久しぶりに見た彼女の屈託のない笑顔。
自分はその笑顔に引き込まれ、安らぎを感じていたのだ。
何となく、寝付けないままにぼんやりとその笑顔を思い浮かべ続けていた。
この1週間、無理矢理に笑顔を装う彼女を見るのが辛かっただけに
ほんの少し、彼に感謝をする。

 

こんこん
控え目にドアがノックされた。
こんこん
今度はさっきよりも少しだけ強く。
こんな深夜に一体…?と思いながら身を起こし、部屋のドアに向かった

「誰だ?」
「ああ、起きていらっしゃったのですね、わたしです、アルメシアンです」
聞き覚えのあるその声に鍵を開けると扉の隙間から、初老の老人が白い息を吐きながら顔を覗かせる。
「いやあ、すっかり遅くなってしまって申し訳ありません」
「…ああ、そうか、大変だったな」

彼と共に城に潜り込みに行っていたアルメシアンだった。
羽織っていたマントを肩から外し、続ける
「まあ、なんとか無事に帰ってくることが出来たのですが…部屋に困りましてね」
肩をすくめ、笑って見せた。普段まだまだ御転婆姫の相手役を務めているせいか、この男は年の割におどけた仕草をすることがある。
この様子だと上手くいったのだろう、ただ、なれない盗賊行為のせいか随分と疲れているようだ。
もっとも、おれの予想が当たっていれば必ず成功するはずだった。
てっきり今日、向こうから手を出してくると思っていたのだが、どうやら泳がす作戦に出たらしい。
一日中警戒を続けていた体がとてつもなく重い。

「そう言えばそうだったな…そちらのベットを使うと良い…」
「ありがとうございます」
整えられたままのもう片方のベットを指さしてふと尋ねる
「奴…トラップはどうしたんだ?」
アルメシアンと共に城に行っていたはずの盗賊の姿は見えない
「ああ、彼でしたら他のお仲間の部屋に行くとおっしゃっていましたよ」
そう答えるや否や素早く身支度を整え、ベットに潜り込む、
やはり、よほど疲れたらしい
「明日は大変になりそうですからな、ギア殿も少しでも体を休めておかなければいけませんぞ」
一呼吸の後すぐさま安らかな寝息が聞こえてきた。

お仲間の部屋…クレイ達の部屋のことか、でもたしか彼らは3人でここと同じ間取りの部屋を使っていたはずだ。
数時間前、直ぐ隣のその部屋が大騒ぎしていたので、何事かと覗きに行ってみればけして広々とは言えないベットを二つ並べて3人どうすれば収まるか揉めまくっていたのだ。
結局半ば折り重なるようにして眠りについたようだったが…
いくらトラップが細身だからと言ってあのスペースに潜り込めるとはとても思えない。
最悪床の上で雑魚寝か…毛布も足りないだろうから確実に風邪をひいてしまう
ぞっとしない図ではあるがまだ自分と2人で寝た方が随分と楽であろう。
随分とおれもお人好しになったものだと、寝床を求めて途方にくれているであろう彼を捜しに部屋を出ることにした。

不用心この上なく、すんなりと扉は開いた。
静まり返っているようで、豪勢に響き渡るイビキ…
多少予想はしていたものの、見事なまでのその散乱に思わず吹き出しそうになった。
男3人、まるでツイストゲームでもしているのかと言いたくなるように、それぞれが折り重なり、ひっからまって眠っていたのだ。
今が真冬で良かったと思う…これが真夏だったりしたらそれはもう地獄絵図ものである

しかし、肝心のトラップの姿が見あたらない。
おそらく部屋の鍵はトラップが開けたあとそのままにしてあったのだろう、その後、この惨状を見てどこか空き部屋を探しに行ったのかも知れない。
鍵など彼には意味のないものであろうし、文句は朝になってから聞けばすむことだ

余計な心配だったか…
部屋を出て、自室に戻ろうとする、が自然と足がもう一つ向こう隣の部屋へと向いてしまった。
そんな自分に多少の呆れを感じつつも、逆らう気にもなれず、気の向くままひとつの部屋の前で足を止めた。

この扉の向こうに眠っているはずの愛しい少女
尋ねるには余りに不自然な時間で、用事があるわけでもない。
それでもこうして扉越しに想いを馳せるだけでも…
ふと、人の気配を感じて、ひとつの考えが頭をよぎる。
…いくらなんでも、まさかな
それでもつい気配を殺し、そっとドアノブに手を掛けた、
何の抵抗もなくノブが回る。
音もなく少しだけ開いた扉の隙間、カーテンが閉め切られた部屋の中はいっそう暗かったものの、確かに見覚えのある細身のシルエット。

ベットの傍らにもたれかかるようにして、しばらく動かない
やがて、ベットへ吸い込まれるように動いて…ばっと離れた。
目が慣れてきて何とか表情だけ読みとれるようになる
耳まで真っ赤にしたトラップと…おそらくそのベットで眠っているであろう…パステル

困惑したような、それでいて嬉しそうな表情でトラップはベットを見下ろしていた
いつも感じていた苛立ちや、焦りは感じられない、
これが彼本来の自然なスタイルなのかも知れない。

「誰?」
パステルが突然起きあがった。
慌てたトラップが彼女の腕を掴み、口を塞ぐ
あれがいつもの2人なのだろう、じゃれるようなからかいあいと、くすくすこぼれる笑い声
来たときと同じように気配を殺したままその場を去った。

 

妙に冷静な自分がおかしい。
薄々彼の気持ちには気が付いていた。
…それから彼女の気持ちも
余裕めいたセリフを吐いてみたりもしたけれども、実際自分は焦っていた。
おれは卑怯者なのだろうか?
彼の目の届かない、手の届かない所へ連れ去ろうとしている。
まだ勝負は始まったばかりだというのに。
隙をついて、彼女の心に忍び込もうとしている。

部屋に戻ると、すっかり冷たくなってしまったベットに潜り込んだ
後悔しないためにしたことなのにどうしてこんなに心苦しいのか

 

 

 

ぼんやりと空を見上げる

もう、彼らは塔に着いた頃だろうか。
そろそろ自分も出ないといけない。
ただ1人、残っていた見張りもこちらは動かないと思ったのか引き返した様子だった
ただの自己満足にしか過ぎないけれども、これはせめてもの自分への罰。
彼女を苦しませたことと…

「勝負はフィフティフィフティだろう?」
さて、一体どこまで彼が挽回してくるのか、そんな考えが浮かんでくる辺りまだ自分は体裁を繕ってばかりいるのかも知れない。
でもそれでも良いのだとも思う。

もうしばらくは、物わかりの良い大人でありたいと願うよ
せめてもうこれ以上彼女を苦しめないように…