畑の畝をふちどるうすむらさきの花が風に揺れる。
「なんていう花なのかな……」
ポタカンに照らし出されたその小さな花を眺めながらわたしは背中にどっと疲れが押し寄せてきたように感じた。
あら、見れば本当。わたしの背中によりかかってルーミィはすっかり眠ってしまったようだ。
すやすやと幸せそうな顔で寝息を立てている。

あーあ、なんか馬鹿みたい。
わたしは大きなため息をつくと今頃はぬくぬくベットで眠っているだろう彼の姿を思い浮かべるとただっ広い畑に向かって叫んでやった。
「トラップの、馬鹿野郎ーー!!」

事の始まりは今日の昼間。
わたしがいつものように机に向かって小説を書いていたときのことだった。
「ねぇーぱぁーるぅ」
これ又いつものようにわたしの袖を引っ張るルーミィ、いいことでもあったのかちょっと顔を上気させてぐいぐいと引っ張っている。
「どうしたの、ルーミィ?」
手を休めて振り返り、彼女を膝へと抱き上げた。
「あのね、きょーねぇ、はおいんのかおちゃだいおーくるんらよー!!」
「大王?」
「るーみぃぱーるぅみたいになりたいんらお!」
「????」
ルーミィが言いたいことはこういうことらしい。
今晩カボチャ畑にハロウィンの王様「カボチャ大王」がやってきて願い事を一つだけ叶えてくれると言うのだ。
それを迎える畑のカボチャ達もこの日だけは動き回って盛大なパーティを開くとか…
わたしも初めて聞く話だ。一体どこでそんな話を聞いたのだろう?
「ねえ、それルーミィは誰に聞いたの?」
「んーとねーとりゃーがおしえてくれたんだお!」
へっえー意外なこともあるもんだ。トラップってそういうことには全く興味なさそうなのに。当の本人はベットの上でシロちゃんをクルクル回して遊んでいる。なにやってんだか。
「でね、ぱーるぅ」
「あ、ごめんね、ぼーっとしちゃって」
「るーみぃおねがいするんだお!!」
「へ?」

こうしてわたしはルーミィと二人、深夜のカボチャ畑でカボチャ大王を待ち続けることになったのである。
もちろん、当然そのカボチャ大王がやってくるわけもなくて、とうとうルーミィは眠ってしまった所なんだ、まあ気が済むまではつき合ってあげようとこうしていたんだけど、当のルーミィが寝てしまった以上ここにいても仕方がないかな?

さすがにもうめいいっぱい秋、ひんやりとした風がわたしの髪をなでては通りすぎていく。
「きゃっ」
突然ものすごく冷くて強い風が吹き一気に体中の体温を奪っていく。
体の芯から凍えてしまったようで両肩をふるえる手で抱え込んだ。

ざわざわざわ…

風に揺れるカボチャの葉っぱの音がやたらと耳につく、なんだか今にも何かでてきそう。そう思ってみると畑に並んだカボチャ達がみんなこっちを見ているような気がする。
畑一面にずらっと並んだカボチャ達、もしこれが一斉に動いたりして…とてつもなく怖い想像が頭をよぎってしまった。ああ、一刻も早く宿に帰りたい!!
そう思ってルーミィを抱えて立ち上がろうとするんだけど足がすくんでしまって立ち上がれない寒さと怖さでがたがた震えながらわたしは目をつぶってその場にうずくまった。
「……え?」
うっすらと目を開けてみたら、なにかが目の前を横切った。そっと上目遣いに見上げて見ればぼんやりと畑の向こうに揺れる陰が……
全身に纏った黒いマントにオレンジ色の…
「きゃぁぁぁあああっ」
とにかくわあわあ叫びながらその場を駆け出すが何せここはカボチャ畑。そこら中にカボチャがごろごろ転がっていて走りにくいったらありゃしない。
とうとう足を取られてすっ転んでしまった。
「いったーい、」
そこで気がついたんだけど、わたしルーミィを置いてきぼりにしてしまったんだ!
あわてて戻ろうと服に付いた泥を払ってあたりを照らしてみたけどどこまでも真っ暗な畑のどまんなか。
おまけに無我夢中で走ったものだから右も左もわからない。
「やだ…ルーミィ!どこ行っちゃったの!?」
ルーミィはどこにも行っていない、わたしが一人で勝手に分からなくなってしまっただけなのだけれどもそんなことをゆっくりと考えてる気持ちのゆとりなんてない。
わたしはもう心細くて、怖くて…
と、突然肩に手がポンとおかれた。
そのときのわたしの驚き具合は尋常じゃなかっただろう。それでもカクカクしながら振り向いたのは我ながら立派だったと思う、でも視界に入った光景を見た瞬間すぐさまに後悔した。
黒いマントにすっぽり包まれた…カボチャ大王!?
「!!!」
逃げだそうにもがっしりと肩をつかまれていて身動き取れない、もうわたしはとにかくパニック状態になってしまってわあわあ泣きながらやたらめったらに両手を振り回す。
「やだ!離してよぉーー!」
鼻をぐずぐず言わせてひたすらにポカポカと叩き続けた、
「だーっ、そうポカポカ叩くなって。」
すぐ耳元で聞き慣れた声がした。
「…へ……?」
「たく、ぎゃーぎゃー騒ぎやがって…」
わたしの両手をつかんでぶつぶつと呟くカボチャ大王。
「…ばかぁ……こっ、怖かったんだからね… すっごく怖かったんだから…」
一気に体の力が抜けてしまいカボチャ大王…カボチャのお面をかぶったトラップにすがりつきながらへなへなとその場に崩れ落ちていく、
「おい、泣くなよっ、」
お面を脱ぎ捨てたトラップが支えてくれたけれどもそんな事じゃあわたしの涙は止まらない。
コイツってば初めっからそのおどかすだったんだ!ルーミィが行きたいって言い出すのを見越してさ、
安心したような、悔しいような、腹の立つようなぐちゃぐちゃの気持ちのまま、止まらなくなってしまった涙を流し続けた。
いつまでたってもわたしが泣きやまない物だからさすがのトラップもおろおろしているみたい。「泣くなよぉ…ほっ、ほら、このカボチャ大王様が願いを叶えてやろうって、」
「ほんと!」
「おっ、おうよ…」
たちまち涙がひっこんでにやあっとトラップを見上げた。
いまさら撤回しても遅いんだからねーー!!

 

「おい、トラップの奴どうしたんだ?」
クレイがいかにも不思議!と言った感じで声をかけた。
「へっへー秘密だもんねーねえトラップ?」
「………………」
あ、やっぱり怒ってる。
さっき、いや、朝からずっとこの調子なのだ。でも一度約束したからにはきちんと守ってもらわなきゃね!
「ほら、次は肩もんでよ!」
そう、わたしのお願いは「一日下僕(笑)」一度やってみたかったんだ、いつもトラップってばわたしにお説教ばかりするんだもの。たまにはわたしだって偉ぶってみたいじゃない。
「お前なあ…散々好き勝手言いやがって…」
ぶつぶつ言いながらもわたしの肩をもむトラップ。
「ねえ、来年もカボチャ大王は来るかな?」
ふと思い立ってくるりと後ろのトラップを見上げて聞いてみる。
無言でむすっとしていたトラップだったけどしばらくした後、にやっと笑ってこう言った。

「先着一名だかんな。」

来年もまた、あなたに会えますように。