有難うございましたm(__)m

今年のお仕事は、今日で終わりです。
また来年からも、宜しくお願いしますm(__)m

それでは 皆様、良いお年をお迎え下さいね(^_-)-☆


-2018年12月15日-
今月も、あっという間に残り半月となりましたね。  今月は12月という事もあり、年末恒例の忙しさになってます。  年末になると、今年最後に身体やお家などを浄化し、綺麗な状態にして、心穏やかに新年を迎えたいと想われる方が多く、その為の各種の御祈祷や、お祓いが多くなっています。  お電話を通して行う遠隔の浄化や祓いも、どんどん増えて行ってますので、一日24時間では足りないと感じることが多いですが、あと半月は今の忙しさが続きそうです。  お正月を迎える前にやっておくべき事は、今月は手一杯なので来月に回して〜とか出来ないので、日々の時間割の中に何とか組み込んで対処しています。  まあ、毎年恒例の忙しさですが、年末が暇よりマシです(^^;)

最近は、前世を視ての鑑定から、その人の弱い部分や、因縁の起源を知ったり、また魂に残した未浄化の部分の改善などをして、その人に気付かない部分の気付きを与えたり、その改善方法など を伝えたりしています。 過去、幾転生の魂の記憶から、未だ深く心に刻まれている苦しみの部分、心残りの部分などから、今の人生の中において修復するために出ている苦しみ(身体的な悩みや、 病気、人間関係など)の起源と、その時の生き方や対処の仕方などを探り視て、霊界に控えている過去の魂に働きかけて、その時代に残った想いの改善の手助けをしています。  そうすると、改善出来るとは思わなかった過去の問題をスッキリさせていく事が出来るので、魂の端っこにある黒い点(過去から持ち越した問題等)を消していく事が出来ます。 
魂の黒い部分には、神仏から降ろして頂いた光を与えていくと、魂が明るく光ってきます。 魂に明るい部分が増えるに連れ、魂から元気が湧いてくるようになります。  一般的に言われる、気持ちの切り替えや、気にしないでおく事や、前向きに生きるだけでは出来なかった事等が、前世や魂の記憶の部分を知る事で自分を知る事が出来る様になります。  今の自分から過去の自分に遡って知る事が、また過去から現世へと生まれた意味を知るという事にも繋がり、過去から現在へと絡んできた影響に対し、その意味の理由が繋がると、 全てが打ち消される様にシンプルに繋がります。 すると魂や守護霊が喜びますので、気分がスッキリして、気持ちが軽く楽になります。  そうしたものは、心の奥深くからの改善方法なので、気持ち的な面の改善より更に深い改善をしていくものとなります。
 
三世(過去・現在・未来)を、昨日(前世)→今日(現世)→明日(未来)として考えると、昨日(前世)の間違いは反省をして、今日(現世)に正して行くという事で、今日(現世)の 課題がありますね。  そうして今日、頑張って課題を果たしたならば、明日(未来)は開けて次の発展へと繋がりますね。 人生とはそういう事の繰り返しです。 今日の課題は、昨日や、それ以降にやり残した問題が 課題となって出て来るので、今の現状を知るという事は、昨日以降の自分を省みるという所から始めると良いですよ。 それが「過去を知る=前世を知る」という事に繋がって行くんですよ。  まあ前世を知るとう事は、人生の中の過去を省みるだけでは思い当たらない様な、魂に根ずく大きな根本原因がある場合ですけどね。  そういう事も、改善内容によっては行う場合もあります。

現世では、時間は過去→現在→未来へと一方通行に進んでいますが、霊界は時間がグルグル回って、過去は未来へ繋がり、未来と過去が一緒に繋がって動いてたりします。  そして現在は、至る所に点在(過去の中の現在、未来の中の現在、現在の中にある色んな階層の現在)してるという感じです。  少し、ややこしいですが、固定化された所は一つも無いという感じです。  神理からすると、一人の人間の心の中は、幾多の世界(多次元世界)が広がっているので、その中での作用が個人個人で違ってきます。  同じ現在を生きている人間の数だけ、その一人一人の心の世界観は違ってきます。 同じ綺麗なものを見ても感動の度合いが違う様に、心の働きは複雑で微妙に違うという事です。  それらの働きが大きな渦となって、人間という種の多次元世界、地球という惑星の多次元世界、宇宙の多次元世界という様に、それぞれグループが大きく複雑になって行きます。 

魂の記憶にアクセスして、見直しと改善していく方法として、魂に刻まれた問題部分を改善して、暗い部分を明るくさせていく方法の他に、今世と前世との魂の記憶の繋がりと通して、 過去からの原因を改善し、これまでの過去から分岐させて、新たな過去(改善された過去)の部分を、その人の現在の魂と繋げて、新たに記憶を上書きする方法もあります。  これは、前世の魂の人格意識に働きかけて真理の話をしながら、考えの偏りや、苦しみや、その他に絡む因縁を取り除く等で問題を解決し、問題のあった魂の一部を、改善された新しいものへと チェンジするやり方です。  そうすると、これまでの因縁から外れた人生を歩む道が現れ、その部分においては、新しい道を歩んで行けるようになります。 過去が良い方向へ変わると、未来も良い方向へと変わってきます。  この原理は、神仏の力を借りて「多次元世界」を創り出していく方法で、私の所で学ばれている方で先生クラスに近い方だと、ある程度は理解して貰えると思いますが、一般的には滅多に使わないので 知らない方が多いと思います。 これも、一つのやり方としてあるという事ですね。 

亡くなった人の魂は成仏してる場合でも、全てを見直して執着を取り除いているかと言えば、そうでもなくて、ある部分部分にしんどさや、苦しい部分(魂の黒い部分)が残っています。  それでも、メインである大きな執着が取れていれば、一応の成仏の段階を上がることも出来ます。  ある程度の心残りはあっても、それを今どうかと言えば、そうでもない位の心残りや、苦しみや痛み等は、時が経つにつれて薄れて行き、いつの間にか心の隅っこに追いやられて埋もれて行き、 そこに何かの外的要因が無い限り出て来ません。 人間は、大体がそういう事になってますし、そういうものを、人は魂のどこかの部分に持っています。  特に霊界の修業段階で全て清浄化していなくても、その黒い部分が目の前に開けてしまう(心の状態がその人の目の前に開け、そこがその人の住む世界になってしまう)位の執着でなければ、 霊界では普通の世界(この世と同じ様な生活のある世界)で暮らせます。 

でも、そういう手の着けなかった黒い部分が、次の魂の転生の時にも受け継がれますから、また苦手な部分として出たりする事もあり、それが魂の性格として馴染んでしまったりするので、 どこかで対処しないといけない時期が回ってきます。  この世で、たまたま魂の黒い部分を突かれる様な出来事が起きた場合、魂の隅っこに埋もれていたはずの黒い部分の影響が湧き出てくる事もあります。 
今、体が弱い部分は、前世で、その部分の病気が原因で亡くったという事もよくあるケースです。  何故か水が怖い人は、海や川で溺れて亡くなったとか、狭い所に入ると息が詰まって怖い人は、昔に生き埋めにされたとか、そういうケースもありましたね。  色んな過去を経験した魂ですから、色んな部分を持っていて当たり前です。  全て浄化して改善しないといけない事ではありません。 

前世の影響は、生まれつきの身体の体質として出る場合や、様々な影響で出てしまう事もあり、自分の努力だけでは改善が難しい場合、それを改善する方法として、 前世を見直す方法を試すという事ですから、自助努力で改善出来るものを含め、何でも前世を改善すれば良いというものでもありません。  ただ、悩みの原因の起源を特定し、そこから改善して行く方法や道を見付けて、その後は各自で努力して貰う事が目的ですからね。 

前世を想い悩む心が強くなると、過去を気にしてしまう事が多くなり、前向きな未来を見つめる事が少なくなってしまいます。  過去を気にしているとう事は、過去の自分から離れられない地獄の世界と繋がり易くなります。 地獄に住む人の魂は過去の苦しみから離れられない人の魂です。  そういう魂の暗い部分が残ってると、前世を改善しないといけなくなるんですよ。  生きてる人間からすると、地獄は後ろ向きの世界(過去の世界)であり、神仏の世界は前向きな(未来の世界)です。 未来を見つめて、前に前に進んで行く事を想う世界です。 

そういう想いを持って、今の自分をしっかり見つめて、これまでの思考の偏り部分を気付いた部分から正して行き、感情の起伏の荒いものをから平坦に近付けていけば、次第に心は安定し、 苦しいものを乗り越えられていたりしますよ。 心の改善、魂の改善は地道なものですから、一気に改善とはいきません。 ゆっくり腰を据えて行く覚悟で取り組む姿勢が、心を安定させるので、 時々は寄り道しても良いと、心を緩めながら明るい未来の自分をイメージして淡々と進んで行きましょうね。 

明日からの残り半月も、マラソンランナーの様に淡々と進めて行けるように頑張りますね〜(^_-)-☆ 
苦の中に楽を見る、イライラしない、しんどさを引き寄せない、日々淡々(^^)です