「クレイ」とはじめて彼の名をしっかりと呼べた日のことは今でもよく覚えている


いつまでたっても舌っ足らずのわたしのために、ぱーるぅが買ってきてくれた言葉の絵本もあんまり役に立たなくて、 もう一生このままでいいやなんてわたしが思い始めたころ、クレイが言ったんだ。
「ルーミィにとっておれはもう”くりぇー”なんだろうなぁ」って

違うのに、と思った。確かにぱーるぅはぱーるぅで、しおちゃんはしおちゃんだけど、でも、くりぇーはくりぇーじゃないのに、クレイなのに。
だからどうしてもちゃんと呼んでみたくて、練習を繰り返した。
といっても、人前で練習するのはやっぱり恥ずかしくて、冒険中こっそり木の上だとか、夜中に起き出してとかぼそぼそとした練習だったから、そんなに上達するはずもなく、ずいぶんともどかしく思っていたのに、やっぱり呼べなかった。

何でだろうって思った、そしてものすごく悔しくてぱーるぅがびっくりして起き出すのもかまわずにわんわん泣いてしまった。
ただ、どうしよう、どうしょうってわたしが泣くから、ぱーるぅは聞いてあげるから、ちゃんといってごらんって言って、その”ちゃんと”じゃないのに、るーみぃはちゃんとはなせないんだとさらにおおきな声で泣き出してしまって、結局パーティの全員が起き出す大騒動。

真夜中に起こされたのに、みんな心配そうな顔でわたしを見ているし、涙は止まらないし、やっぱりこのまま呼べずじまいのまま、涙が止まらなくなって死んじゃおうと馬鹿なことまで考えたとき、肝心のクレイと目が合ってしまった。

「ごめんなさい、ごめんなさぁい、ごめええん…ん、わあぁぁん」

そういってわたしがまた泣きだしてしまったものだから今度はみんなの視線が一斉にクレイに集まる。
「ねえ、クレイ、なにかしたの?」
わたしには甘いぱーるぅがちょっと強い語尾でクレイに詰め寄った。
違うの、クレイはなにも悪くないの、そう思っても言葉にはできない
「わーい、クレイちゃん、泣かてやんのー」
これはいうまでもなくとりゃー。
でも、ぱーるぅを泣かせてばかりのとりゃーに言う資格はないとおもう
「なにか、悪い夢てもみたか?」
やっぱり優しいのりゅ。
うん、そうだね、これが悪い夢だったらどんなにかいいのに。
「ルーミィしゃん、泣きやんでくださいデシ」
しおちゃん
しおちゃんだけは、わたしがこっそりと練習を繰り返していたことを知ってる。
「ほら、クレイ、何か言ってあげてくださいよ」
きっとんがクレイの背中をぽんぽんと叩いた。
そしてクレイは…ふぅ、と大きく息を一回吐き出すとひょいとわたしを抱き上げた。
ずっとずっと、昔からそうしてきたように、当たり前のように抱きしめて、よしよしって背中をなでるから、びっくりして涙も止まっちゃって
「…赤ちゃんあつかいしないでよ」
クレイの広い肩に腕を回し、顔を埋めて、それだけ言い返した。
「あ、ごめん、つい癖で」
どんな癖よ、と笑ったら皆もほっとした笑顔を浮かべて、それぞれの部屋へと帰っていった。ただ、クレイだけは自分から抱き上げたものの、反対にしっかりとわたしにしがみつかれてしまい、どうしたものかとまだ立っていた。
当のわたしはといえば、なんだかもうどうでもよくなっちゃって、とりあえず、クレイの腕と肩が、暖かくて気持ちよかったから、それを逃してたまるものかといっそう回した腕に力を込める。

本当、どうでもいいんだ、クレイさえここにいるんなら。
そう思いうながらうとうとしかけたころ、名前を呼ばれた。
「ルーミィ?」
なぁに?クレイ、ルーミィはもう気持ちいいからこのまま寝ちゃうの、じゃましないで寝かせてよ。
それでも、他でもないクレイだったから、眠い目をごしごしとこすりながら彼の方を見てみたら、そこにはやっぱり少し困ったような顔のクレイがいて
「なに?」
ちょっと意地悪かもと思いながらそう聞く。
「…あのさ、寝るんなら、部屋戻らないと」
わたしのベットはぱーるぅの隣だから、運ぶわけにもいかなかったんだろう、冒険中はみんなザコ寝なのに、変なところで律儀なんだから。
そのときのわたしは部屋に帰って眠るよりも、ここでずっとこうしていたかったけど、たしかにそれじゃあクレイが困ってしまう。
「うん、でももうちょっと…」
離れがたくて、半ば祈るような気持ちでそういったら、クレイは答えの変わりにふっとまた笑った。
さっきのみんなと浮かべた笑顔とは違う…なんていえばいいのかな?とにかくとびっきりの優しい、優しい、優しい…微笑み。

それを見た瞬間、わたしはきっとメロメロだったんだと思う。
でも、そのときはそんな自覚は全くなくて、ただ、いつも通り、今までそうしてきたように、ぎゅっと抱きつきながら
「だいすき」
とだけ言うしかなかった。
「うん、おれも好きだよ」
即座に帰ってきた返事も、それは全くいつも通りだったんだけど、何故か満足できなくて、もういちど「だいすき」といってみたけど結果はやはり同じ。
何度言っても物足りなくて、どうしたらいまのこの幸せな気持ちを伝えることが出来るのだろうか判らなくなってしまった。
「ルーミィ?」
だいすきの連呼から解放されたと思った途端、黙り込んだわたしを不信に思ったのかクレイが呼び、またもやぎょっとした
さっきみたいにわめきながらじゃなくて、声を押し殺してわたしが泣いてたからなんだろう。

 

「くれいが、すきなの」
伝えたい想いは、そんな簡単なものじゃなかったけど。