◆◇◆ A GIFT ◆◇◆




 「……ったく、なんでオレがこんなカッコしなきゃならないんだよ」
 顎に手をやりながらビリーは毒づいた。
 「ヒゲをはずすなよ」
 運転席の男がすかさず声をかける。
 ビリーは舌打ちをすると背もたれに体を埋めた。
 横目で男を見ると、取り澄ました顔をしているが目は笑っている。いや、頬の引きつり具合を見れば、明らかに吹き出すのをこらえているという様子だ。
 ビリーは口元を思い切りひん曲げながら、顎全体を覆い、胸元まで垂れている白い付けヒゲをつまんだ。
 「そろそろだぞ」の声に白い飾りの付いた真っ赤な帽子をぐいぐいとかぶる。その扮装はまごうことなきサンタクロースその人であった。

 今の仕事に就いてから、どうやらまともに家でのんびりクリスマス休暇を過ごすことができないらしい、ということはビリーにも飲み込めてきた。もっとも以前は家にいても、のんびりクリスマスを迎えられるような状況ではなかったのだが。
 彼の仕える主は名実ともに町の「実力者」であり、クリスマスにはびっしりとスケジュールが詰まっているが、正規のSPが付き従うので、まだ「用心棒見習い」であるビリーは今年は用無しのはずだった。
 だが彼の属する企業がこの時期大々的に行う「慈善事業」に人手が足りないと駆り出されたのである。彼はこれから小さな教会でサンタの扮装をして恵まれない子どもたちにプレゼントを配ることになっている。

 大きな袋とともに教会の裏口に落とされたビリーは、とっさに車の窓に映るおのれの姿を確認した。顔のほとんどをヒゲで覆われ、真っ赤な帽子をすっぽりとかぶれば、今日の空と同じ、冴えた薄青色の瞳がのぞくだけ。これなら中身が誰だかさっぱりわからないだろうと、ビリーはわずかに胸をなで下ろす。
 出迎えた年若いシスターは、ビリーを案内しながらにこやかに話しかけた。
 「以前から教会では、クリスマスに恵まれない子どもたちにささやかな贈り物をしているのですが、最近はそちらが援助してくださるのでとても助かっています。子どもたちも楽しみにしていますわ。皆さまにもきっと神の恵みがありますでしょう」
 ビリーは内心大いに舌打ちをした。
 うちが裏で何をしているのか知ったら…そしてオレがどういう筋の男か知っていたら、この女は笑っていられるだろうか。そもそも神の恵みなんていうものが存在しているのなら「恵まれない子ども」とやらがゴロゴロしてるはずがないじゃないか。それに、間違いなく…あの人に対して神の加護なんてありえないし、必要ともしていないだろう。

 聖堂に通されたビリーは大勢の子どもたちが一斉にこちらを向くのを見た。またたく間に子どもたちは歓声を上げてビリーを取り囲み、押し合いへし合いになる。
 「ま、待て、待て!」
 ビリーはたまらず声を上げた。
 「騒ぐんじゃね…ありません。みんな並べ…びなさい。じゃないとプレゼントはやれ…渡せませんよ」
 なんとか取り繕いながら言うと、子どもたちはまだがやがやと騒ぎながらも列を作っていく。
 ビリーは息を一つつくと改めて子どもたちを眺めた。男の子も女の子も入り交じっているが、大半はビリーの腰くらいまでしかない小さな子どもたちだ。まさか真っ赤なニセ者サンタを信じる子どもがいるとは思えなかったが、皆目を光らせてこちらを見ている。もっとも彼らの興味はこの袋の中だけだろうが。
 ビリーは咳払いをひとつすると、ぐいと口を引き結んだ。そして大きな袋から包みを取り出し、子どもに順番に渡していった。かかっているリボンの色で男女が分かれているので、適当に選びながら取り出す。
 渡された子どもたちはあるいは小躍りしながら教会を飛び出し、あるいはその場で包装を引きちぎっていた。中には、希望の品が入っていなくてベソをかいている子どももいたが、シスターがうまくなだめたようである。

 やがて袋の中身も残り少なくなり、待ちかまえていた子どもたちもほとんど帰ってしまった。もう半時間もすれば迎えの車が来るころになり、ビリーはふと扉の近くにたたずんでいる少年に気がついた。10歳か、もう少し上だろうか。体を屋外に向けながらも横目でこちらを見ていた。シスターが何の用事かあわただしく奥に入り、他に辺りに誰もいないことを確認すると、ビリーは少年に近づいた。
 「坊や、プレゼントはいらないかい」
 少年はうさんくさげにビリーを見上げた。間違ってもサンタクロースを信じている顔ではなかった。ビリーはにやりと笑うと地の口調で言った。
 「いろいろあるぜ。ミニカーに変形ロボットにぬいぐるみ、日本製のゲームだって入っていたはずだ。まだ残っているかどうかはわからないがな」
 少年はビリーをにらみ上げるとぷいと横を向いた。
 ビリーは、口をへの字に曲げた少年の顔を見下ろしていた。それと同じような表情を…昔、彼もしたことがあった。
 「…菓子の詰まった長靴もあるぜ。それとも…人形のほうがいいか」
 少年はキッとビリーを見上げた。
 「いらない」
 「…なんでだ」
 「…施しなんてされたくない」
 ビリーの口元にゆっくり苦笑いが広がった。もっとも付けヒゲに隠れて少年には見えなかったが。
 「お前さんは、このプレゼントを受け取るいわれがないっていうんだな」
 少年は答えなかった。
 「ここにあるステキなしろものを手に入れる権利を、お前さんはまだ持っていないってことだろ」
 少年は視線をやや下に落とした。
 ビリーはドスンと音を立てて手近なベンチに腰掛けた。
 組んだ膝の上に肘をのせ、頬杖をつきながら少年の目をのぞき込む。
 「なあ、こう考えたらどうだ。この袋の中身は施しものなんかじゃない。お前さんが将来稼ぐはずのものを、ちょいとばかり早めに手に入れてるんだ…ってな」
 少年は目をぱちくりとさせた。
 「お前さんがデカくなって、バリバリ稼ぐはずのほんの一部を、先払いしてもらってるんだって思えばいいさ。デカくなってからなら、ミニカーひとつ分くらいがまんできるだろう?」
 少年の薄茶色の目が、ビリーの薄青の目とバッチリと合った。
 少年の瞳の奥がチカッと踊った。
 「おっさん、おかしなこと言うよな」
 誰がおっさんだ、とはビリーは口にしなかった。かわりに、やや乱暴に袋を突きつけた。
 少年は赤いリボンのかかった包みを袋から取り出した。ビリーは目を細めた。
 「なあ、おっさんも子どもの頃、先払いしてもらったのか」
 「いや、残念ながら、誰もオレにそういうことを教えてくれる奴がいなくてな。おかげで今はずいぶんと稼ぎをいただいてるけどな」
 「へえ、そうなんだ?」
 少年は意外そうな声を上げる。無理もない。クリスマスのサンタ役なんて食い詰めた学生の仕事と相場は決まっている。
 「稼ぎ過ぎなくらいさ」
 再び目を細めると、ビリーは立ち上がり、袋から青いリボンのかかった包みを取り出すと少年の腕に押し込んだ。
 「え?これ…」
 「それくらい稼げるだろ。…誰か待ってるンだろ」
 少年は顔をくしゃりと歪めた。口元をへの字にしながら目をパチパチとさせると、くるりと背を向け、外に飛び出していった。

 ビリーがアパートに戻ると、甘い匂いが立ちこめていたが、灯りは消え誰もいなかった。が、すぐにドアが開き、コート姿のリリィが飛び込んできた。
 「お帰り、お兄ちゃん、帰ってたのね。お仕事ご苦労様」
 「ああ、ただいま」
 「ごめんね、まだ少しディナーの準備残ってるけど、すぐできるから」
 「どこか出かけていたのか」
 「うん、クッキーをたくさん焼いて、教会で他の人と一緒に配ってたの。今までは何かしてもらうばかりだったけど、何かしてあげられるっていいわね」
 妹の笑顔にビリーはあいまいにうなずいた。
 リリィの着ている茶色のコートは昨夜ビリーが彼女の枕元にそっと置いたものだった。
 ビリーの視線に気付いたリリィはコートの襟についた白いファーをそっと撫でた。
 「ありがとう、おにいちゃん。これ、とってもあったたかったよ」
 「…似合ってるよ、リリィ」
 「えへへ…ありがと」
 リリィははにかむように笑った。
 かつて…ビリーが妹のためになんとか手に入れようとして果たせなかったショーウィンドウの中の人形よりも、今のリリィのほうがずっと愛らしいと彼は思った。
 「今日はケーキにも挑戦してみたの。甘さを抑えてみたからお兄ちゃんも食べてね」
 コートを脱ぎ、エプロンを着けたリリィは、歌うように言いながら丸い固まりをダイニングのテーブルに運んできた。白いクリームを塗られたケーキの上にはチョコレートで、少し歪んだ文字がつづられていた。

   Merry Christmas
      &
   Happy Birthday    



◇TOP◇
author's note