■ スノースマイル ■



とうとう、空から白いものが舞い始めた。
またか、と思って小さく溜め息を吐く。
雪は別に嫌いじゃない。
白くて綺麗だと思う。
けど、仕事柄やはり歓迎出来るものではない。
「今年はよく降るなあ」
溜め息とともに呟いて、マフラーを巻き直す。
手編みのそれはとても暖かくて、ふと微笑みが零れた。

雪が薄く積もりはじめる。
自転車で出なくて良かったなあ、と思いながらしゃくしゃくと地面を踏みしめる。

この星に生まれて。
辛いこととか悲しいこととか苦しいこととかも、それなりにあったけれど。
今、こうして自分の足で歩ける、ただそれだけの事だって幸せだと知っている。

そういう自分が、結構好きだと思える様になったのは、実はわりと最近。
それまでの自分は、本当に自分に自信が持てなくて、あんまり好きじゃなかった。
本当に、大した事ではないんだけれど。
例えば答えがわかっているのに、手が上げられなかったとか。
跳び箱を跳べる人、と言われて迷っているうちに先を越されたとか。
そんな小さな事が積み重なって、自分に自信を持てなくなった。
今だったら笑い話だけれども。

いつの間にか雪は本降りになっていて、髪の毛や肩に積もりだしていた。
歩く足を少し速める。
角を曲がった所で、見慣れた後ろ姿を見つけた。
「七海!」
呼びかけると、短い髪の毛がふわりと揺れた。
「吼太!」
俺を見つけて途端、笑顔になる。
その瞬間を見るのが一番好きだと思う。

小走りで傍に行って、そこから二人で歩き出す。
しゃくしゃくと鳴っていた音が、いつの間にかさくさくに変わっている。
ふと見た七海の髪の毛にも、雪が降り積もっていて。
手を伸ばして払うと、ん?と不思議そうに見上げてくる。
「雪、積もってる」
「ホント?そう言えば、ずいぶん本格的に降ってきてるね」
そう言って肩を竦めて空を見上げる。
つられて見上げると、雪がどんどん落ちてきていて、吸い込まれそうな気分になる。
「早くしないと雪だるまだな」
そう言って、七海を見るとうん、と頷いてマフラーに顔を埋める。

それからはほとんど黙って歩いて、研究所の近くまで戻ってきた。
「ねえ、明日は晴れるかな?」
突然顔をあげて、そう尋ねてきた七海に首を傾げる。
「さあ、どうだろう」
「晴れてて、雪が積もってたら、鷹介と三人で雪合戦しよう?」
良いことを思いついたと言うように目が光っている。
こういう時は反対しても無駄なので、素直に頷く。
「晴れてたらな」
「約束ね!」
そう言って先に走って研究所の中へ消えていく。

その後ろ姿を見送って、ふと振り返る。
残っていた二人分の足跡の平行線を見て、微笑む。
この平行線も、今晩にはきっと雪で消えてしまうだろう。
それでも、俺は忘れない。

今は、まだ交わることのない平行線を。





    《月瑞祥さまの後書き》

「足跡の平行線」という言葉がすごく好きで使ってみたかっただけの話かも。
BUMP OF CHICKENの「スノースマイル」という曲で使われている言葉です。


雪と吼太はよく似合います。
吼太の繊細さ、七海との間に流れる空気がすごく好きです。
月瑞さま、ありがとうございました。

material:by「Angelic」
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