皇帝レヴィアスとの決戦をいよいよ目前に控え、戦いに必要な品々の補給のために「白き極光の惑星」を訪れたアンジェリーク一行であったが、到着したときは既に夕刻だったため、その日はそのまま宿を取った。
何故か寝付くことが出来なかったエルンストは、夜半過ぎに一人そっと宿を抜け出た。ただ訳もなく星が見たくなったのだ。
惑星の住民自慢のオーロラも今夜は顕れず、漆黒の空に砂を撒いたように星が光っている。夜空をさえぎる建物を避けて、足は町のはずれの空き地へと向かった。
エルンストはふと足を止めた。誰もいないと思っていた空き地の片隅に背の高い人影が立っていた。微かな星明りに短い金の髪がぼんやりと浮かび上がる。
「よう、エルンスト。いつこっちに来たんだ?」
聞き慣れた陽気な声がかかる。
「…ロキシー、こんな所で何をしているのですか」
「それはこっちの台詞だ。といってもどうせ眠れなくて星空を見に来たんだろうが。相変わらずな奴だな。ま、俺も同じようなものなんだが」
「そうですね」
エルンストはあっさりと応える。
「でも、今晩貴方に会えて良かった」
「…いよいよ皇帝の奴とケリをつけにいくのか」
「ええ。…一度は仲間と呼んだ相手と雌雄を決しなければならない時が迫ってきました」
闇の中でロキシーの目が細められたように思えたのは気のせいだろうか。
「ああ、すみません。貴方をあのように酷い目に合わせた相手に対して、同情するような発言をしてしまって…」
「いや、いいさ」
「そう、ですね…。皇帝は憎むべき敵です。しかし、貴方には申し訳ないが…アリオスと我々に名乗った青年の言葉や行動は、そのすべてが偽りだったと私には思えないのです。アンジェリークには彼のことは忘れるように言いましたが…」
エルンストは夜空を振り仰いだ。
「…うまく言葉にできませんが…、彼は何か白黒で割り切ることのできない複雑な思いを胸に抱いて我々に接していたような、そんな気がするのです。たぶん、アンジェリークはもっと強くそのように思っているでしょうね。彼女はアリオスを…信頼していたのですから」
「…なあ、エルンスト」
「なんです」
自分を呼ぶ声の方へ彼は顔を向けた。
「お前さん、あのお姫さんのことが好きなんだろ」
「な、何です、いきなり!どういう脈絡で、何の根拠があって…」
「ははっ、お前、自分では冷静でポーカーフェースなつもりかもしれんがな、俺に言わせりゃ態度でバレバレなんだよ」
「…ロキシー!」
「すまんすまん。…だが、助けられたから言うわけじゃないが、あのお姫さんはいい娘だな」
ふいにロキシーの声がまじめな調子に変わる。
「さっきお前、アリオスのことを仲間だと言ったよな。お前が誰かのことを仲間と呼んで、その気持ちに思いを巡らすなんてな」
「…ロキシー?」
「お前、少しだけ変わったな。ちょいとだけイイ男になった。…あのお姫さんのおかげなんだろうな」
「お姫さんではありません。アンジェリークは女王ですよ」
「ははっ」
大真面目なエルンストの声に、ロキシーはいかにも楽しげに笑った。
「そう…アンジェリークは女王です。私個人の感情を向けて良い相手ではありません」
「そうかもしれん。だがな、エルンスト。お前、その女王陛下を全力で守るつもりでいるんだろう」
「ええ、もちろん、私の命に代えても」
「おいおい、命は大切にしろよ。俺も、お前の家族も待ってるんだからな」
「…すみません。しかし、私は…」
「まあ、いいさ。俺の言いたい事は、だ。彼女を守りたいというお前の気持ちを大切にしろよ。自分の気持ちを殺してしまうことはない。…後悔だけはするなよ」
「…後悔…」
「ま、しっかりやれよ!必ず俺や姉ちゃんに元気な姿を見せに帰って来いよ!」
ロキシーはエルンストの肩に手を置いた。
「ええ、きっと。いえ、必ず」
エルンストは静かにうなずいた。
星が一つ、長い尾を引いて流れていった。
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