むかし、寝る前になるとぱーるぅにいつも絵本を読んでもらった。
ぱーるぅの趣味だったのか知らないけど、それはたいていぱーるぅが小さい頃に読んだ、冒険物語だとか、動物のおはなしだとかが多かったんだけど、それでも、たまに読んでくれたのがすてきなお姫様と王子様の出てくるお話だった。
お姫様はみんなかわいくて、やさしくて、でも不幸なんだけど、王子様と出会って幸せに暮らしましたっておはなし。
王子様は、かっこよくて、やさしくて、そして勇気があってとても強くて、かわいそうなお姫様を助けて国に連れて帰るの。
「────それは、となりの国の王子様でした、聡明で優しく、そしてとても強い戦士でもありました」
ごろりとかぶった毛布を肩に引き寄せて、ぱーるぅの声を聞きながら思い浮かべた。
すてきな、すてきな王子様
きっと広い肩幅、温かい手、それに優しい声にすてきな笑顔
抱きしめる胸はとても広くて
今、被っている毛布よりももっと暖かい。

まるで、くりぇーみたいね、ってそう言ったら、ぱーるぅは少しだけ驚いたような顔をした後、「そうね」とにっこり笑った。
かっこよくて、やさしくて、すてきなおうじさま。
ついでに不幸だったりするから、もしかしたらお姫様もいけるかもしれない、なんて冗談でそういったら、ドアの外から誰かが吹き出す音がした。
気になるなら、入ってくればいいのに。
それともぱーるぅの待ち伏せしてたのかな?ヘンなひと。
せいぜい彼は、王子様の家来その1くらいよね、といったら今度は大きくドアがきしむ音がして、あわててぱーるぅは部屋を飛び出していった。
ぱーるぅが出ていったドアにおやすみなさいのご挨拶をして、本を腕に抱えたままベットに潜り込む。
堅いハードカバーの表紙がひんやりと頬に当たる。

王子様の邪魔をするのは、いつも悪い魔法使い。
ワガママで、嫉妬深く、醜い魔女。
わたしだけを見て欲しくて、いつも側にいて欲しくて、好きになって欲しくて
見苦しいくらいにヤキモチ焼きなきっとわたしのこと。
そんな魔法使いをおうじさまは絶対選んでくれないの。
おうじさまはお姫様と幸せに暮らして、そうして魔法使いはまたずっとずっとひとりぼっち。

気がついたら涙がぽろぽろとこぼれ落ちて枕を濡らしてた
ひとりぼっちはイヤなの
寂しくて寂しくて死んでしまいそうになるから
全部全部欲しいなんて言わないから
だれか、わたしを迎えに来て
もう王子様は来てくれないけれど。
声にならない鳴き声が、わたしの胸の中でじんじんと響いていた。

「ルーミィ?」
頭から被った毛布の上にぽんと手が置かれて、わたしは泣きすぎた余り幻聴でも聞こえたんじゃないかとびっくりした。
けれどもそれは幻聴なんかじゃなくて、もう一度私の名前を呼んで今度はそっと毛布の上から頭のあたりを撫でられる。
「…くりぇー?」
枕カバーでごしごし目をこすって、それでもきっと目は腫れちゃってるから顔なんて上げられない
「うん?」
ああ、くりぇーの声だ、柔らかくて暖かい声
おっきな手がわたしの頭を撫でている。
「どうして、ここに?」
顔はまだ枕に埋めたままでそう聞くと
「追い出された」
さっぱりと応えたくりぇーに、ありありとその様子が思い浮かんでしまって思わず笑ってしまった。
「それに、ルーミィが泣いているような気がしたから」
どきっとした
「…泣いてないよ」
「そうか、ならいいんだけど」
どうしてくりぇーはこんな時までも押しが弱いんだろう、つぎはぎだらけのわたしの嘘をあっさりと受け入れてしまう。
「おれはルーミィを護る騎士だから」
頭を撫でていた手の動きが止まった、手に力が込められたように感じたのは気のせいなのか。
「悲しいときにはいつでも呼べばいいんだ」
どうしよう、今ものすごくくりぇーの顔が見たい
「会いたいときも、呼んでいい?」
「…もちろん」
とうとうガマン出来なくなって毛布をはねのけた
もしかしたらまだ目は腫れていたかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい、
くりぇーの笑顔が見たかった。

くりぇーがくすくす笑いながらわたしを見ている、大好きな笑顔
このひとの側にいられるのなら、わたしはいくら笑われてもいい
だれかのものでも

「おやすみ、あんまり夜更かしするなよ?」
今度は直接ぽんぽんと頭を撫でて部屋を出ていこうとするから、その腕をつかんで引き留めた。
「くりぇーと、寝る」
「…はい?」
浮かべていた笑顔がなぜか引きつった
「だって、追い出されたんでしょ?そうしたらくりぇーどこで寝るの?」
「どこって…まあ、下のソファーでもどこででも」
「それじゃあ、風邪ひいちゃう」
「ならノルの所にでもいくよ」
「ヤダ!」
つかんだ手に力を込めて、ついでに離すもんかとぎゅーっと目を閉じる
ああ、やっぱりわたしはなんてワガママなんだろう
くりぇーが困っているのはわかっているのに、それでもこの手を離したくなかった。
いつか離れてしまうのなら、せめて今だけは側にいて欲しかった。

「全く…仕様の無いお姫様だな」
そう言うと、ぎしっと音を立ててくりぇーがベットに座った
「えっ!?」
あわてて目を見開くと、柔らかい黒髪がわたしのおでこに触れそうなほどの距離でくりぇーがこちらを覗き込んでいた。
ついドキドキしてしまったけど、それよりも今すぐに聞き返したい事がひとつ
「 …おひめさま?」
「そう、さびしんぼうのワガママお姫様」
にっこり笑ってわたしの手を取り、恭しく甲に口づけた
「姫が眠りにつくまでこうして見守って差し上げましょう」
あまりにも様になるその姿にわたしは何もいえなくなって、勢いよくベットに戻り頭まで毛布を被った。
「そこに、いてね。どこにも行かないでね」
「ああ、おやすみルーミィ」
バカだねくりぇー。こんなにドキドキしたまま眠れるわけないのに。
けれどくりぇーの事だから、本当にわたしが眠るまでは朝までだってこうしているんじゃないだろうか。
それが嬉しい。

今度ぱーるぅにわがままなお姫さまの話はないのか聞いてみよう
できればわがままなお姫様と格好いい騎士の話がいいなって
そんな都合のいいことを考えて、ぎゅっとくりぇーの手を握りしめながら目を閉じた。