真夏を間近に控えた日差しは、あまりにも強く
刻々と肌を焼いていく。

つい先ほど流れ落ちる汗を拭うことを諦めたトラップはせめてもう少し涼しいところへ避難しようと目に付いた木陰へと飛び込んだ。

なぜ、こんな炎天下の下をうろつく羽目になったのか、その元々の原因を作ってしまった人間の顔を浮かべながらひとりおぼえてろよとかなんとかつぶやく。
けれども、トラップがこの炎天下の中出てきたのは己自身の意志であり、気持ちは解ってもあくまでそれは八つ当たりに過ぎない。
第一、顔を思い出したところで、怒りと、後それとは違った原因とで体温はさらに上がってしまうだけで…

とにかく、またトラップは迷子になったパステルを探している途中だった。

本当、どうしようもない奴だと思う。
水を汲みに行く、といって宿営地を離れたのが1時間前。
川までの距離。約500メートル

そして現在地。約2キロ地点。
確かに、間違たことはいってはいない、間違ってはいないが…

「なんで、そんなのんきにテメーは水浴びなんかしてんだよ!」
ブーツを脱ぎ、膝上まで水に浸かったパステルは実に爽快かつ驚いた顔でこちらを見ていた。
「……そりゃ、気持ちいいからじゃないの?」
全くその通りの答えがさらにムカツク

たく心配かけやがって、とは口に出さないものの内心ほっとため息をつきながら自分もブーツを脱ぎ捨て、ざぶざぶと泉に入っていった。
池と呼ぶにはずいぶんと美しく、湖と呼ぶにはあまりにも小さな泉
おそらく湧き出ているのだろう、足に触れる水はとても冷たくて気持ちが良かった。
「…で、水汲みにきたはずのお前は気持ちがいいからというだけで皆に迷惑かけてることも気にせずこうしてぼーっと遊んでたわけだ」
「迷惑って、なにかあったの?」
嫌味に気がつかないのか、至極まじめな顔でパステルが聞いてきた。
その抜けた答えにさらに頭に血が上ると、怒鳴りつけたい気持ちを必死に押さえてパステルの方へと向かう。
「お前なあっ」
肩をつかんだところで、パステルの髪から滴が垂れていることに気がついた。それからかすかに香る柔らかい香りにも。
「…トラップ?」
真意をくみ取ることができないといった怪訝そうな表情
「おまえ、何してたんだ?」
「だから、水浴びしにいくってちゃんといったじゃない?」

そういえば、そうだったような気もする

トラップ自身は「川に行く」という部分しか聞いていなかったのだけれども、どうりで1時間たっても帰ってこないパステルをクレイが「少し遅いな」で済ませたわけである。

「あんまりすぐ側で浴びるのもねぇ…だからずっと川沿いに歩いてきたんだけど」
一度意味ありげにこちらに視線をむけるパステル。
「だれもてめえの裸みてもうれしかないってぇの」
言われるよりも早く言い返す、と案の定パステルは不満な顔をした。
本当のところ、もう少し早くくればよかったなどと思ったとはとても口にどころか顔にも出せないのだが。

とにかく、トラップは脱力していた。
何のためにこのクソ暑い中汗水垂らしてこんなところまでやってきたのか。
原因を考えるだけで自分のやられ加減にうんざりしてくる。

加えて、肝心のパステルはそんなことは当然知るはずもなく、自分への怒りを隠そうともしないでぱしゃぱしゃと湖の底を踏み荒らしていた。
小石の隙間から柔らかい砂が舞いあがり、足下の清流を濁らせていく。
そんな幼い仕草がまた自分の目にはかわいらしく映ってしまい、自己嫌悪と愛しさで頭がくらくらしてくる。

すべてを太陽のせいになすりつけてしまいたい。
駆け上る血も、欲望も。

「暑いんだよ…」
「暑いっていうともっと暑くなるよ」

一通りの怒りが治まったのか、パステルが横から茶々を入れてくる。

「暑いもんは仕方ねぇだろ」
「じゃあ、トラップも水浴びしたら?」
すっきりするよーといいながらパステルが軽く水を掛けてきた、

ピシャっと冷たい水が顔にかかる。
「まだ暑い」
「はぁ?」

一瞬の躊躇の後、さらに軽く水をすくうパステル
また、水がかかった

「全然涼しくならねぇ」
「だから、水浴びすれば?って言ってるじゃないの」

「なに、お前そんなに俺のヌードが見たいわけ?」
「っばっ…!!」

バカじゃないの!?と叫ぶ代わりにそのままどんと両肩を押された。
そのまま勢いづいて、バシャンと派手な音と共に水の中に尻もちをついてしまう。

起きあがるのもおっくうで、そのままずぶずぶと水の中に沈み込んでいくと、それをみたパステルが大慌てで後を追ってきた。
両袖をびしょぬれにしながら体を引き上げる

「本当、どうしちゃったのよ、トラップおかしいよ」
強い日差しが水面に当たって、強いプリズムが目の端をかすめている
「日射病にでもなっちゃったの?」

「…かもな、おれしばらく頭冷やしてっからおめえ先帰ろや?」
力の入らない体をなんとか支えながら 未だ腕をつかんだままだったパステルを振り解く。
けれども、いつまでたってもパステルはその場から動こうとしなかった。
なにか言おうかともおもったが、それも面倒くさくて、無言のままざぶざぶと服のまま水に浸かっていく。
理由はまぁおそらく9割方予想がつく。

帰れないのだ、一人では

背中に突き刺さる視線は、助けを求めるに求められないとまどいと、調子の狂ってしまった己に対する心配と、それから別の何か。
痛いまでに感じる視線を今はあえて気がつかない振りをする。

その日差しに倒れるそのときまで

 

 

 

 

 

 

…ああ、君はボクの太陽だ