交わす声


どう、と風が吹く。
ざざざざ、と木々が鳴る。
黒雲が千切れ飛び、露わになった月がさっと山肌を照らした。
枝を透かして月光が根元に届く。
ざざざざ……
降り積もった落ち葉が風に巻き上げられ渦を巻く。
ざ、ざ、ざ、ざ……
くるくると舞い踊る落ち葉の渦が次第に大きく分厚くなっていった。

やがて渦の中から、月光に照らされて、二つのかたちがあらわれた。

ほの白い肌と、長い手足を持つ、二つのかたち。

人の姿をしたそれはゆっくりと顔を上げた。

背の高い方が両手を月に向けて差し上げる。

おおお……

薄い唇から低い声が漏れる。

われらは 生まれた

背の低い方も、腕を差し上げる。
ふくよかな唇から、細い声が漏れる。

われらは 生まれた

ふたいろの声が揃う。

われらは 生まれたぞ

ざわりと枝が鳴り、黒い千切れ雲が月を覆った。
二つの影は伸ばした手の先を、ゆっくりと己の顔へと置いた。
眉を
瞼を
鼻を
唇を
顎を
慈しむように撫でていく。

掌はやがて首へ、胸へと移る。
そして、自らをそっと抱きしめた。

再び、さあと月光が差し込む。

二つの白いかたちは、互いを見た。

互いの手が、相手の頬に触れる。

切れ長な目が相手を見下ろした。
ぬしと われは 生まれた
低い声が告げる。

大きな瞳が相手を見上げた。
われと ぬしは 生まれた
細い声が応える。

ぬしは われ
われは ぬし

掌が滑り降りていく。

長い指が白いふくらみの上で止まる。
細い指が広い胸を滑る。

ぬしと われは ちがう
われと ぬしは ちがう

二組の目が見つめ合う。

なれど
なればこそ

白い細い四本の手が絡み合った。
白い長い四本の足が絡み合った。

二つの体は固く固くむすぼれて
すきまなく一つとなった。

ざわわ、と風が鳴る。

一つは二つになった。

いや。

二つは一つにむすぼれたまま、新たな一つが分かれた。

うぉ……ぉ……ぅ……ぉお……

まだ確たるかたちを持たぬ塊が、月光の下うごめき、細い唸りをあげる。

固い結びがゆる、とほどけ、
二つの頭があらわれた。

ああ 生まれた
生まれたぞ

ぬしと われが 合わそうた
ぬしと われが 一つとなった

二つの顔が互いを見やった。

なら ここにいる ぬしと われは なんじゃ
あとは 身を 分かつだけか

黒い瞳が潤む。
薄い唇が歪む。

いやじゃ
いやじゃ

いとしい いとしい

ぬしが ほしい

ぬしを われに おくれ

二つの唇が再び合わさる。

互いを貪ろうとするかのように、喰らい合う二つの口。

ぶちゅちゅっ……

やわらかいものがちぎれる音がする。
互いの口の端から、白い液体が流れ出す。

ぬしの 声を もろうた
艶めいたふくよかな唇から低い声が漏れる。

ぬしの 声を もろうた
薄い唇から細い声が漏れる。

ぬしが われの 中に
白い手のひらが広い胸に沿う。

われは ぬしの 中に
大きな手のひらがふくよかな胸を包む。

一緒じゃ

いつも 一緒じゃ

たとい どちらかが
雷に 裂かれ
風に 千切られ
炎に 焼かれようとも

われらは ともにある

うぉぉ…ぅ……おぅ……ぉ……
うなり声が細く響く。

いとしい いとしい 一つとなった われら

二組の手が差し伸べられる。

とうさまと かあさまが 大事大事に 育てようのう

どう、と風が吹く。

ざざざ、と木々が鳴る。

三つのかたちの誕生をことほぐように月は輝いていた。





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