今日はちょいとばかし寝過ぎたか

ぼーっとする頭を叩きながら階下を見下ろすと、にぎやかな話し声が聞こえてきた。
「良かった、やっぱりマリーナに聞いて正解だったわ」
昨日、訪ねたときには留守だったマリーナが帰ってきたらしい、
テーブルでお茶を囲み、なんやらパステルと談笑している。

そういや、パステルのやつなにかマリーナに聞きたいことがあるとか言ってたか
「あ、トラップやっと起きたのね」
いち早くこちらに気がついたマリーナが軽く手を振った。
「もう、いっつも寝てるか、遊びに出てるかなんだから」
パステルが苦笑しながらこちらを振り向いた。
怒っているのと、困っているのとどちらともつかない表情。
おそらく両方なのだろう。

「んなもん,おれの勝手だろうが」
椅子をひき、パステルの隣に腰掛ける。
「それよかハラ減った、パステル何か食いモン」
あれだけ寝たものの、まだちょいとばかし眠いか
「やぁよ、それくらい自分で何とかしなさいよ」
パステルは入れ替わるように立ち上がるとテーブルの上に置いてあった鞄を手に取り、いそいそと出ていこうとした。

「どこいくんだよ」
その言い方がしゃくに触ったのか、あきらかに機嫌を損ねたように
「それこそ,わたしの勝手でしょう」
それだけ言い残すとさっさと出ていってしまった。
「かわいくねぇーの」
ガタン、と椅子にもたれかかるとそれまで我関さずを決め込んでいたマリーナと目があう。
目をそらすでもなく、かといって興味もなさそうに無表情でこちらを見ている。
何か文句あるのかと言いたくなったのをぐっと飲み込んだ。
コイツにだけは口で勝てる気が全くしない,実際今までの勝率は完全に0%である。

「なぁ、アイツ、どこいったんだ」
アイツ、とは言わずもがなパステルのことである。
「気になるの?」
「別に」
再会してから絶対マリーナは性格が悪くなったと思う。

「エベリンで安くて腕のいい美容院はないかって聞かれたのよ」
「びよういん〜?」
「美容院ってアレか?髪切ったり巻いたりするところ」
「当たり前じゃない」
「じゃあ,パステルは髪を切りに行ったのか?」
「他に何しに行くのよ」
「茶のみに行くとか、石鹸買いに行くとか、そういうんじゃないんだな」
「あんた、大丈夫?」

マリーナが怪訝なお顔でおれをのぞき込んだ。
普段なら適当に言いつくろうところだが、今はそれどころじゃない
「本っ当ーにパステルは髪を切りに行ったんだな」
もう一度、念を入れて確認した。
しかし、マリーナは答えない。
しばらくの沈黙の後聞こえてきたのは

「ぷっ、あっはつははははー」
部屋中に響き渡るほどの大笑い

「あにわらってんだよ」
人の気も知らないで、のんきに笑い転げやがって。
「ああ、ごめんごめん、あんたの顔がおかしくって、あーおなか痛い」
おれは涙まで流して笑い続けるマリーナを睨みつけた。

「でも、パステルが髪を切りに行ったのは本当よ、私が切っても良かったんだけど、ま,前髪だけって訳じゃないし、せっかくエベリンにいるんだからたまには、ね」

たまには、で済まされてたまるか。
なにせ、おれの夢のかかった一大事が起きようとしているんだ。
数多いおれの野望の中でも5本の指にはいると思われる、壮大なるアメリカン☆ドリーム!
パステルの柔らかく、ふわふわしたあのはちみつ色の髪の毛に顔を埋めて眠るというおれの夢が!
それがもし、万が一にでもショートヘアなんかになってでも見ろ、手で梳くことはできても、顔を埋めて眠るには圧倒的にボリューム不足だ
「まぁ、ショートヘアなんかもかわいいと思うけどね」
絶妙のタイミングでマリーナがつぶやいた。
本気でテレパシーかなにかをもっているんじゃないかと本気で疑いたくなる。

確かに,ショートもかわいいとは思う。
特に、少しすかしてシャギーでも垂らした日には,その華奢な体型と相まって儚げな雰囲気がこれまたいいかもしれねぇ。
それなら絶対服は男物のシャツだな。
あいつの生足ときたらなんかもう奇跡的にきれいなんだよな。
あんまりがりがりしてるのは好みじゃねぇし、もちろん、たくましすぎるのも論外だ。
膝枕をしたときおれの頭をやわらかく、受け止めるだけのふくよかさと、至福の肌触り、それに抱きしめたい可憐さが同居していなきゃなんねぇんだ。

抱きしめると、さすがに胸のあたりとか少し物足りない気もするけれども、その分、「おれのものだ」って感じがしていいんだよな。細い俺でも余裕で包み込めるってわけだ。
それにグラマーな女は鑑賞用であって楽しむものとはちょいと違う、加えてちっこくてやわらかいだけなら他の女でもよさそうなもんだけど
抱きしめたいのはなんでかパステルだけなんだよ、これが愛ってやつかねぇ、

ああ、それにしてもさっきから何かがちくちくと痛い。
人の妄想をじゃまするんじゃねぇよ。これだから男のロマンがわからないやつは嫌いなんだよ。

 

「ヘンタイ」
「な、、なんだ,おまえまだいたのかよ」
よく考えなくてもいて当たり前だった,痛かったのはコイツの視線か。
「にやにやにやにやしちゃって、気持ち悪い」
「うるせぇこれがおれの顔なんだよ、気にいらねぇんだったら見るなっての」
たく、おれのハッピータイムに邪魔が入ったじゃねぇか、ああ、もうこうなったら一からやり直しだ。

…そこでやっと気が付いた
自分が明らかに間違った方向に進んでいると言うことに!!

「あああ、しまった!おれとしたことが」
「そうそう」

タイミングの良すぎる合いの手はこの際一切無視することにして…

「で、あいつはいったいどこの店に行ったんだよ!!」

 

その後、散々マリーナにからかわれながらもなんとかパステルの向かった店の名前と場所(ちゃんと場所も確認するところがパステルとの違いだな)を聞き出した後、おれは一目散にその場所へと走った。

何のかんのでもうずいぶんと時間は経ってしまっている。
果たして、間に合うかどうか、もう神頼みしかなかった。

でも、わずかでも可能性が残っている限りおれはあきらめない、いや、あきらめちゃぁいけねぇんだ、これだけは!
全力でエベリンの街を駆け抜け、目的の店へとたどり着く。
もう、手遅れだったらどうしようかと扉の前で一瞬躊躇したあと覚悟をきめて扉を開ける
「たのもーーー」

道場破りのような掛け声をかけて乱入した店内が一瞬静まり返る。
非難に満ちた店員の視線を無視してぐるりと見回した
「おそかった…のか??」
「あの、お客様?」
一番入り口近くにいた女店員がおれにおそるおそる声をかける。
「ここにパステルGキングって女が今日きたはずだけど?」
「あ、はい」

やっとおれの目的を理解したらしい女店員はすぐさまカウンターに飛びつくとおそらく台帳なんだろう、皮表紙のノートを開けると丹念に調べ始めた
「ええと、パステルGキング様ですね、はい本日冒険者割引適用でカットとトリートメントのほう終わらせていただきましたよ」
「切ったのか!?」

最後まで信じたくなかった現実を突きつけられたショックでつい語尾が荒くなる
「そうか、切ったのか…」
あっけに取られる店員を尻目におれはその店を出た。

チクショウ、おれがもう少し早く宿を出ていれば…!
やるせない後悔だけがどんどんととどめなく溢れてくる。

とぼとぼと宿へと向かう足取りもとにかく重い。
いっそ、今夜はこのままどこかに飲みにでもいこうかと思って

「これでまた当分おれの夢はおあずけってわけか・・いや、なにいいさ、我慢することには慣れてるんだ…」
「なにを我慢してるわけ?欲のかたまりのくせに」

急にかけられた声。
なんでお前がここにいるんだよ!

一番会いたかった相手、でも怖くて振り返ることができない。

「お前こそ、こんなところで何してるんだ?どうせまた迷子かなんかになってたんじゃねぇの?」
視線はそのままに、震えそうになる声を搾り出す。
こんなに早く覚悟決めなきゃならないとは思いもよらなかった。
いつもどおりのおれで振り返るまであと3秒

3,2,1…

「……あれ?」
「なに変な顔してるの?」
「お前、髪切りに行ったんじゃなかったのか?」
目の前にはいつもどおりの、いつもどおりのおれのパステル。
「行ったわよ、ほらここって砂漠の真ん中じゃない?マリーナみたいに日ごろから十分に手入れできれば言うことないんだけど、冒険中だとそうもいかないし、みごとに痛んじゃって」
目の前の光景がなんだか信じられない
「だから、美容院で毛先のカットと少しすかしてもらって、おまけにトリートメントもしてもらっちやった!」

パステルはうれしそうにそういうと髪をまとめていたリボンをしゅるりと解く
夕日に輝くはちみつ色の髪

「なっ、なんだよ、お前」
つい見とれてしまったらパステルがおれの手を取り、あろうことか自分の髪へと持っていった
「ほら、ね?トリートメント効いてるでしょ?」
「……おう」
おれは抵抗するのをあきらめた。
「実はたすかっちやった、買い物してたらまた少し道にまよっちやって」

さらさらと滑る手櫛を髪の中に滑り込ませ、ひと房そっと握り締めた。
切りそろえられたばかりの髪はやわらかい花の香りがして
「これからはもう少し手入れとかしようかとおもって携帯用のトリートメント結構かっちやったの、美容師さんのお勧めだからトラップも一度使ってみるといいよ〜」
腕に抱えた紙袋のなかをあさるのに夢中なパステルは気がつかない、気づけない

その日、おれの夢はほんの少しだけ叶った。