1987年12月24日。
サウスタウンはしんとした寒さの底にあった。
ビリー・カーンは「今の仕事」に就いてから初めて、のんびりと家にいるクリスマス休暇を迎えていた。
朝から妹と大量の買い出しにでかけた。明日のクリスマス・ディナーの下ごしらえも済ませ(半分近くはビリーが手を貸している)、簡素な……といっても3年ほど前とくらべれば十二分に充実した夕食を終え、ビリーはコーヒーを淹れようとアルコールランプに火をつけた。
テレビではさっきからどこかのコンサートホールを映し、聞き慣れない言葉の歌声が流れている。
リリィは先ほどから椅子に座り、編み針を動かしている。
やがて「できた」と小さな声が上がった。
手にしていたのは薄緑の地に雪の模様を編み込んだ靴下一対だった。
「慣れないことするから、間に合わないかと思った」
明らかに彼女の足には大きすぎる靴下を嬉しげに掲げる。
「リリィ、お前、それはまさか……」
口ごもるビリーに、リリィは微笑みを投げかける。
「うん、ベッドに吊す靴下、お兄ちゃんと私の分ね」
ビリーがただ口をぱくぱくとさせていると、リリィは毛糸の袋から何かを取り出した。
「これも用意したから……」
リリィの手のひらに載っているのは、小さな家のオモチャだった。赤い屋根に金色の煙突が付いている。
「……うちにサンタクロースが来ないのは、暖炉と煙突がないから……だったよね?」
ビリーは口元を引き結んだ。
それは、幼かったビリーが、さらに幼いリリィに言い聞かせた言葉だった。もっとも、周りの煙突のない家の子どもでもプレゼントを手にしていたのだから、ほとんど意味のない言い訳だったのだが。
「良い子には甘いお菓子、悪い子には柳のムチ一本」
リリィは歌うようにくちずさんだ。そして、ふと睫毛を伏せた。
「ムチ一本だって、よかったのにな」
「え?」
「ムチをもらうのだって、サンタクロースに見ていてもらってるってことだもんね」
「リリィ……」
リリィはパッと笑顔を向けた。
「ごめんね、変なこと言って」
そして煙突付きの家を掲げる。
「これを家の前に下げておいたら、サンタクロースに来て欲しい子どもがいるってわかるよね」
「あ……あ。そうだな。間違いなくね」
「よかった」
ふわり、とコーヒーの香りが漂い始めた。
「よーし、よっく見えるとこに下げてくるから、コーヒー入れておいてくれ」
「うん、お願いね」
ドアを開けると、キンとした冷気が体を包む。
「……靴下に入る大きさの物で助かったな」
ビリーはぽつりとつぶやいた。