神霊による人生相談

ょっ言。

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-2022年7月20日-

今日は霊能力の中で、自分の光が体から漏れないようにする事などについて、簡単にお話しします。

その前に、ここで言うところの「光」というものと、光を溜めるという事を説明していきますね。 
真理の学びを深めて行かれると、心に少しずつ真理の光が溜まっていきます。 真理の光が溜まってくると、溜まった光に引き起こされる様に、能力も高まってきます。  引き起こされた能力は、個人の潜在的な資質に沿って、タイプ別能力に分かれていきます。  同じ学びをしていても、個性や資質、その人が目指すもの、その役割や必要性などにより、発展の仕方に個人差が出ます。 これが後に、能力差になっていきます。  薬師様や阿弥陀様、不動明王や観音様など、役割が違えば、発揮する能力も違うという点でイメージしてもらうと、分かり易いかも知れません。

真理の光は、学びを進める時に得た気付きが、真理の確信の部分(真理の光の部分)に触れた事により、神仏から放たれている 光(神仏の光エネルギー)と繋がり、その光エネルギーが心に注がれて溜まっていきます。 これは真理の光の中の一つである、学びによる「知識の光」です。
また、その光の方向性が知識方面から、力の方面に向くと、それを受けて霊力の向上へと必要性に応じて光が流れるという感じです。

私も以前、真理の光を深く受けられる様に、気付きのレベルを上げていく修行をしていました。  内容的には、一つの気付きから、また次の気付きに分かれて行って、いつの間にか気付きが纏まって、大きな気付き(悟り)に昇格するような感じの修行でした。  そうして、神仏の光と繋がる事が増えてくると、心の中に溜まった光が溢れてくるようになりました。  歩く度に、目や口や耳や鼻など等からキラキラした光の粒がボロボロと溢れ出てきてしまうので、勿体ないな〜ってよく思ってました。 
 
これは、心の容量に対して、得られた光が一杯になって溢れ出てきた時に起きる現象です。  この溢れ出てしまうという現象は、後の気付きで、心の容量を増やすという事で解決しました。 

全ての人間は、生まれ持って持ち合わせている心の容量があります。 それは決まっているものだと思われていると思います。  でも、その決まっていると思っていた事は、実は自由な部分があって、生まれる際に決めて来た契約は、気付いた人の悟りのレベルや、その人の役割によって変更出来るという事に気付いたので、 本来持っている心の大きさに、少しだけ近づけさせました。 そうすると、今までコップ位の大きさと感じていたものが、風呂桶位の大きさになりました。  それから暫くは、光が溢れるという事は無くなりました。 その後、それも直ぐに溢れたので、プール位の大きさにしたり、何度か大きさを変更してました。 
まだ、この段階では、単に光の粒状の集まりを溜めるものでしかなく、光を自在に操ったり、エネルギー変換する前の初歩の段階です。 

この頃には、自分の光が表に出てるので、霊的な目で視ると体が光って見えます。 光のは良い事だと思って、防御も何も考えてない時です。  それを、色んな霊が見つけて寄って来るので、霊的な影響を強く受けてる時期でもありました。 
暗闇の中、電燈の明かりに虫が寄って来る様な感じで、光ってる人がいると、すがる気持ちで、やって来る幽霊とか、光ってる奴を狙え!みたいな地獄的な発想で、やって来る悪霊も沢山来ました。  なので、光ってるという事が、霊からすると、すごく分かり易い目印になってました。 光は、明るい程、色んなものを呼び寄せる事にもなりますので、自分の中に光が増えるほど、しんどさが増す みたいな感じで、やたら大変でした。  そこから、光の漏れを気にするようになり、漏れないように気を使い始めました。 

そして次の段階として、心に溜まった光は、凝縮して光量を上げる事で熱量も上がるという気付きに移ります。  光は、色んな可能性を秘めているエネルギーです。  この光量と熱量が比例して上がると、次元アップした時に発する光は、神仏の光と同通する事も気付きました。  気付きは、即実践に移していく事で、悟りへと進化させていきます。 そうして、溜まった光は、魂の内部から外部へと循環しながら、光を纏うという事に気付いていきました。

例えば、菩薩様の光と如来様の光とでは、光量も熱量も違っています。 それは、発せられている光に含まれている、色んな要素の悟りレベルの違いで、別次元の光となっているからです。  そうして、それぞれのレベルにあった光を出しておられるので、それが神仏ごとの次元の違いや、個性の表われにもなっています。 

こうして、ある程度に溜まった光は、自分の中で更に引き上げたりしていくと、いつの間にか、光を蓄えている霊的な囲いを、自らのエネルギーで破って出てくるようになりました。  この自分の身体を覆っている霊的な囲いというか、膜みたいな感じのものを強くしていく必要が出てきました。 

それからは、エネルギーを上げる事と、膜を強化する事で暫くは、特に気付きもなく過ごしていました。  暫くすると、強化したはずの膜に、沢山の穴が開いてることに気付きました。 それならと、厚さ数メートルの鋼鉄で囲ってましたが、内部の光のレベルを上げていくと、鋼鉄も熔けて穴が開くので、 これは根本的な意識の改革をしないと、永遠に同じ事を繰り返すだけだと思いました。 

それから、囲いの見直しをしていく中で、ただ厚くすれば良いものではないと気付いて、それなら、どんな囲いが必要かを考えていきました。  囲いの材料は、人間が頑丈だと思い込んでいる硬い材料ではなく、もっと柔らかいものでも、光を通さず、熱量に負けないものを自分でつくれば良いんじゃないかと思いました。  それと、薄い布は破れやすくて弱いと思い込んでるのは、この世の人間的な発想なので、この世の常識に捉われない発想で対応すれば良いと思いました。 
それで、一枚の薄い布に、光の性質を遮断する能力を入れ込んで、それを被ってみると、光は薄い布を通さない事が分かりました。  試しに、光の熱量を上げて、凄い高温で渦巻いている様な光にしたところ、その光は、薄い布一枚の下で、大人しく高温の光の渦を巻いているだけでした。  これで、体内の光は、外に漏れる事が無くなりました。 

(ここでは、自分の気付きが、一つの悟りの段階に上がり、これ迄の自分レベルに見合って得ていた光のレベルを超えたので、光を統制する事を感覚的に認識し、布一枚で対応出来る様になった という事が、後々に分かりました。)

それからは、私の光を目標にして来る霊は随分と減りました。  でも、まだ地獄レベルの高い霊は来るので、またその対応を考えていき、次は、先の布での対応とは全然違うものになりました。

その先は、私の霊的な居場所を見えなくする次元移動での対応です。 先生レベルの方には、やり方などを説明した事もありますが、ちょっと難しいかも知れません。  でも、光を漏らさない様にする膜を張るとか、そういう対応だと、まだイメージが出来やすいと思います。 学びを深めていかれている方や、能力が使えるようになってきた方などで、 やたら霊が寄ってくると感じてる場合は、自分の中に溜まった光が、めっちゃ漏れてると思いますので、自分の護りを強化していくと良いですよ。 

まだまだ、光の話は、次元アップして行きますが、先ずは修行が進んで行かれてる方が、考えを転換させて自分を護れる様にしていく事が大事だと思います。  悪い霊は、修行が進んで、これからという人を狙ってくるので、足をすくわれない様に、自分を自分で護れる様にしていく事が必要ですからね。

自分を自分で護れる様になれば、高い霊能力を持ち合わせていても、普通の人と同じ生活が出来る様になりますからね。  しんどい修行をして、生き辛くなるのは大変なので、そうした護りがある事を知ってもらって、自分なりに取り入れて貰えば、少しでも楽に生活出来ると思いますよ(*^-^*)v 


-2022年7月2日-

もう7月に入りましたね。 毎日、何かと忙しくしている内に、今年も半年が過ぎてしまいました。  先月は、お祓いの仕事が立て込んでいたのに加えて、月末に緊急事が集中し、予備日まで使っても足りず、結果的に「ちょっと一言」の更新が抜けてしまう事になりました(>_<)スイマセン
皆さんから、心配メールや、無理せず、更新楽しみに待ってます!等のメールを頂きました。 お心遣いに感謝です(^^)

今月は、そろそろ「お盆」の時期に入ってきますね。 今月の日付が二桁になる頃から、早い段階で出て来られる先祖さんもいます。  今年は、世界的に不安定で、その不安を人間の心が受けているので、人間の心から出る不安や心配の念が、それぞれの身体から湯気の様に立ち昇っています。  それらが、人間界の霊域に溜まって行って、その溜まったものを吸い込んで生活しているので、世間の不安や心配事が、どんどんと周囲に感染するように広まっていきます。 
そういう感じで、コロナ不安は人間の潜在意識に浸透しながら広まりました。

また、その念は、霊界にも及んでいくので、霊界の浅い次元にある世界では、その影響を受けています。 
これから「お盆」の時期に入り、先祖が出てくると、霊界よりも重い念が充満していたりする事もあるので、人間の出す念が負担になるという事もあります。 

明るくて不安の無い世界から来る先祖は、魂も軽くて穏やかなので、私たちが住んでる人間界が、重くて暗い念が溜まってるという世界になってると、軽い世界から出て来た先祖は、 余り居心地良く感じません。 なので、お仏壇から ちょこっと出て来て、家や家族、子孫たちの様子を見て、また引っ込まれたりします。  長く居ると、この世的な影響を受けてしまうので、余り出なくなります。 普段、しんどい先祖の事を書いたりしますが、楽な先祖は、自分達や子孫にも、差し障りない様にされてます。

神棚に神様を祀っているお家でも、神様への気持ちが薄い場合や、何の世話もしていない神棚には、神様は奥の世界へ引っ込まれて、出て来ないか、居ないかになってます。  神棚は、ついつい、お世話が手薄になりがちなのと、御守り的な感じでの祀られ方が多いので難しいと思います。  でも、しっかりした信仰心を持ってお祀りすれば、自ずと感謝も湧いてきますし、家の中で大事な場所と思えるものです。 神様も機嫌よく居てくださいます。  神様が機嫌良くされてる家は、護りも発展も叶います。

あと、先に書いた魂の軽さや、重さについて説明しておきますね。  魂が軽いという事は、色んな執着から離れたからです。 魂が軽いので上がり易くなりますし、心が明るいので光も出ます。  上の世界は明るい光の世界なので、その光を受けて更に魂も光ります。 

反対に、魂が重いということは、不満や不安な出来事が、心の中で更に色んな感情と共に苦しみを増大させながら、自らがつくり上げてしまった状態で、余計な部分(拘りが執着となった部分)が 、沢山くっ付いてる状態なので重くなるんですね。 魂が重いと、上には上がれずに、自らの重みで下の方へ沈んでいくので、気分も暗くなり、魂に光も出にくくなります。 

こうして、軽くて明るい魂は、上の世界へ上がりやすくなり、暗くて重い魂は下の世界へ沈んでいくという事になります。  特に、あの世の霊界で暮らす一般的な魂たちは、心の状態の良し悪しで、上がったり、下がったりする、想念エネルギーの世界で過ごされています。  なので、今は下の世界でも、しっかり道理を学んで、心の執着が取れさえすれば軽くなるので上に上がれます。  軽くなって上がった後は、段階を踏んで、更に上げていくという事を理解して進めていきます。

同様に、生きてる人間にも、その時々で、心の状態が魂に影響するので、軽さや重さに繋がる事があります。  心の状態の良し悪しで、良い波動が出たり、悪い波動が出たりしますが、生きてる人には、その波動が見えません。  なので、良い振る舞いをし、良い事を言いながら、心の中で悪いことを思っていても気付かれません。  でも、心で思うことは、口から言葉として出やすいので、それで他人に気付かれたりする事もありますね。 口が悪い人は、心で色んな不安や不満が溜まってると思います。
 
心の状態は、その人の精神性に繋がり、人間性になって表れます。 そして、その人が出す波動の振動数の精妙さや荒さなどは、霊的な存在には、その人を知る判断基準として感知されるので、 合う合わないが別れたりします。 真理に則して心の状態を見直して改善していけば、自ら出す波動が良くなり、先祖にも神仏にも好かれる人となります。  そういう人が暮らす家は、家の中の波動も心地良いので、神棚を祀っても、神仏は良く指導をしてくれて、いつも神棚から光を投げ掛けてくれます。 家の中も明るく調子良くなります。  先祖も安心して子孫を見守れるという事になるので、家系の安泰にも繋がります。 

これから、お盆に入り、先祖供養をされる家庭が多くなります。 先祖の供養も必要ですが、今生きてる自分たちの心の状態を見直して改善していく事が、先祖にとっても良い供養になります。  お家の中の環境(家族の状態)も、良い感じで過ごせているか、お家の中が小さな社会になるので、そこに問題があれば見直しを掛けていく等の努力を、先祖は期待しています。  その努力を、神棚の神仏は見ておられて、手助けをしてくださいます。 そうして、必要な事が、必要な時期に叶っていくという事になってます。 

神棚に関しては、新たな護りや発展の為には、神仏の了解の下に、しっかりとした御念入れ、御光入れをして貰ってくださいね。  それが出来ていないと、やたら、お供えを要求したり、変な指導をしてくる「神様まがい」が、御札や、お社に勝手に入ってしまいますので気を付けましょう。 

「神様まがい」とは、神様として祀ってもらって、自分だけが満足している、崇めて欲しいだけの、神様になりたい霊です。  そうして、神様になりすました霊の中には、そこそこ真理のまねごとを言ってくるので、霊感があったりする人は騙されやすいです。  でも、霊視すれば、お社の中から光も出てないのと、暗いモヤモヤした霊気が出てたり、周りに辺んな使いの者が居たりするので、直ぐに分かりますけどね。  神棚には、正規の神仏を念入れしないと、神様を祀ってる割に良い事が無いという、「あるある」が起きますからね。 

あと、神棚の浄化も必要です。 これは、霊的浄化は専門の方にお願いが必要ですが、神棚を綺麗な状態にする事も、浄化に繋がるので、それを定期的に行っていれば、浄化を維持できます。  悪いものは、綺麗な場所に居るのが嫌なので、綺麗にしておくだけで、来ないようにしたり、追い払う事にもなりますよ。 それが、自分や、家族をも護ってるという事にも繋がってますからね。
これからも、気が付いたことを取り入れ、真理を基に見直しを掛け、気持ちを楽にして過ごしていきましょね。