手が出ている。
その檻は人が通り抜けるには狭すぎたものの、腕の1本くらいなら余裕で差し出せるだけの隙間があった。

そこから手が出ている
檻は頑丈な作りで、カギがないと開かなかった。
でも、その手はカギを求めてはいなかった。
檻越しに抱きしめる温もりをただ求めていた。

「どうして、そんなとこに入っちやったの?」
白い息を吐きながら少女がこちらを見つめている
「ここは、風が吹いて寒いのに」
檻の中に入っていた男は何も答えずに、ただじっと少女を見つめている
いつもは目を合わせるとすぐ逸らしてしまうくせに、こんな時だけまっすぐにこちらを射抜いてくるのだ。

「お前が言うのかよ」
「何、それ?」

「おれだって好きでこんなところに入った訳じゃないさ」
今にも雪でも降り出しそうな凍える夜空を見上げながら言う。
せめて、星空でも見ることが出来たのなら多少気が紛れたのだろうが、灰色に染まった空は薄おぼろげな月が浮かぶだけであった。
少女は男がこの檻に入ったときのことを知らない。
もし、目撃していたのであったら意地でも阻止していただろう。
日頃、喧嘩ばかりしているものの、それだけに側にいないだけで寂しくて仕方が無くなってしまう。

「はやく、出てきてよ」
カギなんて開けちゃえばいいのに盗賊なんだから、そう思いながら彼の寝床から運んできた毛布を差し出した。
「出れない」
毛布を受け取りながら彼が言う

「どうして?」
「カギ、ないし」

「だからそんなの壊しちゃえばいいじゃない」
「無理」

赤くなった鼻をさすりながら男は投げやり気味に答えた。
たしかに、檻のカギは頑丈そうな作りであったけれども…所詮畜生用だけあって正直針金の1本でもあれば誰にでも開けられそうだった。

「じゃあ、私が開けるわ」
「やめとけって」
これまたあっさりと言う。

「魔法でもかかってるの?」
もしかしたら彼はやっかいな事態に巻き込まれたのではないかと疑った。
「別に」

「じゃあ、カギを探すわ」
男の返事に納得したわけではなかったのだが、これ以上聞いても無駄と悟り方針転換を試みる。
「それも、無理」
しかし、男は相変わらずの無表情でそれだけを返しただけだった

「…………」
だんだんと少女の顔に怒りがあらわになってくる。
いつまでこんな堂々巡りを繰り返せばいいのかという思いと、凍るような闇の中わざわざやってきた自分に対する無関心程度に対して。
「どうして、出てきてくれないのよ…」
怒りはすぐに悲しみに変わっていた。
少女は知っていたのだ、本当は彼が自ら進んでこの檻に入っていると言うことを。
出ようと思えばすぐにでも出てこれることを。
「わたしがなにかしたの?」
思い当たるようなことは無かったけど、もうそうとしか考えられない。

「わたしの…せいなの?」
「…………」

男は答えなかった。
思い当たることはなかったけれども、変わったことならつい3日前。
ただ、ふたりでいる時間が増えただけだと思っていたのに。

こらえるよりも早く、涙があふれ出す

「寒い」
そんな少女を気にする風もなく男は言う
「毛布」

反射的に泣きながらも持ってきた毛布を差し出してしまった。
半ば鉄格子に押し込むようにして男に渡そうとする。
と、ずっと格子の間からのびていた手が少女の細い肩をつかんだ
檻越しに、彼女を後ろから抱きしめ、耳元でこう囁く。

「涙は、反則」
なによあんたが泣かせたんじゃないの、こんなことなら毛布のはしで鼻かんでやるんだったわと
そう言っていまにも毛布をつかみ息を吸い込みそうな少女を男はあわててさらに強く抱きしめた。
しかし、それで少女のヒステリーは収まるはずもなく、相変わらずわあわあと涙を流しながら叫び続ける

「あんたなんてもう嫌い!大嫌いなんだから!」
「そりゃ、えらいせっかちだな」

普段ならここであきれ果て、突き放すところなのだが、今夜はそんな気にはなれない
優しく、そっと頭を撫でた。

「おれは…好きだぜ?」
ぴくりと少女の体が揺れたのを見逃さず、もう一度囁いた
「好きだぞ」
最後の一文字こそ、照れ隠しのものであったが、 その声はいつもなら絶対に聞くことの出来ない甘い声。

つい、少女は頬を赤らめると
既に冷え切っていた頬に手を触れて、何かを求めるように男を見上げた。
男はわざとらしくため息をつくとその手を優しく包み込む

 

 

そのまま檻越しにも関わらず寄りかかるようにして眠ってしまった少女を見下ろし男は今度こそ本気で盛大なため息を吐き出した。
おおきく広がった白い息は上がってしまった体温を如実に反映している。
少なくとも檻の役目はしっかりと果たせそうだった