神霊による人生相談

ょっ言。

前ページへ戻る


-2019年3月27日-
春のお彼岸も終わりましたね。  今年のお彼岸も、結構な数の魂が癒しと救いを求めてやって来たので、家族も信者さんも含めて、とてもしんどい一週間となりました。  お彼岸前には、3月11日の震災関連の霊達も出て来ていたので、2011年の3月11日の震災が起きてから、春の彼岸は一年を通して結構しんどい時期になりました。

原因不明の病気での相談が増える時期も、お彼岸やお盆に多いです。 大抵の場合は、供養と浄化を合わせ、それに伴う祓いも含めて対処すると、病気と思われていた事が改善されて 普通の状態へ戻られます。  この時期に流行る花粉症の症状の悪化にも、霊的な要素が絡んでいるので、お薬と身体の浄化とを合わせて対処すると、症状が結構軽くなります。  私も今年、花粉症の症状が出始め、鼻水や目の痒み等が出ました。 とうとう花粉症になったかと思いましたが、アレルギー症状を引き起こしている影響を祓ってみると、鼻水も止まり、 鼻がスースーと通ってきて息が楽に出来る様になりました。 鼻の奥に黒いイガイガのモノ(霊的なモノ)があったので、それも祓いました。 

この黒くて小さい霊的イガイガは、花粉と紛れて飛来してきて、それを吸ってしまうと鼻の奥に留まってアレルギー症状を引き起こす原因となります。  インフルエンザも、これと同じ様な黒いモノが空気中を飛んでいるので、それを吸って風邪をひくと、インフルエンザの症状が出るという感じです。  高熱が出る風邪などは、祓うと身体が軽くなって楽さが増す事があるので、それに伴って熱も下がる傾向に移ります。

外に出ても鼻水が出ずに普通に過ごせて楽だと想いっていたら、霊的な祓いを伴う仕事の依頼が来ると、その時点で鼻が詰まり出し、次に鼻水が出だすという感じで、これはもう花粉症ではなく、 霊的に花粉症の症状を出させて困らされてるなと思いました。 この時期に、鼻水が出るのは花粉症の症状として認識する事が多いと思うので、祓いもせずに済ましたり、薬を飲んで対処したりと、 霊的な要因を考えずに済ませてしまう事で、悪さする奴は、そういう人間の心理に隠れて悪さしてくるんですよね。
こんな感じで、色んな事に隠れて、普通の事に普通でないモノが隠れて影響を出している事は、日常の生活でも受けている事が多いです。 
これは一般的な人でも、ちょっと肩こりが治り難いなとか、目が霞んで見える様になったとか、何となく怠いとか、お腹の調子が長く悪いとか、仕方ないと考えている事が、もう原因を見て無い という事なので、長く患う事になってる人が多いと思います。 それも一般的といえば、そうなんですよね(^^;) 

毎月行う全体供養では、私の所へ来られる魂達は、毎年同じ魂もいる様です。  特に、子孫が絶えていない家系の先祖は、お彼岸といっても出て行く家も途絶えて無くなっているので、毎年真理の話を聴こうと決めてやって来ているもようです。 
さすがに供養を重ねていると、段々と心の状態も改善されてきてます。  以前は我先に押し寄せて来ていた魂達も、今では整列して姿勢を正して、私の話を聴くのを待っているという感じです。 そうして大人しく話を聴いて、自分の心の調整に役立てて、また自分達の 住んでいる霊界へ戻って修行に励んでいるという感じですね。 そうして段々と楽な世界へと上がって行かれると思います。

今年は、そういう魂の為に、霊界で真理を学べる学校を建てる事にしました。  学校を建てるという想いを大きくしていくと、沢山の魂達が周囲に集まり出しました。 真理の学びが出来るんだという、大きな期待を含んだ多くの魂達です。  場所は何処が良いかな〜って思い浮かべると、緑の広い草原の小高い丘のイメージが降りてきました。  季節は春の感じを含んだ穏やかな風が吹いてきました。  その春の風と共に、先生の役割をしてくれる高次な世界より降りて来られた方々が風に乗ってやって来てくれました。  色々な西洋の服装の天使系列の先生や、東洋の服を着た仏教系列の先生達などが芝生の上に整列されました。  それでは、今からここに学校を建てようと思いますと告げると、「私達もお手伝いしましょう。 学校を建てるにも、我々の思慮を取り入れた学びやすい学校を建てた方が良いと思いますので」と 言われました。  何だか、急な展開でビックリでした。 私が想う事が、もう計画されていて、色んな事が用意されていた様な感じで、私が学校を建てると告げた途端、それがスタートの合図でもあるかの ように、全部が動き出したという感じでした。 
気になったので、ちょっと探ってみると、私がそうする事(学校を建てようとする事)も、少し前から、祈りの中でイメージをしていたのを感じ取られていて、事前に分かっていたようです。  その想いに賛同され、一緒に手伝ってやろうとされる神仏様が集まったので、それなら先生がやると思われた時を合図に降りていって、先生の計画を完成させてあげなさいという指示も出ていたようでした。  なので、実際にイメージを膨らませて実行に移そうと心に決めた途端、「はい! では一緒にやりましょう!」という感じで、お願いしてないのに来て頂いたという感じです。 

そんな有り難いお仲間と共に学校の全体像をイメージしいて行くと、自分独りでやるよりも、ずっと早く学校全体のイメージが定着してきて固定化されてきました。  本当に、そうんな建物を実際に見ている様な感じになってきて、内部のイメージに切り替えると、色んな教室が浮かび上がってきました。  どんどん色んな教室のイメージが入り込んできます。 神仏先生達の職員室も出来ました。 学びの教室以外にには、全体講義などを行える様な大きなホールも出来ましたし、休憩用の大きな部屋も ありました。 身体を動かすグラウンドや、綺麗に整備された公園に、体育館も併設されました。 近代的で立派な大学の校舎を更に巨大にした建物です。  今は、この程度で一応完成ですが、これから色んな面を改善して行って、更に良いものへ進化させていきましょうという事になりました。 

すると、それまで遠くで控えていた沢山の魂達が、学校の正門へ向かって並び出しました。  正門の辺りでは、入学出来るかの審査を受けています。  殆どの魂が入校され、学校内が急に明るく賑やかになり出しました。  学校内では、色んなレベルのクラスがあり、そのレベルに応じた教育を受けているようです。  心の動きによって、苦しみ楽が形成され、それによって人生観が変わる事や、執着は心の自由を縛るものであり、その縛りに捕らわれて不自由になり、その不自由が更なる執着を生んでしまうと いう事も教えられています。 

人間界では「心理学」というものがありますが、心の動きを分析して、それに繋がる要素(言動や経験や環境など)から出る考えや言動などを分類化したり、心の状態を理論的に解析し学問化したもの です。 そういうものを使って、心は霊界へ通じるものであり、神仏より降りた真理を、宗教にとらわれずに人間の心の動きの変化によって改善したり調節していく中で、それは行きつくところ、 真理に繋がっていくものなんですよ、そしてそれは神仏への想いに繋がっていくものですよと教えて行く授業もあります。 少し高度な授業ですね。 学問が好きな魂達のクラスですね。 
真理は本質であり、その本質を人間に理解しやすく学問化して伝える方法が心理学ですね。 真理の教えを理解して貰う為に、人間界の教えを用いたクラスもあるという事ですね。 

そうして学校での教育の一応の流れを、神仏様方のお力を借りて早くに仕上げる事が出来ました。  あとは、癒しを行う施設もあるので、身体の怪我や病気の想いの執着を取り除く病院も併設されているので、心のケアから始めて、肉体での病気や怪我の痛みなどは、生きていた時の病気や怪我を した時の苦しみが残っているから、魂だけになると、そういう苦しみの元から離れて行く事(執着を外す事)で回復に繋がるという事も教えています。 

そうして色んな学びを受けて、その都度に気付いてもらう事を繰り返して行く事で、段々と前を向いて進んで行く希望が出て来ます。  それを私が時々するよりも、霊界の施設で毎日ずっと講義を受けていく事で、より早く成仏の段階を上がる事も出来ますし、真理を専門的に学ぶことで、更に上の段階へと上がって行かれる魂達も あるでしょう。
 
霊界の学校は、私が寝ている時も学びを続けられるので、寝ている時に供養してくれと起こされる事も無くなるでしょうね。 
という事で、お彼岸を機に色んな影響が出て来たので、霊界に新しく学校を建てたというお話をしました(*^^)v


-2019年3月13日-
一昨日は、東日本大震災追悼の日でしたね。 2011年3月11日の大地震の時から、もう8年も過ぎたんですね。 
今年も3月に入った位から、震災で亡くなられた方々の供養と浄化を始めました。  それと同時位に、震災関係で亡くなられた方々の苦しみの影響が出始めました。  症状としては、身体に痛みも出ましたが、数年前より軽い痛みで済みました。 数年前は、ユラユラ揺れて車に酔った様な気持ち悪さがありました。  花粉症でもないのに鼻水が出て、喉がイガイガしてきて、お腹が張って来て、気持ちが沈んできて気が重くなるという感じもありました。 

この記事を書き出した時から、鼻水が出だしました。 ちょっと用事をするのに書くのを止めていると、鼻水は止まっているので、鼻水が出てる事を忘れているんですが、また パソコンを前にして記事を書き始めると、また鼻水が出ます。 鼻水は、この記事を書き終えるまで続くでしょうね。 終われば浄化してあげられるので、訴えてるんでしょうね。  それで今、この文章を書いたら、鼻水の量が少なくなってきましたよ。 ちょっと鼻の詰まりと、気分が楽になってきました。 分かって貰えると、落ち着かれるんでしょうね。  乗り罹られると、眠さも出て来ますが、それも無くなりました。 

鼻水は、大津波で流されてしまった魂が、今も海の底で迷っていたり、水関係で亡くなった魂の逝く世界からの波動が流れてくると、その影響が鼻水として出たりします。  お風呂も、水を沢山使う場所という事で、水関係で亡くなられた魂が逝く霊界と繋がり易く、影響が出やすい場所ですね。  鼻水は、霊的な影響を浄化すると止まるので、アレルギーではないと感じます。  体質的には持ってはいるが、症状として出ない程度のアレルギーを、霊的な影響で強くさせられてしまうと、鼻水や目の痒み等の花粉症の様な症状として出てしまいます。  喉のイガイガや、お腹の膨らみは、海水を沢山飲んでお腹が膨れたり、喉が いがらっぽくなったりした魂の記憶から来ていて、そういう所にまだ居るんだよと、教えてきたりするんです。  少し酷くなると、風邪をひいて喉が腫れる時の様な痛みが出たりします。 

余談ですが、お腹の膨らみは、海水を飲んでお腹が膨らんでる感じ以外にも、お腹の中に霊的な念の影響を吸い込んで膨らむ場合もあります。  蛇化した霊などは、特徴としてお腹に潜り込みます。  女性の場合は、子宮にも潜り込んでる事が多いです。(婦人病に繋がる事があるので早めに出す必要があります。) 

お話を元に戻しますね。 供養すると、お腹の中から何体かの魂が出てくる事も珍しくありません。 大抵は、色んな念を吸い込んで、お腹が膨れるという事が多いですね。  気持ちの面で出る場合は、何時まで経っても成仏出来ない魂のイライラが、穏やかな人の気持ちをイラつかせたりしますし、何もする気が無く投げやりな心で居る魂からの波動では、 やる気が失せてしまう影響が出やすいです。  また、身体がバラバラになったり、大怪我で亡くなられた魂からの波動を受けてしまったりすると、受けた人の身体のあちこちが痛んだりします。  強く影響が出る時は、救急車を呼ぼうと思う位の激痛が出る事もあるので、そういう時は影響を流してきている魂の浄化をしてあげると、その魂の想いが和らぐので、激痛で苦しんでる人の痛みが 消える事もあります。 

震災の7回忌の時は結構しんどかったですが、今年は随分と落ち着かれていたので、強い浄化はしなくても済みました。  しんどい事も、身体の痛みも、霊界で8年も過ごしていると少しずつ慣れが出て来ます。 何時までも同じ事を想っていても仕方ないという気持ちも出て来ます。  その反面、成仏出来ないという落ち込みの度合いが増したようにも感じました。 成仏するには心の改善が必要なので、そこだけ頑張れば普通霊界へ上がる事も出来るはずなんですが、今尚 苦しんでいる魂は、急な死を受け入れられない状態が続いているので、先ずは、その点から気持ちの切り替えをして貰える様に諭して行きます。 

供養をする為に亡くなられた魂と話す時、苦しいという想いと身体の痛みを、一方的こちらにぶつけてくる事も少なくなってきました。  少し落ち着いて、こちらの話を聴いて貰って、過去より未来を見て進んで行こうという主旨の話も、以前より短時間で理解して貰う事も増えてきました。  今生きてる人も、まだまだ完全復興がなされてない中で、各自が前向きに頑張っているので、あなた方も過去の想いで苦しんでいるところから、霊界での未来を見て進んで行ける様にすれば、 心の中に残る記憶の苦しみは薄れていき、生まれ変わって、生前やり残した事も出来るようになると教えます。  早く生まれ変わるには、苦しい心にしてしまっている執着(原因)を取り除いていく事です。 苦しみは過去の事であり、何時までも過去を悔やんでいるので、前(未来)へ進む事が出来ないんです。  亡くなってしまえば、肉体も無くなってしまうので、この世的には居なくなるという事ですが、魂は生きているので、後は霊界での人生を楽に過ごして貰って、また生まれ変わって 新たな人生を送る方が良いですよと話してあげます。 それには、過去を引きずった苦しみの世界で止まっているより、全てを受け入れて、未来を信じて前を向いて進んでくれたら、 段々と「楽」という実感が魂の中に湧いてきます。 

霊界は、想いの世界なので、心で納得して、そうして行こうと決めたら、楽を早く感じる事が出来ます。  楽を感じたら、更に強く信じて、自分の未来を明るいものとしていく為に、どの様な心の状態にして行けば良いかを考える様にします。  霊界では、心に変化が表れると、目の前に広がる世界に変化が起きてきます。 これは、良いも悪いも、心の状態の変化に伴う変化です。  気持ちを切り替えて、心を平静にして、中立な心で考えを起こして自分自身を改めて行くと、身体(魂)が軽く感じられるという変化が出て来ます。 執着の欠片が落ちて行く感じです。  そうして軽く感じたら、少し上に上がるという感覚が起きます。  これが成仏して上に上がるという事に繋がって行くんです。  こういう事から、成仏は自分自身の心の改善で幾らでも叶うという事です。 供養して貰ったから成仏出来るという事ではないんです。 供養は成仏の助けの一部であり、結局は心がなってないと、 幾ら供養して貰っても、他人任せでは上がり切れませんし、法力で上げたとしても、また心の状態と同じ所に堕ちてしまうという事が起きるんです。 それでまた、供養せい!ってなるので、そこの 考え違いを説いて行く必要があるんですね。  そういう事が分かった魂から成仏して行かれます。  道理が分かれば、堕ちて来ることも無いです。 

また、今回の追悼供養祭などで、人々のお祈りの気持ちも、亡くなられた魂達の勇気を引き出す助けとなります。  いつまでも忘れないという気持ちは、亡くなられた人にとっては、とても心の支えとなってます。 そんな人、居たっけ?とか、昔の事でしょ、今は関係ないわ〜って思われる事が、すごく辛い事です。  それも家族や子孫に思われる事が辛い事です。 忘れ去られるという事が、自分が生きていたという事を知る人が居ないという事が、亡くなった人の心の辛さになります。  なので、式典などを行う事によって、過去も思い出させますが、勇気や希望や信頼も思い出す事が出来ます。 亡くなって苦しみが続くと、それらは忘れて行くもの事です。  忘れてしまって、心に勇気や希望などが湧いて来なくなると、どんどん暗闇に堕ちて行ってしまいます。 それは心が暗く沈んでくるので、堕ちるという事になるんです。  亡くなった魂達が、苦しみの中で忘れかけたものを、また今生きてる人達で思い出させてあげられる様に、追悼供養も大事なんですね。

全ては心の状態次第です。 西岡学校の子供たちは、生きてる時に食べるか食べれないかの生活をしていたり、戦争で焼け出された子や、病気で早く亡くなった子など、生前の生活より、死んで 霊界での生活の方が幸せだと言います。 過去は過去としてありますが、真理の話を子供なりに理解してくれて、今は未来を見て、皆と仲良く過ごしています。  そうして心が幸せだから、幸せを感じられる世界に居られるんですね。 

ここまで書いたら、だいぶ楽になってきました♪ この記事を一緒に読んでくれているからだと思います。  記事の内容が、苦しい魂達の心に浸透してきたのかも知れませんね。 この後、阿弥陀様や薬師様、不動明王様などのお力を借りて、仕上げの浄化をしてあげる事にします。  今回は、ここまでとしますね〜(^^)/ ではまた〜(^_-)-☆