「注意書きにはこれだけが書いてあったんです」

キットンが鞄から小さく折りたたんだ一枚の紙を取り出した、どれどれとみんなでのぞき込む。
「どれ、『この種はズールの森の奥深く、普段は誰も来ないような静かなところに植えて下さい。』」
クレイが音読した。
「って、これだけ?他には何にもないの!?」
「ハイ、そうなんです。」

ここはズールの森の一角、街道から少しはずれたところ。
キットンが突然森に行くと言い出したのは昨日のことで、まあ丁度わたしたちも暇だったし
久しぶりに軽く経験値稼ぎでも(といってもせいぜいスライム相手なんだけど)しようかとみんなでやってきたんだ。

「ってまた変なモンが育つんじゃないだろうなあ、いったいどこで手に入れたんだ?」
トラップがキットンの手からその種の入った袋を奪い取ってしげしげと眺めた。
「それがわたしにもよくわからなかったりするんですねー」
「自信満々に言うんじゃねえって!」
「でもまあ変な芽が出てきたらむしってしまえばいいんですから」

ざくざくと穴を掘ってその種を植えてみる、土をかぶせて軽くポンポンと叩いた。
「これで良いでしょう」
「お水とかはあげなくていいの?」
「さあ?」
「どれくらいで芽が出るの?」
「さあ?」
「さあってキットン!!」

わたしたちがそんな言い合いをしているとじっと埋めたところを見ていたシロちゃんが叫んだ、
「パステルおねーしゃん!見るデシ!」
「しおちゃんどーしたんらぁ?」
わらわらとみんなが集まってきた。

「まさか、もう芽が出たって言うんじゃないだろうな?」
「いくら何でも、んなわけねーだろ」
ところが、ホントにホント、しばらく土がもこもこっと動いたかと思ったらぴよこっと可愛いふたばが出てきた!!

「うわわわわっ」
「どひゃー」
「おい、マジかよこれ!!」
みんなびっくりして後ずさった。ただ一人、キットンを除いて。

「ふんふん、やっぱり魔法の種なんですね」
注意深く眺めては子細にメモを取り始めた。

「ねえ、キットン、これ絶対怪しいってば、抜いちゃおうよ!」
わたしはキットンの首ねっこをつかんでガクガクとゆする。
「まあまあ、落ち着いて下さいよ、いきなりどうこうなるわけでもないでしょうから、今夜は一晩ここで様子を見ましょう」
「ええー!?そんなあ!」
みんなも当然反対したけどキットンってばこんな時ばっかり強情なんだよね。結局押し切られる形でわたしたちは野宿をすることになったんだ。

「今夜はわたしが寝ずの番をしますから、皆さんはゆっくりと休んで下さい」
うきうきと夕食に焼いたミミウサギの串焼きをほおばりながらキットンが言う。
「当然だ!ボケ!!誰のせいで足止め食らってると思うんだよ!」
すかさずトラップがその頭をはたいた。
そのまま騒ぎ出す二人は放っておいて、わたしは後ろを振り向くと小さなふたばに目を向ける。
昼間に出たばかりのふたばはその後もぐんぐんと大きくなってもう5.6枚の葉っぱがついていた、
このまま行けば深夜にでも花が咲くんじゃないだろうか。
怖いけどやっぱり気になる、もしかして、朝起きてきたら凄い大木になってたりして!!
わたしがそんなことを考えている間にも茎はゆっくりと伸び、葉っぱが広がっているのが解る。
でもどうか!変なモンスターとかじゃありませんように!!

どこかでかさかさとした音がする。キットンが何かやってるんだろうか?しばらくは気にならなかったんだけれども、あんまりにも長い間その音が続くから、わたしは重い瞼をぼんやりと開けてみた。
小さくはぜるたき火の前でキットンはうずくまるようにしてうとうとしていた。何のかんのいいながら結局眠ってしまったらしい。仕方ないなあとわたしは身を起こした。
毛布をキットンの肩にかけ直し、ふーっと息をつく、なんだか目が覚めてしまったからあったかいお茶でも飲もうかなと思い、水筒を取り出す。
そういえば、あの種はどうなったのだろう?
急にそのことを思い出して種のあったほうを見て———わたしは動きが止まってしまった。
丈はわたしの身長よりもわずかに低いくらい、まっすぐ上に伸びていた。
無数に伸びる緑の葉っぱはギザギザのついた丸い形で…そして、それらの一枚一枚がかさかさと揺れている。
当然風なんか吹いていない、自らの意志を持ったように葉っぱたちは揺れていたんだ。
けれどもわたしにはそれがなんだか葉っぱたちがわたしを呼んでいるような気がして仕方なかった。

——わたしに気づいて——

まるでそんな風に語りかけられているようで、わたしはそっと近づいていった。
森の梢の間から漏れる月の明かりが優しく照らしている、1歩1歩近づく度に葉っぱの揺れは大きくなってゆき……
そして、目の前に立ったとき、月の光が一段と強くきらめいた。
白い光が目にあふれる。
やっと光に目が慣れてよくよく見てみれば、それまで葉っぱたちに守られるように隠れて大きな白いつぼみがあるのが解った。これに光が反射したらしい。
揺れていた葉っぱたちがゆっくりとうなだれてその姿が現れる。
「宝石……??」
真っ白なんだけど、どことなくパールがかっていてさながらおおきな真珠のよう、あまりの美しさにわたしはおもわず手をのばした。
はなびらにそっと触れるとゆっくりとつぼみが開き始めた、ドキドキする鼓動を押さえながらわたしはその瞬間を待つ。
すべてが開ききったそのとき、可愛い声が聞こえてきた。

「こんばんは、パステル」
声は花の中から聞こえたようだった。
「花がしゃべった!?」
いくら何でもこれにはびっくりした、ばっと手を引っ込めてずさっと後ずさる。
おそるそそる眺めていれば花びらの中から小さな姿。
「ふふふ、これは私のベットだよ」
短く切りそろえられたおかっぱ頭にまあるい瞳、ふわっとした緑のベールでできたチュチュを身に纏ったかわいらしい女の子。
「もしかして…妖精!?」
「あったりーーー!」

女の子はさも嬉しそうに花びらの上をぴょんぴょんと跳ねた。
最近の妖精は種から育つのか…
呆気にとられて眺めていると、女の子はひとしきりはね回った後ぺこりとお辞儀をした。
「わたしを植えてくれてありがとうございました。種になってしまって本当に困っていたんです」
「植えたのはキットンだけどね。ところで種になってしまったって?」
「はい、わたしたちは力が弱くなると種の姿になってその場をしのぐのですが、ちゃんと植えて貰わなければ元の姿に戻れないのが難点で…」
そういって女の子は困ったように笑った。そっか、種から生まれるって言う訳じゃないんだ。
なんだか変にほっとして胸をなで下ろす。

「そこでお願いがあるんですが…」
「うん?わたし達にできること?」
そういってみんなを起こしに戻ろうとすると素早く前に回り込まれ止められた。
「あああ、待って下さい!できれば他の皆さん方には秘密でお願いしたいんです」
「で、でも…わたし一人で行動するわけにも行かないし…」
わたしが考え込んでいると女の子は一度戻って花びらを抱えて飛んできた。
「この花びらをせんじて飲むとすっごい美容に効くんです!」
「いや、そういわれても…」

「それにこの「がく」は宝石としての価値もかなりのもので」
鬼気迫る表情で詰め寄ってくる。
「こんなお・た・か・ら!見逃す手はありませんよ!!」
「ああ、わかった、わかったから!!とにかく落ち着いてよ」
わたしが必死になってなだめるとようやく女の子は表情を和らげてにこっと笑った。

「それじゃあ自己紹介しますね。わたし花の妖精でフーっていいます!」
どこからこのテンションが来るのだろうか、フーは元気いっぱいに話し続けた。
みんなから少し離れた森の中でわたしは彼女(?)の話を聞くことにした。

「実は、わたしの…双子の妹が行方不明になってしまったんです。もともとわたしたちは
二人で一人の妖精だったのですが、妹とはぐれてしまったせいで力も半分になってしまって…」
「それでタネになってしまったの?」
わたしの質問に無言で頷くフー。
「今はなんとかこうして実体化できていますが、おそらくこれも後1時間も持たないでしよう」
「それじゃあ急がないといけないんだ?で、妹さんの居場所は分かってるの?」
「はい、妹のほうはわたしよりも力が強いのでなんとか実体のままこの森のどこかに
いるということまでは解るんです、わたしがこうやって実体化した以上妹のほうもわたしの
気配を感じてはいるはずなのですが…」
「ふうん、今もその妹さんの気配は感じるの?」
「ええ、何とか、でもこれもわたしが実体化している間だけで…」

…なんか嫌な予感がしてきたぞ。

「そこでお願いがあるんですが、」
「…………」
「あなたの体を貸してもらえませんか?」
ああ、やっぱりそうきたか、うーん確かに困っているみたいだし、何とかしてあげたいけど…
でもできればこういうことは一度みんなと相談してから決めたい。
「ねえ、やっぱり一度みんなを起こしてから…」
見上げるとすぐ目の前にフーの顔
「と、言うより貸して貰います!!」

次の瞬間視界が1回転してわたしはその場に崩れ落ちた。

 

ううん、うるさいよ…
遠くに誰かの声がする。ゆっくり寝かしてくれてもいいじゃない。

「返せってんだよ!」
「そんなこといわれても何のことだかわからないのに」
「このおれが騙されるわけねーだろ」

…この声?トラップ?

ぼんやりと広がる光景。
さっきと同じ森の中、違っていたのは目の前にトラップがいたこと。
「たしかにおめえの言ってることは全部正解だ、だけど知りすぎてんだよ!」
「ええ、何でも知ってるわ。」
これは、わたし?
そうか、わたしフーに体乗っ取られちゃったんだっけ…
不思議とあんまり焦った気分にはならなかった。それにしてもここは、どこなんだろう?
わたしがわたしなのにわたしじゃないみたいだ。
まえにメナースに同じように乗り移られたことがあったけど、そのときとは感じが全く違う。
あのときは体が言うことをきかなくて、必死になって抵抗したけど今度はなにかわたしの中にもう一つのわたしがあってそこから眺めている、そんな感じ。

たしかに体の感覚もあるんだけれども、わたしの意識は薄い壁に囲われているようにそこから出ることができない。
「あなたのこと、あなた達パーティのこと全部。」
わたしがくすりと笑った。
どうしてここにトラップがいるんだろう?彼はぐっすり眠っていたはずなのだけど。

「てめえ!やっと正体現しやがったな」
「パステルを返せるのはわたしだけよ?」
つかみかかろうとしたトラップにわたし…ううん、フーがいった。
「別に彼女を何とかしようと思っているわけじゃないわ、ただ協力して欲しいだけなの」
「信用ならねえよ」
フーはまた笑った。これ、わたしに向けてだ!どうやらフーにはわたしが気がついたのが解ったらしい、
「なに笑ってんだよ」
怒った顔のままトラップが呟いた。
「あなたがパステルのこと、どう思ってるのか言ってあげようか?」

実に楽しそうに言うフー、って何よそれ!?
わたしの心臓の鼓動が早くなる。いや、どうかしちゃったのかな?わたし、なんだか苦しくなってきた。
「なっ、何言い出すんだよ!!」
さすがのトラップも顔を真っ赤にして焦っている、
「すっごいドジだと思ってる」
トラップの耳元でフーが呟いた。ああ、なんだ、そういうことか。馬鹿みたいにドキドキして損しちゃった。
ん?何を期待してるんだろう、わたしは、何が聞きたかったんだろう。

一人で考え込んでしまったわたしをよそにフーとトラップの会話は続いた。わたしに話したように双子の妹のこと。実体化しないと気配が分からないと言うことを伝える。
話を聞くうちになんとかトラップも了解してくれたらしい、しぶしぶと重い腰を上げたようだった。
「それから、他のメンバーにはわたしのことは言わないで」
フーがそんな提案をした、そういえばわたしのときもみんなを呼ぼうとして止められたっけ。
「で、なんでおれとパステルならいいんだ?」
「あなたには見られちゃったからね」
「なわけねーだろ、さっきので解ったんだけど、わざと起こしただろう?あんたになら解ってたはずだぜ?」
どういうことなんだろう?わたしには二人の言っていることがよくわからない。
「何のことか解らないわ。とにかく、彼女を無事に帰して欲しかったらわたしを「パステル」として扱ってちょうだい」
「何をたくらんでるんだかしらねーがパステルをどうにかしてみろ。おめえも、その妹やらもただじゃあおかねえからな」

ものすごく怖い顔でトラップが睨む。わたしまでぞっとするようなその冷たい目。
「さあ、トラップ、みんなを起こそうよ!」
だけどもフーは全く気にもとめないようにトラップの腕を取ってみんなの元へと歩き出した。
「で、どんな妖精だったんだ?」
相変わらず爆睡していたみんなをやっとの事で起こすとフーは開いた花から妖精が飛んでいくのを見たと伝えた。
「うーんとね。確か大きさはこのくらいで…確か赤い服を着てたんだよね、トラップ?」
その口調、仕草、どう見てもわたし以外の何者でもないが上の台詞はフーのものだ。
「…あーそうだな」
トラップはものすごく機嫌が悪そう、どうでもよさそうな返事をする。
「もう!トラップってば!ちゃんと教えてよね、わたしよりよっぽど視力いいんだから!」
「うっせー」
そういってごろんと横になってしまった。それをクレイが足でけっ飛ばした。
「何すんだ!!」
「ほら、探しに行くぞ、さっさと起きろよ」
「んだよ、んなもんほっときゃいいだろ!」
「そういうわけには行かないよ、害のないものなのか、きちんと確かめないと。おれ達がまいたタネなんだ、しっかりと責任は取らなきゃならないだろう?」
「ホントにまいた種ですけどねえ」
クレイがたしなめ、キットンがくだらない冗談を言う。いつも通りの光景。

のそのそと支度を済ませ、みんなでその妖精を探すことにした。
「シロちゃん、ちょっと来てくれる?」
フーがシロちゃんを手招きした。
「…どうしたんデシか?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど…」
そういって林の影へと移動する
「あのね、シロちゃん今夜一晩だけだから黙っておいてね」
「…そうなんデシか?」
「うん、ごめんね」
シロちゃんはフーの膝に手を乗せて顔を見上げるとこういった。
「パステルおねーしゃん、この妖精しゃんこまってるデシ、助けてあげて下さいデシ」
さすがホワイトドラゴン、シロちゃんには全部お見通しらしい、わたしはきゅーんとなってしまった。
ぎゅっと抱きしめたいけれども今のわたしにはそれができない、そう思っていたらフーがぎゅーっとシロちゃんを抱きしめた。
ふわふわのもこもこの毛並みが鼻をくすぐる。
うん、シロちゃんがこういうんだものきっと大丈夫だよね!!

「どっちのほうへ行ったんだ?」
「ああ、確かこっちのほうだったと思うぜ」

クレイが尋ね、トラップが答える。妹の居場所が分かるのはわたしを乗っ取っているフーだけなんだけどわたしが道案内したんじゃいくら何でも怪しいだろうということでこっそりとフーがトラップに合図をおくりそれとなく誘導することになった。

それを言い出したのはなんとフーのほうで、その意見にはあんなに機嫌の悪かったトラップもうんうんと肯いていた。

君たち、わたしのことどういう目で見てるのよ…心の中で反論したけど確かに全くその通りだと自分でも解っているところがものすごく悲しいというかむなしいというか…いや、ここでこんな話をあれこれというのはやめておこう。どんどんと自分が落ち込むだけだ。

「おい、パステル」
トラップが急に声をかけた。ひそひそ声で何かを囁く
「もうちょっと間抜けに歩けよな。パステルはそんな颯爽とあるかねーぜ」
なんて失礼なやつなんだろう!!フーの中で一人かっかしているわたしにトラップは容赦なく続ける。
「それにもうちょっと無駄にきょろきょろしたり、意味もなく転んだりするんだぜ」
あーっ!もう!人が聞いてないと思って好き勝手言ってくれちゃって!フー!何とか言ってやってよ!!
しかし、肝心のフーはそんなわたしの心の叫びを聞いているのかどうか、にこにこと笑っているだけだ。

「今日はどうしたんです?二人とも仲がいいじゃないですか」
後ろからキットンが声をかけた。

「そうでしょう!今日は特別なんだー」
フーってばトラップと腕を組んで見せた、
「なっ、何言い出すんだよ!」
「しっ!いいから黙って!」
呆気にとられるみんなをほおってフーはトラップを引きずっていく。
「と、言うことで手分けして探そうよ!わたしトラップと行くから、シロちゃん、ルーミィをお願いね!」
「わかったデシ!」
シロちゃんの元気な返事を背中にわたし達は走り出していた。

ざかざかと林の中を駆け抜ける。
「近いんだな?」
トラップがそう尋ねた。
「うん、こっちのほうから凄く強く感じる、でもやっぱりだいぶ弱ってるみたい、早くいってあげないと…」
心なしかフーの声も心細そうだ。ううん、実際なかにいるわたしにはフーの不安がじんじんと伝わってくる。

大事なきょうだいだもんね、心配なのがよくわかる。

まっすぐ、ただまっすぐにわたしたちはその場所を目指した。

森の奥の大きな1本杉。そこでフーは立ち止まった。

「ラー!!」
輝く月をを見上げるように呼びかける。

「ねえ、ラーそこにいるんでしょう?」
声を張り上げて、呼び続けてみたけれども一向に返事はない。
いらだった様子でなんと、フーはそのままその1本杉を登ろうとするじゃあないの!!

「おっ、おい、お前何する気だよ」
ビックリしたトラップがそれを止めた。
「でも!この上にラーが!!」
「あんなあ、それはおめえの勝手だけどよ、コイツの体じゃあ途中でおっこちんのが関の山ってとこだぜ?」

そういって、トラップはすいすいと杉を登り始めた。

「色違いなんだよな。」
「ええ、わたしとお揃いの赤い服を着ているはずです」

やがて、登っていった彼の姿も見えなくなる。わたし(達)は杉の木の下でその帰りを今か今かと待ちかまえる。

ねえ?どうして2人、はぐれてしまったの?
そう心の中で尋ねてみた。フーには聞こえているはずだ。
「……」
だけどフーは答えない、黙ったままじっと上を見上げている。
「あ!」
しばらくして、トラップが降りてきた。
手に小さな女の子を抱えている
フーと同じくらいの背格好、違うのはすこし毛先がカールしていたのと、チュチュの色。
ぐったりとして目も開けていない。
「案の定一番てっぺんで倒れてたぜ」
そう言って彼女を手渡す。
「ラー、目を覚まして、わたしが悪かったの」
フーは髪をなでながらそっと呼びかけた。
「つまらない意地を張って、素直になれなかった。」
ゆっくりと、瞳が開かれた。
「フー!!」

すると突然、ばっと起きあがったかと思えば、手の中から飛び出した。
「今更何しに来たのよ!!」
「迎えにきたに決まってるじゃないの!」

そのままわたしに乗り移ったフーと喧嘩を始める。
「持て余してたんでしょう!わたしのこと。だから捨てたんじゃないの?」
「あなたが、自由が欲しいって言うからそうしてあげたんじゃないの!
いつも好き勝手ばっかりで、後始末はいつもわたし!」
「嫌いならはっきりそう言ってよ!さっさといなくなってあげるから」
「勝負はまだついていないでしょう!」

「おい、いいかげんにしろ!」

いつまでも続くかと思われたその喧嘩にトラップが割り込んできた。

「てめえらがどこで喧嘩しようともそれは勝手だ、でもなあ、てめえらに今とっつかまってるパステルを巻き込むんじゃねえよ。約束は果たしたんだから、さっさと返せってんだ!」
「…返さないって言ったら?」
フーがにやりと笑った。
なに?それ、どういうこと!?
フーのなか、一人で焦る
「だって、わたしたちの目的はまだ達成されていないもの」
今さっきまであれほど喧嘩をしていた2人だったのに、フーは肩にラーを止まらせると息をそろえていった。

「このままでもいいんじゃないの?あなただってさっき言ったでしょう?「知りすぎてる」って、わたしなら今すぐにでもパステルになれる。」

「返せ」
抑揚のない声でトラップがいった。聞いているのかいないのか、2人は続ける。

「あなた達のこと全部、知ってるもの」

「望みだって、知っている。」

「だから何だってんだ、返せってんのが聞こえねーのか」

「惜しいわよね」

「もうすこしなのに」

「聞いてみれば?」

「ヤダ。」

「だって、パステルはもう、」

「わたしたちのもの?」

「そうそう、それだ!」

どういうこと?何が何だか分からない。
2人は相変わらずくすくすと笑い続けるだけ。

「可愛いよね、パステル」

「うんうん、可愛いね」

「純真だし、」

「単純だし」

「黙れ!」
トラップが怒鳴った、無視続けられて相当腹が立ったんだろう、ずいっと歩み寄ってくると片手でラーをつまみ上げ、もう一方の手でフーの襟首をつかんだ。

「ひとの女のこと好き勝手にいってんじゃねぇぞ、おめえらどうなってもいいってんのか?」
…ひ、ひとのって!!トラップてば何言い出すんだろう!

わたしの体が動いていたら確実にしゃがみ込んで赤くなった顔を押さえているところだ。
いくら何でもそんな言いかたしたら、変な意味に取ってしまう。

「うーん、どうしよっか。」
フーは頭をぽりぽりかきながら困ったように言う。

「ま、いいんじゃない?」

「あのね、トラップ」
やれやれと言った感じ、でも少しにやにやとしながらフーが続けた。

「パステル、全部聞いてるんだけど知ってた?」

 

見事なまでにトラップはそのまま固まった。

 

「勝負は互角かあー」
「いえ、やっぱりわたしの勝ちよね」

「どう見たってわたしの勝ちじゃない!!いい加減なこと言わないでよね!!」
「あんたこそ、寝てばっかりじゃないの!何にも考えてないくせに!!」

固まってしまったトラップを置いて再び喧嘩を始める2人
仲がいいんだかわるいんだか、ちっとも分からない。

「でも、まあ、認めたげるわあなたのこと」
目の前をふわふわと飛びながらラーが言う。
「じゃあ!」

「帰ってあげる、でも今度こんな事したら許さないんだから」
何だか話もまとまったようで、フー達はまだ固まったままのトラップの方へと向き直った。
「そこで、お願いがあるんだけど。」
「聞いてくれたら、って聞いてくれなきゃパステルは返せないんだけどね。」

「こら、聞いてるの?」
ぽかっとラーがトラップの頭を叩く。小さな体の割に結構力があるようで、思った以上に景気のいい音がした。

「……そういうことかよっ」
やっと復活してきたトラップが恨みがましく呟く。

「まあまあ、わたしたちだってホントに困ってたんだし。」
みてみれば、真っ赤な顔のトラップ、
どうして彼が赤くなる必要があるんだろう?

「ああ、なんだっていいさ、さっさとその「お願い」とやらをさっさと言えよ」
半ばやけくそ加減で吐き捨てる。
2人は満足したように頷いて、話し始めた。
その「お願い」を

 

元々わたしたちは一人の妖精だった
2人はそう言った、
でもある日、2人に別れてしまったのだという。

「力が有り余っちゃってたのよね」
「だからって、分けちゃうことないとおもわない?」

「担当分けしただけでしょ」
「めんどくさいことばっかりわたしに押しつけて」

「あんたのほうが力強くなっちゃったっだもん」
「だーっ!!はさんで騒ぐな!!」
確かにこれにはたまらない、左右からサラウンド状態なんだもの。

どうやら彼女たち、二つに別れてしまってからというものずっとこの調子で、ある日とうとう喧嘩別れしてしまったんだそうだ。
喧嘩の元と言えばほんのつまらないこと。でも彼女たちにとっては大問題だった。

「だって、この子はわたしなのに、」
「違うわ、あなたがわたしなんでしょう」

どちらが選りすぐれているのか、意地の張り合いだった。魔力こそラーのほうに多く分かれてしまったものの、フーは頭脳に長けていた。

「だから、2人で競争することにしたの」
「決着はつかなかったけどね」

「だって、結局、わたしたちは「わたし」なんだもの」
勝負の内容には触れずにそう締めた。

トラップは相変わらず、なんか頭を抱えてうめいている。

「わたしたちをひとつにもどしてほしいの」

「勝手に戻ればいいだろ」
ふてくされたままトラップが言う

「そう言うわけにはいかないから頼んでるんでしょう!!」
「じゃあどうすればいいってんだよ」

「一度、あなたの体を貸して欲しいの!それからまたわたしたちをひとつにして欲しいの、あなたなら、やり方は解かってるでしょう?」
「だから、どうしても2人必要だったの」

2人の口調に何だか含みがあるような気がするのは気のせいなんだろうか?
少し気にはなったけど、やっと戻れるんだという思いの方が強くてまだ渋っているようなトラップの様子に少し腹が立った。

「パステル、きいてんのか?」
ふいにトラップがフーのなかのわたしへと声をかけた。
うん、聞いてるよ。
心の中でめいいっぱいに返事をする。
「聞いてるって」
フーがかわりに答えてくれた。

「……早く戻りたいか?」
そりゃあ戻りたいに決まってるじゃないの。ここの居心地も悪くないけど、やっぱり自分が自分じゃないのってのはずいぶんと気持ちの悪いものだ。

「そっか、じゃあ仕方ねーよなあ…」
わたしの答えを聞いてまた、困ったようにため息をつく。」
「じゃあ、わたしは向こうに行ってるね」
フーがそんなことを言って、すたすたと歩き出す。トラップとラーを残して。

「おい、」
慌ててトラップが呼びかける、

「何、それともここにいた方がいいわけ?」
「いや、まあ…」
トラップらしくない、しどろもどろとしたその様子。「解ってる」っていったけど一体何をする気なのかな?

ねえ、フー、一体わたしたちは何をすればいいわけ?
「うーん、単純なことなんだけどね。ま、直にわかるよ」
やけに楽しそうにひとつの木にもたれかかる。
どうやら、しばらく待つしかないみたいだ。

夜の冷えた空気が肌をなでた、主導権こそないものの、その寒さは体にじんじんと来るものがある。
そういえばあんまり寝てないんだっけ、そう思い出して少しばかり眠くなってきた頃、
「パステル」
後ろからトラップの声。
終わったんだろうか?フーがゆっくりと振り向くと直ぐま近に彼の顔。
そう言えばラーの姿が見えないんだけど、そうか、トラップにラーが入ったんだなとそんなことを思っていたら、

暖かいものが唇に触れた。

何が何だか解らないうちにわーっと何かが流れ込んでくるのがわかる。
次の瞬間体のすべての感覚が戻っていくのを感じた。
ううん、ちがう、感覚はなくなっていた訳じゃあないから戻ってきたと言うよりは実感したという方が正しい。

ふと、わたしは数時間前のことを思い出した。目が回る直前、感じた感覚とわたしを呼ぶトラップの声。

そっか、そう言うことだったんだね。だからフーはわたしを遠ざけたんだ、わたしにその光景を見せないように。

 

トラップの唇のぬくもりを感じながら思うこと。

 

見たくなかったよ、わたしも、

 

わたし以外の誰かにあなたがこうすること。

 

冷え切った体に暖かな腕の感触。
抱きしめられるそのままにわたしたちはキスを続けた。

「あのさ、わたしは一向にかまわないんだけど、一応挨拶だけはしないといけないかなーっと思うんで……」

どの位たったのだろうか、不意に背後から声がかけられた。

さすがにビックリしてわたしたちはばっと離れる。
「あ、いいのいいの、続けてよ」

続けてといわれても……

緑でも赤色でもない、真っ白なチュチュに身を包んだ一人の妖精。

「2人とも、有り難うございました。おかげで元の姿に戻れたし、どうやらバランスの方もいい感じみたい。」
「いえ、それはどうも」
照れまくりながらぺこりと頭を下げる。我に返ってみればわたしたちってば何やってんだか…

「上から見ててもずっと気になってたのよねー、じれったくてじれったくて」
「はあ…」
一体何を言い出しているのか、わたしは「はあ」とだけ返事を続けた。
「まっ、そう言うわけだから邪魔者は消えます!!お二人さんごゆっくりねー」

そう言い残すと無事「ひとり」となった妖精は、来たときと同じようにまばゆい光を発したかと思えば次の瞬間には姿形も見えなくなっていた。

後に残されたわたしとトラップ。

「ごゆっくりって……何言ってるんだか、ねえ?」
真っ赤になりながら見上げればぶすっとしたトラップの顔。
「……トラップ?」
笑顔を顔に張り付かせたまま名前を呼んでみた。

「続き」

ぼそっと一言だけ呟いてわたしのあごに手をかける。
まあ仕方ないかなーとおもいつつ、わたしはそっと目を閉じた。

不意に頭の中に声が響く
「あ、言い忘れてたけど、すぐそばにクレイ達も来てるみたいだよ」

「へっ!?」
耳を澄ませてみれば、確かに遠くのほうからわたしたちを呼ぶ声
「…てめえら!邪魔すんだか気ぃ利かせてんだかはっきりしやがれ!!」
半ば自暴自棄になりながら叫んだトラップのセリフは果たして彼女達に届いていたのか…

 

それは誰も知らない♪