目も回るような暗転の後に待っていたのは、何も無い部屋だった。

「また考えなしに動きやがって」
すぐ隣、ポタカンに照らされたトラップの表情は明らかに不機嫌の極みであることをあらわしていた。
つり上がった眉をぴくぴくさせながら怒鳴りつけてくるからうるさくって仕方がない。
「なによ!あんたがわたしの言うことちっとも聞かないからじゃないの!?」
「たいしたことでもないだろうに、そんなことくれーで勝手にヒス起こしたのはお前だろ?」

実際のところ、正確なもともとの原因だとか、こうなるまでに至った事のあらましなどよりも、すぐに何とかしなければいけない問題はあったはずなんだけど。
今はとりあえず、この生意気な盗賊をなんとか言い負かしてやりたい気持ちがダントツだった。

それでも、しばらく言い合いを続けるうちにそれにも飽きてくるし、いつのまにかお互い疲れ果ててその場に座り込んでいた。
無駄に体力を使っただけだと気がついても後の祭り。
自己嫌悪の、ばからしさでため息をついてしまっていた

「…ねえ?」
「……んあ?」

「……なんにもないね」

見事に何にも無い部屋、入り口は勿論、窓もなにもない、四方を壁に囲まれている上に天井はどこまでも続く暗闇の中。
ワープで飛ばされてきた以上、来た道からの脱出も不可能。

「クレイ達は?」
口喧嘩に気をとられていて、肝心なことを聞き忘れていたことに気がついて、あわてて聞いてみる。

「5分経って戻らないようなら追いかけてはくるんじゃねぇとは言っておいた。
まあ、今にも光は消えそうだったから、追いかけようにも無理かとは思うけど」

なにせ、一人飛び出した(というかトラップが押したんだけど)わたしがそのスイッチを壊してしまってのトラップだったのだ。
トラップが追いつけただけでも奇跡的なのかもしれなかった。
どこに飛ばされるかわからないワープトラップ、命があるだけでもわたしたちは幸運だといってもいいだろう。

でも、どうみてもこれじゃあ脱出は不可能。
クレイたちが助けに来てくれるのを待つしかなさそうだった。
いや、それよりも助かるかどうかもあやしいんじゃ…

そのとき、唯一の明かりであるポタカンがすうっと遠ざかり、一気にまたわたしの身体に闇がまとわり付いてきた
「ちょっと、どこ行くのよ」
その明かりを追いかけて、トラップの元へと駆け寄る。人間、どうしたって闇は怖いものだ。

「どこって、出口探してんだろうが」
「あ、そっか」

よく考えなくっても彼はシーフだった。
しばらくトラップの邪魔をしないように少し離れて、でも完全に闇に包まれない程度の距離を開けてそのあとをついて回った。

性格には多々問題はあるものの、シーフとしての腕は確かだもんね、薄暗くてよくわからないけど子細にあちこちを点検するその手つきや目つきをみていると、実はものすごく頼りがいがあると感じてしまう…とても本人にはいえないけど。
しばらくしてトラップがわたしのほうへとくるっと振り返った。

「見つかったの!?」
「いんや、なんにも」

がくっと一気に身体の力が抜け落ちた
あー、やだもう期待して損したかもしれない。

けれども、どんなときだって能天気がとりえのわたし達、とりあえず一休みしようじゃないかと適当な壁にもたれて座り込んだ。
「チョコ、食べる?」
リュックのポケットから半分残してあったチョコのかけらを取り出す。
暗闇のなかチョコの甘い香りが鼻先をくすぐった。

「今はいい…」

同じようにしてわたしのすぐ隣に腰掛けたトラップが天井を見上げながら答える。
ポタカンは二人のあいだにおいてあるからその表情は読みとることができない、もしかしたら何か見つけたのかな?
そう思ってつついっと彼の膝越しにわたしもその見つめているであろう天井に目を凝らしてみたけど、真っ暗でなにも見えない。

「おまえ、なにしてんだ?」
わたしに気がついたトラップが不思議そうな顔でこちらを振り向いた。
「え?いや、何かあったのかなぁと思って」
わたしには全くの闇にしか見えない天井だけど、トラップには何か見えたのかもしれないし。
「ふうん、おまえにはなにが見える?」
頭上を指さしながらトラップがいったから、わたしはさらに身を乗り出して上をじっと凝視したんだけど、そこは相変わらず真っ暗で。
「真っ暗でなにもみえない」
「おれもだ」
帰ってきた返答は笑いをこらえたものだった。

初めからなにもないならそういってくれればいいのに、こんなときまでトラップは意地が悪いと思う。
「もー いいよ、もう期待しないから」
よっこらしょと体勢を元に戻そうとしてふと気がつく。
「おれは結構期待通りだったけどなぁ」
これじゃ、まるで …

「パステルのえっち」
すぐ耳元でそう囁かれた。
ほとんどトラップの膝に乗りかかるようにしていたせいで、まるでわたしがトラップに襲いかかっているようではないの。
薄暗くてほとんど見えてなかったとはいえ、って薄暗いからなお悪いのか。
「ちっ、違うもん!」
真っ赤になって離れようとしたけど、ちゃっかり二の腕をいつの間にかしっかりと確保されてしまっていて、その場から動くことができない。
「そうか、そんなにおれとふたりきりになりたかったわけ?」
にやにやをこれ以上なく人を馬鹿にした顔でわたしを見上げているトラップ
なんだかすごくいやあな予感がするんだけど…
「それは、トラップのほうじゃないの?」

それがわたしの最後の強がりだった。

まったく不謹慎としかいいようがないと思う、確かに久しぶりだとか、いつから企んでたんだろうとか、結局は彼には弱い自分だとか、考えたりもするんだけど、堅い石畳の上でずっとわたしを抱き上げ続けてくれて、
それがトラップなりの優しさだって途中で気がついてしまって 、結局すべてを委ねてしまった。
こんな時だけやさしいなんて卑怯だよね、 しかもこんなにわかりにくいなんて。
気づいてしまったとき、うれしくて仕方がなくなってしまうじゃないの。

それがちょっとだけ悔しかったから添えられた指先に軽く噛みついてみる

「コラ、痛てえだろうが」
嘘ばっかり、力なんてほとんど入れてない、だから今度はもう少しだけ強く噛みついてみたら、さすがに今度は本当にいたかったんだろう、おでこのあたりをこづかれた。
「痛いよ、トラップ」
本当はそんなに痛くないけど

置かれてる状況だとか、これからのことだとか、すっかり忘れてしまうくらい、わたしたちはえんえん馬鹿なやりとりを続けていた。
絶対って言葉はあんまり信用してないけど、でも絶対に大丈夫だと思えるのはきっとトラップがいてくれるから。

どんなに怖くても、不安になっても、あきらめないでいられるんだよ。

 

 

 

「よっくみてみろよ」
カバーをはずしたポタカンの明かり、吸い込まれそうな炎をいわれたとおりにじっと見つめてみる。

「あ!今揺れたよね!」
ゆらゆら、というにはあまりにちいさい揺れだったけれども、 確かに揺れた。
息は当然止めてたし、体だって動かしてない。

興奮気味に見つめ続けるわたしの手からひょいとポタカンが取り上げられる。
「そ、つまりはどこからか風が流れてきてるって訳だ」
そのままポタカンをもって壁沿いに歩き出す。
相変わらず真っ暗な部屋の中でいったい彼は何を目印にしているんだろうか。

わたしから見る限りでは何となく、としかいいようのないタイミングで立ち止まると、軽くすぐ隣の壁へと手をかけた
「そして、ここが出口って訳だ」
その時のわたしはきっとものすごいアホ顔をしていたんだと思う。
あまりにあっけなく開いたその先にはダンジョン特有の薄暗い通路、いや、そりゃあもったい付けて欲しい訳じゃないけど。
つまるところはこの男は脱出方法を知っていたにも関わらずわたしに黙っていたってことになる。
「あんたねぇ…何も黙ってることないでしょう!」
かなり複雑な気持ちで上目遣いに見上げると、やっぱりトラップはいつも通りの意地悪な表情でしれっというだけ。

「教えたらおまえとっとと出てっただろうが」
そして再び一度開いたはずの出口をまた閉じてしまった。
「……ちょっと!何で閉めちゃうのよ!」
すぐさま駆け寄ってあけようとしたけど、わたしにはやっぱりただの壁にしか見えない。
おまけに薄暗い通路だったとはいえ、一度表になれてしまった視界は再び真っ暗で。

「安心したところで第2ラウンドと行きますか♪」
「あんたが一番不安にさせてるんでしょうが!」

抱きしめられた腕を振り解くには、わたしはまだまだレベル不足のようだった。