今日のこの日をふたりの日々にと願う。

ささやかなパーティがお開きになり、「主賓がそんなことしないで」と半ば追い出される形で部屋に戻ったところにルーミィが訪ねてきた。
ちいさなキャンドルに明かりを灯し、何か言いたそうな顔でこちらをじっと見つめている。


「すこし、話でもしようか」
部屋に誘い入れたのはおれのほうからだった。
階下からはまだばたばたと駆け回る音が聞こえてきているから片付けの真っ最中なのだろう
「いいのかい?」
「うん、ぱーるぅがいってらっしゃいって」
「そうか」
彼女がどんな思惑でそういったのかは解らなかったけれど、彼女のことだから実のところはなにも考えていないのかもしれない。
そう思うとくすりと笑いがこぼれた。
「あ、今ぱーるぅのこと考えてたでしょ」
「うん、まあね」
おれを見上げるルーミィの顔はあきらかに不満そうだった。

気持ちには気が付いていた。
彼女のおれを見る目がいつから変わったのかは知らない、ただ気が付いたときにはすべてが終わってしまっていた。
部屋の明かりは付いていなくて、お互いを照らす物はいまルーミィが持っているキャンドルの明かりだけになる。
それ自体が熱をもっているかのような緋色の炎はぼんやりとしていて、辺りを照らすにはすこし足りない。
「いいよ、このままで」
部屋のランプに火を移そうとするルーミィの手を止めてそう言うと、触れた手がかすかに震えた。
「でも」
「このままがいいんだろう?」
こくり、と言葉なしに頷き側のテーブルへキャンドルを置く。
この部屋にはイスは無かったので代わりにベットに並んで腰掛ける。
堅い板張りの上に毛布を敷いただけの簡素なベットは公園のベンチとさして変わりがない。
話をしようといったのはおれだったが、しばし言葉は出ないままそこにただ座る。
よく考えればいつもおれから話題を持ちかけることはあまりしない、膝の上の猫が喉を鳴らすようにころころと変わるルーミィの言葉と話に耳を傾けていたばかりだった気がする。
ルーミィも隣に座って黙り込んだままで、おれは膝の上で手を組んで、揺れるキャンドルの炎を見つめていた。
無理に話そうとはしない、それでいいはずだったから。

鈍感だ、鈍感だとずっと言われていたし、おれ自身もずっとそうだと思っていたのに、どうしてこんなに彼女の気持ちが手にとるようにわかるのだろうか。


彼女の望みも、期待も夢も戸惑いもすべて。
ことりとルーミィの頭が腕にあたって、それから腕が回された。
寄りかかる体はこんな静かな部屋でなければ気がつかないほどにとても軽くて、あたりまえの感覚で、
そして彼女はこう予想するのだろう、頭を撫でる手と困ったようなおれの言葉を
「まだまだ子供だな」そういってちょっと彼女を怒らせて、けれどもそのまま甘えさせてやればいい、今までは。


でも彼女が今欲しいのは”すこし特別な日”
そしておれが望むのは…

少しだけ強引に、それでもルーミィが逃げ出さない強さで体ごと抱きしめた。
今まで何度だって抱きしめてきた、腕の中に居るのが当たり前のようになるまで。
なのに今こうして腕の中の彼女に意識を向ければ今までに感じたことの無い始めての気持ちがあることに気がつく。
否、今まで気がつかないようにしていた何かをありのままに感じることができた。
それはいつからあったものなのかおれには分からない。ただ、彼女の気持ちに気がついたときにそれはもうとうの昔にはじけ飛んでいて
愛しさも欲望も通り過ぎてしまっていた。

ここは晴れた公園でなければ温かい陽だまりでもなく、
薄暗い部屋で男と幼い少女が二人何をしているのだろう
客観的に見れば非常に問題がありそうな光景だと心のどこかで思いながら腕の力を緩めることができない。
ルーミィの体から力が抜けた、それでも彼女は安心しておれに身体をあすげようとするのだ。
「ルーミィ」
呼んだ名にとくに意味は無かったけれど、見上げた彼女と視線がぶつかる
「あのね」
潤んだ瞳が驚くほどに大人びて見えた。
「あなたが、好き」
「………知ってる」

気がついたときには全てが遅すぎた。
お互いとっくに半身になっていて、ふたりでなければ生きていけなくなっていた。
気持ちを伝えることよりも、相手の気持ちを受け止めることに必死で、
お互いに気持ちを伝えることを忘れてしまうくらいに大好きだった。
「ずっと、待たせてごめんな」
子供だから、エルフだから、修行中だから、リーダーだから、大切だから、守るから、
いっぱいいっぱい言い訳してゴメン。
それでも心はいつも君の物だったよ。

白い手を取り指先に軽く口付ける、それから手の甲へ、華奢な手首へ
その動きに合わせてルーミィの視線が動くのが分かって今度は彼女の頬へ
右の頬、左の頬それから軟らかいシルバーブロンドをかきあげて額へ
幾度も行われたおやすみのキスによく似ていたけれどほのかにこもる熱があった
「まだ、待たなきゃ駄目?」
まだ躊躇しているおれの気持ちを見透かしたように尋ねる。
その尋ね方があまりに誘っているように見えて頭がくらくらした。
「…どこで覚えたんだ」
「なにが?」
言える訳が無い

もう限界なんだ
心のつながりは確かに感じられるのに目に見えるものはなにもなくて待ちきれなくなってしまった。
不安がなにもないわけではない
おれの未来にはたしかに傍に彼女がいる
けれど、けれど…
ルーミィの未来におれはずっと傍に寄り添っていられるのだろうか?

彼女にありったけの幸せをあげたい
いつか離れるときが来るその瞬間まで、おれにできるすべてのことを

はじめて触れた唇は思った通り軟らかかった
2度、3度と口付けていくうちに涙がぽろぽろとこぽれ始めた、慌ててぬぐおうとするとその手を止められる
「お願い、わたしの前ではいつでも泣いて?」
「…格好悪いだろう?」
「うん、かっこわるい」
こんなときも彼女は正直だ
「でも全部大好き」

時間が惜しい、1日が1時間がこの瞬間が惜しい
君に与えられる全てをあげるだけの時間が欲しい
この思いを伝えるだけの術が欲しい

年を重ね、気持ちを重ね、体を重ねて
君と生きる道が欲しい
大空までも続く長い道に轍を残して行きたい
おれのすべてを君の小さな体に預けるよ。

腕の中のルーミィの体は本当に小さくて、浅い呼吸を繰り返している
ゆっくりと繰り返すリズムはおれのそれと変わらずに時を刻んでいた
吸って、吐いて繰り返される呼吸を振り子のように重ねているうちに眠りへと落ちた。

もし、彼女の時の流れをおれに合わせてくれるのなら
今日のこの日をふたりの日々にと願う。