御伽噺なら

 「やー、すっかり暗くなっちゃったねえ」
 恐竜やご一行は線路沿いの道を歩いていた。
 凌駕は寝入ってしまった舞をおぶっている。
 「京都まで行って日帰りだもんね。どうせなら、一泊くらいしてゆっくり帰りたかったなあ」
 「観光に出かけたわけじゃないぞ」
 「それはわかってるけど」
 「それにしても『しんかんせん』というのはものすごく早いんですね。あっという間に帰ってこれたのでびっくりしました」
 「でしょー。日本が世界に誇る超特急だもんね」
 「アスカさんもそろそろ交通機関の使い方を覚えた方がいいかもしれませんね」
 「まずは切符の買い方からだな」
 「さて、着きましたぞ」

 『都合により本日臨時休業させていただきます』という紙が貼られた店の入り口を見て、杉下が莞爾とする。
 「私がいない間も、店を開けていてくださったのですな」
 「ええ、なるべくね。でもいろいろあって、やっぱり休んじゃう日も多かったんですけど」
 「上等上等。皆さんが来る前は、用事のあるたびにずっと店を閉めておりましたからな」
 「らしいっすね。横ちゃんさんが寂しがってましたよ。介さんが帰ってきたって知ったら、きっとめちゃんこ喜びますよ」
 杉下が鍵を開け、はて、と首をひねる。
 「おや、明かりがついておりますな。笑里さんですかな」
 すたすたと中に入る杉下の後ろで、凌駕、幸人、らんるの三人は顔を見合わせた。
 「介さんに話すの忘れていましたね」
 「というか、アスカにもだけどな」
 「どーしようか」
 「どーしようって…」
 そのとき店の奥からとことこと近づくものがあった。
 最高級の真珠のような薄桃色をした仔豚である。
 「おやおやこれはまた」
 コートを脱ぎかけていた杉下が声をあげた。
 「うちのカレーはビーフじゃが、皆さんポークカレーにも挑戦するつもりですかな?」
 「キュゥ〜イ!!」
 とたんに仔豚は跳ね上がり、一目散に厨房へと逃げ込んだ。
 「おやおや、まるでこちらの言っていることがわかるみたいですな」
 「いや…わかってるんだが…」
 幸人がぼそりとつぶやく。
 「あの、介さん、あの子はですね…」
 凌駕が言いかけたとき
 「あの生き物は何ですか?」
 アスカが目を丸くする。
 「ブタだ。肉を取るための食用の家畜だな」
 幸人がしれっと口にする。
 あちゃあ、と凌駕が額を押さえた。
 おずおずと顔を覗かせかけていた仔豚がまたしても奥に引っ込む。
 「もお、話をややこしくしないでよ。えみポンかわいそうでしょ」
 「客観的事実を述べただけだ」
 「えみポンさんって…。あの…?」
 「今はえみトンだがな」
 幸人は顎で厨房を指し示す。
 「…え…え?…えぇ〜!!」
 恐竜やにアスカの叫びが響く。
 「話せば長くなるんですけど…」
 舞を和室に横にさせると、凌駕は順を追って話し出した。

 一通り聞き終わり、杉下がふうむと息を付く。
 「それじゃあ、元に戻る方法も、いつ頃戻るかもわからないんですか?」
 アスカが大きな目をさらに見開く。
 「ああ、超能力とやらで変わったものだからな、見当がつかない」
 「そんな…私のいない間に、そんなことになっていたなんて…」
 いつの間にか皆のそばに近づいていた仔豚は、恥ずかしそうにうろうろとしていた。
 アスカはガバリとその前に屈み込む。
 「えみポンさん!大変でしたね!」
 「キュウ?」
 てこてこと後じさりしかけた仔豚の前足をはっしとつかみ
 「でも大丈夫ですよ!必ず元に戻ります!」
 アスカはまなじりを赤くして叫んだ。
 「…って、おい」
 幸人が声をあげる。
 アスカは仔豚を抱き上げると、ぎゅっと抱きしめたのだ。
 「あららあ」
 らんるも口をぽかんと開ける。
 「キューッ、キューッ、キュ〜〜ッ!!」
 仔豚はジタバタとあがいた。
 「絶対大丈夫です!私が必ず元に戻る方法を探してみせますから!」
 アスカはなおかつ仔豚をしっかと抱きしめる。
 「キュ〜〜〜!!!」
 思い切り体をくねらせて、アスカの腕から逃れた仔豚は、ドアの隙間から瞬く間に外に飛び出した。
 「あっ、えみポンさん!」
 アスカはいささか間抜けな体で立ちんぼうになる。
 「…お前、抱きつぶす気か」 
 「…それ以前の問題のような気がすっと」
 「って、暗いし危ないですよ。皆で探しましょう!」
 とその時。
 「きゃぁ〜あぁぁぁ〜〜!!」
 外から絶叫が聞こえた。
 「えみポンさん?」
 「「「えみポン?」」」
 四人はあわてて飛び出した。
 と。
 「戻った〜〜!!」
 踏切前に灰色のブレザー姿の笑里が立っていた。
 「えみポン!」
 声をかけると笑里は手を振り、飛び跳ねた。
 「戻った、戻った〜!」
 四人が駆け寄ると、笑里はらんるの手を取り
 「やった〜〜!!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
 「やったね!」
 「よかったね〜」
 「消化にもずいぶんかかったな」
 「でも、よかった…本当に」
 口々に声をかけられて、笑里は少々きまり悪そうに皆を見上げた。
 「どうも、すいませんでした。こんどこそちゃんとアバレピンクになりますから」
 「…その前にちゃんと勉強しろ」
 「は〜い…」

 幸人が笑里を送りに出て、凌駕とらんるは恐竜やで杉下の淹れたコーヒーをすすっていた。
 「呪いをかけられて動物になった人を元に戻す童話はいっぱいあるけどね…」
 凌駕がつぶやくとらんるがうなずく。
 「やっぱりこの場合は…あれかな?」
 「あれでしょう」
 「はい?」
 たっぷり牛乳を入れたミルクコーヒーならぬコーヒーミルクを飲んでいたアスカは首をかしげる。
 杉下がからからと笑った。
「めでたし、めでたしですかな」

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