雪が、降っていた。

クリスマスを彩る、鮮やかなオブジェ、別にそれ自体についてはおれがどうこう言うこともないと思う。
が、商店の軒先にひっきりなしと並べられたリボンや、木の実は歩くたびに頭に当たりそうになるし、赤と緑の原色が繰り返されるその色合いが数百メートルも続くと、頭がちかちかしてきて仕方がない。
あんまりにもうっとおしくて、つい不機嫌になるおれとはうらはらに、パステルはかわいい、だとかなんとか抜かしながら顔をほころばせているのが、これまたなんだか気にくわなかった。

「うざいだけだろうが、用が済んだらとっとと帰るぞ」

新しい年を迎えるだけなのに、どうしてこんなにモノがいるのか。
食料はともかくとして、魔よけの神木なんて、飾るところも持たない我がパーティに必要なのだろうか?

雪は一向に止みそうになくて、 気温はますます下がっていくようだった。

パステルは、一度、大きく身震いをした後、買い物袋を抱え直し、白い息を吐く
「もうっ、トラップってばムードないんだから」
「なんで、おれがわざわざんな事気にしなきゃならねぇんだよ」
言い返す、おれの息も相当真っ白で、一瞬前が見えなくなるくらいだ。
「そりゃあ、そうだけど、いつっもいっつもじゃないの」
「はぁ?てめえおれに口説いて欲しいのか?」
わざとらしく、パステルの肩に手を回して、ナンパ男を気取ってみる。
荷物を抱えたままのパステルは、それを振り払うことも出来ずに、これ以上ないと言うくらいに不審そうな目でこちらを見上げて抗議した。
「…っな訳ないでしょう!やっぱり口を開くとろくな事無いんだから!」

降り積もる雪は、瞬く間に足下を埋め尽くしていくものの、それよりも早く、買い物に急ぐ人々に踏まれて、姿を消していく。

「ホラ、そこ気を付けろよ」
足下のぬかるみを注意するよりも早く、片足を踏み入れてしまったパステルが情けない悲鳴を上げた。
「はぅ、気持ち悪い…」
「…ドジ」
つい出た一言が気に障ったらしく、必死に反論してくた
「だって、袋で足元ほとんど見えないんだから仕方ないでしょう、いうならもっと早く言ってよ」
「注意してやっただけでもありがたいと思えよ」
「はまってたら結局は同じでしょ!」
「べつにおれがはまった訳じゃないからいいんじゃねぇの?安心しろよ、次からは注意してやんねぇし」
まだなにかブツブツパステルはつぶやいていたものの、この寒空の下喧嘩をするのもばからしいと思ったのだろう。それについてはおれも全く同感だったので、パステルが、ぬかるみからブーツを引き上げ、とんとんと軽くかかとを打ちならすのを聞いた後は、何も言わずに歩き出した。

雪は、商店街を離れたとたん、遮る物がなくなったのか、より一層勢いを増したように感じた。
歩く人もまばらな道は、既に雪に覆い被されていて、所々に黒い足跡がまばらに散っている。
その後をたどるようにして歩かないと、雪に足が取られそうになってしまう。
ふと、何気なくさっきぬかるみにはまったパステルのブーツに目をやれば、いつの間にか新雪で汚れは綺麗に取れていた。
「どうかしたの?」
視線に気が付いたパステルが声を掛けた。
「いや、なんでもねぇ」
説明するまでも無いことだしと、おれは再び歩き出した。

当然、気温はどこまでも寒くて、耳なんかはもうきんきんと痛み始めている。
たまらず、足を速めようと思ったが、ここでパステルに転ばれてしまうと、かえって面倒くさい事になるだけだからと思い直す、
薄積もりとはいえ、雪に足を取られないように、必死におれの足跡をたどるパステル。
鼻も耳の先もすっかり真っ赤になっていて、見ているこっちまで痛くなってきそうだ

「パステル、ちょっと止まれ」
「え?なに?」

両手のふさがったパステルを荷物ごと、自分のマフラーでぐるぐる巻きにする
「寒いからそれ、巻いとけ」
「いいよ、トラップだって寒いでしょう?」
「見てるこっちが寒いんだよ、おれは帽子があっからいいの」
おれが、正直にそう言ったからか、パステルは素直にマフラーに首を埋めた。

「これ、あったかいねぇ」
「お前が編んだんだろうが」
たしか、昨年のクリスマスプレゼントだったか、パーティ全員に手編みのマフラー。
「だって、わたしのぶんは間に合わなかったんだもん」

灰色だった空が、黒曜石色に沈んでいく。
風のない、真っ黒な闇夜から白い雪だけが舞い降りていた。

「今夜は冷えそうだね」
「もう、充分寒いってぇの」
「うん、帰ったら暖かい物つくるよ」
そういって、パステルがおもむろにぴったりと寄り添って来たので、つい驚いてしまった。
「…雪よけにすんじゃねぇ」
「寒いから、だよ」
なんだかよくわからない理由だったが、なんとなくああそうかと納得してしまい、そのまま歩き続ける。

とうとう雪はかたまりになってきて、降るというよりも”落ちてくる”といった方がぴったり来そうだった。
ほんの数メートル先すらまともに見えないのに、それでもすぐ隣にはパステルが雪まみれの髪を揺らしていて。

だから、ついこの世界には自分たちふたりしかいないような気になった。

ゆっくりと舞い降りる雪に閉ざされた

 

 

 

「トラップ?」
どうやら、少しぼーっとしていたらしい。
パステルが不思議そうな顔でこちらを見上げていた。
「早くかえらないと雪に埋もれちゃうよ?」
振り払うことも出来ずに、頭の上には雪が積もっている。
「ああ」と生返事をかえして、その雪を取り払ってやると、新雪はさらさらと指の間をすり抜けて、足下へと落ちていった。

そのまま、赤く染まったパステルの耳に触れると、冷たくなった自分の手よりもさらにそこは冷たくて、きゅっと握るとパステルが変な声を上げる。
「ひゃん」
それで、我に返った。
「…あ」
「もう、ただでさえ冷たくて痛いのに、何するの」

ただ、ぼーっと何も考えずに、ただそこにあったものに触れてみただけなのだが、妙に気恥ずかしい…というか悔しかった。
「…うるせぇ」
なにか言い返そうとおもったが、寒さのせいかなにも言葉が浮かばない。
「びっくりしたんだから」
怒っているのかと思えば、顔はそうでもなくて、なんだか目が泳いでいる
そんな様子が相変わらず過逆心をそそるんだと思ってしまう辺り、おれも相当終わっていると思う。

「おれが、なにかするのかとでも思ったか?」
図星だったのかパステルは抱えた紙袋を落としそうになり、あわてて抱え直す。
にやにやと笑いながらそれを見ていたら、ぎろっと睨み付けられる。
「トラップが変なこというから…でしょっ…」
くるりと回り込み、ぐいぐいと頭で背中を押されたから、マフラーごと後ろ手で捕まえてやった。

 

 

ゆっくりと進む、舞い降りる白と黒の雪の向こう

遠くに、宿の灯りが見えた。