「まったく、こいつは…」
あきれかえるおれなんか全く意に介さずに、いや、気が付きもしないだろうな
なにせ、机の上に原稿用紙をひろげたまま、顔に跡が付くのも気にせずに爆睡していやがる。
開けっ放しの窓からは緩やかな春の風。
気持ちがゆるむのもまあ多少は仕方がないか。

「おっ?」
今までそよそよと吹いていた風が不意にその強さを強め、原稿用紙をまき散らした。
「しゃーねぇなあ、もう」
仕方なく窓を閉めると、散らばってしまった原稿用紙をかき集めた。
一束にまとめて手元のペーパーウェイトで押さえる。
狭い机のこと、自然と指先が頬に触れた。
柔らかくて、暖かい感触

………やべえな
頭の中でじりじりと警報が鳴り出す、が、どうやらそれも遅すぎたようで…
ほぼ、無意識のうちに手は頬をそっと包み込み、吸い込まれるように顔を寄せた

唇に感じた柔らかい感触と暖かなぬくもり

「……また、やっちまった……」
自分の口元を押さえ、呆然と立ちすくむ。
してしまった事は仕方ねぇ、ただ問題はこれが初めて、いや、1回や2回目ではないのだということ。

もうこれが何度目になるのかなんて数えるのも止めちまったけど、こうなると完全に癖になっちまっている上に、このままでは立派な犯罪者になってしまう。
いや、もう既に遅いかもしんねえ。
だいたいコイツが無防備すぎるのが悪りぃんだよ
一瞬ものすごく自分がやばい事をしているような気になるのを無理矢理責任転換して何とか頭から振り払おうとする。
すこしは自分が女だって自覚があるんだろうか、
と、そこまで考えて、ぞっとしない思いつきが頭をよぎる

もし、おれだけじゃなかったら?

とことんマイペースなコイツのことだ、もしかしたらおれの知らないところで…
「っだぁあああ!!」
自分を基準にして考えるから、ろくな考えにたどり着かない。
考えたくない結論にたどり着いて、思わず頭を抱えてしまった。
しばらくうなされたあげく、自分の醜態に我に返る。
「……っはぁっ、はあっなにやってんだよおれは」

どれもこれも全部コイツのせいだ、
そう思えば思うほど、呑気な顔してすやすやと眠るコイツの顔が腹立たしくて仕方が無くなってくる。
「おい、いい加減に起きろってんだよ」
イスを後ろから思いっきりけっ飛ばしてやった。
見事に足からひっくり返り景気のいい音が部屋中に響く。

それでも、しばらくの間は何が何だか判らなかったらしい、ぼーっとした瞳をぱちくりさせていたけれども、やっぱり痛むんだろうな、
大きく目を見開くと頭をさすりながら上半身を起こす
……まだ、こっちに気が付かないのか
そのままぼーっとさまよっていた視線がやっとの事でこちらに向いた
「よお」
「え、あれ?」
「見事な転び方だったぞ」
そう言ってぱちぱと手を叩いてみる。
「ヤダ…!わたしまた眠っちゃってたのー?」
がたがたとイスを起こそうとして、どうやらその不自然さに気が付いたらしい。
「…どうして、机の下にイスが潜り込んじゃってるわけ?」
まあ、後ろからけっ飛ばしたんだから当然の結果だよな。
それにコイツが気が付くより前にここはさっさと退散するに限るか、、
ぎゃあぎゃあわめかれてもうるせーだけだし。
考えこむ背中をちらりと1回だけ見て、おれは部屋を後にする。
ばたんと言うドアの閉まる音と、中からおれを呼ぶ怒鳴り声が聞こえたのは同時だった。
「トラップ〜〜!!」

…やっぱり、パステルはからかうのが一番面白れぇ…

「なあ、キットン、アイツ何がしたいんだ?」
「何がです?クレイ」
「トラップの奴部屋のドアの前から動こうとしないんだよ、理由を聞いても”うるせぇ”の一点張りでさ…」
「…反抗期ですかねぇ」
「全く、何考えてるんだか」